狂信者+ダンジョン=農家栽培   作:ストマフィリア

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おくれあそばせすみません
時間はクミロミ様の信仰に消えました


26話 師匠と隣人、そして異端児と人間

 

 コレは数分前のこと。

 

 今いるここから一つ下の10階層。

 濃い霧が周りを埋め尽くす場で、僕はオークの群れに囲まれていた。

 

 木の根元に落ちていた、あまりに生々しい肉塊の形をしたモンスターを呼び寄せる道具(アイテム)。そして効力通りに呼び寄せられたモンスター達。

 絶体絶命と言って差し支えないあの状況が、目の前に座るリリが生み出したものだと僕は()()()()()()

 

 頬を撫でる一筋の冷や汗。

 心拍する心臓に気をそがれる中、僕は状況をただただ整理する。

 

 昨日、再び師匠(せんせい)から貰ったお守りのナイフを奪い取り、逃亡を図るリリ。

 今にも己が命を奪おうと襲い来るオークの肉腕。

 手持ちには《ヘスティア・ナイフ》一本のみ。

 

 状況を把握した僕は、次に取るべき行動は当然この場からの脱出。

 そしてリリに追いつくことであり――まず話を聞くことだと定めた。

 

「……よし。冷静に、冷静に……出来てるよね?」

 

 閉じていた瞼を開き、武器を握りしめる。

 決して熱くなることなく、冷静に思考を回す事は僕の師匠(せんせい)から教えられたものだ。

 戦いに必要なのは技術とフィジカル(ステイタス)。そして焦ることなく頭を回すことができる度量だって、僕はあの人に教えられて、鍛えられたから。

 

 ただ……脳裏に浮かぶは過酷な特訓の日々。

 

 肩車をされたかと思えば、いきなり矢も顔負けな速度(2000)で走り出す師匠。

 高速戦闘に目を慣らす特訓ということだったが、慣れるはずもなく当然のように目を回し気絶してしまったあの日。

 

 死の恐怖に慣れる為と、首元に大鎌を敷かれ全力の殺気を身に受けながら大鎌の手を引く寸前で避けろと言う師匠の無茶難題に必死をこいたあの日々。

 

 ……幼い頃に()()()()()ありきでゴブリンの群れに襲われたり、()()()に本物の殺気ってやつをよく味わったけど……アレはそれくらい――どころじゃない。

 何せ一歩足を引くのが遅ければ事実上の死が身を襲うのだから。あの人は間一髪で――本当に死にかける手前で僕を助けたりしてくれたけど、師匠(せんせい)は本気で殺しに来るんだから。

 死んで覚えろ、なんてよく言うけど死んだら終わりなんだってば。あの人だって死ぬ手前までで許容してくれるのにさぁ……。

 

 それを特訓というのだから、改めて師匠(せんせい)はその……うん、頭がおかしいんだと思う。

 

 とはいえ、()()()から受けた鍛錬は今の鍛錬に繋がっているんだと思えばよかったと感じはする。辛いけど。ホントに泣きたくなるくらい辛いけど。

 

「うぅ……でも、怖いのは変わらないよ師匠(せんせい)ぃ……」

 

 モンスターを前に自分でもおかしいと思うくらいお気楽そうな弱音を吐く。

 当然、慣れてきたとは言っても恐怖を感じていないわけじゃない。あくまで師匠の特訓のせいで、迫る死に対しての耐性が少しだけ身に付いただけなんだから。死にたくない気持ちはもちろんあるし、目の前で相対する異形が怖いのも変わらない。

 

 相手はオーク。10階層の脅威の一つ。そして冒険者になりたて(Lv1)の僕にとっては初めて相対する敵であるのと同時に、緊張に鼓動を高く上げてしまう。

 本来、下級冒険者(ビギナー)では相手にすらならずビビり散らかし逃げ出す脅威を前に――

 

「■――!!!」

「って、そんなこと言ってる場合じゃない、よね」

 

 決して、脚はすくむことなく堂々と地に着けていた。

 迫りくる脅威を前に、僕は《ヘスティア・ナイフ》を握りしめ覚悟を決める。

 灯す瞳の炎に、揺らぎはない。

 

「怖いけど、大丈夫。やるべきことを頭に入れて……まずは、リリに追いつくっ!」

 

 駆けだした足は止まることなく、見定めた目的のために疾走を始めた。

 

 



 

 

 いつものことながらダンジョン内。

 あなたは数時間前に神ヘスティアの元に挨拶へ出向いた後、次の予定の為にダンジョンへと潜っていた。

 

 隣には純白のワンピースを着こなしつつあるラーニェの姿。

 つい先ほどまで、神ヘスティアと一緒にお茶会の菓子を幸せそうに頬張っていた彼女の姿は記憶に焼き付いて新しい。

 初めてじゃが丸くんを口にした時もそうだが、彼女は食に対して美味しいモノに目が無いのだろう。

 毎度のことながら人肉主義者(カニバリズマー)が人肉を食した時に浮かべるような満足気な笑顔にあなたも微笑むばかりである。

 

 さて、閑話は休題。

 

 あなたとラーニェはダンジョンの奥地へ向かっている。

 目的地は中層辺り。詳細な場所は異端児(ゼノス)達の隠れ家だ。

 数時間前に語ったように、あなたはラーニェの現在の状況を知らせる為ダンジョンを降りている最中だ。

 

「今更だが、リド達もさぞ驚くだろうな。私がこんな事になっているなんて知ったら……」

 

 ふっ……と、突然どこか遠い目でダンジョンの壁を見つめていたラーニェに、あなたは不満げな視線を向ける。

 こんな事とは心外な。この現状があなたの生んだものとは言え、それを望んだのは彼女の方だろうに。

 

「ああいや、別に不満があるわけじゃないんだ。単純にこう、見た目の変化がな」

 

 ワンピースを摘みひらりと身振りをするラーニェを眺めながらあなたは思う。

 確かに彼女に起こった変化は明確かつ如実だ。黒く染まった足の一部を除けば異端児(ゼノス)とは思えないほどの変化だろう。

 人間味を帯びた彼女の肉体は、さぞかし人外の群れを成す者たちにとって驚きを隠せないモノであるのと同時に、羨ましいモノに違いない。

 

 ……少し懸念点があるとすれば、彼女の現状を羨ましがり、異端児(ゼノス)達の不満が募らないのか、それだけが気になる所だ。

 

「ふふっ、なんだらしくない。私の心配でもしてくれているのか?」

 

 からかう様なラーニェの問いにあなたは腕を組んで返す。

 

 当然、募った不満の果てにラーニェに危害が加わるのであれば気にもする所だ。

 たとえ彼女の身内の問題だとしても、最悪の場合あなたも問答無用で介入しようと考慮しているくらいには気にしている。

 

 具体的には不満を抱いていそうな異端児達と軽く*オハナシ*でもしようと――

 

「あ、うん。分かったやめろ。心配してくれるのは正直嬉しいけど、お前が関わったら穏便に済まなさそう」

 

 からかう様な視線は一転、何を察したのかラーニェのジト目があなたを射した。

 その顔には落胆の表情が浮かんでいる。

 何か問題でもあっただろうか。

 

「問題というか、お前が穏便に解決してくれる未来が見えなくて……何かしらごたごたを起こすだろうお前」

 

 非常に辛辣だ。あなたのメンタルに深刻なダメージが入る。

 あなたとて、好き好んで問題を起こしたいわけではないというのに。

 

 ……だが起こすか起こさないかと言えば、起こしかねないに軍配が上がりそうなのはあなた自身否定しきれない。

 

 ここはノースティリスではない。かの地に染まったあなたの方法ではなにかしらこの世界の規則(ルール)に抵触するのだ。

 忘れてはならないが、あなたがここへ降り立って1年。何も犯罪が検挙されずにいることを奇跡の類だと忘れてはならない。

 

 ガックシと肩を落とすあなたの姿を横目に笑ったラーニェはクスリと微笑して語った。

 

「ふっ……まあ、その件は私が何とかする。元はと言えばお前の提案に乗った私の責任だからな。それに、いざとなればリド達も何とか手を貸してくれるだろうよ。普段はああだが……あれでも、私達の長だからな」

 

 最も信頼を置いている仲間の事を語る彼女の横顔は、どこか晴れやかだ。

 

 ……まあ、彼女がそういうのなら任せてみよう。

 説得等は彼ら彼女らに任せつつ、もしイチャモンつけて話をこじらせる者がいるようならばあなたが介入し*オハナシ*をしていく方針へ決めた。

 

 因みに*オハナシ*の内容は細かく言うまい。

 決してみねうちの末に《支配の魔法》をかけ、あなたの手によって思想意識を矯正、もとい強制しようとなどとは考えていない。

 思い立ったが行動しようとはしていない。まだセーフだ。いずれするかもしれないが。

 

「おーい、さっさと先を急ぐぞ」

 

 顎に指を当て立ち尽くして思考に耽っていれば、数歩先に進んでいたラーニェからの声。

 

 目的地まで先はまだ少しばかり長い。

 あなたは用事を終わらせ、家に帰った時の事を頭の片隅で考えながらラーニェの元へ小走りで向かうのだった。

 

 

 


 

 

 

 何やら、騒がしい声が聞こえる。

 進行途中で立ち止まり、あなたは独り言のようにつぶやいた。

 

「ん、いきなりどうした。声って……私には聞こえないけど」

 

 あなたの探知スキルをフルで使ってようやく聞こえるくらいの声量だ。恐らくラーニェには聞こえまい。確かにコレは人の声だ。

 ただ、声が聞こえるだけなら普段立ち止まることもない。

 ここはダンジョン。冒険者とモンスターの行き交う場所。1人2人の声が聞こえてきたところで気にすることも無いのだが。

 

 その声が、あなたの聞き覚えのある者であるのなら話は変わる。

 

 疑問に首を傾げるラーニェを余所に、あなたは魔法を詠唱。

 名前は《魔法の地図》の魔法。

 その効果は現在あなたが居る階層の地形を知るというものだ。

 シンプルな効果だが利便性が高く、ダンジョン……ネフィア探索では世話になる魔法筆頭である。

 遠い位置ほど探索成功率は低下するが、あなたほどの使い手なら使用回数によってそれをカバーできる。

 

 そう言えば余談だが、随分前にラーニェにこの魔法の事を教えた時は、バグやらチートやらと罵られた覚えがある。

 あなたの故郷(ノースティリス)ではごく一般かつ基本的な魔法なのだが。

 

『魔境かお前の故郷は……?』

 

 青ざめてドン引かれたのが懐かしいほんの1年前の記憶に浸りつつ詠唱を終える。

 結果、総5回の詠唱。

 

 それを経てあなたはこの9階層の地形内容を完全に把握。

 加えて、聞き覚えのある声がした方角を感覚で指し示した。

 

 やはり何度聞いても慣れ親しんだ声色である。……ただ、その声色には少しばかり喧噪な様子が混じっているのをあなたは感じた。誰かと喧嘩をしているのか、と。

 故に気になった。

 

 何か問題があったのか――とあなたが思う訳もなく、ただあの声の主がそのような状況になったのが珍しそうだからという理由で。

 

 好奇心は優先順位を一転させる。

 立ち止まるラーニェを置いて、あなたは地面を蹴った。

 

「あ、おい! どこに行くんだ!」

 

 声のする方へ。恐らくあなたの予想通りなら、あの隣人の元へだ。

 

「隣人……まさかベルか? ってちょっと、だから待てって!」

 

 着いて来なくても大丈夫だ、とあなたは一言。

 これはあなたが単に興味本位になったが故の行動だ。友人と言え、ラーニェを付き合わせる理由はない。

 

 その場で待っていてくれても構わない。すぐに戻って来るとも。

 そう告げ、あなたはただ一人、声のする方へ走っていった。

 

 訪れる少しの静寂。

 

「はぁ~……」

 

 ポツンとその場を立ち尽くすラーニェは嘆息を一吐きしてから、自身の白髪を指先で撫でた。

 吐いた吐息には落胆と苦笑が含まれている。

 あなたの勝手な行動に慣れたとはいえ、こうも急に行動されるとなるとついていけないのだ。

 

「全くもう……あいつ、私が一緒に隣を歩くって言った事忘れてないか?」

 

 独り言の苦言は誰にも届かない。

 しかし、口角を少しだけ上げた彼女の行動はさも当然のようなもの。

 

 数秒後、その場に誰もおらず、一方へ続く足跡だけを残していた。

 

 

 

 ベルとリリがそこにいた。

 

 声のする方へ向かい数分。

 ようやくたどり着いたそこにいた人物が予想通りの2人なのを確認して、あなたとなぜかついてきたラーニェはバレない様にと気配を消し、岩壁の向こうから状況を窺っていた。

 

 そして前述の通り、簡潔に状況を語るとそうなる。

 しかし現状を詳しく説明すると少しややこしい感じが漂っている所か。

 

『どう、して……』

『やっと追いついた……リリ』

 

 あなたが辿り着いた頃、ベルはリリの腕を離さないぞとばかりに掴んでいた。

 何が起こってそんなことになったのかは定かではないが、状況としてまとめるあなた。

 

 ベルの纏った軽装はあちこちがへこんでいて、全身のあちらこちらに擦り傷がいくつも付いていた。

 黒い短刀である★《ヘスティア・ナイフ》は多くのモンスターを倒してきた証か、多量の血に汚れている。

 急いで走っていたのか息切れを起こし、リリの腕を掴みつつ荒い息で言葉を発することもできていない。

 

 つまり追いかけたのはベル、そして逃げていたのはリリの方。

 逃がさないと必死になったのは冒険者で、逃げようと必死になったのはあの小柄なサポーター。

 

 ……となれば、危害を加えたのはサポーターの方。つまりリリの方だろうか。

 

「……なあ。感覚でだが、あの小さい方の目つきに覚えがあるんだけど」

 

 ボソリと小声であなたに語るラーニェ。

 思考を中断し彼女の言葉に耳を傾ければ。

 

「アレは……堕ち切った人間の目つきに似てる。偶に居たんだ、悪事を働こうと何でもするような人間が。その中には私達を殺そうと躍起になる奴もいたが……ベルが捕えてるあのリリって人間は一体……」

 

 ちらっと視線をラーニェに寄せれば、彼女は鋭い視線をリリに向けていた。

 恐らく異端児として自ら虐げられた過去の経験からか、警戒心が高ぶっているのだろう。

 

 実際、リリは悪人であることからラーニェの感覚は的を射ている。

 あなたも一度、リリと一緒にパーティを組んでおり盗賊であるということを確認している。

 そして逃げようとしているリリの手元には、あなたがベルに預けていた値の張る短刀が一本。恐らくは予定通りベルを何らかの罠にかけ、短刀を奪い去るところだったのだろう。

 

 数日前、あなたがリリに催促した通りの出来事が目の前で起こっている。

 ベルの盗難に対する危機感育成のため、リリに頼んでいた事が実際に実行され遂行間近といった感じだったのだろうが。

 

 しかし、現状を見るにその計画は失敗に終わったと見える。

 

 ベルが追い付き、リリを捕まえているこの状況が何よりの証拠だ。

 はて、失敗に陥った理由はリリが何かしら致命的なミスを犯してしまったのか。

 

 それとも、ベルがリリの想定の外を行く事をしてみせたのか。

 

「――っ、は、離してください!」

「嫌だ、離さない!」

 

 だとしたら後でベルには話を聞いておかなくては、なんて顎に手を当て思考に耽けていたあなたを前に、ハッと思い出したかのようにリリがベルに掴まれた腕を振り回した。

 

 それは明らかな拒絶。逃亡の意思を表面に出した必死の拒絶だ。

 掴まれた腕を振り回そうと必死になるも、リリの矮小な力ではその手を振り払うことはできない。

 

 冒険者とサポーター。

 その力量の差がこの場でも如実に示されていることに、リリは恐らく内心で毒を吐きながらもこの場を離れようと必死になっているのだろう。

 

 しかしベルが大声で放ったその言葉に、リリは思わず再び思考と行動を止めた。

 

「離してください! リリは、リリはベル様から逃げないと! だって、リリはベル様にあんなことを――」

()()()()()師匠(せんせい)のナイフを盗んだのも、近くに置いてあったモンスターを呼び寄せる道具(アイテム)があったのも、リリがやったことだって分かってる!」 

「なっ……」

 

 遮るように大声で放たれた声と共に向けられた赤い瞳(ルベライト)の輝きは、燻んでいた。

 

 大声を放った少年の瞳に宿るのは、心配の感情か。

 少なくとも怒りに似た激情が籠っているモノではない。それがあなたと、恐らくラーニェにも同様に明確な違和感を生んだ。

 

「なら、どうして!」

 

 ――理解が出来なかった。窮地に陥れた相手が分かっていながら、そんな自分(リリ)を罰することができる立場でありながら。

 

「どうしてって……だってそんな、そんな泣きそうな顔をしているのに、放っておけるわけがないよ。ただ責める事なんて僕に、僕なんかに出来ないから」

 

 今度こそ、リリは呼吸を止める。

 

 リリの心の奥底にある冒険者という醜いイキモノに対する想いは、いつだってゆるぎないモノであった。

 傲慢、強欲、残虐。

 サポーターはただの道具と、そう呼ばれ自身すらその身に堕ちてから幾星霜。

 

 優しさなんてものは信じなくなった。

 醜い非道だけがただ視界に写っていた。

 

 ヒリつく喉の奥。なぜか熱くなりかけた目の頭。けれど必死に溢れ出そうな何かを止めるリリ。

 

「っ……」

「理由があるんだよね。僕にも言えないような、リリの大事な何かが」

 

 ――(ベル)自分(リリ)を罰しない。

 

 むしろ、小さい手を両の手で優しく握って語り掛けるのだ。

 

 あなたには分かっていた。

 目の前の白髪の少年は――ベルは他の冒険者とは違う。極度のお人好しなのだと。

 そして今の一言でリリははっきりと自覚したはずだ。自分の良心が確実に傷んだことを。

 

「全部、なんて言わない。だから……ねえリリ、僕に教えてくれないかな。リリが抱えてる何かを。僕から逃げようとした理由でも、何でもいいんだ」

 

 顔を伏せ、情けなくも、近くの岩陰で話をしようと開口一言そう切り出したベルに、逃げ出したリリは腕を掴まれている状況ではどうすることもできずベルの言葉に従うのみであった。

 

 

 

 

 落ち着いて話をするためにと、少し離れた岩影に移動し始めたベルとリリを遠目で眺めながらあなたはただ腕を組む。

 

「あの人間、どうして自分が貶められたと分かっておきながらあんな瞳ができる……?」

 

 声に震わせて疑問を放つラーニェにあなたも同感の意を示す。

 

 心底不思議だ。何故ああにも盗まれたことが発覚し、それを咎められるような立場でありながらあのような目を抱けるのか。

 あなたならひっ捕らえ次第、サンドバッグ即吊り及び《混沌の渦》100発の刑に処すというのに。

 

 とはいえ疑問と同時に、あなたとラーニェは2人の間に起きた事情を把握した。

 

 ベルの証言もあり、明らかに非があるのはリリの方である。

 あなたが盗みの催促をしたとはいえ、実際行動に移したのはリリ本人だ。あなたは悪くない。縄につくこともないだろう。というか御免被る。犯罪者にはなりたくないでおじゃる。

 

「……どうする?」

 

 マッチポンプ的展開になりつつある状況に目を細め冷や汗をかくあなたの横には、なにやら深刻な雰囲気を放っておくのに気まずくなった様子のラーニェ。

 

 意見を求める横からの声にあなたは一考し、首を横に振った。

 

 直接的な現場を目撃したとはいえ、オラリオでは他の冒険者の問題に関わっていくのは基本的にご法度だ。例えそれが世話になっている隣人の異常事態(イレギュラー)だとしても。

 

 それに、コレはベル本人に降りかかった問題だ。

 あなたが彼の師匠とはいえ――いやだからこそ、あの弟子がどうするのかを見定める義務があるだろう。

 ぶっちゃけ絶対に犯罪者にはなりたくないという本音もあるが、ベルの師としての本音があるのもまた確かだ。

 

 故に直接的に干渉することはしない。

 

 そんなあなたの選択を察したらしいラーニェは同意するように頷きつつ、小さな声で語った。

 

「……人間の悪性なんてものは、何度も見てきた」

 

 瞳を閉じるラーニェ。

 少年少女の話からいきなりスケールが大きくなったなと、ぱちくりと目を開けてあなたは言葉を返す。

 

「良いから聞け。……ずいぶん昔の事にも感じられるけど、絶対に忘れはしない。何度も裏切られて、仲間を奪われたし、殺されもした。人に対しての憎しみなんて、何度抱いたさえ覚えてない」

 

 脳裏に描くは異端児(ゼノス)としてダンジョンの中を過ごした過去の心象か。

 

 はたまた昔のラーニェ自身の感傷を思い出しているのか。

 忘れられない憎しみなんていうのは……一部の例外(エレア)を除けばあなたに縁の無いモノだ。同情に浸ることなどできない。

 

「多分、あのリリって小さな人間も、私が嫌う『悪』に寄った人間なんだろう。何度も憎んだ、仲間を傷つけ裏切る方の、な」

 

 ……程度は違うが、まあその類だろう。

 流石にあなたの知るような――先行く先で核を投下しながら、道すがらに自身が使うための倉庫をばら撒いて設置していく超害悪冒険者(ゴミクソ)とは比にもならないだろうが……悪人であることには違いない。

 

 ふむ、以下の彼女が異端児として重ねた経験則から考えうるにだ。

 ラーニェは『悪』側に立つリリのことが許せないと、そういう事だろうか。

 

「……そんな不思議そうな顔で直球に聞くな、バカ」

 

 問えば半笑いなラーニェ。

 デリカシーに欠けてるぞ、と額を指で小突かれるあなた。地味に響く。

 

「それに早とちりだ。私は以前みたいに人間のことを憎んだりなんかしていない。……お、お前と出会ってから、人間が醜い奴ばかりじゃないっていうのも少しばかり信じられるようになったしな」

 

 ……意外や意外。

 

 あなたは素直に両眼を見開いて驚いた。

 出会って日が経ってなかった頃のラーニェの様子と比べれば変貌したように感じられる。

 

 何せ思い出すのは出会い頭に憎悪の視線を向けてくるラーニェ。

 ゴミみたいな視線であなたを見下すラーニェ。

 あなたをドン引きするかのように――というか実際にドン引きしてたラーニェ。

 

「過去の私を無理やりに思い出すな……って最後のはお前の自業自得だろうがっ! 忘れてないからな、お前が私の前でやった奇行の数々の事!?」

 

 想起すればあなたをS的な目で見ていた記憶が多い。

 

 あなたにその気は無い訳だがあの頃のラーニェは、というか今でもラーニェはあなたをボコる傾向にある。やはりS気質なところがあるのだろうか。

 

「それ以上余計なこと言ったらまた蹴り飛ばすからッ!!

 ……って、そんなことは置いて。私は、まあ昔こそあれ今となっては人間を『悪』だのなんだのと決めつけて憎んだりなんかしてない。ていうか、それを見定めるために異端児(ゼノス)を代表して地上に出たところもあるし。

 ――それにだ、隣人の悪い話なんか解決しないまま持って帰った所で、夢見が悪い、でしょ?」

 

 ……ああ、隣人としてみれば、それは確かにその通り。

 

 ふん、と鼻息を立てて腕を組むラーニェ。

 何故だろう。知り合ってからよりも堂々としている彼女は何気に気力があるというか、楽しそうだ。

 

「憎しみなんか、思っていたところでバカバカしいって開き直り始めただけなのかもしれないな。特に、日頃バカやってるお前を見てると、ね」

 

 ……白髪揺らしてやけに笑みを浮かべているラーニェは非常に綺麗で可愛げがあるのだが。

 

 のだが、最近バカバカ言い過ぎじゃないだろうかこの友人は。

 あなたの行動や思考が、この世界の常識から逸脱しているのはあなた自身理解しているが、それはそうであれバカと言われてムッとならない事はない。

 

「私なりの信頼の証だから安心しろ。ていうかバカって言われたくなかったら、まずはその奇行を抑えろ。苦労するのは私なんだから」

 

 むぅ、善処はするとしてだ。

 

 結論が遅れたが、結局あなたとラーニェはベルとリリの口論を傍観兼見守ることに徹することになった。

 ただし、何か危害が起きるようなことがあるようならばあなたが場に出ることになる。

 ラーニェが言っていたように、隣人に何か訃報があっては夢見が悪い。それはあなたも感じていることだ。

 

 師匠と隣人であるあなたとしてはギリギリまでベルを見守る形で。

 そして、異端児と隣人であるラーニェは『人間』の2人を見定める形で。

 

 なんともまあ、奇妙な監視の態勢で見守り回が始まったのであった。

 

 




《支配の魔法》
対象を支配して仲間(ペット)にする。
言論統制、作戦管理、人権侵害お手の物。
一部を除きほぼ全てのモンスターに使用可能。抵抗されることもある。

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