狂信者+ダンジョン=農家栽培 作:ストマフィリア
オラリオの鼓動が躍動する、朝焼けも始まりかけな時間帯。
ラーニェとの約束を果たしダンジョンを出たあなたは家へと帰還していた。
夜も遅い帰宅にあなたは少し眠気が奔る。ベッドに入ればすぐにでも寝られそうだ。
だが、今は連れてきた友人を開放するのが先決だと判断し、一旦眠気を気合で飛ばす。
あなたはラーニェが入っているモンスターボールを人差し指の先っちょで回しながら家に設置されているシェルターの中へと足を運ぶ。
奥の暗い階段を降りきり、広がるのは地面一杯の芝色。天井はもの寂しい灰色の石材だが、オラリオのメインストリートが一つ余裕で埋まるほどの空間があった。
家の室内でラーニェを開放しても構わないのだがモンスターボールに詰めこむ――ではなく捕獲する時に、多少なりとも彼女の体は血濡れになってしまった。
流石のあなたでも家内を血で汚したくはない。掃除をするのは自身なのだから。夜も遅いし寝たいのが本音だ。
早速あなたはラーニェをモンスターボールから解放する。
ポンッ、と軽い音と同時に吐き出されたのは血濡れのラーニェ。綺麗な白肌が赤に染まったその姿は見るも無残だ。手足に関しては数本ほど明後日の方向にへし曲がっている。
みねうちの効果はここ数ヶ月のオラリオの滞在でモンスターと人間に使って効力を確認していたが、どうやらモンスターに限らず異端児にも効果があるらしい。しっかり死にかけていて安心する。
とりあえず、友人をこのままにしておくのも忍びないあなたはラーニェに対し治癒魔法である《ジュアの癒しの魔法》を使用。
手足と肌の傷も治ったのを確認して、次に4次元ポケットから《ハウスボード》を取り出す。
パパっと操作すればラーニェの周囲に土壁が現れ、そこに《蜘蛛の巣の魔法》を放てばラーニェ専用簡易ベッドの完成だ。
前にも何回か作ったが
疑問に首を傾げつつ、横たわりのラーニェを蜘蛛の巣へ放り投げる。
蜘蛛の胴体がデカいのが影響しているのか仰向けにはなれず、猫のように横たわっている。
さて、彼女が気絶から覚める間にあなたは後に待つラーニェとの行動について考え始めた。
あなたの基本的な行動指針は、彼女と行動を共にしこの世界を楽しむ事。正直言ってそれだけで十分ではある。
ラーニェ自身が外に出てやりたいことがあるというのなら、あなたはできるだけソレに同行する気もあるし義務もある。
問題を起こさないように手綱を握るのは主人としての役目だが、それ以前に彼女の行動は彼女の自由だ。そこまでキツく縛るつもりはない。
だが、問題は彼女の自由がそこまで無いということだ。
人間とはかけ離れた異形の姿は、外界にさらしているだけで彼女にとっての問題になりかねない。モンスターボールに入れて連れていくのは確かにバレる危険性こそ無いものの、あなたとしては面白みが感じられない。
せっかく行動を共にできる機会が出来たというのだから、外に体を晒し隣を歩きながら街並みを楽しみたいというのがあなたの望みだ。
……となると、どうしても邪魔になるのがラーニェの異形な見た目だ。
存在がどうとかはともかく、真っ先に問題が起きそうな点は彼女の姿が周囲の目に止まり動乱が起こる所にあるだろう。
せめて人間に模した見た目になってくれれば……。
「う……ん……」
そこまで思考したところで設置した蜘蛛の巣からうめき声が聞こえた。
どうやらラーニェが目を覚ましたらしい。
「……知らない天井」
ラーニェはシェルターの灰色に染まっている天井を眺めてそんな言葉を吐いていた。
横たわりの体勢から起き上がる彼女にあなたは近づく。
気分はどうだ眠り姫、と一言を添えて。
「お前、ここは一体…………思い出した。私は壁に吹き飛ばされて、気絶して」
頭が痛むのか、こめかみを押さえながら頭を横に振る彼女にあなたは平気かと問いかけてみた。ついでに記憶が吹っ飛んでないかも確認しておく。
すると、緋色のジト目があなたを射した。
「……ああ、しっかり思い出したよ。お前が倫理観の飛んだ人間だってこともな……っ!今までで一番最悪の目覚めだこのバカ!」
涙目を浮かべながら恨めしくあなたを睨むラーニェはどうやら元気な様子で。
皮肉たっぷりに物申す彼女を見てあなたはカラカラと笑う。後遺症も無く記憶もちゃんと残ってるようで万々歳だ。
「他人事だと思って……っ! 言っとくがちゃんと痛かったからな!ホントに!痛かったんだからな!?」
蜘蛛の巣から身を乗り出してあなたの肩をポカポカ叩いてくる彼女は少し可愛らしさがある。
揶揄うように笑っていると、ポカポカッという可愛らしい打撃音がボスボスッという音に変化していく。
しまいにはゴスッ!ゴスッ!と骨まで響く擬音が鳴ったところであなたは笑うのをやめた。
彼女の暴力には明確な殺意が籠っていたのだ。あの威力は恐らく一般人なら吹っ飛ぶだろう。
普通に痛かったので、あなたは彼女の頭を撫でて宥める事にした。
結果、赤面しながら大人しくなった。撫で初めて数秒の出来事である。
もしかしたらラーニェは案外ちょろいのかもしれない。
「それで、ここはお前の家の中……でいいのか?」
ラーニェの為に作った蜘蛛の巣と壁を片付けた後。
頭を撫でられあたふたしていた彼女はようやく落ち着き、当然の疑問をあなたにかけてきた。
「厳密に言えばシェルターの中……? ああ、私を初めて匿った空間を作る魔道具の中なのかここは。……にしては、やけに緑が広がっている気がするんだけど。それにあれ……もしかして畑か? 家の中に? 頭おかしいんじゃないか?」
多少の説明を入れれば周囲を見渡すラーニェ。
緑の中に含まれる土色の範囲を確認したと同時にジト目を向けられるあなた。ついでに頭がおかしいと罵倒される始末だ。
このシェルターは基本的にあなたの神であるクミロミに捧げる作物を育てるための空間だ。故に相当広く、一面を畑で埋めているのだが彼女にはどうも不評のようだ。
仮にも神の捧げものを作っている場所を不評と言われ、あなたは少しムスっとしてしまう。
いつものあなたならその評価を間接的な神への罵倒と見て、即座にサンドバッグに括り付けの上拷問コースなわけだが、流石のあなたも思いとどまる。
間接的な神への罵倒はいつもなら即殺するレベルで許さないが、ラーニェはこの世界での数少ない友人の為ある程度は許しているのだ。もう一度言うが友人だからだ。それ以外は即ブッコロだ。舌根抜いてぶち殺す。
あなたは狂信者だ。故にあなたの神への罵倒は絶対に許さないでおじゃる。
そんなあなたの怪訝な顔を察したのか、ラーニェは困った顔で一言を挟んだ。
「いや、今の発言が気に障ったなら謝るけどそれでもな……正直、私の倫理観としては家の中に畑を作るのはどうかと思うんだけど……?」
それについてあなたも何も言えることは無い。
世界観の違いというか、こればかりは価値観の違いだ。ノースティリスで育ったあなたの農家脳はもはや止められない。常時速度2000で爆走中である。
それでも、道端に種を植えていかないだけまだ抑えることはできていると思う。抑えてなければ今頃オラリオはストマフィリア等の各種ハーブで埋め尽くされているだろう。
「……まあ、お前の倫理観に関してはもう半分諦めてるし。今更どうこう言わないけど。それで苦労するのは私なんだから、少しは矯正しなさいよ」
腰に両手を当てながら嘆息を込めて放ったその言葉に、少し苦笑して善処するあなた。
「頼むぞ……?いやホントに冗談抜きで。私の生活がかかるかもしれないんだから」
ラーニェの視線はやけに訝し気だ。そこまで不安がるものだろうか。
まあ善処はすると語った身だ。それなりに長い時間はかかるだろうが、ラーニェの為となるのなら努力はしてみよう。
常識を学ぶと宣言してから数分。
ラーニェの体調及び後遺症の確認を済ませ、両方問題ないと判断したあなたは一つ伸びをしながら、ラーニェにこれからどうしたいかを問いかけてみた。
「私がか? お前のじゃなくて」
もちろんあなたの望みもあるにはあるが、それよりラーニェの望みを聞くのが先だ。
元よりコレはラーニェの為の長期旅行みたいなものなのだ。だったらせめて無理を通して誘った本人よりも、誘われた当人の望みを叶えるのが当然の帰結になり得るだろう。
さあさあ何でも言って欲しい。問題に抵触しないのなら何でもだ。
カモン、ばっちこい。
「な、なんでもか……?」
なんでもだ。
旨い飯を食べたいなら即座に作るし、友達が欲しいと言えば隣人を紹介する。なんだったら初対面の時のように舌根を抜けと言うのもアリだ。
「そ、そう……って待て、流石に舌根抜けなんて言わないぞ!?」
例えの話だ。それはそうと望みがあるなら言って欲しい。
あなたの眠気は確かに何日も耐えられるものではあるが、出来ればさっさと睡眠に入って眠気を解消したいのだ。
ラーニェの願い事を1つか2つほど聞き入れてから布団に飛び込みたい。
とにかく急かす様に問いをかければ白髪を揺らして顎に指先を当てるラーニェ。
時折、蜘蛛足をトントンと地に当てたりするのは考えこむ際に行う彼女なりの癖だろうか。
「ん……なんていうか、いきなりそう聞かれたら答えづらいものが多いんだけど。
1つだけ、すぐにできそうな事は思いついた」
ほう、なんだろうとあなたは耳を立てる。
時間を取るような願いなら少し悩むが。
「いや、時間は取らせないけど――空をな、一回見てみたいんだ。お前と一緒に」
ラーニェは指先で頬をかきながらあなたに答えを返してくる。
彼女の様子は不安の感情が纏わり付いているようにぎこちない。声色も少しだけ落ち込んでいた。
何ともまあ、安い願いだろうか……いや、彼女の都合上それは叶わないどころか本来願うことすら危ういモノだろう。
あなたは少し認識を改める。
そう、ここにいるあなたの友人は世の理を外れた命であることを。
空を見たいという想いすら、願うことを許されない存在だったことを再認識する。
「どうだ? 無理なら無理だって、言ってくれ」
しかし、許す許されない以前に、あなたは彼女の友人だ。
好意的に接していきたいし、出来れば抱えているだろう願いは叶えてやりたいという意気込みはある。そしてその邪魔をする障害を軒並み叩き潰していくという想いも。
あなたは思考に耽るかのように瞳を少しの間閉じて、開く。
そうして、すくっと立ち上がりシェルターの出口へと足を運ぶ。
ラーニェへの手招きも忘れない。
「……いいのか?」
異端児だろうが関係はない。
空を見るという願いはすぐにでも果たそう。
どうせすぐそこにあるモノなのだからもったいぶる必要は無いだろう。
不安がるラーニェの問いにあなたは鼻で息をついて返した。
「……」
あなたの言葉に返答はなかった。
ただ、バッと顔を伏せてあなたの手招きにラーニェが後ろを付いてくる姿。紐で繋いではいないが、ぴったりと彼女はあなたの後ろを歩いていた。
シェルターの物寂しく暗い階段を上って、そこを抜けると見えるモノがある。
一つはあなたの庭にある小さな畑。二つはあなたの家である木造の一軒家。そして――
朝焼け前の空色。そしてほんの少しだけ身を照らす外光。
単なる晴天にあなたは無の表情を作る中、唯一後ろにいた彼女は蜘蛛足を動かしあなたの前を歩く。
丁度寝起き前の時間帯だからか、それともあなたの家の立地があまり人気のない場所の一角だからか、目に映る範囲に人の気配は感じない。
例え人がいたとしても、彼女の願いを叶えるためにあなたはその者を抹殺する予定だったのでコレはありがたい。
なに、問題は問題にしない限り問題にはならないのだ。証拠を消せば目撃者も消え失せる。
周囲の安全確認を確実にしたあなたは正面を、空を眺めているラーニェを視界に収めた。
何でもない青空をただ眺めている彼女。
心境に何を想っているのかはまるで分からないが、それでもダンジョンの箱入り娘な彼女の事だ。『空』に対する想いはただならぬものであることは想像が付く。
「綺麗、だな」
独り言だろうか、それともあなたへの言葉なのか。
どちらにも聞こえるソレに対しあなたはさりげなく肯定を返した。
「ああ。本当に綺麗だ。ずっと夢見たコレに、目が離せないよ」
ラーニェはそう呟き、数秒の静寂が奔った。
ふと、髪を揺らす程度の風が通り抜ける。その風はラーニェの白髪を揺らし、彼女の前から零れた一粒の水滴を落とした。
あなたの前に立つラーニェの表情は見えない。しかし零れた一滴がどこから流れたのかは、流石のあなたであっても明確に理解ができた。
そうして、あなたとラーニェは言葉の無い数秒を体感し――
「幸せ者だな。私は」
ラーニェはあなたに振り向いて白髪の端を人差し指で撫でる。
頬は少しばかり上気しているのか、病人のような白肌も少々赤みを帯びている。
「お前に本当に良くしてもらって……偶に可笑しい事で苦労するけども、忘れかけた夢まで叶えて貰って。
はは、もうお礼に何を返せばいいのかも思いつかないな」
自らを幸せだと語るラーニェだが、たかだか空を見れたくらいでどうしたというのだろう。
確かに異端児である彼女にとって『空』は未知であり夢の一部なのだろうが。
しかしお礼も何も、
ラーニェはあなたの言葉に少し不服を立てたのか即座に問いを返してくる。
「それなら、私はどんな願いならお前に恩を売れるんだ? ここまで憧れた夢を……与えられた恩を返さないなんて、そこまで私は落ちぶれている訳じゃない。
なあ、どうすれば――」
やけに必死なラーニェの言葉に口を挟んで少し訂正を入れる。
正確には、あなたの心情を語りだす。
そもそも、あなたとラーニェは大事な友人だ。
その友人同士に恩義や損得がどうのこうのという感情は組み込みたくはない。
あなたはただ、友人と外に出て楽しい事をしていきたいだけなのだ。それ以外の理屈は不要だ。
「いやだが……親しき仲にも礼儀は必要だろう?」
それならここ1年ほどの交流で礼儀は築いているだろうに。
あなたとラーニェの関係に、これ以上堅苦しい礼儀は必要ない。欲しいのはただ馴れ合う
「……なんだそれ。それなら、私はただ与えられる側じゃないか」
それでいいのではないか?
そもそも友人同士なのだから、気難しい事は気にする必要などないだろう。かつての友人である廃人たちも気難しいことは何も考えず、与える時は与え、殺しに来るときは真正面から笑って殺しに来たのだ。
この世界の基準では匙が狂っているかもしれないが、あなたが望んでいるのはそういう気楽な関係である。
ついでに、ラーニェはせっかく不幸な身で生まれたのだから、せめてこれからは幸せを銘肝しながら日々を生きてほしいというのもあなたの望みの一つだ。
せっかくの生なのだから。
「……」
どうやらあなたのラーニェに対する想いは伝わったのか、彼女は白肌を赤く染めて照れを晒している。目元は少しばかり潤っており溜め込んだ雫は今にも零れ落ちそうだ。
恥を知らずこれだけ堂々と語ったのだ。言葉攻めの数秒は流石に受け止められなかったのだろう。当然の帰結と言える。
そんな彼女は、表情を少しばかりくしゃりと崩して――
「ありがとう。お前の厚意に甘えることになるだろうけど……これからよろしく頼むよ」
一つ、微笑みを浮かべた。
弱風に揺れる白髪と、閉じた瞳に応じて流れる雫は朝焼けの光で輝いている。
正直言って、とても綺麗な表情だ。それこそあなたが崇める神の美貌のように。
幸せを噛みしめた彼女の笑顔は宝物のように輝いて見えた。
ラーニェに外を見せてから時間が経った現在。
寝に入る前に、ふと眠気に身を任せつつ思考を回すあなた。
思い返すのは先程シェルターの中の蜘蛛の巣に置いてきたラーニェの事である。
これから行動する上で、どうしても動きに制限を食う彼女の身分を何とかできないかと考えていた。
先も語った通り、彼女の一番の問題点はその人外な見た目から前提として始まっている。
それを何とか解決さえすれば、共に表を歩いて行動をすることができるだろうというのが、現在あなたが考えている事であった。
何とかする方法は……いくつか存在している。
どれもオラリオの常識から外れているだろう方法だが、それでも確かにラーニェと共に行動する事ができるだろう結果を生むはずだ。
しかしそれには準備が掛かる。ついでにあなたの所有しているリソースの一つを使い切ることになるかもしれない。
時間の経過はまだしも、数少ないリソースを吐き切る、という悩みにどうしようかと考えている最中、あなたはふと外で見た彼女の笑みを思い出した。
幸福を噛みしめたあの表情。誰にでもすることは無いだろうあの神の美貌に等しい綺麗な表情を。
――口惜しい、もっと見たいと。
そんな欲が途端にあなたに渦巻き。
まるで人肉を貪り食った只人を眺めるかのように、ニヤリと口角を上げた。