狂信者+ダンジョン=農家栽培   作:ストマフィリア

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本誌最新刊、ちょっと情報過多過ぎません……?
あと最終章のタイトル「終末編」ですかそうですか。*終末*ってやけに聞き覚えあるんですよね。


22話 茶番な立ち合い開催

 

 ――鋭く空を切る音、草を連続で踏み鳴らす音。

 

 そこは大きく場を設けられた中庭の中心。

 円形に囲む、その場に居合わせた数人ほどのロキ・ファミリアの団員。噂を聞き駆け付けた者、そしてその中には幹部であるアイズとリヴェリア以外の姿も散見された。

 その中心で立ち尽くす冒険者の2人が武器を手に取り対峙する。

 

 立ち合いはすでに始まっている。草原を踏む音と武器と武器が重なる音、そして周囲のガヤが鳴り始めてどれだけの時が経ったか。

 互いに攻防一体の戦術が繰り返され、戦闘が始まって数分が経とうとも――

 

 両者の体には傷が刻み込まれない。刻み込まれていない。

 

 ――まるで()()()()()()()()()ように、その攻防は地続きに続けられている。

 

(……これがレベル1かい? ハハ、冗談)

 

 中心で金の頭髪を揺らす団長、フィンは苦笑する。

 それは攻防が拮抗していることに対して、()()()()――

 

(確かに僕も大きな傷を与えない程度に加減をしているし、彼も僕に攻撃を与えることが出来ていないけど……(たたず)まいが、いや、戦闘における身の振舞い方があまりにも手慣れ過ぎている。それこそ、僕を相手にして自然体でいる事(リラックス)が出来るくらいに……!)

 

 紙一重、としか見えない攻防の最中に心の中で動揺と戦慄を表す。

 最大派閥(ファミリア)の長であるフィンが目の前の男と知り合って、警戒するようになったのはほんの数日前。『豊穣の女主人』の一件からだ。

 

 肉体派であるベートを一撃で意識を刈り取り、自らをレベル1と語った男。

 少し暗みを全体に帯びた蒼色と緑色のメッシュの頭髪、そして薄緑色の軽装の装備に身を包み腰に紅白色の球体をぶら下げた彼は少々常識的におかしい所が見られるものの、フィンの感性では至って温厚な性格に感じた。

 

 しかし、フィンにはそれがどうしても不気味に感じる面があった。

 言葉には形容しがたいが……何かこう、()()()()()()()()()したような化物が目の前に立っているような、そんな違和感を。

 

 そして今、とあるきっかけを機に男と刃を交えることが可能になったフィンは一つの決断をしたのだ。

 偶然の出会いとはいえ、明確の不穏分子である男の力量をここで見定めることを。

 

 

 


 

 

 

「正気か、フィン」

 

 時間は遡り戦闘が始まる数十分前の会話。

 

 農家の男と立ち合いをすると決まり、その噂を聞き付けたガレスはフィンと話し合っている場面だ。

 無駄に整えられている茶色の無精髭を指先で撫でながら、放ったその言葉と表情には疑問が分かりやすく浮き出ていた。

 

「もちろん、僕は正気だよガレス。彼の実力を……あまりに不確かで不明瞭過ぎる彼を知るには今しか機会がない」

「違う。儂が聞いてるのは、何をそんな焦ったように奴の実力とやらを確認しようとしてるかじゃ。確かに儂も、あの時の酒場で奴がベートを吹き飛ばした所は見たが、しかしそれだけだろう。何をそんなに不安がる」

 

 腕を組んで目を細めるガレスの言葉にフィンは数秒ほど口を閉ざした。

 返す言葉を持たないフィンの様子に、ガレスは次いで問いをかける。

 

「……親指か?」

「いいや、()()()()()。だけどそれが逆に不気味でね。彼からは何か得体のしれない予感がするんだ」

 

 黙ったフィンの様子を見て、ガレスはすぐさま彼の行動指針の一つである『親指』を疑ったがフィンは即座に否定。しかしそれとは別の予感がすると言う回答に再び疑問を浮かべた。

 

「予感じゃと? 一体何のだ」

「しいていうなら冒険者の勘かな。嫌な部類、ってわけじゃないんだけどね。でも、特段良い予感もしない。それがどうも引っかかるんだ。理由はそれだけだよ」

「……むぅ、言葉にキレが感じられん。どうしたお前らしくもない、いつもの迷い無いハッキリとした物言いはどうした」

 

 普段とは、()()団長らしくもない理由付けにガレスは大きく首を傾げる。

 農家の男とやらの報告については聞いている。クミロミ・ファミリアに所属するレベル1にてベートをぶっ飛ばした張本人。確かに気にはなる男であることは確かだが、しかしそれだけだ。

 

「ガレス、君には彼が一体どのように見える?」

「なんじゃ藪から棒に」

「いいから、素直に思ったことを言ってくれ。多分その返しが理由になる」

「どのようにと言われてものぉ、ごく普通の冒険者……というより、友好的な若造とぐらいしか思わんぞ儂は。それともなんじゃ、お前にはあれが『化物(モンスター)』にでも見えとるというのか」

 

 顎に指を当てながら問われた内容に素直に答えるガレス。尾ひれに付く言葉は冗談半分で放ったモノであるが――フィンはそれに笑えないと、少し眉を曲げて反応を示す。

 

 その理由は酒場での別れ際。

 去り際に彼を引き留めようとしたロキに向けてきたあの得体のしれない気配が、加えてベートを殴り飛ばした力量、当人の言い分ではレベル1だという事実が、フィンの不安心を揺らし冗談に過ぎない筈の彼の印象を否定しきれないでいたのだ。

 

 その反応が示す意味をガレスは感じとり、思わずマジかと引いた眼を向けた。

 

 というか普通に引いていた。

 

「…………」

「いや、うん。本当に化物(モンスター)って訳じゃないんだろうけどね。まあでもそれが答えだよ。僕にはどうしても、彼がただの()()だとは思えないんだ。あくまで僕の勘でしかないけど」

「だから、ここで確かめると言いたいんじゃな」

「そういうこと」

 

 苦笑して答えたフィンの言葉を聞き数秒の長考を挟んでからガレスは一つ頷きを入れ、納得の意を示した。

 

「むぅ、分かったフィン。お前にも考えがあると信じる」

「すまない。要らない心配をかけたね」

「何、儂も奴の事は頭の隅で気になってはいたのは確かだからなぁ。その役目を負ってくれるなら万々歳じゃ」

 

 

「ただのう、人を勝手に化物(モンスター)だと断定するのは流石に失礼が過ぎると思うぞ」

「ごめんって」

 

 ある意味、フィンの直観は的を得ているがソレを正しいと思い込むまでにはついに至らなかったのであった。

 

 

 

 


 

 

 

 そうして始まった立ち合いの場。

 レベル6(強者)レベル1(弱者)に合わせるという繊細な技量をこなしながら、フィンとロキは……否、この場に集まったアイズとリヴェリア以外の幹部は彼に疑念の目をかけていた。

 

「ねえティオネ、ホントにレベル1だと思う、アレ?」

「団長が言うからにはそうらしいけど……そうだと思いたくないわね。ベートは?」

「ねぇよ。あのヤロォ、フィンを相手に怖気もしねェ。んな雑魚(レベル1)がオラリオに居ると思うかよ?」

「だよねぇ……団長が手を抜いてるのは見てわかるけどそれ以上に農家の人、戦い方凄い器用で身軽だし」

 

 ベートは農家の男にぶちのめされた記憶があるからか、鋭い犬歯を覗かせ睨んで言う。

 

 思えば最初からだ。

 そう、最初から。彼は初対面であるフィンに怖気る様子もなく会話をかけてきた。

 フィンの知名度はオラリオの住民が知らぬものが居ない程、それこそ冒険者なら知っていなければおかしい程である。

 

 最大派閥の長に立つフィンの姿は、そこら辺の冒険者が一目見れば萎縮する。事実『豊穣の女主人』でダンジョン帰りの打ち上げを開催した際には、彼やファミリアの団員が入店しただけで周りの客を動揺させたのだ。

 

 それほどまでの存在感を相手に、クミロミ・ファミリアの農家と自らを名乗った男は委縮も動揺の一つも無かった。

 そしてそれは、この立ち合いの場ですら貫いている。

 

 直剣を振り回し、攻撃を与えることが出来てはいないものの、足の運びから獲物の振り抜きを観察しているフィンは――少なくともこの場にいる幹部クラスの団員は、男に緊迫という文字が一つも浮かんでいないことを悟った。

 

(単に戦う事に恐怖を感じない体質か、それとも彼の戦闘経験からか。……もしくは、僕なんかそもそも眼中にないのか)

 

 それがどれだけ不気味かつ、ある種の異常であることも。

 

 果たして、周囲で観戦しているファミリアの団員はこの攻防をどう捉えているのだろう。

 苦戦はない。危機が迫るという感覚はなく、傍目から見れば紙一重の攻防、フィンの実力を多少知っている者からすれば、よく手を抜きながら相手を傷つけず攻防を続けられていると称賛するだろう。

 

 一閃が跨ぐ度、大きくなる団員達の盛り上がり。まるでギリギリの死闘を繰り広げているような光景に、1軍以下の団員は興奮しフィンや農家の男に歓声を上げている。

 

 違和感を感じているのは対面しているフィンと、幹部の数人だけ。

 あまりに()()()()()()()()()()()その在り方にいっそ冷や汗を掻きかけていた。

 

(前半2つはまあいいだろう、ベートを気絶させる力量は僕自身の目で確認したし、ティオネとティオナ、それとアイズとレフィーヤから『怪物祭(モンスターフィリア)』の一件で彼の戦闘技術の一端を聞かされている。だから今更そこに驚きはない。……しかし、もしも僕の最後の予想が当たっているとなれば)

 

 その思考にフィンは少しだけ目を細める。

 オラリオ有数の力を持つフィンを相手に、ただそうであるからと立ち尽くす青髪の青年の得体の知れなさに疑念を生じ得ない。

 本当にレベル1なのか、という当初の考えを超え――フィンに届きうる実力者ではないかという思考が頭をよぎる。

 

「全く、どうも底が見えきれないね。君は」

 

 刹那の最中、フィンの声。

 直剣を振り抜いたタイミングをフィンが槍で受け止め、切っ先をくるりと回転させ武器ごと男の体を引き寄せた。

 

 そうして呼吸が肌に伝わる距離で放たれたイケボ。

 観衆として眺めている団長大好き女(ティオネ)がさぞ羨ましがる距離感に接近し、その言葉を聞いた農家の男はただ疑問符を浮かべるのみである。

 

 というか、男は逆に疑問を提示した。

 

 さっきから背後に受ける殺気がすごいのだが。アレはどう受け止めたらいいのだろう。

 

「殺気? 誰が――」

 

 意図が分からないフィンは、男の問いと同時に向けられた視線の方へ向くと――

 

 そこには顔面阿修羅と化しつつある団長大好き好き女(ティオネ)の姿が。

 それはもう殺気マシマシ、しかも*ゴゴゴゴゴゴ*と核にも似た擬音と共に今にも飛び掛かりそうな彼女の様子を見たフィンは一瞬呆れた表情を見せるとすぐに距離を取った。

 

「あぁ、すまない。彼女は僕に気があるようでね。さっき至近距離で顔を向け合ったからか、どうも君に嫉妬しているらしい。いやホント、僕も意味が分からないんだけど。うん。なんていうかすまない」

 

 かくも激しい女の恋心に、心労を抱えたか肩を落とすフィン。

 まあ、ガチ恋距離というモノを羨ましがる麗し乙女は一定数存在するだろう。基本的に殺意を向ける理由に足りはしないだろうが、まあそれほどティオネがフィンにご執心なのだろうと農家の男は納得した。

 

 男にも実際、神への信仰が深すぎてか自らの神に対する暴言等を見かけた際には終末を起こすほどの怒りを持ったこともある。それと同じようなモノだろうと。

 

 苦笑で返す男にフィンもまた苦笑する。

 

 そして一瞬の間。

 余談は終わり、立ち合いの続きだ。

 

 スッと、もう一度武器を構える両者。

 男は直剣片手に立ち尽くすのみ。反面にフィンは油断も隙も無い槍の構えを見せた。

 

(……来る)

 

 初動は男から。

 先程と同じように見せた上段から下段にかけての一閃。

 

 まるで無造作に振り下ろされたソレを、フィンは当たり前のように難なく躱す。

 

(攻撃は相変わらず単調の一筋。ただ、間違いなく手を抜いている。戦闘に対する異様な慣れはともかく、彼の戦闘技術を僕はまだ確認できていない)

 

 だからと。

 

(見せてもらうよ。少し横暴だけど、君の力の一端をっ!)

 

 同時に、フィンもまたもう一歩を踏み込む覚悟を決めた。

 

 フォンッと振り抜かれたフィンの槍。

 今まではレベル1で見切れる程度で調整していたその速度を少しだけ……しかし確実に、レベル2程度が持ち得るだろうステイタスくらいの速度で下段から振り抜いた。

 されど、怪我をさせないという約束を違えるつもりは毛頭無い。

 薄く、大きな損傷にならないよう表皮を削る程度に調整され繊細な技術が込められたその一振りは――

 

(っ! 躱され、いや合わせられたか。しかも今のは明らかに()()()()()()()()狙ったな)

 

 またもや紙一重。頬を少しだけ掠める程度に空を切った。

 下段の軌道を視認し即座に横へステップ。たったそれだけの動作。

 だがフィンは、その刹那の動作に男が余裕を抱えていることを看破する。

 

 視線の動き、脚の踏み込みなど判断になる材料を見極めた上での分析に、フィンは明確な確信を持った。

 加減をしたとはいえ、あのフィンの槍を容易に躱す動体視力、さらにギリギリに調整するようにわざと回避することができる技術と余裕。そんなものを平然と出された今の攻防にどれほどのものが詰まっているかは、彼ならば容易に分かることだった。

 

(わざわざギリギリになるように避けるように行動した理由は考えなくていい。今重要なのは、彼が間違いなく第三級冒険者(レベル2)相当の実力を有しているということだ)

 

 しかし、となると当然気になるのはその真意。

 先刻、あの酒場での一件についてを思い出し思考を回す。

 

(あの日、ロキは間違いなく彼のレベルを聞き、彼はその答えを正直に返した。間違いなくレベルは1。けれど彼はその答え以上の力量を有しているのが事実。どういうことだ……まさか、彼は神に嘘をつけるスキルを持っているとでもいうのか?)

 

 あの場での質問も事実。そして今確かめた彼の実力がそれ以上であることも事実。その明らかな矛盾に目を細める。

 神に嘘が効かないこの世界(システム)の常識を覆す何かを、フィンは農家の男に感じ取った。

 

(……考える材料が足りない。いくら考察しても答えは知れず、か。どちらにせよ、彼に何かがあるのは確定と見ていいだろうね)

 

 だが、現状フィンが持ちうる情報で考察できるのはここまで。

 元々農家の男とは、あのサンドバッグから繋がった縁でしかない。ごく薄い関係からここまで興味深い事実を引き出せたのは実にいい結果だと言えよう。

 

 確かめたいことは確かめ、成果は十分に得られた。それ以上を望む行動に出るのも良いが、まずは事態の収束地点をどうするのかをフィンは考える。

 

 しかし、その思考は同時に、目の前の男が戦闘を止めたことで中断することになった。

 

「おや、もう満足かい?」

 

 先程まで振っていた直剣を収め、観衆として観戦していた団員に渡す男。

 

 どうやら気になっていた武器の性能を確かめるのに満足したという。そんな晴れやかな笑みを浮かべて語る彼を前にフィンは思わず欲をかいたか。

 

「正直、僕はもう少し君と手を合わせていたいんだけどな。丁度体も暖まってきたことだしね」

 

 コキリと首を鳴らしフィンが手合わせの継続を望めば、返ってくるのは男の冷静な指摘だ。

 茶会の前、ダンジョン帰りにシャワーを浴びてさっぱりしたというのに暖まって汗をかいてはどうするのだと。

 

 その指摘にあっ、と言葉を詰まらせたと同時、観衆として紛れていたガレスから茶化しな声が響いてきた。

 

「はははっ! それもそうじゃ!フィン、お前にしては珍しく一本取られたのぉ!」

「……うるさいよガレス。まあ落ち度は僕にあるんだけどさ」

「団長の落ち込む姿……可愛い!!」

「ティオネ、鼻血出てるよ。拭いて拭いて」

「あははは……」

 

 豪快に笑う幹部に一名に、茶化され少し気を落とした団長に愛しさを覚え鼻血を垂れ流す幹部約一名。場はまさに四面楚歌。レフィーヤも思わず困った笑いしか出てこない様子で。

 

 それを、どこか懐かしんだ視線で横目に眺める男。

 

 実際、農家の男にとってその光景は懐かしいモノだっただろう。

 家族(ファミリア)内の茶化し合い、あるいはそれを団欒とでもいうのか。ノースティリスに仲間を置いてこの世界に降り立ち早1年経たず、かつての仲間同士での茶化し合いをせずに久しい。

 今頃どうしているのだろうか。やけくそに家で終末を起こしていなければいいのだが。

 

 まあ、特段人肌が恋しいという訳ではないのだが、それでも1年という月日は、農家の男にあり日の仲間(ペット)達の姿を想起させるに足りた。

 

 

 



 

 

 

 さて、そんなこんなで紆余曲折。

 中庭での立ち合いも無事に終わり、見世物が無くなった為観客も解散した頃合いだ。

 用事も済んだことで、あなたがロキ・ファミリアに滞在する理由も無くなった。この後は家に帰宅する予定である。

 

 気になった武器を振り回し、懐かしめな光景を間近で眺めることが出来たあなたは非常に上機嫌であった。

 それはもう、ここが中庭の人目に付く場所でなければ範囲攻撃連打(スウォームぶんぶん丸)などという奇行に走るほどには上機嫌であった。

 

 なお周囲に人間がいた場合は死ぬ。問答無用で。

 

 因みにスウォーム連打の理由は単純なものだ。

 先程の戦闘によってあなたはスタミナを少量くらいしか使っておらず、消化不良なだけである。

 汗は滲む程度しか出ていないし、体は暖まりかけ。丁度フィンと同じ感じだろうか。

 

『まあ、あれだけ手加減されながら相手をされていたらね。物足りないと思うのはわかるわよ』

 

 モンボに入りっぱなしのラーニェの言葉にうなずく。

 ダンジョンの中層で難なく戦える彼女もどうやら同感な様子だ。

 

 正直、茶菓子を頬張った分の消化運動には物足りないというのがあなたの感想だ。

 怪我をさせずにという名分で、オラリオにおけるあなたの実力を示すレベル1程度の力でフィンに相手をしてもらったものの、まさかここまで動き足りなくなるとは思わなかった。

 

 何故か最後の1,2振りだけはそれを超えた速度で槍を放ってきたが、まあそれでも大して変わらない。消化不良は消化不良なのだ。

 

『……そういえばお前、どうして手を抜いて戦っていたんだ? それもわざわざ、あんなギリギリで攻撃をかわすような真似をしてまで』

 

 ラーニェはあなたの本来持っている力を少し把握しているからか、そんな問いをかけてくる。

 ギリギリで躱していた理由はまあ、そうしたほうが観衆のウケに良いからだ。特段それ以外に理由はない。

 

『? 確かに観衆は多いが……そんなに周囲の目を気にするような人間だったか? お前は』

 

 そう言う訳ではないが、あなたは先日の『怪物祭(モンスター・フィリア)』に倣って、実際に闘技者のまねごとを試していたのである。

 モンスターの攻撃を紙一重で躱し続け、観客を盛り上がらせる諸行はノースティリスに無い技術であり、あなたにとっても目を張る芸であったため是非モノにしたいと考えていた。

 

 いつかジェノパを開く時に使えるだろうから。

 

 相手の攻撃を紙一重で躱しながら虐殺を続けていくパーティーは盛り上がること間違いなしだろう。

 

『はぁ、ジェノパって言うのが何なのかは知らないけど……それじゃあ手を抜いてた理由はなんだ?』

 

 なにも、相手があなたに合わせてきているからとしか答えられないが。

 

 雑魚(レベル1)程度に力を押さえている団長に対して、我颯爽とあなたの全力をぶつけてみろ。最悪ファミリア内で殺人事件が勃発しかねない。しかも団長の。

 もし起こらないとしても、あなたが全力を出した反動で今いるこの中庭の地形を変えかねない。

 他のファミリアのホームを荒らすなどそれはそれで問題だろう。ノースティリスならお巡りさん(ガード)案件だ。カルマも減る。

 

 改めて言うが、あなたはオラリオで犯罪者になどなりたくないのだ。

 アイム自制。望むは平穏。のんびり農家生活ワッショイである。

 

『……もうなんていうか、うん、お前らしいというか。いやもうホントに今更なんだけど、同族を殺すという罪悪感は無いんだな、お前って』

 

 呆れたような声色に疑問符を浮かべるあなた。

 

 殺人は罪だという意識はあるが、確かに罪悪感そのものはない。こういうのはバレなければいいというのが相場として決まっているだろう。

 問題は問題にしなければ問題にはならないのである。

 

 そう答えれば、深い溜息と同時に頭を抱えながら返答に困るような表情を向けてくるラーニェであった。

 

 

「どうかしたかい?」

 

 頭の中で会話をしていると、正面に立つフィンがあなたの様子を窺ってくる。傍から見ればあなたは一人耽っているように見えていたのかもしれない。

 とりあえずフィンには、最近辛辣な同居人の事について考えていただけだと返しておく。

 

『誰が辛辣だ誰が。というか誰のせいだと思っているんだ』

「はは、君に辛辣なんて言わせる同居人って一体どんな人なんだい?」

『いや、おい待て。どうして私があたかも性格の悪いやつみたいに言われなきゃいけない! 元凶はソイツだ!善良の皮を被ってはいるが中身はカスだぞ!?辛辣にもなるだろうこんなのと居れば!!』

 

 聞こえない筈なのにフィンに対して文句タラタラなラーニェだ。

 彼女は1年の月日の付き合いからかあなたの性格をしっかり把握している。しっかり的を射た罵倒に感心した。心は傷付いたが。

 

 というか*こんなの*とはなんだ。

 プチよりも矮小な名称で言われたのは初めてである。

 

 とはいえ、ラーニェの愚痴を聞くものなどここにいるはずもなく、彼女の文句は虚空の彼方へと消えていくのであった。

 

 

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