狂信者+ダンジョン=農家栽培 作:ストマフィリア
あなたの苦労を経て、人間の足を手に入れることになったラーニェ。
少なくないリソースは吐き出してしまったものの、ついに彼女はあなたと一緒に堂々と表に立ちながら生活が可能となったのである。
*わーお! あなたは喜びに身を震わせ跳ね上がった*
舞えや喜べ!ようやく待ちに待った友人との共同生活が始まるぞ!!
などと飛んではしゃいだあなたに何を感じたか、少し頬を上気させながら疑問を放った彼女にあなたは当然だと豪語したのも数時間前の出来事だ。
跳ねるほどの喜びはさておき、現在あなたはラーニェの今後の行動について語っている。
人の体を手に入れ、表に出れるようになった彼女にあなたが求めるのは、単なる平穏な日常だ。以前変わりなくそれ以上も以下の要求も無い。
しかし、あなたと共に過ごしていく以上、彼女にも少なからず仕事というものをしてもらわなければいけない。
働かざるもの食うべからず。
「働かなきゃいけないっていうのは分かるし、それには私も同意見だけど……最後のやけに実感がこもってたな。もしかしなくてもお前の実体験か?」
若気の至りというか、過ちというか。
まあラーニェは気にしなくていい。神への捧げものを爆買いした弊害で税金が払えず犯罪者入りしてしまったあなたの過去など今はどうでもいい。
「どうでもいいのか」
どうでもいいのだ。少し引き目の彼女に強く言うあなた。
とにかく、現状ラーニェがしなくてはいけないことは多い。コレは避けようがない決定事項だ。
まずは街模様に慣れるところから人となりに慣れるまで。
それが済んでからは早々に仕事を覚える事に手を付けたいもらいたいところだ。
仕事……というか包み隠さず言って『金稼ぎ』が出来れば何でもいい。いっそ冒険者に成ろうが、飲食店の店員だろうが何でもだ。
ついでその内容についてはラーニェの意見をなるべく尊重したい……が、しかし彼女には
無論、ラーニェにとっては初めての外界だ。人間との交流を楽しませたい分、関係の構築などを強く制限することはしない。しないが、少しはあなたの目の届く範囲でいられたらとは思っているのだ。
故にあなたは、ラーニェにあなたと同じ農家の仕事をする事で、少しでも監視の目を近づける事により彼女の立場がバレるリスクを減らせればと考えている。
と、かくかくしかじか。
その様なあなたの提案を語れば、ラーニェは首を軽く縦に振ってくれた。
あなたとしても無理やりな案だと思っていたので答えるのに渋るものだと思っていたため予想外な反応だ。
「むしろこっちから頼みたかったからな。それに私もその、なんだ……」
了承した割にはなぜか言い淀むラーニェ。何か言いたい事でもあるのか。
「……い、いやいや! 何でもない!気にしないでくれ!……できればお前の隣で、なんて言える訳ないだろ。バカッ」
全力で首と手を横に振って追及するなと必死になっている。
……訳が分からないが、とりあえず分かってくれたということで明日から取り掛かることにしよう。
現在時刻は丁度昼頃。挨拶回りは可能だが、人間に成りたてで体を動かすのに慣れていないラーニェにとっては早急すぎる外出になるだろう。
なのでこの1日は歩行に集中するラーニェのサポートに徹するつもりだ。
目の前には2本足でふらつきながら立っているラーニェ。
立ち姿は先程、あなたに寄って抱いた時よりも安定している。感覚を掴めてきたようで、この様子ならば1日を挟むだけで歩行程度はモノにできるはずだ。
「ああ、世話をかけるな。――後、さっき抱き着いたアレは忘れろ。早急にだ、いいな?」
やけに高圧的な物言いにあなたは疑問を覚えながら首を縦に振る。
正直言って忘れたくはないが、忘れよう。
ラーニェの目には確固とした殺意が籠っている。アレはマジな視線だ。些細な喧嘩の果てに友人が終末を起動させた時と同じ目だ。次の瞬間にはあなたが見るも無残な肉塊になっているかもしれない。
仕方ない、スレンダーな割に柔らかい感触は存外心地よかったが忘れるべきだろう。
「わざわざ! 言葉に! 出すな! バカッ!!」
ドゴッっと重い衝撃。
記憶を忘却の彼方へと消し飛ばそうとラーニェに宣言した矢先、あなたは彼女の黒に染まった足で蹴り飛ばされた。
横なぎに腹部を一閃。ぐるりと一転する視界。威力は抜群。
シェルターの端まで吹き飛ばされ、衝撃で背骨を粉砕されたあなたが思考したのは――赤面している彼女は相変わらず弄りがいがあって面白いということだった。
翌日の朝、まずあなたは住人の挨拶回りから始めた。
街模様も覚えられ、人間としてのラーニェの存在を周囲に認知してもらえる良い機会。加えて、あなた以外の人慣れも少しずつこの経験を糧に構築していけばいいという考えからだ。
因みに彼女の容姿も一新した。
首のチョーカーはそのままに、服装を
手持ちがなく何となくで渡した服なので他の服でも探せば探せるのだがと提案はしたのだが、彼女はどうもあの服が良いらしい。何でも、人間から始めて貰った服だからとか。
頬を上気させながら言うのは少し違和感を感じたものの、あなたはラーニェの主張に納得し追及はしなかった。
そして、彼女の足についても一つ。
蜘蛛足を変形圧縮した弊害か、炭化寸前のように黒ずんだ彼女の足についてだ。
日常生活において、彼女の足が周囲に晒されれば視線の的になるのは容易の事実。ソレの対策にあなたは一手を打ったのである。
――ズバリ、ニーソで何とかしてしまえと簡潔な手を。
現在、ラーニェの容姿は純白のワンピースに麦わら帽子。そして黒色のニーソックスを着用している状態だ。
側から眺めれば単なるオシャレとして完結しており違和感はない。あなたは大いに満足した。
ついでに彼女の設定として、少々日光に弱く肌色が変質している体質の女性ということになっている。
病人のように白い肌が幸いしたか、彼女の体裁を立てるのに最適だった。
「……まあ、私が外に立つためには仕方ないからその設定は飲み込むが……このニーソ? 肌の色をバレない様にっていうのはよく分かるけど、若干お前の趣味が入ってないか?提案した時のお前も少し押し気味だったし」
身振りしながらジト目を向ける彼女の問いに関してはダンマリを貫いた。
ニーソックスに関しては、あなたの主神であるクミロミとジュアのおしゃれ用に*偶然*保有していただけだ。
決して、決してだ。あなたの性癖事情を無理やりラーニェに押し付けたわけではないのである。
話を戻し時は現在。
あなたとラーニェは挨拶回りの最後の一軒に訪れていた。
「やあやあ!
やってきたのはとある廃教会。その地下。
正面であなたとラーニェを迎えるのは神ヘスティア。ベルの主神であり、あなたの隣人である。
特徴的なツインテールと笑顔の絶えない善神。よくジャガ丸くんの露店で顔を合わせるがベルの話だと、最近【ヘファイストス・ファミリア】の武具店か何かでバイトを掛け持ちしているらしい。
と、当のベルは一体どこへいるのだろうか。
「ベル君なら朝早くに
「こ、恋っ!?」
冗談は流し聞きに。
疑問を浮かべるヘスティアにあなたはまずラーニェについて簡潔な紹介を入れる。
嘘がバレない様にラーニェの素性を誤魔化しながら、彼女があなたのファミリアで世話になる事。ついでにありもしない彼女の病弱設定も伝えた。
隣で細い視線があなたを射したが、正面のヘスティアは何を感じたか、まるで自分の事のように喜んで両手を広げていた。
「要するに君のファミリアに団員が一人増えたって事かい? 喜ばしい事じゃないか!ボクは大いに歓迎するよ!」
「あ、ああ。ありがとう?」
大声でラーニェを歓迎する言葉に、当の本人は少し挙動不審気味だ。
人慣れもしていないところもあるだろうが、どうやら思っていたよりも好意的に歓迎されている事に戸惑っているらしい。
とりあえず、最低限の礼儀として自己紹介くらいはしてもらいたいものだが。
「ん、すまない。初めまして神ヘスティア。隣の奴の紹介に預かった通り、私の名はラーニェという。隣人の都合上……それとこの
「ラーニェ君だね。うんよろしく!」
ヘスティアから差し伸ばされた右手。
ラーニェはその手に目を向け、きょとんとしたかに思えば少し笑って深く被っていた麦わら帽子を外し左手に抱え、反対の手で握り返した。
彼女の笑みにどんな感情が想い浮かんでいるのかは分からないが、どうも晴れやかな感じなのはあなたにもわかる。
「そうだ、もし時間が余っているならでいいんだけど、少し待っててくれないかい。せっかくなんだしお茶会でもしたいんだ。まあこんな場所だからロクな食べ物とかないんだけどさ」
そこら辺はあなたも把握している。
何せ今の【ヘスティア・ファミリア】の食事情を支えているのは、あなたがお布施として提供している食材なのだから。
あなたの支えが無い場合、今頃ベルとヘスティアはジャガ丸くん一食生活を披露しているに違いない。
「絶望的なまでに貧相だな」
「ソレに関しちゃ君には感謝しかないぜぃ!だからせめて今日くらいは借りを返させておくれよ!」
時間は取らせないぜ、と。
あなたの返答を待たずにヘスティアがお茶を注ぎに行こうと奥の間へ行ってしまった。
「……そのなんだ。リドみたいだな、あの神様は。いやアイツでも流石にあんな活発じゃなかったけど」
取り残された2人の空間で、言い得て妙な回答をするラーニェである。
確かに、あの愉快で明るい感じな性格はリドを想起させる。それも関わり長いラーニェが言うのだから余程近しい性格なのだろう。
……それで、先ほどからラーニェが自身の手の平をまじまじと凝視している理由は何だろうか。
ヘスティアに握られた左手。何か変な感触でもしたのだろうか。
「いや、こうして人間と、まあ厳密には神とだけど……握手をしたのはお前を含めて2人目だなって、少し感傷的になってな」
……? 単なるコミュニケーションの一部にラーニェは目を細めたのだという。
たかが握手にそこまで感傷深くなる理由はあなたには分からない。
「お前はまあ、そうだろうな。気にしないでくれ。それよりどうする?聞く耳もたないでお茶を注ぎに行ってしまったけど、言葉に甘えるつもりなのか?」
ふっと苦笑を浮かべるラーニェにあなたは首を傾げながらも答える。
この後のあなたとラーニェはダンジョンへ向かう予定である。
理由は、ラーニェの変貌をリド達へ知らせる為だ。
なにせあなたは彼女を預かっている身。故に、あなたが施した彼女の変わりようをそのリーダーに報告しに行く当然の義務がある。
とはいえ別に急いでいる訳でもなし。時間も十分にある。
無論、神が誘った茶会であるならばあなたが断る余地は一つもないわけだが、ラーニェはどうだろう。乗る気か反る気か。
「せっかく誘われたからな。それにこの前は狭い球体に入りっぱなしだったし、乗る気ではある」
腕を組んでフンと鼻を鳴らす彼女は案外乗り気だ。内心楽しみで仕方がないのだろう。顔には出してないが友人のあなたには分かる。
ふむ、お茶というならあなたが4次元ポケットで保管している嗜好品の一部を使うのもいいかもしれない。
【ロキ・ファミリア】御用達のお高い茶菓子である。ヘスティアの舌を唸らすこと間違いなしだろう。
因みに、茶菓子を出すといったあなたの横でラーニェは小さくガッツポーズをしていた。
ヘスティアを待っている最中、ソファに座っていたあなたとラーニェ。
雑談を交え、茶を沸かす音が響く室内。
何をするでもなく淡々と待っていたあなたであるが、ふと視界の端に一封の紙切れが入り込む。
真っ白な紙切れであるソレは雑多な手紙らしく長方型に作れており、丁寧に封もしてあった。
まじまじとその手紙を凝視するあなたの様子を見たか、茶室からぴょこっとツインテールを出したヘスティアが答える。
「ああそれかい? バイトに行く前にベル君にソレを出して来てくれって頼まれてさ。今朝書いた手紙らしいんだけど、何でも大事な人に贈る手紙らしくて」
「手紙……確か紙に文字を書いて送るモノだったな」
「? うん、もちろんだけど。そんなこと聞いてどうしたんだいラーニェ君」
「あ、いや気にしないでくれ。ただの独り言だ」
ラーニェの問いには純粋な疑問が含まれていた。
そういえばダンジョンに、というか異端児には文通などと言う概念がないのだったか。
なんだったら彼ら彼女らには、フェルズが持っている『
「これも人間との違い……というより常識の違いなのか。全く、覚えることは山積みだな」
そう身構えなくてもいいだろうに。
常識どうのこうのは時間をかけて覚えていけばいい。それなりのサポートはあなたもするつもりなのだから。
「そうか。……それじゃあ例えばの話、私が周囲の目があるところで人の常識外れな行動をしてしまった時どんなサポートをしてくれるんだ?」
好奇心で気になったのか実際に起こってしまった場合の行動を問うラーニェにあなたは笑って返す。
その時は周りの観衆に「彼女は残念な子なんです」と語るとしよう。
恐らくラーニェに残念な視線が殺到するだろうが、一時的にその場をしのげるはずだ。
「……さっさと人の常識について学ぶようにする。絶対、絶対にお前の補助は受けないようにするからな私はっ!」
笑顔でそう語れば脇腹を肘でど突かれることになった。
どうしてだろう。彼女に冷ややかな目を向けられる理由が分からない。
――僕も……彼女が怒る理由が分からない。
――そうそう、あなたにしては優しいわよ。ペットだったら責任取らせる形で殺しているでしょうに。
――うみみゃぁ!(明日には終末でも降るんじゃないか、という鳴き声)
あなたの脳内神の意見も同意してくれている。クミロミやジュアはともかく、エヘカトルでさえ普段の毒電波を流しながら同意の意を示してきたのだ。あなたの感性は間違っていないと確信した。
安心を覚えながらあなたは先程の手紙を手に取り、裏面を見る。
この手紙をベルが書いたものである事が気になったのそうだが、あなたはその宛先が誰なのかが気になったのだ。
この前の鍛錬中に聞いた当人の話によれば、ベルはオラリオへ旅立つ前に育て親が亡くなっているらしい。だというのに、手紙を寄越す相手がオラリオの外にいることにあなたは疑問を覚えたのである。
弟子としての好奇心というより、コレは隣人としての好奇心だろう。
あなたは不謹慎ながらベルの人間関係を探るために、手紙を手に取った。
真っ白な手紙の右下、書かれたその文字に目を向ける。
「おっまたせ~! お茶にしようぜぃ2人共!!」
同時に、大きな声で茶飲みの乗ったお盆を持ちながら突撃してきたヘスティア。
あなたは手に取った手紙を元の位置へ戻して、お茶の用意を始めた。
4次元ポケットからロキ・ファミリアから頂戴した茶菓子を取り出せば、こんなに高いモノが出てくると思っていなかったらしい冷や汗をかくヘスティア。そして*これは美味しそうだ*と高揚を隠せていないラーニェ。
2人の姿を横目に眺めながら、あなたは一瞬で確認した手紙の宛名を思い出す。
『アルフィア
一筆で書かれたその丁寧な文字と名前に聞覚えがないあなたは内心で首を傾げるばかりであった。
そして、暗いダンジョンの上層。
そこは9階層、誰の気配もない一本道。
「…………」
「……リリ」
どこにでもあるような小さな岩に腰を掛けながら、ある冒険者とサポーターが向かい合っている。
しかし、その雰囲気は落ちに落ち切っている状況。
灰被りの少女――リリルカ・アーデはフードの下で目を伏せ、目の前に座る冒険者と交えようとしない。
そして、中性的な顔立ちをした到底冒険者らしからぬ白髪の少年、ベルはその様子を心配そうに見つめていた。
閉ざされたような静寂。
互いに息を吐くことも憚れる空間の中で。
「ねえリリ、僕に教えてくれないかな。リリが抱えてる何かを。僕から逃げようとした理由でも、何でもいいんだ」
ベルは、少しの覚悟を瞳に込めて少女に問いかけたのである。