狂信者+ダンジョン=農家栽培 作:ストマフィリア
少女はただ、暗闇のそばで鳴りを潜めている。
サポーターと呼ばれる少女はただ、瞳を暗闇に落としながら、確かに機を伺っていた。
罵倒、侮蔑、嘲笑。
己を攻撃せんとする数多の責め苦に耐えながらも、少女はただ鳴りを潜めて耐えている。
小さな体に、大きなカバンを背負った少女はただ耐えた。
それはいつか、責め苦を与えてくる対象に仕返すためか。
あるいは、対象にバレず、確実に事を進めるための布石か。
(……)
静かに、目を凝らしながら対象を観察する。
ハイエナのように目を凝らす少女に振るえるような力は無い。押し通すだけの力はない。だからこそこうして機を待つのだ。
小さく身震いはする、恐怖も体に渦巻いている。
だが、少女はこうしていなければ生きていけない。
生きるために必要だからと、こうして地を這いながら生きるために必死なのだ。
だから、死ぬわけにはいかないのだ。
これがバレれば死ぬ。
とてつもなく酷い目にあって死ぬ。
もう、なんというか、言語化できないくらい惨たらしい目にあって死ぬ。多分。
盗人に堕ちておいて何を今更、などと思うが改めてそう教えてくれた
見れば、冒険者と呼ばれる日向者が少女のことを気にも留めずに奥へと進んでいた。
叩きつけてくる罵倒。一時の間、気を緩めたせいで与えられる理不尽な苦痛に耐え――
瞳を暗闇に落としながら、一人静かに何も籠っていない笑みを浮かべるのであった。
ラーニェとの会談から数日経ったある日の早朝の事。
あなたは農家の仕事のついでがてら、ベルのダンジョン探索を見送りにメインストリートの通りを歩いていた。
周りを眺めればどこもかしこも人の山。ダンジョンへ行くものや屋台の準備を始める者とでそれぞれ動いており、町の活気を蓄えているようだった。
が、しかし。
ふと隣を見ると元気ハツラツな街並みとは変わって、隣を歩くベルの活気が早朝からどん底に落ちていた。
鉄色の鎧と、緑色の厚篭手を身に着けた少年は、今朝まで装備の新調をしたからとウキウキだったはずだが。
「うぅ……不味い。やっぱりこのハーブ不味いですよぉ……」
ハーブを口に詰め込んで青い顔をしているベルが苦言を一言述べて涙を浮かべている。
本日は2日に一食のハーブ摂取日だ。
クソゲロまずハーブは未だに慣れないのか辛そうである。因みに吐き出しでもしたら
あなたが笑顔でそう言ってやると、ベルは無な表情をしたのちに頑張ってソレを飲み込んだ。
「ゴクッ……ごちそうさまでした」
お粗末様。
あなたは苦行を遂げたベルに対し、懐から水筒を取り出して渡す。
「ありがとうございます。……ああ、水がこんなに美味しい」
感謝を告げながら水を飲むベルは心なしかほろりと涙を浮かべていた。
あなたも神妙な顔で頷く。気持ちは大いに共感できるとも。
何せ、ノースティリスで口にできる水は基本的に汚染されつくした
ノースティリスでは町中に流れているごく普通の汚水であり、住民も耐性がついてる為飲んでも特に体調を崩したりはしないが、それでも通常の汚染されていない水よりかはやはり不味いのだ。
故に、かの地で汚染されていない水は、遠出した先にある井戸から汲まない限り入手は困難であったが。
それに比べオラリオはどうだ。
どこもかしこも流れているのは汚染されていない水。噴水から噴き出すのも汚染されていない水。さも当然の様に流れる水水水水水。
占領されることなく自由に飲んでも良い。断りなく飲んでも恨まれない。殺されない。
その事実にあなたも、ここに降り立って間もない頃はとてつもなく感動したものだ。
それはもう、水がどこもかしこも流れそれを自由に飲んでいいという事実に震え、喜びを表現するかのように《収穫の魔法》を連発してしまった。因みにその時は詠唱のし過ぎで家が金貨で埋まった。
あなたはそれ以降、オラリオの水のストックを十分に蓄えることにしている。今も4次元ポケットの中には空き瓶で汲んだ水や水筒がたんまりであった。
閑話休題
ハーブを食し終えたベルに、あなたは口直しのモノはいるかと問いかけた。
「あーはい、出来れば欲しいかなって……。ちょっと口の中が」
みなまで言わなくていい。あなたも良く味わった心境だからだ。
口の中が腐った座布団と激苦酸っぱい感覚に支配されるのは嫌だろう。
「うぅ、味の表現しないでくださいよぉ」
味を想起したのか、ベルがまた顔を青くする。
気持ちは分かるぞと、同情の念を込めて白い髪を撫でてやると表情が綻ぶベル。やはり癒しか。
ともかく、あなたは現在進行形でそんな目に合っているベルの為に、そこら辺の屋台で口直しの食べ物を買って来ると伝えてその場を離れた。
小走りでメインストリートを漫歩するあなたは適当な屋台の前に立ち、目に付いた飲食物を眺める。
朝のランチとしては少々物足りない惣菜だが、まあ口直しには十分と判断して購入。
ベルはああ見えて悪食だ。あなたが野菜等を恵むまで毎日じゃが丸くん生活していたことからも食に対する適当さが垣間見える。
恐らく、あなたが手に持つ惣菜ですら喜んで受け取るのだろうと予想しながらベルが待っているだろう場所へ戻ってみれば――
「初めまして、お兄さん。突然ですがサポーターなんかを探してはいませんか?」
「え、えっと……?」
ベルが逆ナンされていた。
それもあなたがオラリオに来たての頃、いつか
サポーター。あるいはペットか。
ノースティリスと同様、この世界オラリオにおいてもそう言った『仲間』の概念は存在する。
尤も、あちらで名称されるペットとは違い、サポーターは基本的に大きなバックパックを背負っており、戦闘能力で言えば冒険者よりも乏しいのが大きな特徴だ。
ペットは冒険者と共に戦いながら、周囲のアイテムを拾いそれを売ってトレーニングに励んで自らも強くなっていくものだが、オラリオのサポーターはポーションの配布やドロップ品の収集と、主に支援役がメインである。と、あなたの拝読したギルドの本に記載してあった。
力無き者が輝けるようにと設定した役割なのだろう。戦わずして支援側に専念する存在。それがサポーターであるとあなたは把握している。
因みに、あなたもかつてはサポーターならぬペットが大勢いたが、その全員は現在ノースティリスにある家に置き去りである。
故に、今のあなたは完全に独り身。サポーターなど侍らすことすらない状況である。
今頃、あなたのペットはあなたの畑を耕しているか、シェルター内で終末狩りに勤しんでいるかどっちかだろう。あなたのペットは割とバトルジャンキーが多いのだ。
さて説明はこの辺にしておき、あなたは絶賛困惑中のベルの正面に立つ少女に目を向けた。
身長は……確かフィン・ディムナだったか。それと同等ほどの小さい身体が特徴的で、栗色の瞳がローブの中で輝いている。
「それでお兄さん、どうですか? サポーターはいりませんか?」
「ええと……で、できるなら。ほ、欲しいかな……?」
あなたが屋台で買い物をしていた約10分で、ベルは押し売りに負けてサポーターとの契約を通してしまっていた。
ふむ、優しい性格なのは利点であってまた欠点か。あれでは家に押しかけてくる
優しさに付け込まれるというのはまさにこのような光景か。ベルは反論すらすることなく、彼女の要望を聞き入れてしまった。
まあ、ベルの意思なのだからその件についてはあなたとしても何も言うまい。是非とも尊重しよう。今朝のトレーニング中でもサポーターが欲しいとぼやいていたことだし、今日のダンジョン探索はあのサポーターと一緒にするのだろう。
着々と話の内容をしていくベルと少女の流れは止まらず、既に自己紹介を終えて今にもダンジョンに入りそうな雰囲気になっていた。このままではあなたを置き去りに突入してしまうだろう。
それは良いのだが、しかしその前にあなたは買ってきた惣菜をベルに渡さなければいけない。せっかく買ったものが無駄になるのはあなたも嫌った、という訳で。
お話し中の所すまないが、とあなたはベルの元へと歩き寄った。
「あ、先生! ごめんなさい、先生が居ない内にちょっと変なことになっちゃってて」
「…………」
わたわたとするベルを両手を前に出して落ち着けながら、あなたは買ってきた惣菜を手渡す。
事情は遠目で見ていたためちゃんと把握していると伝えるのと同時に、女たらしだなとベルを揶揄うあなた。
ものの10分で少女を引っかけるのはもはや才能ではないか?
「笑わないでくださいよぉ! 僕だって急にこんなことになって驚いてるんですから!」
あなたの揶揄いにベルは顔を赤くしてぷんぷんと怒った。
ジュアのツンデレにベルの優しさを足した様な怒り方に、あなたは思わず表情を緩めて冗談だと笑った。
ともかく、ベルの事情は分かっている。
さっきからあなたの顔を見てから口を開かず、だんまり続きなサポーターとパーティを組むと。
「えっと、とりあえず今日だけサポーターを雇ってみようかなって思ってます。でも正直、いきなりすぎてその後の事はどうなるか分からないんですけど……」
いや、その辺に関してはベルの選択なのだからベルの好きにすればいい。
サポーターを雇ったその後の事も、あなたは無理に口出しはしない。しっかりと冒険を楽しんで来いと告げる。
「っ、はい!」
いい返事だ。活気も良し。
さあダンジョンへ、とその前にあなたは一つベルにお願い事をする。
この少女と少しだけ話をさせてもらいたいのだ。できれば2人きりで。
「2人きりで、ですか? 僕は良いですけど……君も大丈夫?」
「……はい! 大丈夫ですよ!リリもちょっとこの人とお話をしたかった所なんです!」
満面の笑みでそう返す少女の――リリの笑顔にはどうも含みがあるような感じがする。
こう、何でお前がいるんだボケ。などという暴言染みた言葉が聞こえてくるようだ。
とはいえ承諾が取れたことで、ベルはあなたが買ってきた惣菜をその辺に座って食べてくると言ってから場を去って行った。
残ったのはあなたとリリの2人だけ。
「…………それで、どうしてあなたがお兄さんと一緒にいるんですか?」
開口一番、リリから放たれたのは先ほどの笑みからはかけ離れた低い声だった。あなたに向けてくる視線は睨みすら効かせており、明らかに受け入れがたい雰囲気を醸し出している。
一応、彼女への返答としてあなたは無表情のまま端的にベルの師匠兼隣人だからであると告げた。
そう言えば見るからに顔を嫌味に歪ませて手の平をでこに当てるリリが。
「……んぬあぁぁっ! リリの馬鹿馬鹿!!よりによってこの人の被保護者を引き当てるなんてぇ!!!」
突然頭を抱えだして大声を放った。
一体どうしたのだろう、狂気にでも飲まれてしまったのだろうか。必要とあればユニコーンの角を用意するが。
「そんなよく分からない虹色の物体なんていりません!!」
そうか。会話が成立しているなら狂気には飲まれてないということで良いと。
「絶賛リリは怒りの気持ちでいっぱいですけどね!! どうして朝から頭のおかしいあなたと遭遇しなきゃいけないんですか!リリはもう2度と会いたくなかったんですけど!」
とんでもない言われようである。赤面してきながら罵倒してくる言葉の攻撃力は、あなたほどのメンタルの持ち主でなければ首を括ってしまうかもしれない。
そう、実はあなたとリリは数ヶ月前に会っている。
というか、今回のベルと同じように1日だけサポーターとして契約を交わしたことがある。
出会いは突然。あなたがオラリオにきて間もない頃、ダンジョンへ気ままに赴こうとしたあなたに少女はいきなり現れあなたとパーティーを組みたいと詰めてきたのだ。
当時のあなたとしても、パーティーを組むというのは触手の本数程の回数しかなく、これも経験だと笑顔で承認したわけだが――
この少女、どうにも盗人の様であなたの手荷物に手を掛けようとしたわけである。
ノースティリスであれば盗人があなたの荷物に手を掛けた時点で即殺。あるいは耐え難い拷問にかけて殺すことが当然の流れであるわけだが……当時のあなたはオラリオで犯罪者になりたくはないという気持ちから、またあなたはオラリオでの初犯に遭遇したということで、寛容な心持で見逃したわけだ。あの時のあなたの慈悲には思わず神も涙を浮かべただろう。
しかし盗みは盗み。
発覚したからというからにはあなたはそれを咎める権利があるわけで。
手荷物を返してもらい事情を聴くと、どうやらリリと名乗った少女はファミリア関係の問題で金がいるらしく、それを解決するために盗みを続けてるというのだ。
……正直滞納金を返すのに盗みを働くとは何とも非効率的な方法だな、と思ったあなたは確かにいた。
そんなことをするくらいなら、行商か収穫の魔法連打の方が効率が良いだろうに。
後はバブル工場稼働から肉のバラ売りだ。あれが一番儲かる。
話を戻すが、あなたはリリの事情を聴いた上で盗人をやめろなどとは言わなかった。
リリの意思を決める権利はあなたには無いし、リリにも生活その他諸々が掛かっているというのだから当然の言い分だ。あなただって、いきなり収穫の魔法ループで金稼ぐのをやめろと言われれば切れ散らかして文句言いがてら爆殺しに行く。
かくして盗みについては見逃したわけだが、どうもこのリリという少女は盗みに対する危機感が足りないようだった。あなたに対し盗みを働く魂胆から、危機感の欠如は決定的だった。
なので、あなたは少女に対し盗みが発覚した場合のデメリット、及び受ける仕打ちについてを少女に学ばせることにしたのである。
信憑性のある話からあなたのカルマが低い頃に受けた手痛い実体験まで。
追い出され、殺意を向けられ、殺された経験の数々を。時にはそこら辺にいるモンスターを捕まえて、どのようなことをされたのかをサンドバッグを交え実演と共に少女に教え込んだわけである。
終わり際、少女が失禁していた気がしないでもないがそこはどうでもいいと流した。
こうして、あなたとリリのパーティーはこの1日をもって解消。
というか少女の方からもう嫌だとお達しがあった為、あなたは仕方なく了承したのだ。
そして現在、なんの偶然かあなたとリリは再び再会を果たした。
しかも、あなたの弟子ともいえるベルがリリと契約を交わした直後という何とも言えない状況で。
とりあえずあなたの嫌味と文句が含まれているのか眼前でギャーギャー騒いでいるようだが、やけな大声は抑えてもらいたい。ここは大通り。人目に付くだろう。
「むむぅ……」
そう文句を垂れると言い返せないのか黙るリリ。
代わりに睨みの眼光がもっと険しくなった。なぜこうも嫌われているのだろうか。
嘆息をついて、ふと離れた場所で惣菜を食しているベルを一瞥してから、あなたは目下で睨みつけてくるリリに向かってこう問いかける。
――今日の盗みの対象はベルなのか、と。
そう声をかければリリから帰ってきた返答は悪びれも無い肯定の言葉だった。
「……そうですよ。言っておきますけど、止める気はないですからね。リリにも生活がかかっているんですから」
それについてはあなたも止める気はない。さっきも言ったように、リリの意思を決める権利はあなたには無いのだから。
それに今回はベルが当事者だ。権利責任どうこうはベルにあると言っても過言ではない。
「話が早いですね……それじゃあ」
しかし、今のあなたはベルの師匠にあたる関係柄だ。
責任も権利もベルと共有する立場であることから、ベルに及ぼす何かを知る権利もまた存在する。リリの事情を知っているとならばなおさらだ。
「頭がおかしい癖してやけに理知的なのがまたムカつきますねっ……!」
リリがこめかみに青筋を浮かべているが無視。
あなたはまず今回、リリが何をベルからかすめ取るのかを問いかけた。
なおこの問いは強制権を持っている。答えなかった場合には路地裏で死ぬ間際まで痛めつけるか、支配の杖でペットにするのも視野に入れてるため悪しからず。
リリはあなたの言葉を聞き終えて青い顔のままこう返した。
「…………黒いナイフですよ。
あなたは即刻リリに対し画策の変更を申し出た。
「ど、どうしてですかぁ!?」
アレはダメだ。
盗みを見逃すにしても、アレがベルの手元から無くなるのはあなたとしても見逃せない。
リリが盗もうとしているのは、数日前あなたとの鍛錬でベルが思いっきりいい笑顔で持ってきた★《ヘスティア・ナイフ》と呼ばれる激レア武器の事だろう。
ヘスティアの名がついている通り、アレは神から下賜られたナイフだ。貴重品だ。
そしてベルが現状、最も思い入れを込めた武器である。
あんなものを無くした場合、ベルは自責の念から本気で首を吊りかねない。
根拠はあなた自身だ。過去にあなたは神の武器をそこらの冒険者に盗まれ、数週間の間核爆弾を起動し続けた経験がある。あの時は憐れんでくれたあなたの神の慈悲があった故、再び武器を下賜されたことで何とか騒ぎは収まったが、自責から生じる自殺願望はとてつもなかった。
ベルの存在はあなたにとって癒しに等しいのだ。ここで死なせてしまうのは余りに惜しいのである。
ということであなたはリリの計画を変更するか止めるかを申し出た。
因みにこれも強制権の主張をしている。断った場合には問答無用で殺す。
「……じゃあどうすればいいって言うんですか。今更契約の取り止めをした所でお兄さんに怪しまれますよ。リリもあなたも」
リリの言葉はさも正論であるため、あなたは少し頭を捻らせる。
ベルは疑い深い性格とは到底言えないのでその懸念は無いわけではないが、それでも今から取り止めを申すのは確かに怪しさが過ぎる。
数秒ほど時間を取って、あなたが出した解決方法は――
リリの要求を通しつつ、ベルに実害がない形でサポーターの契約を受領させればいい。
あなたはそう思いつき4次元ポケットからそこそこ値の張る短刀を取り出した。
「な、なんですか!? ……はっ、リリを殺す気ですかそうなんですね!?言っておきますけど、ここで殺しなんてしたら即刻治安ファミリアが駆け付けてきますから――」
あなたの突飛な行動に壮大な勘違いをしたのか、わたわたとするリリを両手で抑えてからあなたは自分の考えを述べる。
リリは盗みを働いて金を稼ぎたい、そしてあなたはベルの貴重な武器を盗まれたくない。ここまでは良いだろうか。
「え? あ、はい。別にアレにこだわらなくても稼げれば……」
だったら、こういうのはどうだろう。
「あ、ちょっと!」
あなたはリリを置いて、惣菜を食しているベルの元へと走った。
そこら辺のベンチに座っているベルはまだ惣菜を消化しきっておらず、絶賛満喫中な様子だ。
この様子だと、リリとの会話に聞き耳を立てられている感じはないだろう。
ついでにもぐもぐと惣菜を頬張っている光景が見えており、まさに癒しそのものである。今もそこら辺の通り人に可愛いだのウサギだの言われているので、あなたの感性は間違っていないだろう。
それはそうとして数秒ほど、ベルとのやり取りを交わしてからあなたは再びリリの元へ帰ってきた。
戻ってきたあなたを、リリはやけに不可思議な表情で見ている。
「……何をしてきたんですか」
なに、あなたは先ほど取り出した短刀をベルへと手渡しただけの事。今日1日だけ、初のパーティーだとかもっともな理由をつけて預けてきた。
そして、リリには先ほど見せた短刀を盗んできてもらいたい。
「はい?」
盗む標的を、黒いナイフからあの短刀へと移してもらいたいと言っているのだ。
先も言った通り、あなたはリリに盗みを止めろとは言わない。
しかしベルの大切な武器を取られるのも身内として忍びない。
なので、リリには代わりにあの少々値が張る短刀を盗んできてもらう。
アレはあなたの暇つぶしがてらとはいえ、バベルの高層階にある武具屋から購入した一品だ。リリにとっては一度の盗みで相当の利益が出るモノになるはずだ。
リリは盗みで稼げる上、ベルの貴重な武器は盗まれずに済む。
これならあなたの望みとリリの望みが両方叶う。お互いにWin-Winという奴だ。
あなたは笑顔でリリに語ると、マジでドン引きするようなリリの表情があなたを射した。
「……ウィンウィンが何かは知りませんけど、本気ですか? リリ、お兄さんに問答無用で盗みを働きますけど」
当然。盗みを働けばいい。
それに冒険者になりたてのベルにも『
盗み盗まれるのもまた経験だ。ベルには盗み対策というのも実体験から学んでもらわなければ。
何ともゲスな笑みでそんな思惑を語ると、リリの引き具合が増した。何故だ。
「……あなたが良いっていうならそれでいいですよ……。ちなみにリリがあの黒いナイフを盗んだ時って……」
その時は地の果てまで追いかけてからぶち殺す。
祈る余地すら与えず殺すので留意してほしい。
「……ハァ、分かりました。狙いはあの短刀にしますよ。まだ殺されたくなんて無いですから」
そうして画策の変更を決めたリリの目はどこか濁りきっていた。
その眼は真っ暗で、深い闇のように思えた。
どこかで見たことのあるようなものだと思考するあなたはデジャブのようにその眼の内側にあるモノを、ふと思い出した。
――嗚呼、まるですくつのようだ。と。
リリの心の内は恐らくそんなもので出来ているのだろうな、と。
あなたはすくつの懐かしさに浸りながら、そんな他愛ない事を考えていた。