生徒に舐められていると勘違いしているけど、実は裏で生徒全員からめちゃくちゃ慕われている魔法学校教師   作:アスピラント

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少し文量少ないです、すみません!
年内最後の更新になります!


天才コミュ障魔族少女の奮闘記②

 ニクスクラス――それはルーメンクラスと対をなす選抜クラス。生徒の気質はルーメンクラスと比べて、よりエリート思想が強い傾向にある。何故かというとそれは入っている生徒たちの出自が影響している。

 政治家、著名な作家、騎士団、軍人、貴族、などなど……生まれた瞬間に勝ち組が約束された環境にいるおかげで、幼少期から徹底的に英才教育を施されるのだ。

 

 当然ながら親からだけじゃなく、兄弟や親族に至るまで「お前天才だから出来るよな」と尋常なプレッシャーをかけられ、その挙句に高得点をとっていくんだから、もう鼻は伸びに伸びまくる。

 

 そんなエリートな子がニクスクラスに集っているのだ。

 口を開けばすぐにプライドの高さから見下す発言をかましたりと挑発行為をしてしまう。

 

 そうなれば当然、他のクラスとは衝突が起こりやすい。

 特にルーメンクラスに対しては目の敵と言っていい程であり、学校としてはわざと対立構造を作っているのだ。

 

 全ては優秀な人材を作る為だが、同時にトラブルも招きやすい問題があった。

 

 

 ◆

 

「ニクスクラスの……クラスリーダー、アダスさんですね」

「名前を覚えて頂けていたとは! 何とも光栄です」

「知っていますよ、アダスさんは学年2位でしたからね。私の成績に迫る人を初めて見ましたよ」

 

 ジルガはすっと目を細めて、背の高い銀髪の少年を見遣る。アダス・モルド……ダークエルフ出身で、ジルガに匹敵する頭脳と卓越した魔力量と質、1年生とは思えないほどの才能を持つこの少年は、ニクスクラスの代表を務めている。

 

「それだけじゃないでしょう、ジルガさん。何せ我々の関係性はより根深い……数千年以上昔の時代からね。しかも貴方だけじゃない……私の先祖を辿ればハイエルフになります。ですよね? ユスティさん」

「……その過去は割とデリケートだから、気安く触れていいものじゃないのは分かるでしょ?」

 

 ユスティは顔を顰めながら答えた。

 ダークエルフの成り立ちは当時の世界情勢的に仕方ない面はあったものの、非常に惨い内容だったりする。何せ数千年前に初代大魔王が敵対していたハイエルフの族長を捕らえた後、暗黒の魔術によって激しい拷問を加えた結果、あらゆる魔物の因子を取り込ませて産んだ7人のエルフが、ダークエルフの始祖となっている。

 

 ハイエルフの血と魔族の血、双方の要素を取り込んだ命。

 もう二度とこんなことが起きてはいけないとされ、今でも歴史の授業の中で学んだりする。その上で今普通に暮らしているダークエルフは世界に暮らす1つの種族として認め、平等に扱っている。

 

 ただダークエルフに対する差別感情を抱く者は今もおり、社会問題にもなっている。だからユスティは敢えてその内容に触れるアダスを注意したのだ。

 

 自虐にしても、笑えない――ユスティは目で訴えた。

 

「失礼……あまり気分のいい話ではなかったですね、ふふふ」

「それで……一体何の目的で私たちに話しかけて来たんですか?」

 

 ジルガは警戒心を露わにしてアダスを見ると、彼はニヤリと笑って言った。

 

「宣戦布告ですよ、この期末試験でどっちが優秀か……上下関係をはっきりさせたい」

「……まだまだ私たち5年以上は学校にいますよ? 優劣なんかまだつかないでしょうに」

「はは、そんなんだから負けたのでは? ジルガさん」

 

 あからさまな挑発に、ジルガの額に青筋が浮かぶ。

 

「いい度胸ですね……」

「くふふ、そうこなくては。私たちニクスクラスとしては全力のルーメンクラスを叩きのめさないと、全く意味がありませんから」

「……ふん」

「しかし……ただ勝敗を決めるのもつまらない。そこで私から提案があります」

「何ですか?」

 

 アダスはニヤリと笑って衝撃的な一言を放つ。

 

「もし貴女が負けたら、我々のクラスに来るというのは如何です?」

「「はぁ!?」」

 

 これには藍羅とオルダの武闘派クラスメイトが、怒りすら滲ませながら立ち上がる。対するジルガは予期せぬ提案に、唖然としていた。

 

「……何のつもりで、そんなことを」

「今年ルーメンクラスで入って来た連中は、歴代でもっとも最初の中間テスト成績が悪いと聞きます。そんなレベルの低い連中と……ジルガさんが一緒にいるメリットはありますか?」

「……!」

 

 ジルガの中で――昔少しだけ思っていた、選民思想的な考えがよぎった。周りは学友ではなく、競争相手。この学校で優秀な存在になる事が優先で、友達など必要ないと判断していた冷徹な自分だ。

 

 その頃の自分は今もなお度々囁いてくるのだ。

 ルーメンクラスよりニクスクラスの方が良かったのでは――と。

 

「ジルガさん、貴女は偉大になれる。ニクスクラスで私と一緒に組めば戦後最も偉大な大魔王に――」

「てめぇ……さっきから好き放題言いやがって、ぶちのめされたいかぁ!?」

「貴女には用はないですよ、極東の魔族には関係ない話です」

「いーや! あるね! 何せジルガは友人であり先生だからなあ!」

 

 この一言に真っ先に反応したのは鬼の藍羅だ。

 彼女はジルガを庇うように前に立つ。余談だがこの時にジルガは最初の頃は対立していた彼女が守ってくれるなんてと、内心でめちゃくちゃ嬉しく思っていた。

 

「何という粗暴な……ルーメンクラスはいつからヤンキークラスに」

「品位がないな」

 

 そんな藍羅を目の当たりにして、ニクスクラスの意地の悪い生徒はクスクスと嘲笑う。これにはユスティ達もキレたが、藍羅はこれしきの悪意で怯むようなやわな子ではない。

 

「品位がないのはそっちだろ?? 勝手に引き抜きしようなんざ……やってる事は泥棒と変わらねぇぜ」

「正式な取り決めでクラス異動を提案してるだけですよ?」

「はん! これで挑発して……契約でもさせる魂胆だろ? アタシはバカだけどよぉ、悪意には人一倍敏感なんだよ」

 

 藍羅は踵を返すようにして振り返ると、ジルガに向かって言う。

 

「ジルガ! 馬鹿げた勝負に乗る必要はねぇぜ!! 普通に正々堂々とテストして勝ちゃいいんだよ」

「藍羅……」

「アタシも頑張る! だからジルガも……助けてくれよな!」

 

 言葉にすると情け無く見えてしまうかもしれないが、それは藍羅の信頼の表れでもあった。ジルガとならば絶対に最高のテストを取れる、そんな気持ちがダイレクトに伝わってきたジルガは強く感動した。

 

「提案は受けないと……?」

「受ける必要なんかないです、私はずっとルーメンクラスにいたいので」

「将来的に貴女のキャリアアップに繋がるとしても?」

「……そんなの、自分の手で掴み取れますよ」

「私たちのクラスにいた方が近くても?」

「はい、だって私はクラヴィス先生に憧れてますもの」

「……」

 

 アダスの提案を一蹴したジルガは、ニコリと笑ってクラスメイトに「大丈夫」と言った。最初からアダスの提案なんか受けるつもりも、ルーメンクラスから替えるつもりもない。それに先生であるクラヴィスにまだ何も返せていないのだ。

 

(私はクラヴィス先生と卒業したい、そして夢が叶った姿を見せたい)

 

 だから自分はどのクラスに行くつもりない――そんな意思を込めてジルガはアダスを見る。

 

「……そうですか」

 

 力無くアダスがつぶやいた瞬間――彼から笑みが消えた。

 薄ら笑いも無くなった彼からは、敵意が滲み出ておりオルダは杖を取り出そうとした。

 

(こいつ……戦い慣れてやがるな)

 

 洗練された魔力の質は、普段訓練を受けているオルダにしかわからないぐらい、繊細なもの。だからこそそれを危惧したオルダが守ろうとしたその時だった。

 

「はいはい、そこまでだからね君たち」

「「!!」」

 

 剣呑な空気が漂ったタイミングでクラヴィスが気の抜けた声を発しながら乱入してきた。アダスとオルダはピタリと動きを止め、注意してきたクラヴィスへと視線を移した。

 

「クラっち……」

「先生をつけなオルダ。あと杖はしまいなさい……こんな場所でドンパチする気かー?」

「う……すみません」

「ったく」

 

 オルダは素直に従って杖をしまうが、アダスはまだ手に持っている。鋭い目つきをクラヴィスに向けたアダスはポツリと呟く。

 

「貴方が……ジルガさんのお気に入り?」

 

 ただその続きは許さないと言わんばかりに、クラヴィスはビシッとアダスを指差して注意する。

 

「ほら! アダス君も! しまわないと先生に言うぞー」

「クラっちも先生でしょ」

「俺より偉い人にだよ!」

 

 暗にもっと面倒な事になるよと忠告すると、アダスは渋々杖をしまう。他のニクスクラスのメンバーは、予想以上に緊張感包まれた状況になった事に困惑していた様子。この事からクラヴィスはアダスの独断専行と判断した。

 

「……わかりました、冷静じゃない私が悪かったです。すみませんね……ルーメンクラスの方々」

「……すまないって思ってなさそう」

「思ってますよ、ユスティさん。ここは()()()()()()()()()の顔を立てておきますよ」

 

 アダスはチラリとクラヴィスを一瞥した後、仲間を引き連れて去っていく。流石に杖を使った暴力沙汰にするつもりはなかったのか、大人しくひいたアダスを見てクラヴィスは胸を撫で下ろすが――いきなり自分の教え子達に、腕をガシッと掴まれた。

 

「クラっち、元ニクスクラスなの!?」

「えー! 初耳!! ルーメンじゃなかったんだ!」

「……よろしければお話を聞かせてください」

「だー! しがみつくなギャルーズ!! 服が伸びる!」

 

 ユスティ達からしたら、クラヴィスの過去ほど興味深い内容はない。彼は秘密主義なのかなんなのか知らないが、とにかく自分の事を語りたがらない。ユスティからしたら喉から手が出るほど欲しいし、エリスとも差をつけたかった。

 

「はい!! とりあえず! 俺の事はいい! まずはお勉強だろ!!」

「ちぇ、テスト終わったら追及しよーっと」

「メアには言わん、一瞬で広まるからな」

「な! ひど! 鬼畜教師!」

「そんな酷すぎる事してないだろ!」

 

 良からぬ噂を広めようとする教え子達を注意しつつ、クラヴィスは内心で別のことを考えていた。ニクスクラスの担任教師は学生時代から知っている人だ。間違いなく今回の件は伝わるだろう。

 

(悪い人ではないんだけどな……)

 

 どうか変な絡まれ方しませんようにと祈るクラヴィスだったが、そんな祈りが神に届く事はなかった。

 

「……ルーメンクラスの教師、クラヴィス……何故あんな無気力な教師がジルガさんに気に入られてる……」

 

 アダスの中で淀んだ感情が渦巻いていたからだ。

 

 ◆

 

「――なるほど、つまりそんな事があったと」

 

 薄暗くて不気味な雰囲気が漂う研究室にて、何者かが椅子に寄っかかりながら会話していた。机の上には魔法陣が描かれた羊皮紙があり、その上からぼんやりとローブを着た人物が投影されていた。

 

「わかりました、後ほどしっかり注意しておきます。クラスの内情は理解していますが、こればっかりは当人次第な面もありますから」

「――――――――」

「安心してください、多少コミュニケーション面の問題はありますが、何もイタズラに悪事を働くような子じゃありませんよ――()()

 

 最後に軽く談笑すると、魔法陣に投影されていた人は消えていく。椅子に座っていた人物はクスリと笑うと、ぼんやりとつぶやいた。

 

「青いね……昔を思い出すよ」

 

 ◆

 

「ふむ……まぁ順調そうではあるかな」

 

 その日の夜――クラヴィスはジルガから報告を受けた自習の内容に目を通していた。最初の頃に衝突があった藍羅とジルガの関係性は落ち着いているようであり、クラヴィスが1番危惧していた修復不可能な状態は何とか回避出来たようだ。

 

「この調子でいけば1位も夢じゃない……かもなぁ」

 

 ジルガ達以外にもエリスの仲間の方にも顔出ししたが、彼女らも問題ないとの事。ただ「もし成績上がったらデートしてくれ」という約束を取り付けられかけたため、妥協案を提案して難を逃れた。好意は嬉しいが、流石に教師と生徒の垣根を超えた関係性は良くないと考えるクラヴィスからすると、中々に冷や汗ものである。

 

「まぁそれだけ気にかけてくれてるなら……俺もちょっとは教師として認められるようになったって事だよな」

 

 本当は認められる所の騒ぎじゃないが、肝心な所で鈍い彼が理解するには膨大な時間がかかるだろう。

 

「さてそろそろ――」

「クラヴィス君、いるんだろ?」

「……んげ」

 

 またもや扉が叩かれ、清廉な声が響く。

 その声に聞き覚えがあったクラヴィスは一気に気まずそうな顔をした。というか耳に入るの早い上に、まさかこんな早く来るとは思わなかったのか、急いで机の上を片す。

 

「開けちゃうよーっ」

「ちょっ! 待ってください! ()()()

「それはフリかな?」

「違うわ!」

 

 このままだとより面倒な事になると思い、クラヴィスは渋々ドアを開けた。ここ最近色々な人がやって来ては好き勝手されているなぁと思って、入ってきた()()を招く。

 

「はい……どーぞ、ティナーシャ先輩」

「教師になってからつれないじゃないか、()()

 

 入ってきたのは灰色のショートカットをした背の高い女教師だ。目のハイライトは無く、肌色は薄い灰色をしている。彼女はデュラハンであり、この魔法学校で騎士団にも入っていた事がある。

 

 そして学生時代のクラヴィスの先輩でもある。

 尤もクラヴィスは飛び級で卒業しており、学生時代の思い出みたいなものはほとんどない。ただその中で良く話していたのは、当時クラスリーダーを務めていたティナーシャだった。

 

「後輩って言っても、俺がいたのは1年だけじゃないっすか……。皆俺を好奇の目でしか見てなかったし」

「たった1日でも後輩だったら、問答無用で私の後輩さ。ちゃんと学校の事も教えてあげただろう」

「へーへーそうでしたね、ところで何か飲まれます? 久々に話しますし」

「ぜひぜひ、お酒でも構わないよ……私は強いから酔わないけど……気分は良くなるからね」

 

 魔族由来の肉体は非常に強靭で、人間基準のがぶ飲みじゃ酔わない。安易に飲み比べなんかしたらぶっ倒れるのは確定だ。

 

「――じゃ、久々の語らいに」

「……乾杯」

 

 何だそれと思いながらクラヴィスはティナーシャとグラスを合わせて乾杯した。するとティナーシャはニヤリと笑うと、自分の頭を引っ掴んで、首を引っこ抜き、切り口から直接酒を摂取した。

 

 はっきり言ってホラーである。

 

「ぎゃああ!! やめいやめい!! グロいグロい! 気分悪くなるわ!」

「デュラハン流一気飲みだ、面白い?」

「どこが面白いんだよ! 怖いわ! 普通に飲んでくれ!!」

「ふふふ……相変わらずのツッコミに安心したよ」

 

 そう言ってティナーシャは頭を元に戻して普通に飲む。

 クラヴィスはもう既にヘトヘトだった。心臓に悪いギャグ(?)をしてはよく新入生を揶揄っていた彼女は、何かと恐れられていた。

 

「君は覚えてるかい? ニクスクラスに編入した当初を」

「いやー今となっちゃ、恥ずかしいですよ……!」

「あの時の君は本当に初々しかったなぁ、周りは年上しかいなかったし、緊張から自己紹介する時は噛みまくってた」

「言うなぁ〜……黒歴史……」

 

 飛び級で入学したクラヴィスを待ち受けていたのは、ニクスクラスの最上級生。奇異な目で見られながらも、頑張って自己紹介したクラヴィスは噛み散らかし、盛大に躓いた。ただ可愛らしいという印象を植え付けることには成功したクラヴィスは、ティナーシャを筆頭に()()()()な上級生に大層可愛がられた。

 

「あの時の写真とかまだ持ってるよ……くふふ」

「絶対!! 俺の教え子には見せないでくださいよ!」

「アア、モチロンサ」

「棒読み!」

 

 絶対バラす気じゃねえかとティナーシャに食ってかかると、彼女は豪快に笑う。やっぱり先輩には頭が上がらないクラヴィスは、何とか話を切り替える為に本題を切り出す。

 

「それで……先輩が来た本当の理由は?」

「私の教え子が君の教え子に迷惑をかけた詫びだよ」

「ああ……あれか」

 

 ダークエルフの御曹司――アダス。

 彼というより、クラヴィスは彼の父親についてはちょっとした縁がある。何せ前職でアダスの父親は関係者だったからだ。

 

「アダスが挑発してきたのが発端だ、彼は何かとジルガに執着していてね……」

「同じ小学校でしたっけ?」

「幼馴染だよ、ほら……ジルガの親御さんはお偉いさんだから」

「なるほど……ねぇ」

 

 また幼馴染かよ……とクラヴィスは歯噛みした。

 幼馴染の甘酸っぱい関係性はオルダとニーナでお腹いっぱいだ。そんな中に放り込まれたら、確実に面倒なことになるに決まっている。

 

 特にアダスは何かと根深そうだ。

 クラヴィスはちゃんと彼に睨まれた事に気づいていた。

 

「あーやだやだ、もうやっかみとか勘弁してくれ〜」

「人の心の懐に入り込んでしまう、君の気質を恨む事だね」

「よく言われますけど……教師の能力的にあった方がいいでしょ!?」

「一理あるな」

 

 くはははと笑うデュラハンの麗人を恨めしそうに睨みながら、クラヴィスはチビチビと飲む。そんな彼を見ていたティナーシャは見た事ないぐらい良い笑顔を浮かべた。

 

「にしても安心したよ」

「何がです?」

「今の君は生き生きとしている、一時は本当に心配したぞ」

「……あー……まぁ……そうですね」

 

 彼女が言う一時には覚えがある。教職に就く前、抜け殻のようになってしまった時の話だろう。

 

「君は昔から魔法は誰かを幸せにする為に存在しているという考えを曲げず、ずっとそれだけを考えていたよね」

「……今でも変わってないですよ」

「わかってるさ、ルーメンクラスの顔を見れば分かる。皆生き生きとしている。殺伐とした入学当初とは別人だよ」

 

 クラヴィスはグラスに満ちたワインをボーっと眺める。自分が入学した当初も、彼らより殺伐としていた。自分は選ばれた存在であり、自分の魔法が人を救うのだと思っていた。

 

「彼らには……後悔してほしくなかったんです。競争に勝つ精神が不要とは言いませんが、度を過ぎれば悪影響を及ぼします」

「かつての君のように?」

「はい、高い理想を実現する為に……何もかも捧げた後に夢を打ち砕かれたら……」

 

 クラヴィスの脳裏には前職の時に、精神をおかしくした自分の姿が過っていた。何をしたかったのか分からなくなり、無気力になってしまって、ずっと家に引きこもっていた。

 

「一度壊れたら元には戻りません、アイツらにはそんな苦しい思いをさせたくないだけなんです」

 

 しかしそんな苦しみがあったからこそ、クラヴィスは今この場にいる。幸か不幸か……新たな道を見出だしたクラヴィスは初めて自分に誇りを持てるようになった。

 

「成長したんだね、君は」

「まぁ……そうなります、ただ俺もまだまだミスは多いです。完璧には程遠い」

「完璧な教師というのはいないさ、何せ人自身が完璧じゃないんだから」

 

 ただその不完全さがより強い進歩をもたらすことも知っている。とりわけ大きな挫折を経験してから乗り越えた人は、説得力もかなり違う。

 

「ちゃんと立派な教師だよ、君は」

「……ニクスクラスのリーダーに言われたら光栄ですよ」

「元がつくがね」

 

 2人はそのまま昔話に花を咲かせた。

 気軽に学生時代の話が出来たことに、クラヴィスは長らく感じなかった懐かしさに浸れる事が出来た。

 

 ◆

 

 教師たちが和やかに談笑している間、ニクスクラスの談話室は中々に空気が張り詰めていた。アダスは談話室で勉学がひと段落ついた後、悩まし気に暖炉を見ていた。

 

「……クラヴィス、何がジルガの興味をひいたんだ。只人の分際で」

 

 ルーメンクラスに入った当初のジルガは、まさに冷徹な令嬢といった様子だった。優れた者しか認めないという彼女の強さと雰囲気に飲まれたアダスは、いつしか彼女を強く慕うようになった。

 

 カリスマ性と美しさ、知性に溢れた冷たき魔王の娘。

 そんな彼女と対等になりたいとアダスは思った。

 

「今の彼女はもうあの頃とは違う、ただの学生……本来の彼女じゃなくなってしまった」

 

 しかし今のジルガはどうだろうか。

 牙はすっかりなくなり、腑抜けてしまった。憧れていた彼女は今や恩師を強く慕うただの女の子になってしまっていた。

 

 どうやってジルガを変えた。

 彼は何者か気になったアダスは、自らの父に連絡を取った。

 

「……かつてニクスクラスだったのなら、もしかしたらお父様が知っているかも」

 

 アダスの父――ウルクは国の中枢で働いており、行政機関である大評議会の議員として務めているウルクは、それこそニクスクラス出身であり非常に顔も広い。

 国家の中枢で国そのものの運営に関わるというのは、エリート思想の強いニクスクラスなら目指すべき姿だった。

 無論……アダスも将来の夢は父のような政治家であった。

 

「……お父様……」

《アダス……どうした? 珍しいな……話がありますと急に言ってくるとは》

「ご迷惑でしたか?」

《いや、今は大丈夫だ。それに息子の連絡を無碍にしたりはしないさ》

 

 父は忙しい立場にはいるが、息子にはとにかく気にかけている。だから念話を用いればすぐに答えてくれる。もっとも話せるのは仕事がある程度落ちついた夜になるが。

 

「単刀直入に聞きます、お父様は……クラヴィス・アルゲンティアについて何かご存知でしょうか」

《今……何と?》

「クラヴィス・アルゲンティアです、知っていますか? 元ニクスクラスの卒業生というのは、担任から聞いてはいるのですが……」

《まさか……教師になっていたとは》

 

 ウルクはかなり驚いているようで、アダスの問いかけに対してすぐに答えられるような様子ではなかった。間違いなく一定以上に知っていないと出来ない反応だろう。

 

「彼は何者ですか?」

《国家安全保障局は知っているな?》

「勿論です」

 

 グランセルク王国、国家安全保障局。

 一言で言うならいわゆる王国にとって脅威と見られる存在を取り締まる諜報機関だ。活動範囲は多岐に渡り、国内外問わず局員がそれぞれのスキルに基づいて、工作活動や情報分析を行ったりする。

 

《その中で彼は監査部にいた。監査部には実行部隊を務める治安維持課というのがあり、クラヴィスはホープだったと聞いている。ただ作戦内容は極秘……我が国にとって脅威となる存在を取り締まっているという事だけは知っているが、それ以上は知らない》

「治安維持課……」

《一部の高官……政府機関の中でもとりわけ機密情報を扱う者ならば知っているだろう》

 

 正直国家安全保障局に入るというだけでも、凄まじいエリートだ。そんな中で父でさえ知らない活動をしているというクラヴィスに対し、アダスは強い興味を抱くのと同時に、不気味にも感じていた。

 

《ただこれだけははっきりしている》

「それは何でしょうか」

《治安維持課は何でもしてきた、そう……()()()()

「……っ」

 

 含みを持たせたウルクの言葉にアダスは息を飲む。

 国家安全保障局は学生たちからは正義の味方のように見られる事もかなり多い。勇者や魔法騎士団とまでは行かなくとも、人や国を守る為に働くというのは、名門魔法学校に通う者なら誰しもが目指す道だ。

 

 だけどその全てがクリーンというわけじゃない。

 アダスはウルクから何度も、平和を維持することの難しさを聞いてきた。それを果たす為には並大抵の覚悟じゃ、やっていけない事を。

 

《やられる前にやる……脅威を素早く無力化し、表沙汰になる事はない。私としてはそんなことをするのは普通の精神では無理だ》

「……それって教師の経歴として、どうなんでしょうか」

《私ならそんな後ろめたい経歴を持つ者に息子を預けたくない》

「……ですよね」

《それに彼は人一倍任務に駆り出されていたからね……一体どんな事をしてきたのか……》

 

 ウルクの言葉が嫌に重く染み渡っていく中で、アダスは決意する。こんな後ろめたい経歴を持つ人が担任教師なんて、学長は一体どういうつもりなのかと。

 

(そんな奴が……ジルガの側にいていいのか? よくはないだろう……)

 

 目を覚ませてやらねば――アダスの歪んだ決意は、談話室という狭い空間の中で形になろうとしていた。




次回もお楽しみに!
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