狂信者+ダンジョン=農家栽培 作:ストマフィリア
《シェルター》に入って早数時間。
体内時計で測るに、おそらく外が夜の帳に掛かった頃だろうか。ようやく目を覚まそうとする
あなたはそこらへんで購入した本を閉じ、4次元ポケットにしまう。
因みに読んでいた本は《いちゃいちゃモンスターパラダイス》という題名の古書物である。題名からして内容は言わずもがなでいいだろうが……一通り読んでみた所、あなたは特異な癖を持つ作者もいたものだという感想を述べるに至った。
まあ、オラリオならともかくノースティリスでは割と普通な
それはともかく、あなたは目を覚ましたであろう人蜘蛛の方へ向かった。
「う、ぅん……」
どうやら目を覚ましたらしい。
あなたは緋色の瞳を開いた彼女に右手を上げて軽く挨拶をした。
「…………ここ、はッ!? 人間!?誰だ貴様は!?」
警戒するのは当然といったところか。
起きた瞬間、バッと身を引いて飛び下がろうとする人蜘蛛をあなたは両手を前に出し、待て待てと静止の表現をした。
せっかく普段使いもしない《蜘蛛の巣の魔法》を使ってまで、彼女が休憩できる用のベッドを作ったのだ。また壊れて作るハメになるなんて御免被る。あなたの魔法ストックは有限なのだから。
「何……? いや、そもそもここは一体どこだ。私は確か、あいつらに……」
あなたは困惑を続ける人蜘蛛。
そんな彼女にあなたは暗闇の中、中心に置いた焚き火を挟みながら、今に至った状況を説明した。
彼女が冒険者に襲われていたらしい事。
彼女の仲間が死んでしまった事。
そして、あなたが彼女を家まで帰す護衛をケンタウロスに任されたこと。ここ数時間前の事実を述べた。
話の途中、襲われた記憶がフラッシュバックしたのか狂乱と共に彼女が激昂し始め話が進まなくなったので、あなたは嘆息を吐いたのち仕方なくユニコーンの角を使い彼女の狂気度を下げた。この世界のモンスターに使用するのは初めてだったが無事に作用してくれたようであなたは満足した。
そうして、落ち着きを取り戻した彼女を尻目にあなたは状況の説明を終えたのである。
「……介抱してくれたことは感謝する」
説明を聞き届けたのち感謝を述べる彼女だが、何故かあなたを睨む視線は収まらない。むしろ睨み具合が増していることにあなたは眉を顰めた。
ふむ、別にあなたはカルマを下げたつもりなどないのだが。なぜこうもガードから見下されるような目で見られなければいけないのか。
「だが、お前の節介になるなど御免だ。私は私の足で帰る。護衛など必要ない」
それは困る。あなたは既に依頼を受けた身なのだから。一度受けた依頼を放棄するのは冒険者の恥だ。カルマも下がる。あなたとしてはできるだけ依頼放棄はしたくない。
「頭が足りないお前に分かりやすく言ってあげる。……信用が足りないと言っているんだ! アイツから受けた依頼だか何かは知らないが、人間の言うことなど簡単に信じられるわけがないだろう!」
一理ある説教にあなたはポンと手を叩いて納得した。
ノースティリスでは依頼板から依頼を受ければそれで受諾できていたが、ここでは信頼の度合いで受諾できるか決まるらしい。盲点。この世界で行商をしてる身でなんていう体たらくだろうか。
確かに、ケンタウロスと同じく彼女の人間嫌いはそれとして、あなたも初対面の人間に「健康になる秘訣を知りたくないですか?」と聞かれれば即座に疑うだろう。エーテル病を使った詐欺か、あるいは*チキチキ*か。どちらにしろ信用が足りないから疑念に感じるわけだ。
今、あなたが彼女にしていることはそれと似たようなことだと把握した。
さっきまで気絶しており、言葉のみで状況を説明されたとなればなおさらである。信憑性のかけらもない。
となれば、あなたは早急に彼女の信用を稼がねばならないと判断した。
このままでは変に疑われるだけで、護衛の依頼が果たせない。何でもいいから信用に至る証拠を証明したいと彼女に告げる。
「この期に及んでまだ諦めないのか……。ちっ! だったら舌くらい千切って見せろ。舌根からな。そうすれば口うるさいのも無くなるし考えてやらないでもないが」
舌打ちをして邪魔くさそうに言う彼女の言葉にあなたは安堵した。
あなたは少し待ってて欲しいと伝えて、舌根を引き抜く準備を始めた。
素直に聞き入れたことにきょとんとする彼女だが、あなたは無視して懐から紐を取り出す。もちろんノースティリス製だ。これで舌を括り付けて彼女に引かせよう。そうしよう。
多少喋れなくなるだろうが今は自傷の都合より依頼の都合だ。なに、あなたの自己治癒能力は随一なのだ。どうせすぐに治る。
「…………ちょ、ちょっと待て。まて、待て待て!? お前何をしようとしてるんだ!?」
淡々と準備を進めるあなたを人蜘蛛が止める。
さっきまで嫌悪感満載だった表情とは一転し、何とも動揺している様子である。
何って、彼女の言う通り舌根を引き抜く準備だ。それで信頼が稼げるというのだからしない手はないだろう。
「笑顔で何言ってるんだお前は!? あれは、なんていうか言葉のあやだろう!それくらいして見せれば信用に足るって例えで……」
だから実演しようとしているのではないか。
それに実際に目の前で引き抜いた方が彼女も疑うことは無い。だから止めてくれるな。
わたわたと必至こいてあなたの行動を蜘蛛の巣ベッドから降りて止めに来る彼女を横目に、あなたはやかましいと思いながら紐を括り付けるのであった。
再び進むは暗闇の中。
人蜘蛛――名をラーニェと改めて名乗った彼女とあなたはダンジョンの奥へ足を進めていた。
「……すまないグロス。こんな頭の可笑しい冒険者と行動を共にする私を許してくれ」
隣を歩くラーニェは何処か遠い目をしていた。
白肌と白髪を揺らし緋色の目を輝かせる彼女は誰がどう見ても絶世の美貌そのものなのだが、どこか煤けた背中と遠い目が全てを台無しにしていた。なんともったいない。
結局あの後、焦った様子で護衛を受け入れた彼女。
信頼に足る証明はしてないとあなたは理由に舌根を引き抜いてもらおうと思ったのだが、どうやらその必要がなくなったらしい。理由を聞くと、腐っても助けてもらった奴に目の前で自殺されるとか夢見が悪くなるからだからという。まあ、あなたはあの程度で死にはしないのだが。
せっかく舌に括り付けた紐も要らなくなったため、あなたは舌を嚙み千切って紐を4次元ポケットに戻した。数分は口の中が鉄の味で一杯になったがもう治った。
それと、ラーニェ曰くあなたに依頼を任せたケンタウロスが認めた相手ならば――プラス、しっかり目の前で舌根を引き抜こうと有言実行したあなたを見て少しは信じてもいいという結論に至ったようである。目は死んでいたが。
おかげで警戒も解いてくれたらしく、道中に会話もできるくらいには信頼度を稼げた。
しかしあなたを睨んでいた目はいつのまにか異常者を見る目に変わっていた。これだけは解せない。
ジト目であなたを射すラーニェだが、あなたはそれを気にもせず足を進める。
もちろんダンジョン内なので迫りくるモンスターを殺しながら。
「それにしてもお前、かなり腕は立つんだな」
蜘蛛足をカサカサ動かしながらラーニェがそう言う。
そうだろうか。あなたの実力はノースティリスだと友人の【廃人】達に1歩劣る程しかないのだが。
この世界で他者と強さ比べをしたことのないあなたは強さの基準があまり分かっていなかった。
「下層のモンスターを問答無用に殺す剣戟を見せておいて何を言っているんだ……? 私の
気軽に雑談をしながら敵をなぎ倒せる程度には、ここのモンスターが物足りないだけである。
あなたが今使っている持ち武器もバベルで買った少し高品質なだけの直剣だ。普段使っている武器と違うモノだからスキルの熟練度もそこそこでしかない。もっとも、愛用の武器はここぞという時にしか使わないと決めているが。
あれを剣劇などと宣うラーニェだが、これならば家の雑草を抜く作業の方がよっぽど重労働だ。戦うことに命の危機を感じない。面白味もない。バブル工場を稼働させている気分だった。
久々に友人や神と殺し合ってみたいと、かつての激闘を思い返すあなたであった。
「…………」
そこからも、あなたは黙々とダンジョンの奥へ足を進めていく。
向かわなければいけない拠点はあなたには分からない為ラーニェに先導してもらい、あなたはその代わりに襲い掛かるモンスターをなぎ倒す。そういう役割が出来上がっていた。
「……何か話せ。こうもすることが無いと暇で仕方ない」
モンスターの勢いが止まった頃、肩を落としたラーニェがあなたにそんな要望をしてきた。
襲い掛かるモンスターは一方的にあなたが狩っていたので暇が出来てしまったのだろう。もっともラーニェが戦うための武器は壊れたらしく手元に無い為、必然的なモノではあるのだが。
とはいえ、何か話せと言われても困るのはあなただ。
この世界にて3ヶ月。世間に慣れていないといわれればそれまでではあるが、あなたは情報にまだまだ疎い。会話を沸かせる話題など思いつかないのである。
話題に困ったあなたは仕方なく目の前の疑問を提示してみた。
――曰く、ラーニェは何故そうも人間を嫌うのか、と。
「……デリケートな内容をよくもそう簡単に問えるな。あれか、お前はノンデリって奴か?」
声をかけてみればまたもや見下すような視線があなたを射す。あなたはふと紐で首を括りたくなった。
衝動的に死にたくなったあなたは気を取り直し問いを再開する。
問いの内容は単純にあなたが気になっただけだ。いわゆる興味本位。
ケンタウロスもそうだったが、彼と彼女が何故こうも人間に対しての嫌悪感を晒しているのか。
――それも怒りや憎悪と似つくほどの表現まで至っているのか。それが気になっただけだった。
「はぁ……見てわかるだろう? 私はモンスターでお前は人間。相容れる可能性がどこにある?」
ぶっきらぼうに答えるラーニェに迷いは無かった。
まるで、2つの種族という対局した関係が全てだというように割り切っていた。
「それに人間は狡猾で残虐な性質を持つ生き物だ。現に私は……私達はアイツ等から殺されかけた。……そして殺されたっ!無意味に、無駄に!私達が人間とは違う
怒りを込めて叫ぶラーニェの言葉がダンジョンに響く。
理不尽な叫びを聞いたあなたは彼女の言葉に積もりに積もった怨念を感じ取った。
……それがただならぬ世界のルールであることも。
しかし、あなたは人と人ではないモノが共に歩いてる光景を知っている。
その光景にかつてあなた自身が混じっていたことも。
16本の腕で生やしたカオスシェイプが。
廃人になったバトルジャンキーのゴブリンが、食人趣味のゴーレムが、*チキチキ*とロリが趣味のトロールが、光速で動く妖精が、観光客のかたつむりが。
そして狂信者でありながらただの人間であるあなたが、そんな彼らと共に日常を謳歌していた光景を覚えている。
あなたにはこの世界の常識はまだ分からない。
自らを化け物と罵り、人と相容れないと断言する彼女の気持ちも、経験も分からない。
モンスターと人間との相容れない境界線など、ノースティリスからやってきたあなたには理解もできない。
だがしかし、少なくとも。
あなたは彼女の言い分に否定をしたかった。
理由など分からない。ただ、あなたに残った善意が恐らくそうさせた。
だからそう、たかが種族の違いで嫌悪するというのはおこがましい行為だとあなたは語った。
「…………それは頭の可笑しいお前だから言えるんだ。普通、人間は私のような存在を恐怖するんだからな」
悲しみと諦めが混じったような視線でそう返される。
要するに、ラーニェの言い分としては人間と離れた見た目による差別だと言うことを略して理解をしたあなた。
いい加減頭の可笑しいという言い分を訂正したいあなたであるが今は無視。
この
「お前、また何を……」
あなたは立ち止まって『呪われたエーテル抗体のポーション』を飲んだ。
エーテル病を発症し、あなたの目は増殖した。
額にもう2つの瞳が開眼する。
「…………は?」
反応が薄い。どうもまだ見た目の変容が足りないらしい。
もう一度ポーションを飲んだ。
あなたの手に強靭な爪が生えた。
皮膚を突き破って、獣のような爪が顔を出す。
「…………」
目を丸にして立ち尽くすラーニェ。
ふむ、化け物と呼ばれるにはまだ足りないのだろうか。
あなたはもう一度ポーションを……
「おい待てやめろ!? そのよく分からない液体を飲むな!?」
飲む前にラーニェから取り上げられた。
せっかく見た目を変えようと持ったのにと、新しく開眼した瞳を総員してあなたはラーニェをジト目で見る。
「う……。き、気味が悪い! なんなんだお前は!?無駄に強ければ良く分からない魔道具を持ってる! そのうえ私を見ても怯えすらしない! お前は一体なんなんだ!?」
嫌悪と恐怖と疑念が混じった声色と視線を向けられる。
……ああ、これだ。ようやく彼女はあなたを化け物を見る目で見てくれた。
なにもこうもない。あなたは彼女と同じく化け物になっただけのことだと答えた。
「化け物……だがお前は人間で……いや、でもその姿は……」
何を言う。ラーニェの言う通りあなたは人間とは違う化け物の姿になった。だから化け物扱いだ。それで区切りは終わりなのだろう? 人と相いれる可能性は無い。そういう事だろう?
――人間であるあなたと化け物のラーニェは今、互いに言葉を交差できているというのに。
鼻で笑いながらそう告げるとラーニェは顔を歪ませてあなたから視線を外す。
先の台詞が思わぬ形で跳ね返ってきたのが恥ずかしいのか。あるいは言い返せないのか。お互いに言葉もなく、ダンジョンの静かな空間で風切り音だけが静寂を貫いた。
見た目などこの程度。外見の情報でしかない。
さっきまで和気あいあいとしていた者が、いきなり触手を生やしたからといって絶縁するだろうか? いやしない。少なくともあなたの経験上触手を切り落としてから笑い話として消化するくらいである。
数秒の静寂。
響く静寂を待ってから、ラーニェは口を開いた。
「…………だが、大概の人間は私達を良しと見ない。それは事実だろう……?」
それはそうだ。
意志を持って会話ができる存在が相対して、仲良しこよしが絶対にできるなどあなたは言い切らない。
あなただって信仰の違いで思わず相手を殺すことは多々あったのだから。
「なら!」
しかし、人とは違うモノだからと言って仲良くなれないということが絶対に無いとも言い切れない。それもまた可能性を残した事実だ。
「ぐ……」
豪語した台詞に再び言い返せないラーニェ。
そう簡単にはやはり信じられないのだろう。不信感に視線を泳がせる彼女を見て、一度嘆息をついてから。
あなたは《いちゃいちゃモンスターパラダイス》という題名の古書物を差し出した。
「……これは、なんだ?」
ラーニェは戸惑いながら、その書物を受け取る。
あなたがそこら辺の書店で買った物だ。
そして、化け物を好く人間がいるということを証明できる書物である。
「……いるのか? そんな人間が」
いるとも。好みなど十人十色だ。
複数の触手を持つ化け物が好きで、多数の目を持つ化け物が好きで、大きな羽根を持つ化け物が好きな人間なんているに決まっている。
事実この世界でも、あなたはそういう癖を持つモノが居ることは確認済みだ。
本に乗せて書いてあるくらいである。人と離れたモンスターに情欲を沸かせている人が多くいることは想像に難くなかった。
「じょ、情欲……?」
そうだ。
化け物を良いとする物好きはいるものだ。
だからどんな形であれ、それこそ化け物であったとしても異なる種族同士で分かり合えない可能性など無いとあなたはラーニェに伝える。
「そ、そうか? だがしかし情欲で……それで良いのか?」
良いのだ。
いつだって誰かと誰かを繋ぐものは欲と癖と信じるモノというのが相場だと決まっている。
あなたが称える信仰も同じこと。同じ信仰を持つからこそ、ふと出会った者とでも関係を繋げられるのだ。例えそれが違う種族だとしても。観光客のかたつむりでも。
人とそうでないモノの違いなどその程度だ。
会話できる意思がある限り仲良くできないことなどありはしないと、あなたはラーニェに結論を押し付けたのだった。
「…………」
こうして言い返せなくなったラーニェを区切りにひと悶着は終わり。
あなたは依頼を進めるぞとダンジョンの奥へ再び足を進める。
蜘蛛足の歩幅が短くなったラーニェを見て、少しは人間嫌いを直してくれるとありがたいとあなたはそう思いながら暗闇の中を歩き始めたのであった。
「えぇ……。だが人間は……いやしかしこんな本があるくらいなら……うぅん……」
何故か淀んだ目になっていたラーニェの視線は無視するあなたであった。
彼らのリーダーであるリドは戻らない彼女を心配し、帰った途端駆けつけて安息を強要してきた。
レイは涙目になって大きな羽根で体を包んでくれて、グロスはぶっきら面ながら肩を叩いた。
誰もが心配の声を上げ、ただ一人帰還したラーニェを喜んで迎えた。
しかし、よく無事に帰ってこれたなと全員が彼女に問う中で。
ラーニェはただ、運が良かったと。
一人で帰ってこれたと。そんな嘘を述べたことを誰も疑いはしなかった。
一通りの報告を終えて、自らの拠点に戻った
彼女自身が、仲間が、狂気と殺戮に巻き込まれた悲劇を。
そしてあのよく分からない冒険者……薄緑色の軽装の布装備に身を包んだ、人間かすら怪しい冒険者との会話を。
始まりは、新しく生まれたとされる
そして、今回も見つけ保護し、後は帰還するだけだった。
無事に終わればそれでよし。出向いていた彼らはいつものように用事を済ませようとして。
……現実は非情に異端児達を襲った。
事は単純明快。ダンジョンを探索していた冒険者とブッキングしてしまっただけの事。
たったそれだけ。たった一度の会合からなにもかもが崩れてしまった。
最初は誰だったか。モンスターの群れだなんだと武器を突き出した冒険者から始まってしまったのか。
上から下へと振り下ろされた直剣。
それを身で受けた同じ仲間。
飛び散った血しぶきは狂乱を呼び起こし。
狂乱は次々に他者へと感染をしていって。
こうして凶器が振り下ろされる瞬間を切り目に、なし崩しに全てが終わりへ辿って行った。
次にラーニェが目を覚ましたのはその全てが終わった後であった。
最後に見た光景は振り降ろされる凶器。鈍痛が響く頭は彼女自身がそう短くない間の時間気絶していたという事実を理解させた。
瞳を開けば蜘蛛の巣で作られた足場。
周りは灰色の石材らしきナニカで出来たみすぼらしい空間。
敵もいない、そんな気配すらない、ダンジョンでも稀有なセーフゾーンのような場所。
そんな中で、目の前には薄緑色の布をまとった人間が立っていた。
その人間は寝起きの彼女にありきたりな事実を語りだした。とにも残酷で、彼女にとっては絶望でしかない事実を。
突然ぶつけられた残酷な現実に当然ラーニェは戸惑った。悲哀も、狂いも、怒りもした。信じたくもない事実を目の前で語る人間の男を害することで否定したかった。
みんな死んだ。
あの回収作戦に参加した仲間が、衣食を共にした同胞たちが。
生まれたての子ですら、あのケンタウロスの奴ですら。みんなみんな死んだ。
信じたくない。信じたくなかった。しかし彼女に降りかかっている赤い血液がそれを事実と証明した。してしまった。だから怒り狂った。だから目の前の男に牙を突き付けた。
いや、急に目を覚ましたラーニェ自身何処か頭の隅に想像が出来ていた現実だったのかもしれない。
ただ……それが事実であってほしくはないという願いがあっただけで……。
ふと変に落ち着いた気分になり前を見ると、語り部の男はその情景を軽い声色で語っていた。モノの死を何とも思っていないような軽い言葉に、ラーニェは恐怖すら覚えた。
手のひらには何やらモンスターの角のような物が握られていた。それは効果を失ったようにサッと消えていったが、虹色に尖った角はどこか異物感を感じさせた。
その後紆余曲折があり、男の依頼である護衛を受け入れたラーニェ。
この地点でラーニェは男の事は普通とはどこか違う、頭の可笑しい人間と認識するようになっていた。
それはまあ、信頼の証明に自分の舌根を引き抜かせようとするアホがどこの世界にいるんだ、という話になるが。というかあの時はシンプルに引いてた。普通にドン引きである。
異端児であるラーニェを見ても、全くもって恐怖を抱かないというのも奇怪で可笑しかった。
それに、人間とモンスターは仲良くなれるだろうと豪語する男を見て、ラーニェはもはや呆れすらした。
冒険者は敵である。人間は敵であると生まれながらに育ってきたからこその視点。その思いと考えは今もなお変わらない。
変わってはいない。
「…………はぁ」
そのはずなのに、なぜか出てくる嘆息にラーニェ自身困惑した。
護衛の道中、語るように聞かされ諭されたあの男の言葉が耳を離れない。
モンスターと人間が手を取り合えるなどという夢物語……否、取るに足らない絵空事が未だに記憶に残っている。
「……そんなもの、あるわけがないだろうに」
夢に見たことがない、と問われればラーニェはそれに舌打ちをし否と唱えるだろう。
異端児として生まれ、外を自由に歩める人間に憧れたことは何度かあった。
それでも現実と夢の違いを何度も叩きつけられ、彼女は今その思いを胸にしていた。同じ意志を持つグロスも。
だから、あるわけが無いとラーニェは自分に言い聞かせる。
「……だが」
それでも、あの男は違った。
異端児を見ても恐怖をしない。人間と同じように立ち振る舞い、モンスターと人間の違いを問いただしたあの男。
舌根を引き抜かせようとしたり、モンスターに情欲を沸かせる人間がいるなどと語る頭の可笑しい人間だったが、それでもあの男は異端児の存在そのものを否定しなかった。
それだけは変わりようのない事実だった。
「――くそっ」
だからそんな希望を……ありもしない夢物語を思い出させた。
忌々し気に舌打ちをするラーニェ。
やけくそ気味に体を振ると白い頭髪が揺れた。緋色の瞳は暗闇を少しだけ照らす。
そうして休息を取るために蜘蛛の巣が張られたベッドまで移動し、ようやく体を休められるとなった時。
ふと、あの男から譲り受けた書物のことを思い出した。
《いちゃいちゃモンスターパラダイス》と書かれた古書物は、あの男から無理やりに押し付けられた代物であった。
要らぬ要らぬと言ったものの、男はそれを無視し要らなければ捨てていいと去っていったのは記憶に新しい。
その書物を手に持って、中身を覗き見るラーニェ。
表紙に触手まみれのモンスターが描かれたそれを、彼女は若干手を震わせながら開いた。
「………………ひゃ」
その結果、
人間の持ちうる業とは、かくも新鮮で生々しいものなのだ。
場所は変わりあなたの家。
ダンジョンから帰還したあなたはうっきうきで祭壇が設置してある場所へと足を運ばせていた。
最高の日が訪れた!ひゃっほう今日は豊作だ!
そんな感じで祭壇へと足を運んだあなたは一つの魔石を取り出した。
それはダンジョンのそこら辺に落ちている普通な魔石ではない。
――☆一つの意志が籠った魔石
鑑定結果がそう出た。
あのケンタウロスから落ちた魔石。
今日の護衛の報酬が☆付きの珍しいものであったことにあなたは驚いた。そして喜び乱舞した。鑑定した瞬間にまたもや思わず《収穫の魔法》を使ってしまったくらいには喜んだ。
護衛の依頼を受けた報酬の件で、あのケンタウロスが自らが落とすだろう魔石を対価にすると言うのにあなたは眉を顰めたものだが、結果オーライである。
魔石ということで、あなたは神へ捧げる気満々だ。
あなたの信仰する神の一人ジュアは何よりも鉱物を好む神だ。この世界に降り立ってからは小さめの魔石ばかりを捧げていたものだが、あなたはここ最近そればかりでつまらないと思っていた。
で、そう思っていた矢先のコレである。
この世界で初めて☆付きのアイテムを拾ったあなたはこれ以上ない程に気分を上げていた。
早速その高揚に任せるまま、あなたは祭壇へその魔石を置きその前で膝を地に立ててから祈った。
いつものように優しい光があなたの頭上を照らす。
そうして、十分に時間を使って祈りをささげたのち祭壇を一瞥すると、その魔石はもう消えていた。どうやらしっかり捧げられたらしい。
あなたの神が嬉しそうな表情をしているのを想像してから、あなたは満足げに祭壇を去る。今日の捧げものは終わりだ。
……そういえば、あのケンタウロスの遺言はとあなたは思い出す。
『あぁ……次があるなら……俺も、人間みたいに……』
そんな遺言を残し、灰になって魔石を落としたケンタウロスのことを少しだけ思い出した。
……まあそれだけなのだが。
よくよく考えれば恨み言もなしに遺言を言って死んでくのは珍しいな、としか思わずあなたはベッドへダイブする。
死に際に核でも打ち込んでやればもっと違う遺言も聞けたのかも、そんな他愛ない事を脳裏で一瞬考えてからあなたは満足げに意識を手放した。
『ジュア……彼から捧げもの。今日も来てるけど』
『あっごめん。今日の分見てなかったから……って。珍しいわね
『うん。しかもこれ……誰かの意識がまだ入ってる。生きてるよ、これ』
『あの世界の創造物かしら? うーん、意識があるなら目を覚ましてあげたいし……』
『蘇生する? 僕は……できないから別の人に』
『そうね、まだオパートスがノイエルでボコボコにされてることだし。そこの【廃人】達に任せて見ましょ。誰か《復活の魔法》くらい気安くかけてくれるでしょ』