狂信者+ダンジョン=農家栽培 作:ストマフィリア
あなたの故郷、ノースティリスにおいて美談という類の話はそうそう流行らない。
何故かと問われればあなたは逆に何故だろうと首をグキリと横に捻じ曲げざるを得ないが、まあ多分あの世界では核やら終末やらエーテル病やらの破壊と混沌めいた状況が蔓延っているからだと答える事だろう。
小綺麗な美談よりも、昨日街中で核を20連発した馬鹿の話で盛り上がる世界。それがノースティリスだ。
それ故か、あなたは数時間ほど前に見たあの光景に大変ご満悦だった。
たった一人の少年が、ベルが人間の悪意に立ち向かうお話。
背後で震える少女を守りながら、死力を賭して少女のために戦うお話。
ノースティリスでは間違いなく見る事は叶わないだろう美談の類に、あなたは珍しいモノを見れたとばかりに満足の笑みを浮かべた。
今度、あの光景を酒の肴にしようと思ったほどだ。
「趣味わっる。そんな感じだから頭悪いって避けられるんじゃないのか?」
白髪を揺らす友人の苦言が何故か脳裏によぎったがまあ良し。彼女もそう言いながら、あなたと同じように良いモノをみれたと同感の意を示してくれたのだ。
さて、再度語るが、あなたの故郷に美談の類は流行らない。
昨日の善行よりも今日の終末を酒場の話題にしてしまうのがノースティリス人たる所以だ。
だからこそ、料理の味変のように、たまに食す贅沢品のように。
時たまに、風の隙間を通ってくるくらいの確率で聞こえてくる美談というのはあの世界で住む人々にとって珍しいものであり、ある種の嗜好品のような扱いでもあったのだ。
もちろんあなたもその一人。
今日、ラーニェのために潜ったダンジョンを出て家に帰った際には、一人ワイングラスを片手にあの光景を思い出しながら夜に耽ることになるだろう。
「戻ったぞ……って読書中か。何を読んでるんだ、お前」
ダンジョン中層、20階層の一角。
大樹の迷宮と呼ばれる区域にそびえ立つ様々な木々。
その一つに腰を掛けたあなたは、席を外していたラーニェを待っている時間、暇をつぶすがてら古書を片手に過ごしていた。
片手に取った本はなんてことない、古本屋で購入した英雄譚が書かれたシロモノだ。
内容も至って普通。綴られているのは悲劇と喜劇の折り合わせ。どこにでも溢れる英雄譚の一つである。
先刻のベル達を見て、なんとなく手に取ったのがこの本だった。それだけだ。
あなたは簡潔に答えたのち、開いていた本と閉じてラーニェに対して同族との話し合いは済んだのかと声をかけた。
「ああ、皆には色々話を済ませてきた。現状の報告だったり他愛のない話だったりな。グロス辺りには小言を何個か言われたけど……まあ、一番聞かれたのはやっぱり私の変わり果てた姿についてだったな」
やけに疲れた様子で語る彼女だが、別段嫌そうな雰囲気は感じない。
とはいえ疲れた感じには変わりなく、人の姿に成った経緯やらなんやらを同族たちに詰められたのは容易に想像が出来た。
まあ、長く共に過ごした
彼ら彼女らの気持ちは大いにわかる。同情すらできるとも。
信じて送り出したあなたの仲間ペットが、返ってきたときには*チキチキ*マニアの手によって見るに堪えない魔改造を施された時には、かくいうあなたも驚き、果てには怒り狂ったものだ。
「いや、別に怒り狂ったりはしていなかったけど……? 単に珍しい目で見られたりだとか、節々を軽く触られたりだとかで。……ていうか*チキチキ*マニアってなんだ」
どうやらラーニェの同士達は随分と懐が深いらしい。彼女の同意があったとはいえ、あなたの魔改造をこうも軽く許してくれるとは。
あなたの実体験を話して困惑しているラーニェを余所に、あなたは見ず知らずの異端児たちに感謝を込めた。
今後によっては、彼女にまたあなたなりの改造を施してしまうかもしれないがきっと許してくれるだろうと。
「結局、待たせることになって悪かったな。今回は皆にお前のことを紹介したかったんだけど」
そんなこんなで用事を終え、あなたとラーニェは地上へ帰還している最中の事。
申し訳なさそうにそう謝るラーニェ。
何に謝っているのか、それを説明するにはほんの数時間前を遡る。
ベルとリリ、2人の動向などを覗き見していたあなたとラーニェ。
紆余曲折を経てベルに襲い掛かる3人の冒険者、そしてそれを何とかベルが撃退した。
同時に、騒ぎ声に反応したモンスターの群れを駆除したあなた達はベルとリリが五体満足で9階層を出て行くのを見届けた後、本来ダンジョンへ潜ろうとした目的である、ラーニェの現状を
結局、見てるだけ見て、あなたは彼らに干渉することはしなかった。
ラーニェに今は2人にさせておくべきだろう、と提言されたというのもある。
本音を言えば、冒険者3人を相手によくやったとベルのフワフワ頭をわしゃわしゃしてやりたかった欲があったが、ラーニェの手前、そして号泣しているリリの状況を踏まえあなたは欲求を抑えることとなった。
今頃、無事に帰れているのならあの廃教会へとたどり着いている頃だろう。
頭わしゃわしゃはまた今度だと、あなたは楽しみを取っておくことにして先へ進んだ。
そうして、あなたとラーニェはふとした寄り道を終えて用事を済ませる為に20階層へ、つまりはラーニェ達異端児の隠れ家へとたどり着いたわけだ。
そうして、さてご挨拶にとあなたが張りきったのもつかの間。
『すまねぇ農家っち! 悪いが、他の皆に顔を合わせるのはまた今度にしてくれっ!』
と、まさかの門前払い。
隠れ家の入り口前で待っていた異端児のリーダーであるリドに入店拒否をされてしまったのである。
何でも直近に遠征があるらしく、今ここで人間であるあなたを紹介して遠征に行く者に精神的不調が出ては不都合が起きてしまうのだとか。
人間を嫌う異端児の話はあなたもラーニェから何度か聞いた事もある。その中には未だに嫌悪を向ける奴もいれば、人慣れをしてないのもいる。もちろんそうじゃないのも幾人かはいるようだが、今は前者の方を気にすることがリーダーであるリドの決断だったらしい。
どうやらあなたが到来するには都合が悪い時期だったようだ。
ただまあ、ラーニェの状態報告程度ならあなたを経由しなくても可能だ。
新しい異端児と関係を繋ぐことができないのは少しばかり残念に思いつつも、あなたはリドの言い分を承知した。
ラーニェの同族に会うのはまた今度にしよう。
『それに、そのなんだ? ラーニェのその恰好についても色々ツッコミどころがあるだろ? おれっちも何が何だか、色々聞きたいことがあるっていうか。こっちも受け入れるにしても、できるだけ混乱を招きたくはないんだ』
チラッチラッと、挙動不審気味にラーニェの姿を見ていたリドの様子はよく覚えている。
なおラーニェは混乱を招いた当人として若干申し訳なさそうにしていた。
そして忘れてはならないが、ラーニェを人間に魔改造したのはあなたである。
彼女が同意したとはいえ、あなたの友人よりは程度が低いとはいえ、ラーニェを*チキチキ*魔改造したのは紛れもなくあなたである。
つまり、元をたどればあなたが原因だ。
『…………』
それに気が付いたらしいラーニェのジト目は少しばかりむず痒かった。
ただ反省はしなかった。必要だったからやったのだ。あなたは悪くない。
『開き直るな、少しは私と同じくらい申し訳なさそうにしろ』
そうして吐き捨てられたその言葉と共に、若干放置気味にあなたはその場で待機を命じられたのだった。
そんなわけで、今に至る。
現在、あなたとラーニェが歩いているのは18階層の『
ダンジョンの休憩地帯と呼ばれる
ここは水晶と大自然に満たされた地下世界、面積はオラリオの半分に及ぶらしい。天井は全て
ここまで昇ってくることはほとんどないというラーニェの話に合わせ、あなたがこの階層についての説明を色々している際中の事だった。
「ん? おお、農家のクソ野郎じゃねぇか!」
少し離れた場所からあなたを指す野太い男の声。
近づいてくるのは左眼に眼帯を付けた大柄なヒューマンの男性冒険者。その姿恰好はまさしく無法者を体現するよう。
「……誰だ? やけに馴れ馴れしいけど、お前の知り合い?」
大声であなたを呼んだ男に疑問と、少しの警戒を含んだままラーニェが問う。
男の名はボールス・エルダー。
この18階層、
そして、時たまあなたが農家の仕事で世話になる顧客の一人でもあった。
悪党ではあるが、彼はあなたに危害を加えることは無い。いうなれば仕事仲間の関係柄だ、と警戒を解く理由としてラーニェに告げた。
「まあ、お前が言うなら。分かった」
警戒を解いたラーニェの様子を眺めつつ、近づいてくるボールスにあなたも手を挙げて挨拶を変わす。
「荷車も持たずにこっちに来るとは珍しいな! なんだ、ダンジョンに何か用事でもあったのか?」
まあそのようなものだ。
ボールスの方は見たところリヴィラの街の巡回中といったところだろうか。
「ま、俺もそんな感じだ。つか暇ならちょっと今から顔貸せ、せっかくなんだし今度オメェのとこの納品の件で色々話し合おうじゃねぇ、か……」
「…………なんだ? 急に能面になって立ち止まったけど」
角度的と距離的にあなたの背後に立つラーニェの姿を確認したボールスが立ち尽くす。
なんだろうか。彼は商人柄、笑顔としかめっ面をよく見る事になるが、これ程茫然とした表情は見たことがない。
ラーニェを一目見てから、何故か彼の右目が死んでいるようにも見える。彼女の美貌に目でも焼かれたのだろうか。もし狂気に陥ってしまったのなら彼の目を潰してあげよう。
なに、盲目になっても第3の目を生やせばいい。
と、考えているうちに死んだ目のボールスが近づき、急にあなたの肩に腕を組んできた。
「…………おい農家、暇ならなんて関係ねぇ。ちょっと顔貸せ」
「え、あ、おい!」
その死んだ目のまま、あなたは近づいてきたボールスに肩を組まれて有無を言わさせずラーニェから引きはがされる。
そして街を外れた人通りの少ない場所。ラーニェの声が届かなくなった辺りで、ボールスの組んできた腕の力が強まった。普通に首が締まる。
「……おい農家よぉ。お前あの
やけに真剣な目と犯罪者を見るような目で睨まれるあなた。
何を勘違いしているの知らないが、ラーニェはあなたの友人だ。拾ったりも買ったりもしていない。
「ガハハ!冗談抜かせ、そんな訳ねぇだろ。お前に付いてくる友人なんざこの世にいると思うのかよ。少なくともこの街じゃオメェ商談の時以外ははぐれ者扱いだぞ」
軽快に爆笑した後、変わり身早く真剣な顔で衝撃の事実が伝えられた。
曰くボールス談によれば。
――頭のおかしい農家だ
――相変わらずソロか。つかアイツ確かまだ
――おい、アイツを見るなよ。この前酒に酔った馬鹿がアイツに絡んで再起不能にされたらしいぜ
――今日の荷車には何が入ってんだ? 惨殺されたモンスターか?それともダル絡みしてきた冒険者の瀕死体か? どんなもんが入ってても驚かねぇぞ俺は
などと道通る先々であなたの周りには半径3
なるほど。一人で街を歩いているとき、やけに周りの住人があなたを避けると思ったらそんな扱いがされていたとは。
農家としての仕事をしている時だけ関わってくれる分タチが悪い。仕事が終わればあなたとは関わりたくないと。そう言うことか。
ふぁっくゆー。今からでも終末が訪れればいいのに。
ただしかし、頭がおかしいのはさておきあなたはボールスに一つ物申したいことがあった。
「あ? 少なくとも友人はいるだぁ? 嘘つけ、オメェの友人なんざ誰が好き好んでなるってん……は? さっきの白ワンピースの女に隣人のウサギ小僧? それとロキ・ファミリアの【
自信を込めて語るあなたに、なわけワロスと笑い飛ばすボールスだったがどうやら最後の一言で信じたようだ。なぜか顔が青ざめている気がしなくもないが。
「…………分かった。百歩譲ってお前に友人がいるってのは信じるぜ」
しかしと、ボールスは一言を付け足す。
背後にはあなたのよく知る気配が近づいてきているが、ボールスは関係ねぇとばかりに続けて言った。
「あの別嬪な女の正気をマジで確認させてくれ。いやホント、どうやったらオメェみたいな奴が女
「……おい、今から頭のおかしいらしい私がこの人間に鉄槌を下そうと思うんだが構わないか?」
「げ」
あなたと一緒にするなとばかりに、額に青筋を立てたラーニェが登場。
あなたを追いかけてやってきた彼女は一体どこから聞いてたのか、少なくとも先のボールスの台詞は耳に届いていたようでラーニェも怒り心頭のご様子だ。
……とりあえずあなたはラーニェに対し鉄槌の許可を下した。
先程からあなたを罵倒するボールスにもムカついていたのは事実だ。この際ラーニェにはあなたの分まで鉄槌を下してもらおう。
笑い飛ばすような感じで吐いたあなたの宣告にラーニェも応える。
同時にあなたが発動する《クモの巣の魔法》にボールスが足を取られ身動きが取れず回避不可となる。最高のコンビネーションにより準備は万全だ。
「はあっ!? おいぃなにサラッと魔法使ってんだクソ農家テメェ!?」
本気でボールスに鉄槌を下そうと画策するあなた達に抵抗を見せるように、蜘蛛の巣から抜け出そうとするボールスだが、残念ながら蜘蛛の巣の上では彼女の方が上手だ。
黒に染まった足を振り抜こうと準備運動を始めたラーニェ。
どんな原理か、彼女は蜘蛛の巣の上でもスルスルと動いている。ここにきて
いい加減、本気で不味いと状況を把握したのかボールスが顔を真っ青に青ざめる。
だが時すでに遅し。ラーニェは頭がおかしいと罵倒され制止は聞かない。あなたは頭がおかしいと罵倒され今からサンドバッグに吊るされた罪人が《もち》をのどに詰まらせる刑を受ける様を鑑賞するように笑っている。
準備運動とばかりに振り抜かれるラーニェの脚。
音は轟音。風圧はボールスの頬を揺らすに至る。どう見てもバカげた威力に違いない。
「お、おい女。冗談だろ? 流石に俺でもその速度で蹴り飛ばされたらただじゃ済まねぇんだが」
「冗談だと思う? 悪いけど、私はそこの頭のおかしい奴と同じらしいからな。止まる気はない」
「ま、マジじゃねぇか……っ!?」
ここまでの罵倒の意趣返しが見事に刺さる。
そして残念ながら、あなたも止める気はない。安心して逝け。骨は拾っておこう。
「ふざ……ぐぶごぁああァァァァァァ!?!?!?」
振り抜かれた黒足の一刀の下、ボールスの体は蹴り飛ばされた。
ざまぁプギャー。
昔、神が教えてくれた嘲笑い方を真似してみたが案外爽快感がある。今後も使っていこう。
1時間後。
征伐を下しスッキリとした雰囲気のあなたとラーニェ。そして頬が腫れているボールスが18階層の出口付近に歩いていた。
ぶっ飛ばしたボールスには最低限の治療を施し、出口に付くまでの間あなたとラーニェの関係柄を軽く語っていた。もちろん彼女の正体については隠したまま。
ボールスにも、あなたにも友人がいると刷り込みもできた。
洗脳する必要が無くなったので手間が省けてよかった。
「普通におっそろしい事言ってんじゃねぇよ。だからオメェは避けられんだ。モルドなんかオメェの
「それについては同意。私もこういう所は何とかしたほうがいいと思うけど……まあ直そうとしないよな。お前だし」
「おい女、お前友人なんだろ。諦めが早ぇだろうが」
「直せるなら直そうとしてる。無理だから。手に負えないんだコイツは」
あなたが独り言のように呟くと、ラーニェとボールスが意気投合したかのように言葉を交わした。いつの間にか軽く話し合うくらいには親睦を深めたようだ。あなたをダシにされているのはいささか不満ではあるが。
まあボールスとは農家としての仕事上、切っても切れない関係でもある。
ラーニェも今後あなたと同じように農家の仕事を手伝うのだから、今の内に関係値を深めておいていいだろう。
そんなこんなの内にあなた達は18階層を抜ける出口に辿り着く。
「そんじゃぁな、農家とそのお付きの別嬪さんよ。また仕事でウチの街に金と食いもん落としに来てくれや」
出迎えのボールスを背後にあなたとラーニェがその出口を渡っていく。
今は17階層の階層主も
帰り際、あなたは隣を歩くラーニェの横顔を眺めていた。
何を思い出したのか、それとも新しい知り合いが増えたことが喜ばしいのか、彼女の口角は少し上がっており表情は満足気である。
もしや異端児として生きてきた彼女には、関わる全てが新鮮に感じるのか。
その感覚はあなたも知っている。異なる世界との会合、新しい冒険。境遇と種族こそ違えど、ラーニェの感じているソレをあなたも同じように経験したことがある。
そんな、ただ生きているだけで得られる幸福感。
満足気な彼女の笑みを眺めながら、あなたはラーニェにもっと世界を堪能してもらいたいと思うようになっていた。