狂信者+ダンジョン=農家栽培   作:ストマフィリア

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27話 守る白兎、見守る頭のおかしい冒険者

 ベルとリリの様子を見守る方針を固めたあなたとラーニェ。

 あれからは流れ通り、荒い息を整えつつ2人はお互いに言葉を交わしていった。

 

 まずベルがどうして、どうやってリリの元まで来たのかという問いから始まった。

 聞けばベルはリリの仕掛けた罠にかかり、10階層にてオークの群れに囲まれ放置されたのだとか。

 それも数分前の出来事だ。先んじて逃走を図っていたリリに追いつくには早すぎるのだと当の本人は嘆いていた。

 

 とまあ、そんな当たり前の疑問にどう答えるかと思えば。

 

「どうやってって……えっと、モンスターはなんとか逃げながら倒してきたよ? ただ全部倒すのは無理だったから、どうしても追いかける邪魔になるモンスターだけ倒してきたって言うか……あ、でも倒せてないモンスターも大丈夫のはずだよ。ちゃんと振りきった……と思うから」

 

 そう、苦笑いでやけに弱弱しく語るベルである。

 隣ではほうっ、と腕を組むラーニェ。そして「はぁ!?」と大声で驚愕の声を上げるリリ。

 

 ソロの冒険者が意図しない集団戦に陥る状況……あなたにも覚えがある。

 あれはヴェルニースの街中に有る小さな坑道に住み着いたプチやスライム(モンスター)を退治する、という何ともありふれた冒険者依頼(クエスト)だった。

 若き日のあなたは報酬目当てにウッキウキとクエストを受けたわけだが……。

 

 待っていたのはただの地獄。

 我颯爽とプチを潰していると、いつの間にかどこかから吐き出された酸によって摩耗したあなたの武具たち。

 マズイと一転、退散しようとすれば酸を吐き出した張本人であるスライムの数々。

 周囲を囲まれ、摩耗した武具ではスライムすら倒すこともできず、至る結末は吐き出された酸によって足先から頭のてっぺんまで体を溶かされ続ける生き地獄。

 

 今でこそそんな危機に陥りはしないものの、あの頃のあなたは死ぬことすら両手の指で数えきれるほどの若輩者であった。

 早々に生き返り、ろくに整備もされていない拠点で泣き寝入りをしたかつての記憶が、あなたの脳裏を刺激する。

 

 閑話休題。

 

「なあ、確かベルは冒険者になってからまだ1ヶ月も経ってないって言っていたな。それで10層のオークを相手に出来るらしいけど……外の人間の基準だとそんなものなのか?」

 

 いつの日、あなたがベルと鍛錬をしていることを教えた情報を元にラーニェが問いを投げてくる。

 

 基準がどうかは知らないが、あなたから見てもベルの成長速度は目を見張るものだろう。

 鍛錬中、昨日までの力量(フィジカル)が翌日になっては大幅に躍進していることなどざらにある。下層のモンスター相手なら、ベルは相手取ることができるのかもしれない。

 

 なおかつベルはわざわざ全てを倒さず、逃げながらリリに追いついたと言っていた。

 無謀に殲滅を優先せず逃亡に徹し、追いかけることを優先にした冷静な選択も10層のオーク達の群れに対抗できた要因なのだろう。

 これは日頃の鍛錬で鍛えた成果だ。後で頭をわしゃわしゃして褒めておくとしよう。

 

「日頃の鍛錬って……お前の話を聞いてる限りだと虐めに等しい所業をしてるって感じしかしないんだけど。ちなみに冷静な判断をするための鍛錬?っていうのは何を……は? 首元で鎌を構えて寸前で避けさせるだと……? 死を前にして思考を止めない鍛錬? いやいや、鍛錬じゃないだろうそれはっ、死神の鎌だってもう少し猶予をくれるぞ!?」

 

 ははは、もし死神がオラリオにいたなら鼻で笑いそうなブラックジョークだ。

 

 実際首元に大鎌を向けられた場合、猶予なく引かれる。

 ヤンデレ状態のクミロミを舐めてはいけない。躊躇も譲歩も遠慮も効かない上に一瞬で17分割の肉塊にされたあなたの経験は神の容赦のなさを思い知っている。

 

 あと埒外で*うみみゃぁ!*はやめろ。もれなくその場にいる全員が死ぬ。

 

「な、なんだその懐かしいようにどこか遠くを見る目は」

 

 おっと、どうやらここ1年顔を見ることが出来ていないあなたの神を想う気持ちが表情に出てしまったようだ。

 分割されたこと? アレはあなたが剥製欲しさに神を殺した際恨みを買った結果なので何とも思っていない。

 むしろ一瞬で痛みなく死なせてくれた温情に涙を流したいところだ。

 

 

 ……そんなこんな、ベルの強さに関する事やあなたが施した鍛錬などの話が進み。

 

 次には盗賊の少女、リリの置かれている状況についての追及が始まった。

 

 

 


 

 

 

「……壮絶、だな」

 

 重い。内容が重い。その一言に尽きる。

 

 場の空気も、話の内容も、隣で目を細めて眺めるラーニェの雰囲気も同様に重たい。具体的には宝箱2つ分。約600sくらいだろうか。

 いくら光の通りづらいダンジョンだからと言って、場の空気まで重くなることは無いだろうにとあなたは嘆息をつきながらリリの語った事実をまとめる。

 

 

 眷族となった経緯については、神酒(ソーマ)という酒の一種に溺れ切っていた両親から資金集めを強要された挙句、両親が無謀な冒険をしてあっけなく死亡し、リリ自身も生きる為になし崩し的にサポーターとなった過去があった。

 

 ファミリアからはかくもぞんざいな扱いをされ続け、それに耐えられなかった事で一時期は善良な老夫婦の経営する花屋で住み込みで働いていたものの、同郷のファミリア――【ソーマ・ファミリア】の冒険者の手によって無惨な仕打ちを受け、巻き込まれた老夫婦から罵倒され追い出されてしまった事。

 

 結果、劣悪なファミリアから脱退するため、および自らをここまで貶めた冒険者に仕返しするという目的の為だけに、後に発現した変身魔法を用いて冒険者から装備を奪って売り払うという、形振り構わない形で金を集める盗賊まがいな行動に出るようになった、のだという。

 

 

 すくつのような目をしているとはうすうす感じていたが、それに恥じない悲惨な過去である。

 生まれながらに落ちぶれた身であること、盗賊の道へと陥った経緯、加えて冒険者への憎悪と嫌悪の(いだ)き方。

 

 ノースティリスに存在する落ちぶれ者が集う街の一つ『ダルフィ』ですら、ここまで完璧な闇堕ちをした者はそう多くないだろう。

 とはいえ、あなたには酒の肴には少し濃すぎる程度だ。ダルフィの酒場で話題になれば拍手喝采が巻き起こるに違いない。

 

「……闇堕ち、か。同情するわけじゃないけど、一人の人間がああまで堕ち切った経緯をこと繊細に語られたら……こう、一方的には言えないものだな」

 

 何を、とはあえて聞かないでおいた。

 ラーニェはラーニェで人間の『悪』に晒された身だ。喉から吐き出したい言葉(ソレ)の内容など察することはあなたとて容易だ。

 

「ふぅ……お前はどうなんだ? 同じ人間として、思う所があったりは」

 

 重い空気にうんざりしたか嘆息を一息。

 ついでに同じ種族としてどう思っているのかと問いかけてくるラーニェ。

 

 あなたとしては思う所など何もない。

 長い間冒険者をしてきたあなたにとって、犯罪者など既に通った道の一つだ。窃盗を働く、核を町中のぬいぐるみに仕掛ける、脱税をするなどの経緯で堕ちた回数は両手指の数で数えられない。

 

 ありふれた犯罪者の一人。それがあなたがリリに抱いた感想である。

 

 非情と思うかもしれないが、こればかりは同情と共感が出来てしまうあなたの感性な故仕方無いモノなのだろう。

 

「そうか、まあお前は頭がおかしいから。私達と同じように犯罪者に対してもそんな感じでいれるのかもな……ひぅッ!?!?」

 

 よく言った。お返しに食らえ。

 あなたはサラッとdisを投げたラーニェの背筋を、白色のワンピースの上から指で撫でた。

 

 つー、とゆっくり綺麗な肌を堪能すると共に、あまりのくすぐったさに耐えきれなくなったかラーニェはビビビクゥ!?と体を跳ねさせあなたの首筋に手刀を一閃。

 もちろん躊躇ない威力にあなたの喉骨は*ベキリ*と嫌な音を上げる羽目になった。

 急激に暗転する視界。端で見えたのは耳まで顔を上気させたラーニェの睨み姿である。

 

 なんの幸運かベルたちに気づかれることが無かったことに安堵しようにも、息もできないあなたではそんな安堵の息すら出なかった。

 

 

 

 

「ふ、ふざけてるんですか!? リリはベル様を裏切ったんですよ!?それも命に関わる形でです!それを――」

「え、えぇ!? いや全然ふざけてるつもりなんてないんだけど……」

 

 目を覚ませば、変わらず土色のダンジョンの風景。

 どうやら、あなたは窒息によって気を失っていたようだ。

 

「起きたか。……言っとくけど謝らないからなっ」

 

 土色の風景から視界を横に動かせば、腕を組んだラーニェの不機嫌な姿。

 ふんっ、とそっぽを向く彼女にあなたは笑って大丈夫だと告げる。なお心配の声が無いのはもはや様式美である。慣れたものだ。

 

 それよりも気になるのはベルとリリの方だ。

 あなたが気を失っている間にどんな話があったのか教えて貰いたい所だが。

 見たところ、あなたが手刀を食らい屍のように地に伏せている間、2人の話が思ったよりも進んでいるように感じた。やけに怒号染みたリリの叫びの意図も気になる。

 

 

 そんな問いを投げ、あなたは聞いていなかった2人の会話の一部をラーニェから聞いた。

 あなたが気を失ってから数分程度。ある程度簡略化したラーニェの話によれば流れはこうらしい。

 

 まず一に、ベルがリリの悲惨な事情を聞いて俯き重い空気が流れて数分が経ち。

 二に、リリの自虐的な吐き捨てた台詞が続き。

 三に、その様子を見てられなくなったベルが「リリが心配だ」等のリリに対する言葉が続いた。

 

「でだ、お気楽なベルの言葉が気に障ったのか、あの小さい方はさっきから逆ギレの最中って感じになってる。……ベルの師のお前の前で言うのもあれだが、流石にお人好しが過ぎると思うぞアレは」

 

 呆れて肩をすくめるラーニェにあなたも苦笑する。

 

 それはあなたも知るところだ。

 隣人として数日、師匠として数日をベルと関わってきたあなたはベルのド級と言えるほどの善性をよく理解していた。

 

 というか自分から危害を与えておいて、その果てに気が抜けるような答えが返ってくるようでは怒鳴る声も上がるというもの。当のベルも、あの危機的状況がリリによって仕掛けられたものだと()()()()()()、なおこの返答であるのだからタチが悪い。

 何でもない様に苦笑いで怒声をいなすベルにイラッと来たのもあるだろう。

 

「だろうな。小さい方……リリの置かれている状況はあまりにも醜悪過ぎる。そんなところに長い間身を置いていたっていうのに、いきなり関係のない第三者から心配の声だ。私だってそんな奴を目の前にしたら疑うし、それが本気だって言うなら声も上げたくなる」

 

 うーむ理解度が、あと信憑性が高い言い方。

 というか実体験だろうか、異端児として過ごしていた時の。やけに感傷がこもっているが。

 

「一部は、な。昔の仲間が人間に近づいたときの話だ。当時の私は関わらなかったけど」

 

 昔の、ということはラーニェが人間嫌い嫌い大嫌い異端児だった頃の話か。

 

「昔の私をそんな風に呼ぶなバカ。いや、否定はしないけど……」

 

 ラーニェを何とも言えないあだ名で呼んだあなたがジト目で刺される。

 それをふいっといなしながら、あなたは再び正面で口論を続ける2人に集中した。

 

「ベル様ってなんなんですか! 馬鹿なんですか! アホなんですか!? ()()頭のおかしい冒険者様と同じように頭がおかしいんですか!?」

「え、っちょぉ!? たしかに師匠(せんせい)はおかしいけどっ!?」

 

 口論というにはあまりに幼稚な口撃の嵐だった。

 それはもうブチギレた時のあなたの神(ジュア)さながらの勢いだ。

 そしてあなたを頭のおかしい冒険者というオラリオのどこに行っても付き纏う異名に軽く苛立った。いい加減不名誉だということに気付いてほしい。

 

「頭のおかしい……くっふっ……!」

 

 シンプル罵倒が刺さったらしいラーニェは口元を押さえて笑いをこらえている。

 用事を済ませて家に帰ったら何か仕返しをしようそうしよう。

 あなたは確固たる意志を込め、ただ一人の友人の横で拳を握った。

 

 さて、何故か弛緩した空気の中で吐き出されるのはリリがベルに黙っていた衝撃的事実の数々。

 とはいっても、大体がお金のちょろまかしやら分け前のごまかしやらアイテム購入の使いにふっかけた金額を払わせただとか、恐らくベルが気にもしていなかったことだ。

 その証拠にベルが知らなかったとばかりに表情をヒクつかせている。

 

「え、えっとぉ……」

「これで分かりましたか! リリは悪いやつです! 盗人ですっ! ベル様に嘘ばかりついていた、サポーターの風上にも置けない最低なパルゥムですっ!!」

 

 それでも、ベル様はリリを助けるんですか!? と、少女の慟哭が土色の風景に響いた。

 泣きそうな少女が一人。困惑する純粋な少年が一人。

 

 はて、少年の答えは最初から決まっているだろうに。

 

 確かに、子供ながら悪意に疎いというのもあるだろうがベルには人並み外れた善性がある。

 盗賊として泥沼の中で生きてきたリリにとってはさぞ目に痛いほど眩しいモノだろう。

 だからこそ、無茶を承知で駆けてきた少年の覚悟などリリ自身分かっているはずだ。

 

 ベルは当然の様に口を開こうとする。

 次に綴るのは恐らく、リリが期待した通りの言葉だろうか。

 

 座して待つ少女の耳に届く声は――

 

「分かってんじゃねぇか。そんな糞パルゥムに救う様な価値なんかある訳ねぇんだからよぉ!」

 

 ――さて、話はここからもうひと悶着あるようだ。

 

 埒外から邪魔者が3人。

 中年の男性狸人をリーダーとしたパーティが嘲笑うかのように吐き捨てたゴミのような台詞と共に姿を現し、あなたはその冒険者(ゴミクズ達)を細い視線で眺めていたのだった。

 

 

 


 

 

 

 現れたその3人組はまさにあなたの知るような小悪党そのものだ。

 

 開口一番、品の無い台詞での登場、加えて下卑た視線と小汚い姿恰好ときた。まさにダルフィで見たような……いやあなたがオラリオに降り立ってからも絡まれた子悪党と同等な三流者である。

 

「そろそろガキを捨てるころだと思ってたんだがよぉ、罠にかけんの失敗したって言うじゃねぇか。本来なら網張っててめぇを滅多打ちしてやろうって腹だったのによぉ……しょうがねぇからこっちから出向く羽目になっちまったじゃねぇか」

 

 そのような内容を続けざまに発言したガタイこそ良い中年の三流冒険者は、どうやら今までリリを恐喝していた者のリーダーらしい。彼女の顔が先ほどベルと口論していた時よりも明らかに敵意に変わり、歯ぎしりしている状況だ。

 

 そんな表情を目にした3人衆は、彼等にとっては獲物らしい一行を舐めまわすように見て、ニヤリと口元を歪めている。

 

「あなた達は……」

「あ? てめぇに用はねぇんだよガキ。さっさとそこのパルゥム置いてこっから消えろ」

 

 状況を理解しきれないベルが3人に問いかけようにも一蹴される。

 いや、最低限の把握はしているのか。置いていけと吐いた言葉に反するよう、ベルはリリを背中に庇う仕草を見せた。

 

 そして先程、3人衆のリーダーが語った計画の内容もなんとか飲み込んで理解したのだろう。

 ベルは目の前の悪意に対し敵意を抱いていた。

 

「リリ、あの人は……?」

 

 小声で、正面で相対する人物が何者かをよく知っているだろうリリに問いかけたベル。

 

「……リリの、前の雇い主です。それと【ソーマ・ファミリア】の冒険者……リリと同じ――」

「ううん、大丈夫。分かったから」

 

 答えを得たと同時、瞳を開きリリを背後に立ち上がる。

 わざとリリの言葉を遮り「分かった」と断言した意図は、恐らく正面の3人がリリの敵であることをハッキリと理解した事だろう。

 

 冷静に状況を判断し、守るべきものを守り、敵対する対象を速やかに見定める。

 

 あなたの教えた戦いの秘訣の一つを活かしているベルに対し、あなたは思わず喝采を挙げそうになった。実際歓喜の声を上げようとしてしまったため、ラーニェに口を抑えられた。

 

「あの、確かちょっと前に、リリを罠にかけようって僕を誘った人ですよね」

「ああん? ああ、そんなことも言ったけなぁ? ただ悪いなぁガキ、ここまで来たら今更てめぇの言い分なんざ聞けねぇよ。せいぜい俺の誘いに乗らなかったことを後悔するん――」

「後悔なんてしません。絶対に、あなた達の好きにもさせない」

「――――んだと、ガキ」

 

 口の端を裂いて笑う下衆に、ベルは遠回しな敵対の台詞を放つ。

 

「僕は……あなた達の事情は、正直全部わかりません。【ソーマ・ファミリア】の事も、リリが盗みをしてたことも、今知ったばかりだから」

 

 ただ、と。

 ベルはその言葉の節目にそう呟き、目の前の悪意と向き合う。

 

「……あなた達は、リリの置かれている状況を知ってるんですよね。

 無理にサポーターを強いられてたのも、同じファミリアから虐げられていたのも、全部知っててまだリリから奪うつもりなんですか?」

 

 冷静な、それでいて熱いと感じるほどの怒りか。

 あなたにも分かる程、決定的な怒りがベルにふつふつと湧いている。

 初めて見る弟子の様子に、あなたは興味深く見入る。

 

「ハッ!知るかよそんなもん! 強いて言えば、そこのチビが見苦しい荷物持ち(サポーター)ってだけだ!

 どうせ大した役にも立たねぇゴミだ、絞って捨てて損はねぇだろ?」

「っ――!!」

 

 つくづく小悪党。そしてそれが決定打だった。

 眉間と手に力を入れ、★《ヘスティア・ナイフ》を構えるベル。

 

「……殺る気か、ガキ?」

 

 構えた少年に、同じく武器を構える子悪党。

 中年の三流冒険者がロングソードをあらわにしたと同時、同じく構える2人の【ソーマ・ファミリア】の冒険者。

 

「…………だ、ダメですベル様! リリの事なんて捨てて……捨てて、逃げてください! ベル様には関係がない事です!だからお願いです、逃げてください……!」

 

 正面には敵意をあらわにした悪意。

 背後にはベルが守るべきものと定めた幼気な少女が一人。

 

 両方の声に挟まれたベルは、当然の様にリリの言葉に答えた。

 

「ねえリリ、さっきそれでもリリを助けるのかって聞いたでしょ?」

「え……」

 

 ナイフを構えたまま、ベルは一瞬だけ視線を背後のリリへと動かして声をかけた。

 

「……僕、昔にさ、()()()と約束をしたんだ」

 

 しかし、それは脈絡もない文脈から始まった言葉。

 武器を構える背中に隙は無い。けれど何か、何か思い出すような、思い出を想起するような気配が感じられる。

 

「なに、を」

「あはは……笑ってくれていいくらいの、子供の頃の約束なんだけどね」

 

 ――()()()

 ――最後の英雄になるって約束なんだ、と。

 

 苦笑を込めてそれを語るベルの表情はあなたには見えなかった。

 その昔とやらに交わした約束を語る彼の言葉は果たして誇らしげなのか、あるいは自身でも呆れているのか。

 しかし、恥じているようには思わない。

 

 あなたも聞いた事のない、ベルが交わした約束とやらに興味津々である。

 

「だから、だから何だって言うんですか!? そんな約束、リリを助けることと関係が――」

()()()

 

 焦るようなリリの追及。

 しかしそれにベルは断固として否と答えた。

 

「だって、後ろで泣いてる女の子を守れないで英雄なんか名乗れないよ。

 目の前で悲しんでる女の子の涙を拭えなかったら、僕はきっと後悔する。

 それに、約束をしたあの人に笑われちゃうから」

 

 栗色の瞳が目いっぱいに開かれる。

 まだ、その瞳に涙は浮かんでいなかったはずが、その一言で決壊を迎えようとしていた。

 

 なるほど、それは確かにベルらしい。

 ただの口実なのか、それとも本当に交わした約束を果たそうというのか。

 英雄になるためと、子供の夢物語を掲げて後ろの少女を助けようとする姿はまさにベルの善性を体現したように優しい、ベルのらしさだった。

 

 この状況でもそれを押し通す姿に、あなたは思わずくつくつと笑いを上げる。

 

「だから、僕はリリを助けるよ。

 いなくなってほしくないから。その涙を、僕の小さな手で拭ってあげたいから。

 ――僕、リリだから助けたいんだ」

 

 だから待ってて、と一言。

 

 ナイフを構える。

 その赤い瞳(ルベライト)にもはや迷いはなかった。

 ふっ、とリリを安心させるように口角を緩めて笑い、ベルは目の前の悪意に立ちふさがった。

 

「話は終わりかぁ? そんじゃぁ……さっさと死ねやクソガキ」

「…………勝負だっ!」

 

 

 


 

 

 

「……すごいな、ベルは」

 

 さて、そんな様子を眺めることに徹すること早数分。

 ベルが3人組との戦闘を始めたタイミングで聞こえたのはラーニェの素直な称賛の声であった。

 

 ラーニェがそのような声を上げるのも無理はない。

 眼前で繰り広げられる3対1の戦闘は人数の差でさぞ劣勢かと思いきや、ベルがいなしつつ反撃という形で優勢になっているのである。

 

 苦悶を上げる三流冒険者(悪党)と雄叫びを上げて攻撃を続ける駆け出し冒険者(ルーキー)

 

 正直、冒険者を始めて一月足らずの実力ではない。

 確かに対人戦の心得はあなたとの鍛錬で教えたが、それはかいつまむ程度だ。

 あなたが主に教え込んだのは、恐怖への耐性とそれに付属する冷静な思考の回し方なのだから。

 早朝の鍛錬、そしてベルがあなたの弟子になったここ数日の間ではそれほど多い事を教えることが出来なかったのである。

 

 だとすると、アレはベルがあなたではない()()から学んだ技術ということになる。

 見て分かる程の明らかな対人戦の慣れは一体誰から学んだものだろうか。

 

 気になるところではあったが、あなたはその好奇心を放棄しまずはラーニェに声をかけた。

 

「なんだ?」

 

 せっかくの状況だ。守るべき少女を背負った上で、悪意を前にどう立ち回るのかを師として見定めておきたいのである。

 ベルはまだまだ未熟な少年。冒険者としても経験が浅い。故に彼の師であるあなたの考えとしては、ここで経験を積ませることにしたい。

 

 もちろん状況が重くなり、2人が命の危機に瀕した場合にはあなたも飛び出すつもりだ。

 

 死ぬ寸前で救って見せよう。なんなら死んでも救って見せよう。

 

「おまっ、確かに邪魔する雰囲気じゃないのは分かるがもう少し言葉を選べっ! だからお前は頭がおかしいって言われるんだぞ?」

 

 そう提案すれば、返ってくるのは呆れの嘆息とdisな言葉。

 まあ無理を言っているのはあなたなのだから、言い返すのは野暮だろう。甘んじて暴言を受け入れた。

 

「全く……分かった。元はと言えば勝手に付いてきたのは私だからな。我儘に付き合ってやる」

 

 肩をすくめてあなたの提案を了承したラーニェに感謝を告げつつ、あなたは()()()()()()

 

「ちょ、何で武器を……!? って、ああそういう……」

 

 いやだって、モンスターが寄って来てるし。

 突然武器を構えたあなたに驚愕したラーニェはあなたの背後にいる存在に気づき納得した。

 

 なにせあんな大声で口論やらなんやらをしていたのだ、ダンジョンの一角という場所であるからには少なからずモンスターも勘づくというもの。

 六本足の上半身と手に4本の鉤爪を引っ提げてやってきたモンスターは、確か『キラーアント』と呼ばれるモンスターだったか。それが数体程、群れを成してやってきた。

 

 ラーニェも見覚えがあるモンスターらしく、顎に手を当てながら経験談か何かを思い出そうとしていた。

 

「私達はこんな上層まで上ったことが殆ど無いからうろ覚えでしかないけど……アレは瀕死になるとやかましい悲鳴を出しながら仲間を呼ぶ。殺すなら一撃が望ましいぞ」

 

 なるほど。やかましい悲鳴を出すのは確かに厄介だ。

 今はベルが必死を賭して戦っている最中だ。そんな最中にあんなプチよりも気色悪い見た目をしたモンスターの悲鳴など聞かせて気を逸らせるわけにはいかないだろう。

 

 あなたは一撃の下、眼前で群れを成すキラーアントをミンチにしようと決めた。

 

「仲間を呼ぶのは危機の対象に入れてないのか……まあ、お前なら大丈夫だろうけど」

 

 あなたがモンスターを駆逐しようと決めると同時、ラーニェが呆れ顔のままあなたの隣に立つ。

 ……もしかして戦うつもりなのだろうか。

 今のラーニェは元の人蜘蛛(アラクネ)の姿ではなく、人の姿だ。

 

「心配してくれるのはありがたいけど、これでも戦いには自信があるんだ。今は人の形を取っているとはいえ、お前に遅れは取らないつもりだけど?」

 

 何故かやる気満々なラーニェにあなたは苦笑を返し、迫りくるモンスターに向き合う。

 

 思えば、彼女はあの下衆共3人衆を殺意の篭った睨みを利かせ、牙を剥いていた。

 強い力で両手を握りしめていたあたり、あれでも必死に気配を抑えていたのだろう。

 程度こそ低いモノの、過去酷い目にあわされた『悪』を目の前に怒りが湧きたつのは当然と言うべきか。

 今にも飛び出しそうな様子を、あなたが腕を掴み無理を承知で止めたはいいもの、その怒りの矛先が不明慮というのは彼女にとっても酷な話だ。

 

 であるならば、それを止めるのは野暮というもの。

 ついでに少し考えれば彼女の言う通り、20層よりも下の階層で戦ってきたラーニェの実力を疑うべくもない。

 

 是非ともあなたと共に鬱憤晴らしのついでに暴れ回ってもらおう。

 

「言われずとも、だ。お前こそ、しくじって仕留め損なうなよ?」

 

 ニヤリと笑みを浮かべたかと思えば、白色のワンピースを靡かせてラーニェはモンスターへと直進していく。

 それに続いてあなたも無骨な直剣を揺らし彼女に続いたのだった。

 

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