生徒に舐められていると勘違いしているけど、実は裏で生徒全員からめちゃくちゃ慕われている魔法学校教師 作:アスピラント
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「――んで……なんで俺もお前らの戦いに巻き込まれてんの?」
「当事者だからだよ、クラっち」
「絶対違くない??」
ユスティとエリスの仁義なき戦いが決まり、エリスチームはクラヴィスとともに円陣を組んで作戦会議をしていた。エリスはともかくネプカもかなりやる気満々であり、円陣を組む前はメアと睨み合っていた。何でもお互い似たようなキャラ属性だから、この際に白黒つけるつもりらしい。
一方で男性陣はというと……。
(すまない先生……俺たちじゃどうにも……)
(こういうとき、僕ら男は無力だからね……)
デイヴィッドとミュラーは担任教師の運のなさを哀れに思っていた。ちょっとした息抜きのつもりが、いつのまにかガチバトルになりかけているのだ。しかもルーメンクラス内でも特に気が強いユスティまでいる。
「ユスティは運動神経もかなりいいよ、エリスも油断したらダメ」
「わかってるよ、体育の時間に散々見てきたわよ」
エリスも自分の得意分野とはいえ、ユスティに慢心などしていなかった。体育の時間で彼女は運動部も目を見張る活躍をしているのだ。エリスは負けるつもりなんて全くなかったが、試合が長引くとは予想していた。
「ところでエリス、俺はどうしたら良い」
「クラっちはキーパーだよ、キーパー」
作戦会議に混じろうとしたクラヴィスに向かって、ポジションの指示を出したのはエリス――ではなくユスティだった。
「ちょっと、なんでよ」
「クラっちは教師よ? 魔法ガンガン使われたら勝てないじゃん」
「だからクラっちはキーパー! あと魔法使うの無し!」
「え! 使えないのかよ! ちょっとだけなら――」
クラヴィスはすかさず反論する。
魔法を使う球技なのに1人だけガチ体力勝負とか、もう息抜きとかじゃなくなるからだ。しかしユスティ達は容赦がなかった。
「ダメ! クラっちはステゴロー」
「ステゴロ……」
メアはキャッキャ笑いながらクラヴィスの意見を切り捨てる。こうしてクラヴィスは1人魔法無しでフィールドを駆け回る苦行が確定した。さすがのデイヴィッドも先生は多分何か悪い物に憑かれているとすら思ってきた。
「ちっ! どさくさに紛れてクラっちを前線送りにする作戦がダメに……!」
「エリス、もっとオブラートに包んでくれ。教師を前線送りにするんじゃない」
エリスは歯噛みしながらも、仕方ないとため息を吐く。
どうせやる事は変わらない、ただ全力でプレーして勝つまで。そしてちゃんとアピールすることが出来たら万々歳である。まぁさっきの言動でだいぶマイナスな気がするが……クラヴィスは生徒に振り回されるのに慣れ過ぎて、いつものことかと割り切っていた。
「オフェンスは私とネプカで攻める。デイヴィッド達はディフェンスで」
「おーけー」
「大丈夫、デイヴィッドは同じ部活じゃないけど……この学校入ってから1番付き合いが長い。連携具合ならユスティにだって負けないわ」
さっきまでのふざけた空気はすっかり消え去り、皆アスリート宛らの雰囲気を纏い始める。クラヴィスはエリスの真面目な雰囲気を見て感心していた。
(遊びであっても手を抜かず――ね。真面目な子だな)
なんだか微笑ましいなと、クラヴィスは宙に浮かんだリングの手前あたりに立ち、保護者のごとく慈愛に満ちた笑みを浮かべた。あんなに真面目なら自分もちゃんと頑張らないといけない。こういうときはちゃんと真剣に向き合うべきだと教わってきているのだ。
「いくぞ!! 皆!! 私の掛け声に続け!」
「「おお!!」」
掛け声……クラヴィスはちょっと生で見れるなんてと期待した。
「ギャルはブッコロー!!!」
「「ブッコロー!!!」」
「掛け声が全部台無しにしてやがる」
前言撤回、エリス達はしっかり根に持っていた。
これにはユスティ達もビクりと身体を震わせ、白い目を向けた。クラヴィスに至っては感心した自分をなかったことにしてやりたかった。
(け、結構根に持つタイプか……覚えておこう)
知られざるエリスの一面を頭の中に入れたクラヴィスは、なんだかんだで真面目にユスティ達のチームを観察する。ユスティはハイエルフという、この世界における上位存在にも等しい種族の血と魔力を受け継いだサラブレッド、加えて仲間であるメア達も特殊な亜人だ。
しかもメアはウェアウルフ、そもそもの身体能力が人間のそれを上回る。エリスの肉体的なスペックより……上なのは間違いない。
「……ちゃんとエリスを勝たせないとな」
ユスティには悪いが、ここはキーパーとしてしっかり勤めは果たさせてもらおう。僅か数秒のやり取り(半ば強制)でキーパーとしての役割を認識したクラヴィスは、いつでも動けるように準備体操だけはしておいた。
「さて……先攻は――」
「そっちボールからで構わないわ」
どっちから始めようか提案しかけたエリスより、ユスティが先に譲った。
「私たちが後から来たもの、これぐらいは譲歩してあげる」
「……上等だ」
2人は同時に杖を構える。
エリスの手元にあったボールの周りに、魔力が渦巻き始めた。
「攻撃魔法は禁止、あくまでもボールだけに浮遊の魔法をかけるだけだから」
「わかってるわよ♪」
「……その余裕のある態度、引き剥がしてやるわ」
そしてエリスはボールを一度手から放して――杖を向けて唱えた。
「レビラ!」
かくして試合が始まる。
エリスは右隣にいたネプカにボールを回した後、すぐにユスティ側陣地へと走り込む。
「む……アラニカ!」
「うっしゃ! 任された!」
ユスティはすぐに同じオフェンスであるアラニカに指示を出した。アラニカは竜の特性をフルに活かして、一瞬でネプカの前に立ち塞がる。
「捕まえた!」
「へへ――そう上手くいくかなっと!」
アラニカは杖を取り出して、莫大な魔力を込めた浮遊の魔法をネプカの手元に向けたが――既にボールはなく、魔法はからぶった。
「な!?」
「いくよ」
ネプカは一度受け取った後、アラニカの死角に杖を移動させてボールを背面からパスを回していた。真正面からの勝負になれば、種族的な差からボールを無理やり奪われることを理解していたエリスは、トリッキーな動きで翻弄する作戦に打って出たのだ。
「まずい!」
アラニカの焦る声に呼応するかのごとく、メアがエリスの前に現れた。
「やっほ! エリス〜」
「メア……」
「悪いけど、私もガチで勝ちたいんだよね! 何てったってクラっちをパシれるから!」
「パシリぃ? それにしたって全力すぎない――っか!」
エリスが杖で浮かせたボールをメアは素早く魔法で弾き飛ばし、そのまま自分達のボールにしようと企む。
「見え見えだから!」
「あ!!」
しかしそんな奇襲をエリスは予測して、華麗に避ける。人並外れたセンスが成せる技にクラヴィスは心底感心していた。普段見せない真面目な雰囲気と、運動に情熱をかける姿はとても輝いていた。
「このまま――決める!!」
あれよあれよという間に、エリスはボールをユスティチームのゴールへと射出する。普通なら間違いなく入る弾道だ。エリスは先制点を確信してほくそ笑む。
だが。
「あら?」
「な……」
勢いよく放たれたボールを容易く止められた――しかも杖を使わず手を掲げるだけである。
「うふふ、止まってみえましてよ」
「ナイスゥ!! フラン!!」
キーパーしていたのはユスティと並んで、規格外の魔力を持つフランチェスカだった。リッチというアンデッド系で最強クラスの魔力操作技術を持つ彼女にとって、飛んできたボールを杖無しで止めるのは容易な事。
エリスは「ずりぃ!!」と叫びたくなっていた。
「フラン!! パス!!」
フィオレがぴょんぴょんジャンプして存在感をアピールする。次こそは自分が、と決死にアピールしていた彼女だったが、肝心のフランは全くフィオレのアピールを汲み取れていなかった。
「えーと……でも、わたくし……スポーツが苦手なので……」
何故なら彼女はスポーツ競技が苦手だった。
試合とかよくわからないし、早く終わってくれないかしらとずっと思っていた。その強い苦手意識からフランチェスカはこの場合、何したら良いかよくわかっていなかった。
「とりあえず、えいっ」
「なぁ!?」
何とフランチェスカはそのままゴールから、クラヴィスが守るゴールへとボールをぶっ放してしまった。これには流石のエリスも目が点になり唖然とする。
「ナイス!!」
そんな豪速球を何とリーダーたるユスティは予測していたのか、空中で見事にキャッチ。彼女はフランチェスカの行動を見越して、クラヴィスの近くに待機していたようだ。
「先制点いくよ、覚悟してよね……クラっち」
ユスティは勝利を確信したような笑みを浮かべ、杖を突き出すとボールを放り込む。対するクラヴィスはそんな彼女を前にしても至って普通な様子。ボーっとしてるのかとユスティがそう考えていると、クラヴィスは勢いよく大地を蹴ってボールへ飛び込むと華麗にキャッチ。
「はぇ??」
ユスティは間抜けな声を晒すと、クラヴィスはドヤ顔をかます。そのまま彼はオーバースローしてデイヴィッドに渡す。
「ゴールは任せろ!!!」
「先生運動出来たのか……!!」
「一応な!」
意外な特技。
対するユスティはプンスカ怒っていた。
「てっきり根暗引きこもりだと思ってたのに!!」
「おい教師に壮絶な悪口を言うな!!」
言い合う2人をよそに、エリスは思考していた。
(先生が動ける人で助かった……! あとは何とかしてアタシらが点を稼ぐ)
ネプカ達に目配せすると、エリスはまた駆け出す。こうなったら負けるわけにはいかない。恩師の前でいいところを見せて、ユスティに差をつけないといけないのだ。
「――うりゃああ!!」
「わ、また止めましたわ」
それからの試合はまさに一進一退の攻防が繰り広げられた。あくまでも休み時間の延長で、軽く遊んでいたエアロボールはいつしかガチガチの戦いに発展した。
「よっと!!」
「ほっ、甘いぜメア」
「うがぁあ! クラっちちょっとは加減してよ〜!」
「……本当はそうしてやりたいんだけどな……」
クラヴィスは最初皆遊びたいだけかと思っていたが、エリスとユスティがあまりにも本気すぎた。試合が始まって30分以上が経つが、未だお互いにゴール無し。漂う雰囲気は刺々しく……戦そのものだった。
「ふ!!」
「ナイスブロック!! デイヴィッド!! ミュラー!! 前線上がって!」
ある時はディフェンスをあげて、攻めに入り――
「フィオレ!! 私ハイエルフの魔法使っていい?」
「ちゃんと加減しろヨ!」
ユスティは神秘的な力を使い出す始末。
もうちょっとした魔法合戦になりかけていた。
「はぁ……はぁ……はぁ……!」
そんな中でエリスはその身1つで駆け抜ける。
ブルームレースの時よりも、ずっと疲労が激しい自覚があった。何でこんなガチなんだよと自分にツッコミたくなったが、楽しさすら感じている自分がいたのも事実。
(負けたくない)
目の前には、黄緑色の魔力を纏うユスティがいた。
勇猛な笑みをした彼女は手招きして挑発している。本来ならムカついているとこだが、この時のエリスは高揚していた。
(上等だ)
エリスは深呼吸したあと、足に力を込めた。
ただ……彼女は戦いに夢中になるあまり、自分の足に想像以上に疲労が溜まっていた事に気づいていなかった。
「――っ!?」
「エリス……?」
突如奔る激痛に顔をしかめ、エリスは勢いよく前へ倒れ込む。このままじゃ顔面から倒れ込んでしまうのは確実、直近にいたユスティは驚きからすっかり固まってしまっていた。
女の子の顔に痛々しい傷がつく――誰しもがそう思った瞬間、一筋の風が吹いた。
「あぶねぇ!!!」
「あ……」
倒れ込む寸前でクラヴィスが魔法で体を強化して、咄嗟にエリスを抱きしめて庇った。あまりの速さにユスティ達だけじゃなく、試合に参加していた生徒全員がクラヴィスの動きを捉えきれなかった。
「クラ……ヴィス先生」
「エリス、大丈夫か?」
「あ、うん……とりあえずは――っ!? あ、いっづぅ」
大丈夫と言おうとしたが、エリスは太ももに激痛が奔り、端正な顔を歪めた。クラヴィスはまさかと軽く一言「触るけどすまない」と言って、魔力を手に通してエリスの足に触れて怪我していないか解析する。
「……肉離れ起こしてるな……」
「え……マジ……かぁ」
「これ以上は出来ないな、医務室へ連れていく。ユスティ達もいいな?」
「あ、うん。流石にそれは仕方ないかな」
「よし、じゃあエリス。少し抱っこするけど我慢してくれ。殴るのは後でいいから」
クラヴィスは優しくエリスを抱き抱えると、お姫様抱っこの状態で夕闇の校庭を歩いていく。
「は、はずい……かも」
「悪いエリス、セクハラで訴えないでくれよ」
そんなことなんか微塵も思っていない。
むしろ役得ぐらいには思っていたエリスだったが、実際のところ素直な心境としてはあまり喜びにくい状況だったりする。
(いいところ……見せられなかったな……)
何せ得意な運動で格好良い姿をクラヴィスに見せられなかったからだった。
◆
「無茶やったねぇ、もう」
「すみません……」
クラヴィスに運ばれたエリスは、早速医務室の
「エリス、大丈夫か? 痛みは?」
「痛みはないよデイヴィッド。ただ安静にしなきゃだけど」
「エリス〜……ごめんね〜……」
「ネプカもそんな謝らなくていいのに」
「大事に至らなかった分、まだマシだったな」
「はは、本当それだよねミュラー」
治療の魔法を施されてはいるものの、用心の為に動かないようベッドにいたエリスは、いつもの友人達に囲まれながら談笑する。医務室で1人静かに入院生活するのかなと思っていたが、仲間達のおかげで寂しさも全く無かった。
ただ何もかも丸く収まった訳じゃなく……。
「あとは安静にすればいい。だけど問題は別のところにある……なぁそこの新米教師、何でお前もノリノリだった?」
「……本当にすみません」
「クラヴィス……昔はともかく今はもっと人のことを見なきゃダメだろ?? ん???」
「ひぃ!! はい!! その通りです!!」
クラヴィスはキャサリンに首根っこを掴まれて、ゴリゴリに恫喝――いや注意をされていた。エリス達はいつになくキレてるキャサリン先生を見て、端っこでガクブル震える事しか出来なかった。
「んな返事は誰でも出来るわぁ!!」
「――んぐぇ」
挙げ句の果てには、まるで岩石みたいな拳骨をクラヴィスに向かってぶちかまして叱責していた。
「担任だろ?? しかも繊細な女の子! 無理さすな!!」
「す、すみません!!」
「生徒のノリと勢いに負けず、ちゃんと皆を見てあげるんだよこのバカタレ!!」
「イ、イエス、マム!!」
(あんな先生初めて見たわ)
エリスはベッドで横になりながら、上官に扱かれる新兵みたいなクラヴィスを見て苦笑する。叱責されている本人は洒落になってないが、本当に申し訳なく思っていた分……精神的なダメージも加算されていた。
「エリス、本当ごめんな……俺がしっかり見ておけば……」
「いやいいって、クラっちは悪くないよ。自己責任だから」
エリスは本当に気にしなくていいと何度も言う。これ以上謝られると、情け無い姿見せただけじゃなく先生に迷惑までかけた気になってしまうからだ。
「――はぁ、この子はちゃんと見てあげるから……クラヴィスはさっさと報告しに行きな。部活の方にも言わなきゃダメだろ?」
「分かりました。エリス……また見舞いに来るからな」
「ああ……うん」
すっかりボロボロになってしまったクラヴィスは、とりあえずエリスの怪我を部活の顧問やら、他の先生にも連絡すべく医務室を後にした。
「じゃエリス、私たちも門限あるから寮に戻るよ」
「うん、わかった」
「絶対に!! 安静にだよ!」
「わかったわかった」
そう言って続々と友達も医務室を出ていく、後に残されたのはキャサリン先生とエリスだけだった。
「さてあと少ししたら夜ご飯も持ってくるさね。物足りなくなるかもしれないけど……味は保証しよう」
「……それは美味しいという意味でですか?」
「いや微妙な味という意味だよ」
何だろう、その話を聞いたら猛烈に早く退院したくなってきたな。エリスは1人死んだ目になって虚空を見つめるしか出来なかった。
そして夜――
就寝時間はとっくに過ぎ、キャサリン先生も近くの自室に戻ってしまい、医務室にはエリス1人だけになってしまった。月が何とも美しい夜だったが、今の彼女にそんな気持ち的な余裕は一切無かった。
「眠れない……なぁ」
痛みから眠れない訳じゃない。
彼女から睡魔を奪い去ったのはユスティとの対決で自らが引き起こした失態に対する、自責の念だった。
「なんか自信満々に挑んで、この様とか恥ずかしすぎるだろ。くは……アタシったらダサいな」
休み時間にする運動自体、普段から児戯みたいなもので雑に準備体操してからやっていたりする。ただユスティが来てからは、そんな準備不足だった事すらしっかり忘れて無茶しまくった。その結果が怪我につながっているのであり、皆に迷惑かけたのは全部自分のせいだと思っていた。
(特別な存在になりたくてやった結果、アタシは怪我した。そもそも烏滸がましい真似をしていたんだな……あれは)
今まで以上にナイーブになっていたエリスはついにそんな事まで考え出した。悲しみよりも失意が勝りかけた彼女は、ハァとため息を吐いてゴロンと寝返りをうつ。
もう寝る気すら失せたな――と思って、ドヨンと澱んだ目を横に向けると忍び足で近寄る
「あ」
「ゑ」
気まずそうな顔をする寝巻き姿のユスティと、古い方の「え」が出ちゃうぐらい、間抜けな声を出したエリス。見つめ合う時間はわずか0.2秒ぐらいだったのに、永遠に感じてしまうぐらい長い時間が2人の間で流れていた。
「……何でいんの……ユスティ」
「しー……っ!」
「シーの声のがデケェ」
ユスティは慌てて静かにするようジャスチャーをしてきたが、生憎そっちの声のがデカい。よっぽど緊張していたのだろう。顔は緊張から来る汗で濡れていた。
「何でこんな時間に来たんだよ、もう消灯時間だろ……!」
「だって日中だと私の友達が来て騒いじゃうかもだし、なるべく今日中には話をしたかったから……!」
だからといって夜寝静まった時間は違う気もするが、少なくとも悪意はないだけマシだとエリスは割り切る。
「とりあえずあまり騒いだらアタシもユスティも見つかるから、手短にな」
「あ、うん……」
「何しに来たんだよ……」
「謝りたくて」
「ん?」
謝るとはなんだろうか。
エリスの中でユスティが謝らなきゃいけないような事は何もない気がしていた。
「ほら、私たちが割り込んで邪魔しちゃったからさ……」
「あー……その事か。いやいいよ、アタシはそんな風に思ってないし」
「でも、こうなるぐらいなら止めるべきだった。すっかり……テンションも上がっていたばかりに、周りが見えなかったわ」
何でまた急にとは思ったが、エリスも彼女が乗り気になっていた理由を把握している以上、あまり強く言えなかった。
「いいって、張り切っていた理由……分かるし」
「え?」
「だってユスティ、クラヴィス先生の事さ……大好きでしょ?」
「!!?」
エリスが言った瞬間、ユスティは一瞬で真っ赤になると鯉みたいに口をパクパク開けて、めちゃくちゃ狼狽えまくった。わかりやすく慌て出したユスティを、エリスはジトっとした目で眺め続ける。
「……」
「ぁ、ぅ、は! すぅ〜……はぁ〜……すぅ〜……はぁ〜……」
ユスティはそれから深呼吸を何度も繰り返し、漸く落ち着きを取り戻すとキリっとした顔でこう言った。
「何のことかしら?」
「無理がありすぎる」
いやもうこれでしらばっくれるのは無理過ぎる。エリスは再び白い目を向けるとユスティはまたアタフタし出した。
「いや! 違うから! 別にそんなんじゃないから! ただ……ちょっと、その……興味深いだけ! そう! 違うの!」
「もしかしてアタシも最初にデイヴィッドからこう見られたのかな。そうだったらめちゃくちゃ嫌だな……」
「何かディスられてる気がするわ……」
最初にデイヴィッドにこう言われたエリスも、実は目に見えて狼狽えていたりする。多分ここまで酷くはないはずだが、客観的に見たら自分もこんな残念な感じに見えていた可能性が高い。
(アタシも気をつけないと――ってそうじゃない)
脇道にそれた思考を修正し、エリスは本題に入る。
「何というか、ユスティが必死になる気持ちは分かるからさ。だからアタシもムキになった。それで自滅しただけ」
「エリス……」
「ユスティが気にする話じゃないからさ、ほらそんな浮かない顔しないでよ。天真爛漫なクラス委員長には似合わないからさ」
ぶっちゃけ最初に割り込まれた時は、ちょっとだけむかついたけど別にいい。多分自分だって必死になってしまうのだからとエリスは自嘲する。
「ふふふ、ありがとうエリス。貴女……優しいのね」
「ん? いやいや普通だよアタシは。本当に何の変哲もない一般人だから」
「そう? 今まであまり頻繁に話してきてないから、よくわからないけど……」
「うん。だって特別な事は今まで何もして来ていないしさ。ほら……アタシってさ、何の特徴もない奴だし」
確かに接点は薄かった。グループが違うという点と、性格やら属性が違うこともあって、最低限しか2人は話して来てこなかった。エリスはあくまでも大勢いる生徒の1人、ユスティはクラスの中心で誰もが認める才女。
エリスは何となく彼女は高嶺の存在だから、きっと話が合わないと自分から引いていた。
(陽キャと隠キャ……あまり自分で陰キャって言うのもあれだけど、世界が違うから無理もないわな)
そんな風に思っていると、ユスティは不思議そうに言った。
「そんな事ないわ。少なくとも私も貴女も、そんな変わらないわよ」
エリスはその言葉を聞いて、ちょっとだけモヤッとした。
「どう変わらないのさ? だってユスティはハイエルフの血を引いている上に、魔法や運動の才能もある。どう考えても普通じゃないし、特別な才能を持った子だよ。アタシなんかと比べたら……ずっと優れてる」
「生まれとか関係ないわよ? ただハイエルフの血を引いているからとか、魔法がすごいとかで特別という事はないわよ」
エリスは次第に……熱が入ってしまった。
「特別だよ!! だってすごいじゃん……! アタシはそんな風に特別な生まれじゃないし、魔法だって普通! 唯一の得意な運動だって……この様だよ」
ああ……今の自分、すっごい嫌な奴だ。
エリスはどうか不満が止まって欲しいと思いつつも、これまで心に蓋をしていて押し込めていた焦りやら不安やらが、一気に放出されていくのを感じていた。
「ユスティにはわからないよ! アタシみたいな……普通の人の気持ちなんか!」
ユスティは何も悪いことを言ってないのに、愚痴がどんどん出て来てしまう。
「はぁ……はぁ……はぁ……。あ――」
一通り言ってからエリスはやってしまったと、背筋が凍る思いをした。最悪すぎる、これじゃ自分はめちゃくちゃ嫌な奴だ。自分が悪いのに……何でユスティのせいにしているんだと、暗い感情がぐるぐる渦巻いた。
(なんで、アタシ、こんな最低なことを)
嫌われるなこれはと、エリスは目に涙を溜めて俯く。
すると――
「大丈夫大丈夫」
「……な! ちょ!」
ユスティが優しく抱きしめてきた。
いきなり美人に抱きしめられたショックから、エリスは人生で1番慌てた。
「な、何すんの!」
「え? ハグ」
「分かるわ! した理由だよ!」
「慰めるためよ、私友達が落ちこんだらこうするのよ。あ! でも! 異性には簡単にこうしないわよ!? そんな尻軽じゃないから!」
「き、聞いてないし……」
エルフって簡単には肌を許さないとか、貞淑さを大事にしたりするんじゃなかったっけと、エリスはただひたすらに混乱していると、ユスティは慈愛に満ちた表情で話し出す。
「私ね、この学校に来る前は皆から距離を置かれていたの」
「ユスティが……?」
「うん、皆ハイエルフの子は気高い存在だから、すごい畏まって接してくるのよ。私は気軽に呼んで欲しいのに……同い年すら敬語で話しかけてくる。だからずっと友達が少なかった」
ぎゅっとユスティは唇を噛み締める。
もし話した内容が本当なら、自分は彼女の傷を抉る言葉を言ったことになる。そんな風にエリスが思ったのだろうと察したユスティは「大丈夫大丈夫」とにこやかに言った。
「今はもう気にしてないし、エリスも私を傷つけようと言ったつもりないのは分かるから」
「ごめん……ユスティ」
「大丈夫。んでね……私はずっと寂しかった。私は普通じゃない……だから仲良く出来ない。こんな気持ちになるなら特別になりたくなかったよって」
ユスティが言った悩みは、エリスのとは対極にあるようで同質の悩みだった。彼女も同じだったのだ、ただ言葉や立場が違うだけで悩んでいたのは、ユスティも同じだった。
「そんな灰色の学校生活しか知らなかった私だけど、あの人が変えてくれた」
「先生?」
「うん」
言わなくても分かる事だった。
「クラヴィス先生ね、前にこう言ってたよ」
「なんて……?」
「皆普通の子なんだよって」
その内容はエリスの興味を強くひいた。
「確かに一般とは違って、特異な生まれをした子は数多く在籍してる。だけど皆15歳の普通の子供、他と何も変わらないって」
「先生が……そんな事を?」
「うん。そして皆違った魅力を持っている。才能とかスペックとか、そんなものじゃなくて……その人自身の気質や性格に宿る本質こそが、何よりも大切だって」
ユスティはエリスから離れると、すごく幸せそうに話した。
「あくまでも才能とかは、その人自身の魅力を押し上げるための付属品でしかない。皆普通だけど……絶対に特別な何かを幾つか持ってる。だから血筋とか生まれとか、つまらないものに拘らなくていいよって」
「……!」
その言葉はエリスのモヤモヤしていた気持ちを、徐々に晴れやかなものにしてくれる言葉だった。
「エリスが先生を好――興味を持ったのも、先生の才能が凄いからって理由じゃないでしょ?」
「――あ……」
今更ながらエリスは気づく。
これまでひたすら読んできた指南書には、アピールポイントになる要素――見た目や振る舞い――は、どれも何となく薄っぺらいものだった。どれも人の外側部分で、内面に迫って行くものじゃない。
そしてエリス自身、クラヴィスに好意らしき感情を抱いたのも才能があるとか、魔法がすごいからという理由じゃない。
「あの人はちゃんと生徒を大事にして、常に見守ってくれてた。そんな優しさが……好きなんだ」
「う、うん……そう、そんな感じ、うん」
はっきりと口に出してエリスが再確認する中で、ユスティはエリスの言葉を聞いて恥ずかしさから赤面していた。自分からけしかけて自爆していたエルフを尻目に、エリスはすっと腑に落ちるものを感じていた。
「はぁ〜……アタシ。バカだったなぁ……」
「特技をアピールするのもありだとは思うわ。だけどそれだけじゃ人って簡単には好きにならない――でしょ?」
「チョロそうなエルフが言うと説得力があるな〜……」
「だ、誰が激チョロハイエルフよ!」
「そこまでは言ってないって」
軽く応酬すると、エリスとユスティは見合わせてクスリと笑う。
「ぷ、ははは! ユスティって……話しやすいね」
「ふふふ、エリスも何か素で話せる感じがするわ」
一頻り笑うとユスティはニコリと笑いかける。
「ね、これからも仲良くして頂戴。エリスとならメア達みたいに親友になれる気がする」
「アタシも、ユスティは親友になれそうだと思ってた」
「じゃあ……握手!」
「畏まってるなぁ……」
初めて形式ばったやり取りに、2人は何だかおかしいねと笑い合う。エリスはさっきまでの嫌な気持ちが無くなり、早く治して復帰しなきゃなとさえ思えるようになってきた。
「じゃあ私、そろそろ戻るね。これ以上いたら見つかっちゃうから」
「わかった」
「お大事にね、また普通に遊んだりしましょ!」
そしてユスティは手を振って去っていく。
暗くてわからないのがネックだった。
「嵐みたいな奴だ……」
でも見方はガラリと変わった。
自分は特別という言葉に拘りすぎるがあまり、最初にクラヴィスと出会ってからの気持ちを忘れていた。
「はやく……治してクラスに復帰……しなきゃ」
そしてエリスは眠りについた。
◆
「……パン、ちょっとパサついてやがる」
翌日――エリスはキャサリンに起こされると、朝の授業に間に合うように微妙な味をした朝食を済ませていた。夜もだったが栄養バランスを考えるあまり、味のことが疎かになっているのだけは気に食わなかった。
「ちょっとの間は杖使わなきゃな」
松葉杖生活は前にもあったが、頗る過ごしにくい。
治療の魔法で無理やり治して欲しいが、魔法の治療に慣れさせすぎてもあまり良くないらしい。よっぽど緊急時じゃないと、そこまで高等な魔法をしてくれないとか。
厄介な決まりである。
「さて……と――」
じゃあベッドから出ようとしたタイミングで、ドアをコンコンと叩く音が鳴る。エリスは誰だろうと疑問に思いつつ、いいですと答えた。
「よっす」
「クラっち……先生!?」
「もうそれ別人の名前になっちゃうから」
軽快な挨拶と共に、ドアをガラガラと引いて現れたのは担任教師のクラヴィスだった。いつにもまして目のクマがやばい、まるでゾンビだ。
「こんな朝早くにどうしたの……? 体調悪い?」
「何で早起きしただけで体調悪いと言われにゃならんのだ。あれだよ……エリスが心配だったんだよ。だけど見舞いに行ける時間も少ないし、時間の合間に行ったら簡単な話も出来ない。でも朝早くなら……しっかり話す時間ぐらいは作れる」
どうしよう、結構嬉しいぞとエリスは熱くなる顔を冷やすべく、手で仰ぐ。
「足はどうだ? 平気か?」
「うーん、まだ痛むよ流石に。だけど鎮痛剤も飲んだし……治療魔法の術式も施してもらったから、多分3日したら全快する」
「ん、そりゃ良かった。部活に支障出たら大変だからな」
部活のメンバーには確かに迷惑をかけている。
1年生は長期休みになると合宿もやるし、他校との試合も控えている。この学校はブルームレースでもかなりの結果を残してきているのだ。貴重な練習時間を無駄にするわけにはいかなかった。
「クラっち……いやクラヴィス先生には色々迷惑かけました。顧問にも休みの連絡いれたってキャサリン先生から聞いていたので」
「んだ急に改まって。そりゃ俺の監督責任もあるからな……大事な生徒を大切にしなきゃいけないんだし」
「へへへ……大事……」
「そりゃそうだろ、特にエリスは運動……大好きなんだろ?」
その言葉を聞いてエリスはピタリと固まる。
「え、アタシ……先生に教えた事あったっけ?」
「いやないけど、運動が好きな事はわかってるぞ。って言っても……あのエアロボールの件で確信したんだけどな」
気づくのがむしろ遅くてすまないなとクラヴィスは区切ると、しっかりとエリスの目を見ながら言った。
「ユスティと対決してる時のエリス、目があの中で誰よりも輝いていた」
「……!」
「それを見て分かった。ああ……エリスは本当に運動好きな子なんだなって。だからさ……怪我して部活出来ないって聞いてから、俺はなんて事したんだって思っちまったよ」
大事じゃなかったからまだ良かったが、下手すりゃもっと大きな怪我をしていた可能性もある。クラヴィスは生徒がしたい事を優先的に出来る環境を作りたいという思いがある。それ故に責任は人一倍感じていた。
「だからさ困ったことがあったら何でも言ってくれ。例え微力でも……俺はエリスを支えるからさ」
「なんだ……届いてんじゃん。アタシのアピール……」
「え?」
「あ、いや何でもない……!」
そっぽ向くエリスを見て、ちょっとだけクラヴィスは心配したが、彼女自身に何か特別な問題はない。ないが……ちょっとだけ気分が高揚して変なテンションにはなっていた。
「そ、そうなんだ……! ありがとう……そこまで考えてくれて」
「当たり前だ、俺はお前の先生だぞ」
「……うん、そうだね……先生」
ふぅと熱くなった息を吐いて、エリスはクラヴィスに向き直ると太陽のような笑みを浮かべて言った。
「ありがとう先生、アタシをしっかり見てくれて」
「――」
クラヴィスはその時初めて、生徒に見惚れた。
普段こんな笑顔をしない彼女だからこそ、ギャップにやられた形になっていた。
「あれ?? クラっち呆けてない?? もしかしてアタシにビビッと来た?」
「な……! 来るかい! 生徒だぞ! 来たらダメだろ!」
「またまた〜」
「何がまたまた〜だよ……! もう少しは俺をちゃんと教師として扱え……!」
すっかりいつも以上の調子を取り戻したエリスに、クラヴィスは朝から翻弄させられる。そこにいたエリスはもう普通である事にコンプレックスを抱く姿は無かった。
あったのは己の魅力をしっかり自覚し、人間としても少女としてもパワーアップしたエリス・ヨハンソンだった。
遅筆で申し訳ございません……!
次回も引き続きお楽しみに!
ちなみに感想くれると、大きなモチベーションになります……!