狂信者+ダンジョン=農家栽培 作:ストマフィリア
神の誘い、そしてフェルズの案内を二つ返事で受けることを決めたあなたとラーニェ。
了承に応じたフェルズに目を瞑ってほしいと言われ、ほんの数秒。
いつの間にか二人で立っていたのは、ひんやりとした冷気が漂う暗がりな石造りの通路だった。
何らかの魔法を、それもあなたの持つ《帰還》の魔法に近しい効果を体感したあなたは、この場所がフェルズにとっての拠点なのだと考え付いた。
とはいえ気になるものは気になるので一体どのような手段を、とあなたが問いかけて見れば「
……そこまで聞いて、今までサラッと流していたのだが。
フェルズは人間の形を得たラーニェの姿を見て、何も思わなかったのだろうか。
あなたがそうした張本人とはいえ、化物が人間の形をしているというのはなかなかに異常事態だと思うのだが。
「そう言えば、大して驚いてもなかったな。知ってたのか?」
「ああ。君たちと接触する前に私の勝手で予め状況の調査をしていた。まあ私の知らない内に、人に化けて外を出歩いていたのを初めて確認した時は思わず胃が痛くなったのだが……」
フェルズは横目で二本の足で地を立つラーニェを一瞥してから。
「特定の誰かに変身する魔法や
ついでに、あなたを電波のようなものでフェルズの下に呼び寄せた
この世界の魔道具というのもなかなか侮れない。未知の道具にそんな感想と少しの興味を抱きつつあなたとラーニェは前のフェルズの後を付いて歩く形で、横道の無い一本道をただただ進む。
少し先、その最奥からただならぬ神威を感じたあなたは、ウラノスと呼ばれる神がこの先に居ることを認識した。
「案内を受けてくれたのは感謝する。ただ私の誘いを受けるにあたって、貴公は長考すらしなかったように見えたが……」
道中、なにやら神妙な面持ちでフェルズが唐突にそう口を開いた。
路地裏の会合から誘いの承諾までとんとん拍子で進んでいったことにフェルズはどうも少し疑問に思っていたらしい。
だが、あなたとしてはフェルズの誘いを受けるに足る理由はあった。
話によれば神ウラノスは
なによりあなたは、大事な友人とはいえラーニェを外の世界へ連れ出し危害の無いよう守り続ける、という依頼を承った身だ。
ならば依頼人に対し一つ挨拶をするのは道理というもの。加えて言うと今まで顔すら知らない
そんなあなたの回答にフェルズはきょとんとした反応で言った。
「……なるほど。それはそうと貴公、君はよく思い切りが良すぎるとか言われないか?」
唐突な問いに少し首を傾げる。
別に無くはないが、ノースティリス基準で言うとあなたは普通の部類のはず。コレに関しては
もしあなたの友人ならフェルズの案内を聞いた瞬間に、剣先を叩きつけた上、はよ案内しろボケナス骸骨と恐喝めいた行動をするに違いない。
「あー……フェルズ、こいつの思い切りの良さは正直一長一短だ。判断が早いのは良いけど、気になるものがあったら何が何でも突っ込むし、突っ込んだ上に却って悪い方に物事が動くことも多々ある。……ていうかあった。私も前に20層で話し合ってた頃はよくあったんだこれが……今思い出しても疲れる」
フェルズの問いを、何故か代わりに答えたラーニェがやたら早口気味でそう言いのける。
何を言うか。ラーニェを視認した冒険者の記憶をショック療法で消し飛ばそうと
確かにどの出来事もラーニェの了承を得る前に行動し、時折彼女にぶっ飛ばされたりしたのだが、跡を濁すことなく全て結果良しといった具合に物事は収まっていたはずだ。
それがどうしてあなたの性格に関して一長一短と呼ばれなきゃいけない羽目になるのか。
解せないものだと不服そうにするあなたに、彼女は呆れて言った。
「……な? まあ伊達に、周りから頭がおかしい冒険者、だなんて呼ばれ続けてないってこと。む、美味しいなこのサンドイッチ」
「……ああ、改めて認識した。気苦労なことだなラーニェ、君も」
「ん、まあ、それでもいいんだけど」
急ぎ足で買ってきた昼ご飯のサンドイッチを頬張りつつ、ラーニェはそっと目線を前に移した。
照れ隠しではないソレに、フェルズはある種の信頼を感じ取ったのか、それ以上の言及をすることはなかった。
……ところで、そのサンドイッチ普通に美味そうなのだが。少し味見をさせてはくれないだろうか。
あなたがそう食指を動かそうとラーニェに聞いたが、彼女は手に持った食べ物を少しあなたから遠ざけるように引いて。
「ダメ、お前もう自分の食べたじゃないか。それに私も口付けちゃったから、これじゃ間接ナニガシに……」
これは私のだと言わんばかりに拒否し、ラーニェは残ったサンドイッチを口に放り込んだ。
……仕方ない。楽しみはまた今度に取っておくとしよう。
少し落ち込むあなた、その様子を眺めていたラーニェは*ペロッ*と指を舐めてから何故か楽し気な微笑みを浮かべているのであった。
無造作に続いた一本道。しかし通路が無限に続くこともなく、あなた達はやがて行き止まりへと到達した。
『■■■』
行き止まりの前で正面に手をかざしたフェルズによって呟かれた呪文のような言葉に耳を傾けるも、内容自体を解読することはあなたにもできなかった。オラリオ特有の魔法の言語のようなものなのか、それとも独自の呪文のようなものか。
思考するあなたをさておき、ゆっくりと扉らしき物体が左右に動く。周囲には反射した光が仄かに照らされる石材が敷き詰められており申し訳程度の光源の役割を果たしている。
まるで信者が用意した祭壇の様だと、あなたは素直な感想を抱いた。
その先、僅かな階段を上った広間の中心。
巨大な石の玉座に、目的の人物は鎮座していた。
「来たか」
2メートル以上の体格、覇気も立派なものだ。
纏っているローブから覗く髭は白く長い、見た目は貫禄のある老人と言ったところ。
男勝りのあるで有名なオパートスとは程遠い別ベクトルの威厳を放つ神が――大神が、ウラノスだとあなたは確信する。
「あ、おい」
「む……」
背後であなたを呼び止めようとする声。
ラーニェの制止を聞かず、あなたは玉座に佇むウラノスの前へ身を乗り出し静かに膝をついた。
否、
あなた自身、気が付いたときには既に眼前の神に対してそのような行動をしていた。
まるであなたの愛する神であるクミロミとジュアにするかのような、敬服の姿勢。
彼女達の狂信者とはいえ、あなたは神そのものを想う信者の端くれだ。その信者としての姿勢が、他の神々とは一線を画す神威が、あなたの理性より先に本能によってウラノスと呼ばれる大神を敬うことを選んだのだろう。
流石はオラリオの要とされるだけのある神といったところだろうか。
しかし祈りだけは行わない。
祈念は何が何でも捧げない。
あなたは断固として、両の手の平を合わせる事だけはしない。
なにせ捧げた場合、あなたの愛する神たちの怒りが暴走し問答無用の首ちょんぱが待っていることだろう。癒しの神と収穫の神によって、あなたの首は雑草のように生やされ収穫されを繰り返すことになる。
別にそれが嫌なわけではない。むしろ喜んで受け入れる所存であるが。
いかにウラノスが大神といえどあなたは彼女達の狂信者である。あなたの祈りはあなたの神のモノであり、クミロミとジュアに捧げるモノだと決めているのだ。
だから祈りは捧げない。
本能を理性で食い止めるように膝をつきつつ、あなたは静かに下唇を噛み切った。
口内が血の味で満たされるがそのおかげで理性が働く。
そんな状況が数秒続き、ラーニェの衣服の擦れ音で静寂が切り払われた頃合いに。
「面を上げるがいい、信仰深き者よ」
ウラノスによって掛けられた神託に任せ、あなたはついた膝を上げた。
立ち上がったあなたを待っていたのは、変わることのない値踏みをするようなウラノスの視線。
「実に心地よき礼拝であった。今の時勢、お前のように
ぴくりとも身じろぎを見せず、確かな存在感を示しながらもどこか上機嫌な雰囲気だ。
本当の意味というのは、恐らくあなたのように神を超常の存在として崇めることだろうか。
神が隣人として存在するこの世界、神がいるのが普通という価値観では、それなりに信仰意識が低い世の中という世情はあなたでも少しは想像できる。
「なに、
加えてウラノスは祈られることが随分なかったのだとか。
神としてそれは存在意義としてどうなのか。まあノースティリスとは違う世界の神にそんな意見どうこうを語るつもりなどあなたにはないが。
「全くだ」
後半を伏せてあなたがそう告げると、ウラノスは表情を変えないながらもやや苦笑気味にそう吐き捨てた。自身でも思うところはあるのだろうか。
神様事情というのはノースティリスで生きていたことでも何となく察していたが、大変そうだ。
そんなことを考えていると、あなたの頭部に少しの打撃が入る。
いつの間にか近づいてきてたラーニェのチョップだった。
「……お前な、何かするなら一言言え。ちょっとヒヤッとしたぞ」
しょうがないとはいえあなたの突然の礼拝に彼女は驚いたらしい。
ヒヤッとしたというが、何が彼女の背筋を冷やしたのだろう。
「いや、お前のことだから足元飛びついて靴でも舐めに行くのかと」
「ぶふっ!」
ラーニェの狂言にフェルズが何を思ったか噴出した。
まさか、そんな真似はしない。少なくとも初対面の人物にそんなことをするはずがない。
あなたは別に後先考えない馬鹿ではない。むしろあなたは、そんな思考になったラーニェの今後の人間に対するコミュニケーションが心配になってきた。
初対面の人間が不快だからといって蹴り飛ばしたりしないだろうか。
「いやしないから! 私はもっとまともな関わりをだな……なんだこの、さぞ大丈夫だと言わんばかりな肩たたきは」
分かっているとも、ラーニェは元々箱入り娘ならぬ穴入り娘だ。
出会った当初も口数が少なめで気性が荒かった。そんな彼女と友人になってくれる人物は数少ないだろう。
しかし、あなたはせっかく外の世界に出たのだから交友関係も豊かになってほしいと思っている。
「……だからなんだ」
いざという時はあなたがラーニェのコミュ力を向上させてあげよう。
なに、人知らずの彼女でも人並みの倫理観と常識をもってすればまともな会話くらいできるようになるだろう。
あなたがサムズアップでジト目の彼女に言い聞かせてやれば、返ってくるのは声ではなく足であり――
「お・ま・え・に! 言われたくない!!」
直後にカッコォンと、見事な快音と共にラーニェの回し蹴りがあなたの顎を捉えた。
「話が逸れたな。早速、本題に入ろう」
「ああ、悪かった。いやホントに、コイツのせいで」
申し訳なさそうにするラーニェを横に、あなたはグラグラ揺れる顎を押さえつけたままウラノスに向き合った。
普通に顎が割れているが、まあすぐ治る。
「どうなってるんだ君の体は……」
気にするなといぶかしげなフェルズに返す。いつもの事だ。
「クミロミ・ファミリア。その団長である冒険者よ。お前は、何を思い人とは異なる
随分コミカルな雰囲気に成りつつあるが、ウラノスの小さい咳ばらいと低い声色が会話の流れを強制的に持っていった。
眼差しは真剣そのもの。先ほどの一柱の神としてではなく、オラリオを統べる神としての問いだろう。
神に嘘偽りは通じない。するつもりも無い。
故に、あなたは簡潔に、あなたの価値観では人と人外たる隔たりはないからだと答えた。
「それはお前の価値観の話だろう。地上に住む数多の人間にとって、彼らは排斥される脅威だ」
だが、その理屈ではあなたがラーニェと友人でありたいと願うことを否定する理由にはなり得ない。
「……お前」
人と異なる存在が脅威であることは事実であるし、排斥をやめろとあなたは強要する気はない。
ノースティリスのエレアがそうであるように、存在を拒む者は拒む。蓄積された共通の価値観が拒絶を生むのは当然の事だ。
しかし関わりを持ち、彼らやラーニェと仲を保った以上、あなたは彼らをただの化け物という一括りで形容することはない。
それは、あなた以外の人間に対しても同じ可能性を秘めているという事だろう。
人語を語り、人と共にあらんとする生物がいることを、あなた以外の人間が知らないだけで。
それにウラノスが思う以上に、人は案外強かだ。
「ほう、強かと豪語するか」
断言できよう。
――何せ人外を癖にする持つ人間が存在するくらいなのだから。
「……ヘキ?」
「あ、おいバカっ!」
ひょうきんなフェルズの反応を余所にあなたはソレを取り出した。
もう毎度のことながら鉄板となりつつある《いちゃいちゃモンスターパラダイス》という題名の古書物をあなたはウラノスの前に見せつける。
ついでにあれから巻数が上がって3冊目に突入した、人類の業も深まれりである。
「おま、だからそんなものどこから手に入れてるんだ! ていうかそもそもこんなの見せるなぁ!!」
「……貴公、あーその、コレは何時ぞやのアレだな?」
「…………」
ゲシゲシッと脚を蹴るラーニェ、困惑のフェルズ、粛然としたウラノス。
まさに三者三様の中であなたは笑顔で言う。
人間は強かだ。少なくとも化け物とこの古書物に書いてある行為に及びたいと願うほどに、好意的な印象を持っている人間は存在する。
ケモミミの化け物が好きで、全身ガチガチな大岩トカゲの化け物が好きで、にゅるにゅるとした蛇っ子の化け物が好きな人間なんているに決まっているのだから。
あの日、出会った当初のラーニェにも語った通り、いつだって誰かと誰かを繋ぐものは欲と癖と信じるモノというのが相場だと決まっている。
それがたとえ、情欲だとしてもだ。
「…………」
「あーもう……」
言い切ったあなたを待っていたのはウラノスの刺すような視線と、呆れに呆れたラーニェのため息。
「ウラノス、コイツの話に乗っかるわけではないんだけど。私からも一つ良いか?」
「…………聞こう」
長いため息を吐いて、ラーニェはあなたの前に一歩出た。
何かウラノスに言いたいことがあったらしい。
「私は、正直同胞たちの未来の事を考えてまで、外の世界へ出たわけじゃない」
あいつらには、ちょっと悪いと思っているけど。
そう括ってラーニェは言葉を続ける。
その表情に曇りはない。
「私は化け物だし、その事実に卑屈にならなくなったわけでもない。今でも人間と接していると、たまに傷つけてしまわないか怖くなる時はある。その逆も、な」
「ただ、それでもいいと、責任を持って連れ出してくれた奴がいた」
「私はただ、ただの友人として接してくれたコイツと一緒に歩きたいと思ったから、あの穴倉を飛び出したんだ」
少しの微笑みを浮かべて彼女は、化け物のラーニェは言い切った。
自嘲染みた様子はなく、白髪を揺らして言い切った彼女の表情は覚悟と自信に満ちている。それがあなたに対してのモノであると理解しては、何分悪い気もしない。
聞き届けたウラノスの様子は変わらず粛然としながらも、納得を得た様子を見せている。
そして総括のごとく言葉を放った。
「……よく分かった。お前は、異端児と人間が交わる未来という希望の象徴にはなり得ない」
それはそうだ。
あなたは友人としてたまたまラーニェを選んだだけで、彼らと人間との交友を広めたいわけではない。
厳しく言えばその他の関係については知った事ではない。あなたはラーニェのことで手一杯なのだから。
頷いたあなたに少し顔を曇らせたラーニェ。
「――しかし、彼らが地上で共存することができる、という希望を担うことはできよう」
それに続く形でウラノスは言った。
同時に曇りが晴れるラーニェの表情。溜息を吐くフェルズ。
あなたはこの短い問答に対してのウラノスの回答が得られたのだと察した。
……要するに、ラーニェという地上に慣れた異端児という前例を作ることで、将来的にウラノスの言う、異端児と人間が交わる未来という希望の象徴が。
それが安定して立てる土台としてあなたが適任だと、ウラノスは言っているのだ。
確かに交わることと、共存することは別の意味だ。
存在を知り、認めようにも、地上で過ごすというハードルはダンジョンという地下で過ごしていた者たちにとって高すぎる壁になる。それも異形の存在となればこそ。
しかし、あなたとラーニェという存在が予めいたという事実さえあれば。
人間と異端児がそのように共存できているという事実があれば、そのハードルも限りなく低くなりうる。
その点で言えば、あなた以上の適任者はいない。
「とりあえず……認めてもらったってことで良いのか?」
という事でいいのではないか。
なんにせよ問答も無事に済んで何より。あなたもラーニェがあれほどまでにあなたのことを想っているとはな、とからかい始めた。
「む……言いたいこと言っただけとはいえ、こう揶揄われると腹立つな」
それなりに恥ずかしかったのか、赤面する彼女も可愛いものだ。
「改めて謝礼を。急だったにもかかわらず、このような問答を一方的に押し付けてすまなかった」
「ああいや、別にそれは良いんだけど」
問答の終わりを察したラーニェがウラノスに声をかければ、代わりにフェルズが答え頭を下げた。
かくして、ウラノスの用件の終わりを得て、改めてラーニェを連れ出すという依頼を正式に受け宣言したのち、あなたとラーニェは踵を返す。
明日はオラリオを出て行商に向かうことになる。準備はとうに済ませたものの、世話になっている店々の挨拶回りに関しては急な訪問によって頓挫してしまった。
帰り際、寄れる場所には寄って行こうかとこの後の事を考えているあなたであったが。
「異端児の一人……名をラーニェといったな」
「? ああ、そうだ」
しかし、ウラノスによって発せられた言葉が、あなたとラーニェの足を縫い留めた。
「聞けば、クミロミ・ファミリアは北へ向かうとの報告を得ている。それは本当か」
「ああ。本業……ていうか行商にな」
「そうか……であれば気を付けるといい」
何の警告だろうか。
なんにせよギルドの裏の長からの警告だ。あなたも傾聴して聞いておかなくてはとウラノスへ視線を向けた。
「オラリオの北、その最奥には竜の谷と呼ばれる終末の根源が広がっている」
終末、と。
まさかこの地で聞くことになろうかという言葉に、あなたは珍しく、少し戸惑いを見せた。
「ギルドの長として、そなたらの無事な帰還を願っている。世界の未来の為にも」