狂信者+ダンジョン=農家栽培 作:ストマフィリア
暗がりの空間の中をただ一人歩いてゆく。
バベルの中、迷宮の一階層に続く見慣れた螺旋階段を降りていくあなた。急ぎ足でもない淡々とした歩みだが、道順はあらかじめ決めているのか彼の足取りに迷いはない。
薄緑色の軽装備に身を包み足を進めるが、迷宮は当然だとも言わんばかりにあなたに対して牙を剥く。
しかしてそれに後れを取るはずも無く、力量も測れないコボルトの無謀な特攻には冒険者も呆れるばかりであった。
やはり知能の無いモンスターは取るに足らない。興味も無い。ラーニェくらい意思疎通が取れて強そうなものでない限り、あなたの興味を引くに値しなかった。
故に、遭遇し次第即殺である。
だが生憎と普段使用している武器は家に置いてきてしまった。今日は農民としての仕事の日で冒険に出かけるつもりはなかったからだ。
嘆息を吐いて、仕方ないと判断したあなたは4次元ポケットから愛用武器の一本であるミカ製の
黄色に染まった刀身をあらわにし、単身で突っ込んでくるコボルトに対しジト目を向け――。
『■――ッ!?』
無造作に一閃。
頭部と胴体を繋ぐ首元を直線上に黄色い閃光が奔った。同時に緩やかに泣き別れしていく命を繋ぐ部位。
瞳にハイライトを浮かばせず殺意も感情も持たない一挙手、突如振りかざされた暴力にコボルトはただただ困惑を浮かべながらその命を絶った。魔石すら砕かれる始末である。
で、1匹倒したかと思えばもう1匹。
迷宮の侵入者は自分自身なので当たり前な事なのだが、敵にすらなり得ないモンスターに襲われるのは面倒だと。あなたは嘆息を吐きながら、黄色い短剣を的確に哀れな命達へ振り下ろした。
そんな行為を続けながら6階層。
屈折すること数分。ようやっとベルを探し当てたあなたが最初に見たのは、あなたと同じく短剣を振り回し一匹のモンスターを倒した瞬間であった。
相手は全身がくまなく黒に染まったモンスターである『ウォーシャドウ』だ。あなたの知識上、別名で新米殺しと呼ばれているモンスターのはずである。
一匹どころではない、複数個体を相手に……駆け出しであるベルが挑むには危険と判断せざるを得ない状況だ。
「せっあぁぁぁッッ!!!」
しかし少年の咆哮を前にしながらあなたは物陰に隠れ様子を窺った。
これといった理由は特にない。ただ、他人の戦闘にあなたが手を出すのは悪いと思っただけである。
その戦いはまさにギリギリの死闘だった。
今にも倒れそうな疲労と緊張感を抱えながら疾走するベルの姿、横転し呼吸を乱し、戦い慣れしていないだろう一挙手一投足を瞳に映す。
だが焦りは無し。ベルは的確にウォーシャドウの命を刈ってゆく。
遂には囲われていた包囲網を崩したベルが、暗がりの場にただ一人で立っており。
……その姿を物陰で見ていたあなたは、頬を緩めてふと懐かしいもの見た気分になっていた。
遥か昔のあなた。
スライムに溶かされ、核で爆殺され、どこの誰かが起こしたのかも分からない終末に巻き込まれドラゴンに焼き尽くされた、あなたが翻弄されていたあの頃。
そう、駆け出しだったあの頃のあなたは今のベルのように、強さを求める為に必死だった。
ノースティリスで生き残るために、そして
嗚呼、あの頃は若かった。若かったとも。
レシマスを攻略するために躍起になったり、パーティーで良い目を見られようと演奏しては石を投げつけられて死んだり、店を構えては税金の納入不足で犯罪者扱いされた日々。
生きる目的を、目指す者を定めて強さを追い求めたあなたの熱量と純粋さ。かつてあったはずのソレに少しだけ郷愁を感じる。
しかしそれは昔の話。
今のあなたはすっかり上級の冒険者。神を殺せるほど強くなり、億万の
これを倦怠期と、あるいはマンネリ化とでも言えばいいのだろう。
狂信者として神に対する愛情は有頂天で変わらずだが、冒険をすることや強さを求める行為にあなたはいつしかそれらしい感情を抱かなくなっていた。
だから、だろうか。
あなたはベルを少しだけ羨ましいと感じた。
嫉妬とかではない。ただ単にあれだけ純粋に強くなろうと、駆け出しだった頃のあなたの様にがむしゃらに走るベルの姿を見たあなたは、かつて抱いていたはずであろう感情を想起しただけである。
そう、ただそれだけだった。
目を瞑って懐かしさに浸りつくしたあなたは正面を見る。
ベルはウォーシャドウを蹴散らし、少し放心している所だった。
短刀とドロップ品である『ウォーシャドウの指刃』の二刀を両の手に備えるベル。戦うその意志や未だ衰えず、いつでも来いと言わんばかりに迷宮から生まれようとする敵に向けられていた。
しかし、あなたにも予定というものがある。
あなたはここにベルの食べ残しを届けに来たのだ。
例えベルがまだまだやる気だとしても、あなたとしてはこれ以上時間を取られるのは御免被る。やることは済ませてさっさと家に帰りたいのである。
ということで、あなたはすたすたと歩いてベルと接触。
誰も居ない道筋を悠々と歩き、お目当ての人物の頭にチョップをかました。
「っ! ……ってあれ。農家、さん? どうして……?」
目に力が入っていないベルと視線を合わせる。
どうやらウォーシャドウとの戦いに意識を振り切っていたせいか、人と会うことに無頓着だったらしい。チョップをしたあなたをモンスターだと思ったのか、一瞬だけ殺気を向けられた。いい殺気である。
しかしあなたを見た途端に力を抜きかけるベル。精神を張り詰めていたからだろう。安心できる人間と接触して気が抜けたのかもしれない。
あなたは懐からパック詰めされたベルの食べ残しを取り出した。
「え?」
突然食事を目の前で出され困惑するベル。
何ともぽけっとした声を出した少年に、あなたは食べ残しを届けに来たことを伝えた。
「え?」
短刀を握りながらぽけっとするベルの反応からして状況が読めてないのか。
あなたはもう一度用事を伝えた。
だから、あなたはベルが酒場で残した食べ物を届けに来たのである。
「…………ああ! ごめんなさい! 僕、黙って出て行っちゃって……!」
ようやくあなたの言葉の意味を理解したのか、酒場で食べ残しした件について謝罪をする少年。
食べ残しに関しては大丈夫だ。あなたは去り際にベルの分の代金を払ってきたし、店主にも謝罪を一言入れておいたのだ。
それにあの状況では店を出て行きたくなるのも仕方ないだろう。
あなたは肩を透かしてベルを慰めた。
「でも……」
どうしても、というなら今度はベルだけで店の方へ謝罪しに行けばいい。
あなたは仕事の都合上、一緒に行けないかもしれないがベル程潔い少年なら一人で謝りにでも行けるだろう?
「……はい。農家さんご迷惑をかけてすみませんでした!」
あなたの提案を受け入れたのち、大声で頭を下げるベル。
素直な返事にあなたは少しいい気分になりつつ、ベルの謝罪に頭を撫でることで答えを表した。
……さて大声での謝罪は非常に印象が良いのだが、どうしたものか。
「何がですか?」
いや、ここは迷宮だろう。
ここらにいるモンスターはベルが倒したとはいえ、遠くにいるだろうモンスターはどうだろうか。
今のベルの声で感づいて近寄ってきたりしないだろうか。
「……あ゛」
フラグ立て乙、といった感じだろう。
気づけば周囲に複数の気配を感知するあなた。
「――っ、またウォーシャドウが!」
ベルも暗闇に呻く声を聞いた事からか、その影の奥にいる存在を察知したらしい。
駆け出しでも流石に冒険者なベル。
周囲を這うウォーシャドウを再確認しては再び戦闘態勢を取る。
「すみません! 僕のせいでモンスターをっ!」
瞳をモンスター達に見据えるベル。
ふむ、ベルにはまず迷宮での注意点から説明したほうがいいのだろうか。
駆け出しなのは良いが、最低限の事前知識すら無いとなると流石のあなたも首を捻らずにはいられなくなる。
何せ学の無さは早死にの典型的例だ。かつてのあなたもスライムの存在を知らず無謀特攻した身で経験過多だ。実体験が身に染みている。
「ご、ごめんなさぁい!!」
あなたの指摘にベルは少し泣きそうだった。
思い当たる節があるのかどうやら図星だったらしい。
と、そうこうしていると後ろから気配。そして殺気。
「――農家さんっ!」
迷宮の脅威は容赦なくあなたに襲い掛からんとする。
ウォーシャドウの狙いは首筋一点。
飛び掛かって食いちぎる気か、それともご自慢の指刃で掻っ切ろうとでもいうのか。常人なら断ち切られた地点で即死だろう。
ベルの警告を横に、あなたはその対象を流し目する。
『■――!』
耳にうるさい咆哮を聞き、状況を把握したあなたが取った行動はただ一つだった。
――会話の邪魔だ。死ね。
「危な、い?」
警告の声を上げたベルがすぐさま素っ頓狂な声を上げる。
一、いや二撃だ。
黄色の短剣の一刀を縦に、二刀目を横に割いた十字に反られた斬撃、飛び掛かったウォーシャドウはあなたの刹那の斬撃によって切断されその命を散らした。
挙動の瞬間などベルには見えておらず、ただモンスターが切られているという事実だけを残していた。
信じられるか? 今の二撃、超短文詠唱よりも速いんだぜ!
「…………え?」
未だ状況を掴めずボケっとする声を横にあなたは速度を上げた。
前言通り、ウォーシャドウの存在はベルとの話の邪魔だ。襲い掛かってきたモノ、周囲を囲むモノ含め邪魔である。
速度を上げたあなたは、即座に周囲に蔓延るウォーシャドウの命を問答無用に刈り取る。
瞬殺……否、刹那の時間をもって広がる鏖殺にモンスターはうめき声すら上げる事すら許されず散っていく。哀れウォーシャドウ、彼らの魔石は誰にも使われることなくあなたに砕かれるのであった。
なお、先の酒場でジェノパが出来なかった鬱憤も無いわけではなかった。
定期的なジェノパは心の健康に関わるのだ。仕方ない。
さて、モンスターも殲滅し静かになったところで会話の続きだ。
殲滅にかかった時間はわずか5秒に満たず。数瞬の時間を持ってあなたはベルの元へと帰って来ていた。
「いやあの、そんな当たり前のように帰ってこられても。農家さん一体どこまで行ってきたんですか……!?」
だが何故かベルがあり得ないモノを見たような目であなたを見つめている。
そして何故か、そんな視線があなたのメンタルにダメージを与えた。天罰を食らった気分だ。辛い。
何とか気を保ちつつ、この辺は大丈夫とだけ伝えるあなた。
どこまでというベルの問いだと、少なくともあなたはベルとの会話の邪魔をされないように6階層どころか7と8階層のモンスターを狩りつくしてきたつもりだ。
倒したモンスターの魔石の放置も良くないので、殺し次第片っ端から魔石も砕いた。何も問題はない。
それはそうと、あなたはもう一度懐からパック詰めされた食物をベルに渡す。
さっきはモンスターに邪魔されて渡せなかったが、今度こそベルの手元へ渡った。
「あ、ありがとうございます。でも僕、今は……」
何、ここで今すぐ食えという訳ではない。戦闘直後で口に物が入らないことくらいあなたも承知済みだ。
「……わかりました。じゃあこれは神様のお土産ってことにしておきますね」
微笑んでそう言ったベルに、あなたは頷きを返した。
「それにしても、農家さんってすっごく強いんですね! あ、でも確か冒険者としても活動しているんでしたっけ。もしかして僕よりもレベルが高かったり?」
話は変わり、先ほど見せたあなたの戦いについての追及が始まった。
といってもベルは単にさっきのあなたの戦いぶりに興味津々なだけだろう。目を光らせた彼の奥底には隠しきれない好奇心が良く見える。
少年の問いに対し、少なくともベルよりは圧倒的に強いと返答するあなた。
「武器もすごい……黄色くて綺麗だし見るからに高そう……」
ほう? 武器に目をつけるとはお目が高い。
あなたは武器を逆手に持ってベルに刀身を見せた。
あなたの抱える愛用武器の一つ、その名を《★ラッキーダガー》という。
女神エヘカトルの信仰を深め、彼女に下賜ることで入手できるこの武器はノースティリスでは
ミカという鉱石で出来たこの武器は、性能こそ誰もが作成できる生きている武器に劣るものの、神から賜る武器の中では大変重宝する。
時にひときわ輝く性能は、そのエンチャント「スタミナ吸収」だ。
端的に説明すると、この武器で敵に傷つければあなたは疲労しなくなる。
とにかくコレはとても有難い効果を持っているのである。
「へぇ……。とにかくすごい武器なんですね!」
……まあ、そういう認識で構わない。
無邪気に笑ってあなたの武器を褒めるベルの頭を撫でる。
フワフワとした感想だったものの、神から賜った武器を素直に称賛されたあなたの機嫌はいい感じに上がっていた。
「く、くすぐったいですよっ」
ふわっふわの頭髪の中毒性は効力を発揮しており、あなたの手を止めることを許さない。
これはもうあれだろう、触る事の出来るエーテルの類だ。ベルの頭髪は病気に効くに違いない。あなたはそう確信していた。
そうして、あなたがベルの頭をひとしきり撫でた後。
ダンジョンの中とは思えないような他愛ない雑談を繰り広げ、数秒の静寂が生まれた瞬間だった。
突如、ベルが口を開いて真剣な目であなたを見てこう言ったのである。
「農家さん。僕に、戦い方を教えてくれませんか」
他愛ない会話だったはずだ。
あなたの武器の話から、あやふやながらあなたが持ちうる強さの話を隣人同士の会話として語っていた。
ついでにベルについての話も。
何のためにオラリオに来たのか。
何のために冒険者になろうと思ったのか。
……まあ、ハーレムを目指すという思考だったことだがそこは置いといて。
ミノタウロスとの追いかけっこをした話を聞いた。
そこでアイズ・ヴァレンシュタインに命を救われたことを。照れながら彼女に憧れを抱いたことを。
そして酒場の一件。あの犬畜生に嘲笑われたベルが何を思ったかを。
一通り語り終えたベルは、そうしてあなたに真剣な眼差しを向けてお願いをしに来たのである。
「農家さん。僕に、戦い方を教えてくれませんか」
覚悟の決まった眼差しだった。
意を決したように立ち上がり、両手を太ももに揃えて礼儀正しい姿勢のまま頭を下げたベル。彼はどうも並々ならない決意を胸にしている。
あなたは疑問を抱え一考ののち、一つ彼に言葉をかけた。
それはアイズ・ヴァレンシュタインに対する切望から――
あるいはあの酒場で嘲笑された悔しさから思い至った願いか、と。
「……!」
あなたの問いに一瞬目を開き、目を伏せるベル。
「正直言えば分かりません……。でも悔しい気持ちでいっぱいで、すごく、すごく……。あそこに居られないくらい悔しくてっ。気づけば
目を伏せたベルは手に持っている武器を腰のあたりまで持ってくる。
ボロボロの短剣と欠けた『ウォーシャドウの指刃』は彼の心境を表しているようだった。
「僕が農家さんに教えて欲しいのは、あなたの強さを。
少しでもあの人に追いつける強さを教えて欲しいって思ったからです。だから僕は……」
そこまで言えば十分だ。
あなたは泣き目になりかけなベルの言葉を右手で止めて、自問自答に耽る。
――なんと純粋で、若々しい熱だろうか。
あやふやな答えだったがベルの想いは一つだろう。
――ただ強くなりたい、だ。それ以上でも以下でもない。
その目標に酒場での悔しさや、アイズ・ヴァレンシュタインへの憧憬が関わっているが結局の所、純粋な強さを求めているのが今のベルだ。
純粋な願望は、遥か高みの強さを持つあなたの存在によって刺激された。
そうして、ベルはあなたに戦いの教授を求めてきた。恐らくはそういうことだろう。
あなたは腕を組んで目線をベルに移した。
なんともまあ、小さい身体だ。
年端も行かない弱弱しい身体つき、優しくも生真面目な性格。おまけに金も無く、冒険者にはふさわしくないランキングならトップを争えるだろうベルの全て。
しかし、掲げる想いは本物だろう。
論より証拠、ベルは酒場を飛び出しただ一人悔しさに伏せるのではなく、迷宮に突入し自暴自棄にモンスターを狩っていた。強さを求めて行動をしていたのである。
強さを求める者は成長する。
諦めを知らない者はその強さを早熟させる。
諦めない者はいくらでも強くなれるのだ。
屈辱に身をやつそうと、町中で理不尽極まりない終末に翻弄されようと、サンドバッグで苦痛の極みを与えられようと。
昔はプチ5匹に囲まれればそれだけで死ぬような雑魚だったあなたでも、諦めさえしなければ強さの高みに立つことができるのだ。それこそ廃人にすら。
ベル・クラネルは、昔のあなただ。
屈辱を知り、なおも純粋に強さを求める彼を……昔のあなたに酷似した少年を放っておくような選択肢はあなたは持ち合わせていなかった。ウサギ的な可愛らしさも相まって放っておけない感じがした。
そして同時にあなたも切望を胸に抱えることになる。
――この少年の行く末を見たくなった。
かつてのあなたに似たベルが、どんな強さを手に入れるのか。
強さを手に入れた果てのベルが、一体この世界で何を成すのかを。
ガチリ、と。
何かが嵌ったような感覚をあなたに感じさせる。
今まで有りそうでなかった、この世界での目的のようなものが埋まった。そんな感覚。
遠い昔に冒険をし終えたあなたに、やりたい事が生まれた。
新しい目的が出来た高揚感があなたを――
「農家さん……?」
考えに伏しているあなたをベルが心配そうな目で眺めている。
弱弱しい目つきにあなたはふと苦笑した。
これから強さを求めていく少年には似合わない目つきだ。
「……!」
あなたのふとこぼした二言に、ベルは目を輝かせる。
ああ、戦いの教授の件。承ったとも、と。
あなたは二言返事でそう告げたのである。
「――やったぁ! えっと、これからよろしくお願いします! 農家さ……じゃなくて
互いに右手を出し握手を交わす。少年さが抜けきらない柔らかな手と、幾度の死を乗り越えてきたあなたのゴツゴツした掌が合わさった。
こうして、2人の師弟関係が出来上がった。
師は異界の冒険者で農家な青年、弟は小さい冒険者で強さを求める白髪の少年。
隣り合わせた隣人同士、たった2人の冒険譚がここに幕を開けたのである。