生徒に舐められていると勘違いしているけど、実は裏で生徒全員からめちゃくちゃ慕われている魔法学校教師   作:アスピラント

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騎士見習いの少年は恩師に報いたい①

 メガロマギア高等魔法学校、呪文戦闘訓練室。

 そこは将来の夢を叶えるべく若き戦士が、血の滲むような努力を積み重ねて魔法の腕を磨き、己を高め合う場所として知られている。

 

「ヴォルティカス!」

 

 伝統的なローブを身に包み、身体のあちこちにプロテクターをつけた少年が、長さ30センチの杖を振るって黄色い稲妻の閃光を放ち、向かい側にいる少年に襲いかける。

 

 稲妻を撃たれた側の少年は冷静に杖を構えて唱える。

 

「プロテクタルシス!」

 

 白い魔力のシールドが展開し雷を弾く。

 フィールドには焼けこげた跡が奔り、緊迫感あふれる空気が満ちる。ただしそんな張り詰めた空気を醸し出すのは、何もこの2人だけじゃない。

 

「――――!」

「おぉ!」

 

 他でも何人もの少年少女が、声を張り上げながら呪文を唱えていた。何を隠そう……今この訓練場を借りているのはメガロマギア高等魔法学校が誇る名門クラブ――学生魔法騎士団ゼフュロスだ。

 

 1年生から6年生まで入団しているメンバーを合わせると、約200人にも登る大きなクラブだ。しかもこのクラブはかなり人気が高い。毎年毎年入団希望者が後を絶たない状況だが、入団出来るのは一握りだ。

 

 そんな彼らがなぜここまで自らを鍛えるのか。

 その理由はただ一つ。

 

 1000年以上の歴史を持つグランセルク王国魔法騎士団への入団である。

 

「オルダ、位置につけ」

「はい」

 

 そしてそんな学生魔法騎士団のメンバーの中で、数少ない1年生の団員の1人であるオルダ・グリムホークがいた。新米教師クラヴィスの生徒の1人であり、クラスの副委員長をやっている優等生だ。

 

「杖、構え!」

 

 審判役の上級生から声をかけられたオルダは杖を構え、じっと向かい側にいる人物を睨む。

 

「調子に乗るのもここまでだ、1年」

 

 其処に居たのは入団テストにやってきた2年生の少年だった。目は吊り上がり、名家出身か定かではないがプライドの高さを隠し切れていなかった。彼はまさか入団テストに1年生を倒すことと言われると思ってなかったのか、怒りを滲ませていた。

 

「……先輩」

 

 しかしそんな怒気など、オルダの前ではそよ風レベルだった。

 

「そのままじゃ負けますよ」

「……! ほざけ!」

 

 怒り心頭な2年の男が杖を向ける前に――オルダの杖は既に引き抜かれて、赤い魔力が杖を仄かに纏っていた。

 

「インフラマリス!」

「――っ!?」

 

 オルダの杖から赤い炎が放たれ、2年生の胴体に直撃する。彼が唱えたのは下級魔法相当の弱い魔法だ。しかし幾ら下級とは言え、攻撃魔法である事には変わらない。

 

「う……ぐ、ああ……!」

 

 2年生は腹を思いっきり殴られたような鈍痛と、ヒリヒリとする火傷の痛みに悶えて動けなくなっていた。

 

「ぐ、くそ……よくも」

「すみませんが、もう勝負はついてます」

 

 そう言ってオルダは2年生の杖を奪い、見せつけるように振る。信じられないといった様子で呆然としていた2年生に対して、オルダは続けて言った。

 

「俺は1年ですが、正直其処らの素人に負けるほど……やわじゃないですよ」

「な、お前……俺をバカに」

「魔法騎士団の訓練では今の痛みが日常茶飯事ですよ」

「な……」

 

 決してオルダは2年生を侮辱したくて言ってるわけじゃない。ゼフュロス騎士団は確かに学生魔法騎士団という、本物には遠く及ばない見習い達かもしれない。だけど必ず国や大切な人たちを守るという気高い目標を掲げて、毎日鍛錬を欠かさず行っている「本気」の人たちしかいない。

 

 痛みなんて当たり前だし、辛い事しかない。

 仲間は作れるが皆ライバルだ。

 そんな厳しい世界なのだと改めて思い知らせないといけないのだ。

 

「これぐらいで怯んでいたら付いていけません。次もし挑むなら……しっかりと己を見つめ直して、覚悟を持って挑んでください」

「……!」

「俺もまだまだなので、偉そうな事は言えませんが……よく考えた方が良いですよ」

「くそ……」

 

 最後にそう言うと、2年生は苦虫を噛み潰したような表情をして去っていく。オルダはトボトボ歩いて行く背中が見えなくなるまで見送ると、深い溜め息を吐いた。

 

「はぁ……」

「中々良い事を言うな、オルダ」

「ダルタニアンさん……」

 

 そんな場面を見守っていた審判役を務めた上級生、ダルタニアンは鼻を鳴らすとオルダに優しい目を向けた。5年生の彼はゼフュロス学生魔法騎士団のエースのような存在だ。

 短くツーブロックに切り揃えられた茶髪に、右目には一筋の傷があった。顔立ちはとても厳つく身長は190センチ超えとかなり恵まれている。

 

 オルダの()()の目標であり、学生期間中にまずは突破すべき指標として定めている人である。

 

「新入生である俺たちを入団試験に使わないでくださいよ……」

「そうしてやりたいのも山々だが、いかんせん今年は例年より多いんだ。上級生になればなるほど時間は取りづらい。だから訓練がてら1年生に経験させているんじゃないか」

 

 尤もらしい事を言うが本当の理由をオルダは知っている。

 

「先輩たちが面倒だから――でしょう?」

「――さて何の事やら」

「ったく……」

 

 由緒正しい学生魔法騎士団というから皆クソ真面目かと言われたら、そんな事はなかった。ダルタニアンのように飄々とした者もいれば、もう騎士道精神まっしぐらみたいな人もいる。

 オルダはどちらかと言われたら真面目な部類だ。先輩を尊敬しているし認めているが、憧れとまでは行かなかった。

 

(まぁ憧れの枠は埋まってるしな)

 

 と脳裏に気だるげな恩師の顔が浮かぶ中、ダルタニアンが感心した様子である一点を見ていた。

 

「見ろオルダ」

「あいつ……」

 

 2人の目に映っていたのは――暴風だった。

 

「アエリスブラスト」

「うわぁぁ!」

 

 長い黒髪を靡かせ、白い杖を使って疾風を巻き起こし、挑戦者を薙ぎ倒す麗人が其処にいた。まるで風と踊っているかのように呪文を唱えるのはオルダと同じ1年生のホープだった。

 

「ふぅ、一気に3人はあまりない経験でした。ありがとうございます」

 

 少女はクスリと笑って礼を言う。

 黒をベースにした制服は彼女のクラスがニクスクラスである事の証明だった。

 

「う……ぐ……」

「なんて奴だ……」

「本当に……1年か?」

 

 悔しげに呻く入団希望の挑戦者達は、少女に畏れを抱き後退りする。この学校に在籍する生徒は基本的に他の魔法学校と比べて優秀だ。オルダが倒した2年生も他なら上位層に位置していただろう。

 

 そんな優秀な彼らが――まだ入学して半年もない1年生に畏れを抱いていたのだ。

 

「相変わらずの強さだな――ニーナ」

「まだまだですよ、ダルタニアンさん。それとオルダ……貴方も見事だったわ――私には及ばないけど」

「よぉニーナ、なーに俺は1人1人真摯に対応してるだけだ――お前みたいに自分に酔いしれてないから」

 

 ビシッ――2人は同じタイミングで固まり、額に怒りマークをつけた。ダルタニアンはこっそり5メートル下がった。

 

「いつ誰が酔いしれたって言うのかしらー……目が悪いの? 魔法薬調合してあげましょうか?」

「さっき酔いしれていただろ、わざとらしくクスリと笑って……ぷふ」

 

 オルダが小馬鹿にしたように笑うと、ニーナは今度こそキレた。拳をパキポキ鳴らしてズカズカ詰め寄る――ヤンキーにしか見えなかった。

 

「表出なさい」

「いいだろう」

「お2人さん、そこまでに」

 

 さすがに止めなきゃなとダルタニアンが介入した瞬間――2人の鋭い眼光がダルタニアンを貫いた。

 

(こええって! 俺の方が2人より強いのに……何でこんなプレッシャー出せるんだよ!!)

 

 ダルタニアンは冷や汗をダラダラ流しながらも、この2人の新星を何とか引き剥がす。この2人は入団した当初からギスギスしていた。

 

 理由は色々考えられるが、やっぱり根深いものとしてはルーメンクラスとニクスクラスの関係性にあった。この2つのクラスは昔から競い合うことが伝統になっており、学校創設時からずっと対立している。

 

 曰く2つのクラスを作った魔法使いが、ライバル関係だったこともあり考え方が全く違うことが要因だ。ニクスクラスは生まれ持った才能を第一とし、ルーメンクラスは努力による積み重ねはやがて才能を持つ者を上回るという考えを第一としていた。

 

 だからこそ自然と対立構造になりやすい。

 なりやすい――のだが、2人はもっと個人的な理由があった。

 

「――オルダ()はいっつもそう言う! いい加減……私の事を素直にすごいって認めたらどう!?」

「はん! 泣き虫ニーナにはまだ早い!! お前がずっと昔に背中にひっついて泣い「言うなバカー!!!」呪文使うな! おい!」

 

 2人は簡単に言えば幼馴染だったのだ。

 宥めていたダルタニアンはそんな2人を見ながらこう思っていた。

 

(爆発したらいいのに……)

 

 遠い目をしながらダルタニアンは2人からラブコメの波動を感じていた。次第に何故か無性にストレスが溜まったダルタニアンは2人の肩を掴み、静かに言った。

 

「もう……いい加減にしような、2人とも」

「「でも」」

「でもじゃない、やめないと俺が大変な事になるから……な?」

 

 言い様のしれない圧迫感に2人はごくりと喉を鳴らす。

 

「「は、はい……」」

「よろしい」

 

 かつてないほどの悲しい魔力を感じて、大人しくなった2人を見て満足したダルタニアンは空気を変えようと、違う話題を切り出した。

 

「さて……まぁ俺としては2人はどっちが上か優劣つけたいんだな?」

「はい、私としては――願ったりです」

 

 挑発的な笑みを浮かべるニーナを見て、オルダはムッとする。

 

「実は近々そんな2人にうってつけなイベントがある。無論……お前たち以外の1年も踏まえて――だが」

 

 そう言ってダルタニアンは訓練室全体に通るような声を響かせた。訓練中にいた1年生は一斉にこちらを向いた。

 

「我が騎士団には、必ず学年ごとにリーダーと副リーダーを決める必要があるんだ。各学年で今後クラブ活動をする際に取りまとめ役がいた方が、組織的な活動がしやすいしな」

 

 それは尤もな事だ。

 現にダルタニアンは5年生のリーダーをやっている。騎士団の代表である6年生のリーダーの補佐役をやっている彼は、将来的に全体のリーダーが確約されているような地位にある。

 そこまで話が行くとオルダとニーナも次にどんな内容を話すのか、粗方の予想はつく。

 

「来たる2週間後に、1年生のリーダーを決める選抜戦を行う」

「「!」」

「勝負の舞台としてはうってつけだと思わないか? オルダ、ニーナ」

 

 2人は真正面から睨み合う。

 丁度良い、今一度お互いの立ち位置を分からせてやる時が来た。同じタイミングで同じ事を考えていた2人は宣言する。

 

「ええ、私は構いませんよ。この際に私が1年最強と思い知らせてやります」

「俺も同じです。コイツには負けたくないので」

 

 その2人はまたお互いに火花を散らす。

 ダルタニアンは本当は仲良いだろと思いつつ、1年生の実力を知れる良い機会だとほくそ笑む。

 

(さぁ君らの力を見せてくれよ)

 

 そして他の上級生も2週間後を密かに楽しみにしていた。

 

 

 

 

「――ここまでは覚えておいて損はないからな〜。メモは忘れないように」

 

 翌日、昼前の時間に割り当てられた魔法理論の授業。

 クラヴィスはいつものように授業をしていた。この日は朝っぱらからじゃない。1限じゃないというだけでハピネスである。

 

「……」

 

 カリカリと真面目にノートを取る生徒を眺める。

 皆必死になって内容を覚え、不明点があれば質問する。まさに理想的な授業風景で、クラヴィスは感心していた。

 

(……でも何故かな。普段がめちゃくちゃ馴れ馴れしいから、授業中静かになってるとめちゃくちゃ寂しく感じるんだけど)

 

 真面目なのは素晴らしいことだ。

 そりゃもう教師的には助かる。

 だけど……何かこう騒がしい彼らを知ってる分、寂しくなってしまった。

 

 もう順調に開発されてるのでは――とクラヴィスがアホなことを考えていると、1人何やら難しい顔をしている生徒が目に入る。

 

(オルダ……? 何か悩んでる?)

 

 ユスティと同じく、めちゃくちゃ揶揄ってくる生徒その2。

 オルダはいまいち集中出来ていないように見えた。ノートを書く手は止まっていて、遠い目をしながら唸っている。周囲にいる友人達も気づいているのか、必死に目配せしていた。

 

(この場合は……注意した方がいいかな)

 

 叱るほどじゃないかもだが、ここはしっかり注意せねばならない。教師らしいところを見せてやろうとしたクラヴィスは教科書を下げてオルダに声をかける。

 

「オルダー、話ちゃんと聞いてるか?」

 

 クラヴィスはあくまでもちょっとした注意のつもりだった。しかし彼は読み違えていたのだ――自分が想像以上に慕われているという事に。

 

「……!」

 

 注意をされたオルダは、目を見開いて固まる。

 この時の彼は2週間後にあるリーダー決めと並行して、ニーナとの間にあった「とあるやり取り」のせいで考え込んでいた。そこに自分が先生と強烈に慕うクラヴィスから注意をされてしまった。

 

 やばい、話を聞いてないと気づかれた。

 あれだけ必死になっておいて、いざという時に先生の話を蔑ろにしたのか自分。些か考えすぎな気もするが、不安定な心情に予期せぬ注意を食らったオルダは渋い顔をしてしまった。

 

「す、すみません……」

 

 苦しげに呟かれた言葉とは裏腹に、オルダの顔はそりゃもう睨みつけるようなものだった。めちゃくちゃ人相悪くなっていたし、側にいた友人もびっくりだ。

 

 だが1番びっくりしていたのは睨まれたクラヴィスだった。

 

「……オルダ?」

 

 やや呆然とした様子のクラヴィスを見て、彼を慕うクラスメイトは一斉に無言で友人達と目配せした。この間……僅か0.2秒、魔法騎士団もびっくりは連携っぷりだった。

 

(クラっち……!? オルダ、あいつどう言うつもりで……!)

(何かわからないけどクラヴィス君が悲しそう……何かあったのかな?)

(……オルダには色々聴かないといけないかもね)

 

 驚愕、困惑、または怒りなどカオスな感情の奔流がクラヴィスの目に見えない所で渦巻く。多分本人が知ったらドン引きものな内容だ。心を覗く魔法を使ったらもうとんでもない地雷原ばかりだと頭を抱えるに違いなかった。

 

 しかしクラヴィスはそれを知らない。

 ただ純粋に驚いてしまっただけである。

 

「あ……え、と、すみません次からは気をつけます」

 

 何となく異様な空気を察したオルダは気まずそうに謝ると、即座に椅子に座る。クラヴィスはそれを見て決心する。

 

「ん、わかった。とりあえず……授業終わったら皆お昼だよな?」

「「はい」」

 

 数名が威勢よく答える。

 うん、時間的には多分問題ない筈だと思ったクラヴィスは何気なくこう言った。

 

「オルダ、授業終わったらちょっと話そうか」

「「え……??」」

「え、何でオルダじゃないお前らが反応したの……??」

 

 それから授業が終わり――昼休み。

 クラヴィスはユスティから()()ランチボックスを受け取ると、オルダがいるであろう教室前にて佇む。どうやら何人かの友人と話しているようだ。流石に邪魔するわけにはいかないと、気を遣ったクラヴィスは少し待つ。

 

「……話ってなんだよ、クラヴィス」

「いや、さっきの――って何でお前そんなやつれてるんだ」

 

 何故か数名のクラスメイトに囲み取材の如く囲まれていたオルダは、もう何か疲れた顔をしていた。皆の人気者だなーとクラヴィスはのほほんとしていたが実態は違かった。

 

「お前、何かしたのかとか……不満とかあったのかとか……めっちゃ詰められたんだよ」

 

 オルダは小さな声でぼやいた。

 ギリギリ聞こえるレベルだ。

 

「え、何でそんな事になってんの」

「クラヴィスせんせーのおかげっすかねー」

 

 ジト目を向けられたクラヴィスだが、何のこっちゃだかよく分からなかった。オルダは皆がクラヴィスを強く慕ってるのを知っているため、何も言えなかった。

 

 ただ一つ言ったのは、別に先生が嫌いになって攻撃的になった訳じゃないというだけだ。

 

「それで話って……さっきの件?」

「まぁな」

「……俺は」

「なぁオルダ」

 

 オルダが何かを言う前にクラヴィスは口を開く。

 何を言われるのかと思って緊張していたオルダは、人知れず息を呑んだ。

 

「俺……何かお前に嫌なことしちゃったか!?」

「へ?」

 

 クラヴィスはまるで劇画のように凄まじい顔をしながら、オルダを見ていた。はっきりと言えばめちゃくちゃキモかったが、口には出さなかった。

 

「俺、全然先生歴ないし、もしかしたらお前の地雷踏み抜いたか!? って思ってビクビクしちゃってさぁ!!?」

「わ、わかった、大丈夫! 落ち着けって!?」

「そしたらオルダはめちゃくちゃガン飛ばすし、やべぇ学級崩壊しちゃう!? って思ってさぁ! いや本当変な事したらまじでごめ――」

「あー!! 大丈夫だって!! 大丈夫だから汗だくになって廊下で土下座すんな!!」

 

 成人男性としてのプライドを焼いて捨てたクラヴィスは、自らの生徒の前でそれはそれは見事な土下座を披露した。東方の大国にて古くから伝わる伝統的な謝罪なのだが、正直公の場でやる事じゃない。

 

「お、怒ってないのか……?」

「むしろ俺のセリフだぞ、クラっち……」

 

 どうしてこう言う時はポンコツなんだとオルダはため息を吐いた。いやむしろそんなギャップがあるから、一部女生徒に気に入られているのかと1人で納得した。

 

「……ここだと話しづらいか」

「ま、まぁそんな隠す必要はねぇけど……」

「ふむ……ま、落ち着いて話せる場所にでも行くかね」

 

 そう言ってクラヴィスはオルダを学校内にある中庭へ連れていく。中庭とは言っても広さはバカにならない。開放された空間と整備された原っぱ、友人と談笑する生徒達を尻目に、クラヴィスとオルダは中庭にあったベンチに座る。

 

「これやるよ」

「サンドウィッチ? クラっちが作ったの?」

「いんやユスティだよ。ちょっと前から何か作ってくれんだよ」

 

 それを聞いてオルダは「はぁ」と何か変な顔をした。

 

「なんだよ……生徒から施しもらってる成人男性を嘲笑う気か貴様」

「いや、なんつーか……うーん、色々大変になるかもな!」

「え、何その含みしかない言葉。不安すぎる」

 

 刺されるなよと変な助言を貰いつつ、クラヴィスは本題を切り出す。

 

「何があったよ」

「それがさ――」

 

 そう言ってオルダはリーダー決めの試合が決まった後の事を語り出した。

 

 

 ◆

 

 

「む……オルダ」

「ニーナ……か」

 

 クラブ活動が終わり、皆それぞれの寮へ戻る途中でニーナとオルダは偶々出会していた。クラブ活動時間中は歪み合っていた2人だったが、あれから熱が冷めてしまうとどう話したらいいか分からなかった。何せ学校でちゃんと話すのもかなり久々だったからだ。

 

「……お前、本当に同じ学校だったんだな」

「言っとくけど、約束のことは関係ないから」

 

 そう言ってニーナはプイッとそっぽ向く。

 改めて言われて何故かイラついたオルダは、思わず語気が強くなる。

 

「お前……!」

「私は私の意思でここにいる、騎士団になりたいからよ。あなたが居たからじゃない」

 

 2人の間には約束があった。

 つい最近までオルダは忘れていたもの――それはいつか2人で魔法騎士団になるために、同じ学校でお互い頑張ろうという可愛らしい約束だった。

 

「俺だって関係ねぇよ。魔法騎士団になりたいから……努力した。そして現にこの学校に受かった」

「強く……ね……」

 

 ニーナは勢いよく振り返ると、オルダを睨んだ。

 

「断言する、今のオルダは私の敵じゃない」

「何……?」

 

 オルダの心に火が灯る。

 

「さっきの戦いを見て確信した。あなたは持ち前の魔力量の多さにあぐらをかいてるだけ。失望しちゃったわ」

「お前……!」

 

 流石に怒るぞ――と詰め寄ったが、ニーナは一瞬で杖を引き抜いて突き出し風を叩きつけた。無詠唱の魔法は本来なら指向性を持たないため、威力もかなり弱くなりやすい。だがオルダはその一撃で彼女のレベルの高さを実感した。

 

(強い……!!)

 

 彼女は間違いなく加減していた。

 本気なら怪我させることも出来る。

 だけどそれはしなかった。

 

「貴方……最近ちゃんと鍛錬してるのかしら?」

「……!」

「このままじゃあなたは無様に負ける、私は弱者を倒して勝ち取ったリーダーなんて要らないから」

 

 そう言ってスタスタと急ぎ足で夜の闇へ向かうニーナを、オルダはただ見ることしか出来なかった。いつのまにか血が出るまで強く手を握りしめた事に気づいたのは、それから少しした後の事だった。

 

 ◆

 

「――ってことがあったんだよ」

「ニーナって子は幼馴染の女の子か」

「まぁ……」

「爆発しろ(ふーん)」

「クラっち……!?」

 

 思わず心の中と実際に出た言葉が逆流してしまったクラヴィスは、焦って取り繕う。幼馴染とか羨ましいなぁとか断じて思ってない。

 

「俺、あの一瞬で理解した。ニーナは俺より強い……昔俺が守ってたアイツは今や俺なんかより立派になってた」

「才能ある奴は強くなるのも早いからな」

 

 クラヴィスは実体験からそう語る。

 その言葉でオルダはより一層肩を落とした。

 

「俺……ここに来てから自信無くしてばかりだ」

「んな大袈裟な」

「いや最初はクラっちに思い知らされたからな」

 

 オルダは乾いた笑みを浮かべる。

 心当たりしかなかったクラヴィスは気まずそうに、意味なく空を見た。今日も晴れ晴れした日で良かったですと現実逃避すらしていた。

 

「今でも昨日の事のように思い出せるよ、クラっち」

 

 それは3ヶ月前……皆が入学をして間もない頃。

 ユスティやオルダがクラヴィスに対して何も感情を抱いていない頃の話だ。

 

 ◆

 

『先生』

『オルダか、どうした?』

 

 授業が終わり、職員室へ向かうクラヴィスをオルダは呼び止めた。今よりもずっと目が冷たく、クラヴィスを密かに見下していた。

 

『ん……? ああ、そんなことはわかってるよ』

『なら無意味な時間では? 俺たちに必要なのは……応用です』

 

 オルダは魔法騎士団の一家に生まれたサラブレッドであり、がっつり英才教育を施されていた。更には莫大な魔力を生まれながら持ち合わせており、大人顔負けの力を持っていた。

 しかもそんな息子を見た親は天才だと彼を持て囃し、彼をより尊大にしていった。

 

『応用?』

『魔法戦闘です、力が必要なんですよ』

 

 自分はもっと認められるために、こんな学校を早く卒業して高みに上がらないといけない。こんな生ぬるい授業は必要ないと改めて告げた。

 

 しかしクラヴィスは――

 

『――いんや君はまだ弱い。基礎が足りない』

『は??』

『周りに偶々君より強い魔力を持つ子がいなかったか、親が甘やかしたせいで現実を把握していないかだな、君は』

 

 クラヴィスはあくまでも1人の魔法使いとして結論付けた。悪意などなく、ただ客観的にそう判断した。だがプライドの高いオルダは納得しなかった。

 

『なら……証明してください』

『んー?』

『俺が弱いという証拠を――』

 

 杖を引き抜いて勝負をふっかけたオルダは、いつのまにか地面に引き倒されていた。

 

『――な』

『人に杖を向けるなよオルダ。況してや俺は先生だ、本来なら罰則を与える場面だぞ』

 

 クラヴィスは杖も無しにオルダを無力化させた。

 その事実が認められなかったオルダは更に抵抗する。

 

『こんな事が――』

『魔力は何も杖がないと使えない訳じゃない』

 

 呪文が唱えられる前に、クラヴィスは動く。彼の手が近づくとオルダの手は勝手に逸れて、無防備になり杖が離れていく。まるでクラヴィスの手を中心に見えない力が働いているような光景だった。

 

『そんな……』

『杖に頼りすぎると、いざ奪われた時に何も出来ない。何せこの世にはマスケット銃とか弓矢とか、あるいはナイフとか色々な武器があるんだぞ? これじゃ丸腰の一般人と変わらない』

 

 はい、どーぞとクラヴィスは杖を返す。

 自分が何も出来ずに、かつ怪我しないよう丁寧にあしらわれたオルダは暫し呆然としていた。

 

『まぁ、1年生はこんなもんさ。でも大丈夫、これから――』

『俺は雑魚だった……』

『あれ!? 予想以上に落ち込んでる!?』

 

 オルダは膝から崩れ落ち、クラヴィスは顔を真っ青にした。本人としてはそんなきつい事なんて言ったつもりはなかった。

 

『……なんだよ、俺……こんなに弱いのに……何で』

 

 目の前が真っ暗になっていく。

 これまで積み上げてきた自信なんて脆いもので、頼りなさそうな新米教師にすら負ける実力だった。これじゃ夢を叶えるなんて絶対に無理だと思っていると、クラヴィスがしゃがみ込むと――

 

『とぉ!』

『いた』

 

 軽くオルダの頭にチョップを入れて、意識をこっちに向けさせた。クラヴィスは言葉を選びながらも、今の彼にどんな言葉が必要か必死に考えた。

 

『あのさ、ちょっと落ち込み過ぎだな』

『だけど……俺は』

『この時点でめちゃくちゃ強いとか、滅多にないぞ? 大体皆1年生の時は未熟さ。何なら俺は魔法騎士団にちゃんと入った後でめちゃくちゃ伸びた奴を知ってる』

 

 別に弱いのは悪い事じゃない、誰だって最初は弱いのだとクラヴィスは説く。例え血が優秀でも……須く未熟な状態からスタートしているのだと。

 

『たった一回負けたぐらい、何だそりゃって話だ。俺なんか負けた数のが多い』

『先生……でもですか?』

『ああ、めちゃくちゃ弱かったよ。それから死ぬほど勉強して身体を鍛えて、強くはなったよ』

 

 クラヴィスは少しだけ寂しそうな顔をしたが、すぐに切り替えた。

 

『オルダの夢は何だ?』

『世界で1番、立派な魔法騎士になって……大切な家族と国を守る事です』

 

 その言葉を聞いてクラヴィスは「いい夢だな」と優しく笑い、オルダの頭を撫でる。家族以外に初めて頭を撫でられたオルダは年相応の少年らしく、ちょっとはにかんだ。

 

『お、俺……そんな小さな子じゃないですよ』

『でもまだ子供だ。まだお前たちは未熟で……大人がちゃんと導いてやらないといけないんだ』

 

 さてと――とクラヴィスは一度区切ってから、改めて言った。

 

『オルダ、俺がお前の夢が叶うようにサポートする』

『先生が……?』

『最終的になれるかはお前次第だ。だけど俺は教師としてお前がちゃんと世界一の魔法騎士になれるよう、全力でサポートして背中を押してやる』

 

 だからちゃんと授業は基礎から受けて、ちゃんと魔法とは何かを理解しようとつけ足す。今までこんなにも夢に向き合ってくれる人はいなかった。オルダの家族は「お前はなって当たり前」としか言わず、周りもそんな両親のイエスマンしかいなかった。

 

 だけどクラヴィスは違う。

 彼は初めて真正面から向き合ってくれたのだ。

 

『……わかり、ました。多少……不服なとこはありますが……先生の方針を受け入れます』

『ん、だけどやりづらかったらいつでも言いな』

 

 本当にこの人は立派な教師かもしれない。

 そんな期待感を抱いたオルダは、この時に初めて彼を教師として認め……傲慢だった自分を変えた。

 

 ◆

 

「――んな事もあったなぁ」

「ひっでぇ」

 

 何でもないように言ったクラヴィスに対し、オルダはケラケラ笑う。本当にあの時の自分は酷かった。自信家で打たれ弱い世間知らず。あそこで自分を見つめ直さなかったら、入団すら出来てないだろう。

 

「あの時から俺は変わったと思ったけど遅かった」

「なんでだよ」

「だっていくらなんでも、今から鍛え直してもニーナに追いつけるかは微妙だろ?」

 

 ニーナだって血の滲む努力をしてきたのだ。

 ちょっと鍛え直した所ですぐに追いつけると思うほど、驕り高ぶっていない。

 

「ニーナちゃんがどれぐらいの実力か知らないから、何とも言えないけど……確かに普通に努力しただけじゃ、差は埋まらないな」

「……」

 

 やはりそうだな――と思いかけた瞬間、クラヴィスがオルダの肩に手を置く。

 

「だけどな、策は無い事もない」

「……?」

 

 クラヴィスはニヤリと笑うと、オルダの想像つかなかったことを言った。

 

「なぁ、これから2週間……放課後に俺と訓練しよう」

「え……」

「俺が2週間で……お前を1年生屈指の実力者にしてやろう」

 

 それはオルダにとって、またと無い好機だった。

 

 

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