狂信者+ダンジョン=農家栽培 作:ストマフィリア
さて始まるぞ、ダンまち屈指の酒場回が
「あの農家さん……僕、本当にご馳走になっていいんですか?」
心配そうな目でベルがあなたを見ている。
半ば強引な流れで、夕食を共にすることになったあなたは相席と同時にベルに対し、申し訳程度にここの代金を奢ると伝えたゆえの言葉だった。
声色と視線から分かるように、謙虚な雰囲気を溢れ出しているベル。
やはりこの少年はお人好しで思いやりのある人間だ。冒険者らしくないと言えばそれまでではあるが、
しかし、人からの厚意を受け取らない。というのはどこか大人ぶった対応に思えてならない。
しっかりした性格なのは良いのだが、彼はまだまだ少年の身。大人しく厚意に甘えればいいのだ。金銭面で苦労しているベルなら特に。
「えっと僕、そんなにお金なさそうな顔してました……?」
しているとも。今のベルは昔のあなたとそっくりな苦しい表情をしていた。
具体的に言うなら、税金の納品日になっても
「僕そんな顔してました!?」
金が無いという点で言ったら同じだろう。まあ、かつてのあなたとベルとの違いはそれが命の危機に直結しているか否かなのだが。
いや、ベルも少しは危機に瀕している可能性も無くもない。
あなたはつい先日、ベルの神であるヘスティアにお布施として食材を渡した事があるのだから。
ベルとの隣人会話で食のバリエーションに悩んでいるという話題になった際、かの女神がジャガ丸くんしか食べていないと発覚したときにあなたがとった行動だ。
食べる物すら選べない程ベルのファミリアが金銭に切羽詰まっているという事実には、あなたも流石に震えざるを得なかった。
様々な神が暮らすオラリオとはいえ、まさかジャガ丸くん一食生活を迫られている神が居ようとは。世界は広いと思い知らされた一件であったことをあなたはよーく覚えている。
結局、そんなほぼ絶食不可避な目に追い詰められているヘスティアの事情を聴いたあなたは苦笑しながら食材をお布施として提供してやったのである。
改宗はあなたの神から神罰が下るためしてない。改宗はしてないが、目の前で神が飢え死にしかけているという事情を聴いては流石のあなたも放ってはおけなかった。なけなしの善意が仕事をした瞬間である。
多分、あの時のあなたは家に押し寄せてくる物乞いにすら恵んでやれたに違いない。
……と、以下の事実から、ベルのファミリアは生活資金すら工面できていないことが分かる。
駆け出しだからという理由か、それとも単に神ヘスティアの事情かは知らないがとにかく金に困っているのは確かだ。
なにも無理をしてまであなたの厚意を受け取らない義理はないだろう。
先も言った通り、彼はまだまだ少年の身。与えてくる善意には正直に甘えればいいのである。
それでも気が収まらないというのなら、いつかベルが冒険者として大きくなってから恩を返しに来てほしい。
「農家さん……! ありがとうございます。このお礼はいつか別の形で必ず返しますから!」
礼儀正しくベルが頭を下げる姿を見ながらあなたは別にいいのに、と苦笑する。
ノースティリスの冒険者では見れないベルの生真面目な純粋さを身に受けながら、あなたは頼んだ料理が来るのを待った。
そうして数分後。
店主であるミア・グランドから運ばれてきたドリンクを始めに、どんどんテーブルに並べられる料理の数々。
ボロネーゼと呼ばれるモノからサラダに至るまで、全てが荒々しくも美しく盛り付けされた料理を見てあなたは思わず唾液を飲んだ。
「わぁ……!」
隣に視線を移せば、ベルも同じように眼前の料理たちに目を奪われている。どうやらあなたと気持ちは同じらしい。
あなたとベルは一瞬目を合わせたのち、すぐさま合掌。目の前に広がる絶品目掛けてがっつき始めた。
同時、あなたはいも知れぬ幸福感に体を支配された。
*力が湧いてくるようだ*
*体力が付きそうだ*
*急に体が火照りだした*
そんなメッセージが浮かぶほど、あなたはこの料理を満喫していた。
一口噛むたびに広がる旨味はまるでエーテルを凝縮したかの様で、あなたの口内を支配する。
なんと旨い。こんな旨い食べ物は久しぶりだ。これに比べると各種ハーブ混ぜ合わせサラダなどカスだ。ゴミだ。到底人に食わせるものではない。
あなたはそんな感想を抱かずにはいられなかった。
「んぐっ、凄く美味しいですね!」
がっつくベルに同意するよう、あなたも首を縦に振った。
人肉も混じっておらず、腐ってもいない料理を口にしたあなたの舌は目の前の絶品に釘付けであった。
再度言うが絶品だ。
これ程のものは今のあなたでは作れない。そう確信する程の絶品である。
料理スキルの差か、あなたの食材とオラリオ産の食材が旨味を引き立てているのか、真実は不明とはいえとにかく旨い。
あなたは店内を回るミア店主に感謝のサムズアップをすると、遠目で見ていた店主が鼻で笑い笑みを浮かべる。あなたのサムズアップは最高の料理を届けてくれた最大限の感謝の印であった。
ベルよりも早めに食べ終わったあなたは食後のデザートを注文していた。
本来ならば頼むつもりなどなかったが、無意識下で追加注文を辞さないこの酒場の料理の中毒性にあなたは恐怖すら覚えた。一体この店の食材はどうなっているのだろう。……いや、少々あなたの作った食材もあるのだったか。
それはともかく、あなたはこの酒場での食事に満足していた。
オラリオに降り立って早数ヶ月。美味と満腹で満たされたのは初の経験である。
「あ。ようこそご予約ですね、いらっしゃいませ!」
あなたが満足感に浸っている最中、ウェイトレスのシルが店内に響くコールが聞こえた。
大声によってか導かれるように視線を誘導される店内の客。
あなたもその例外ではなく視線は酒場の入口へ移動する。椅子の背に身を預けながら『ご予約』とされている集団の者達に目を向ければ――
――あなたは体中の血液が沸騰するかのような感覚を覚えた。
「うっは、随分と上玉のご一行だなぁ」
「バッカ、おまあのマークが見えねぇのか!?」
周囲の
集団の名はあなたの知る限り《ロキ・ファミリア》と呼ばれる団体だろう。
オラリオが誇る2大派閥の探索系ファミリア。迷宮の最前線を駆けんとする集団。
ぞろぞろと列を成して歩いてくる者は、先頭を歩く金髪の
いた、が。
生憎……いや、最悪あなたの視線はただ一人の女性に占められていた。
――緑だ。
――あなたも見慣れた緑の髪だ。
――緑髪のエル……エレアがあそこにいる。
名前は確か【
あなたの内に住まうノースティリス人としての血が騒めく。
アレを――
今すぐにあのエレアを殺害せよと。
目の前に緑髪のエレアがいる。ならば迅速に、神速のうちに核を起動せよと。
理由がどうこうではない、これはあなたの本能だ。衝動だ。
長年に次いで染みついたノースティリス民のお決まり行動。つまりは緑髪エレア爆殺ムーブだ。癖というのは体に染みついているもので簡単に抑えることはできないのである。
その証拠か、あなたは既に4次元ポケットに手を突っ込んで核を取り出していた。
そうだここは酒場、つまりパーティー会場。核を起爆させようと何の問題があろうか!
――そう、あなたが今から始めるのは久方ぶりのジェノサイドパーティーだ!
この場を爆破したのち、残った観客をあなたの手によって皆殺しにし最高の会場へと仕立て上げてみせよう! 最後には観客の人肉でステーキパーティーだ!
念のための説明だが、ジェノサイドパーティーとはノースティリスにおいて娯楽とされるものであり、観客の皆殺しをもって幕を下ろすパーティーのことだ。
殺戮の限りを以て行われるこのパーティーは、上位冒険者の間では皆殺しの合間に剣舞を見せる魅せプや、殺戮の方法に一癖二癖を足した趣味趣向を混ぜることで、観客を沸かせる非常に人気があるパーティである。
あなたが主催したことも、観客として参加したこともあるパーティーだ。
そしてもちろん、やるからには本気で殺る。
オラリオからの犯罪者認定?
知ったことではない。先の事は後で考える。あなたの衝動的欲求は先の事を考える思考を閉じていた。もとい正気を失っていた。
あなたは核を起爆したい。
あなたは殺戮に飢えていた。
あなたは衝動的に溜まっていた欲を開放したいと思っている。
オラリオに来てからのあなたはこの世界の基準に合わせるために我慢を続けていた。それが今になって爆発しそうなだけだ。
なので爆破する。
木っ端みじんに、跡形も無く。
瓦礫の山、血の雨と肉片の散乱を終幕としあなたはジェノサイドパーティーを完遂させる気であった。
以上、あなたの弁論兼言い訳タイム終了。
過呼吸。核弾頭を撫でながら目をギンギラギンにさせたあなたの様子はまさに殺人鬼になる直前の不審者そのものだ。
もう無理でおじゃる、我慢できないでおじゃる、さっさと核爆破してジェノパを始めたいでおじゃる。
あなたはもうノースティリス脳全開であった。頭の中で
脳までエーテルに浸されたあなたを止める者などこの場に誰も居ない。あなたは自由だ。爆破しようが殺害しようが止める者はいない――
「農家さん? デザート来ましたよ?」
いや、いた。
同席しているだけの少年だが、焦りでもなく冷静に指摘したその一言があなたの意識を正気へと戻した。
ハッと目を下に向けてみればテーブルの上にはこぶし大程のジェラートが一つ置いてある。あなたが直前に頼んだデザートだろう。
あなたのジェラートにおいしそうと目を光らせるベル。
……しかしあなたは数秒の間を以て冷静になったのち、見るからに旨そうなジェラートに目を向けず、右手で頭を抱え先程までの自身の思考に猛省していた。嘆息すら吐く始末である。
核爆発する理由等はまあいいだろう。発作の如く衝動的になってしまったのもノースティリスでの生活が影響したせいだ。仕方がないといえば仕方がない。何せ正気に戻った今もなお、あのエレ――エルフを見ただけで発作が起きそうになるのだから。
あなたが猛省している点はそう……先に核を爆破させてしまうと、パーティーに参加する観客が激減してしまうことだ。
この世界の住人の殆どは、あなたのみねうち付き鉄筋フルスイングに耐えきれない程に脆い。
冒険者で言うとレベル1か2程度だろうか。そのレベルの強さしか持たない者は、あなたの武器すら持たない攻撃にすら耐えられないのだ。
そんな者が大勢いるこの酒場で核など爆破させてしまえば、当然上記の耐久力しか持たない者は即死する。予想ではなく確信だ。あなたは人間がなにをどうすれば確実に死に至るかを把握している。
観客のいないパーティーなどパーティーすらなり得ない。
一応この場にいるレベル3以降の冒険者は数人くらい残るだろうが、それでも少ない人数で行うパーティーなど寂しい。
やるなら大勢でジェノパだ。殺し殺される光景をエールを飲みながら見るのが楽しいのではないか。
あなたは本当に猛省していた。反省ではなく猛省であった。
こんな劣悪な気分で始めるパーティーなど後味が悪くなるだけだろう。そう判断し、あなたは取り出していた核爆弾を4次元ポケットに仕舞った。緑髪のエルフを殺せない事には少々心残りがあるが、そんな気分でも無くなった。ジェノパはまたの機会に行うとしよう。
「んぐっ、どうかしましたか農家さん?」
ついでにベルに対し内心で感謝を送っておく。
彼のかけた一言が無ければ、衝動的行動に後悔していたことだろう。
末代までの恥を止めてくれたのだ。あなたはベルに借りを作ったも同然なのである。
食べ物を口に含むベルの頭を感謝の気分混じりに撫でてやると、ベルは困惑しながらもにへらと笑った。
やはり愛くるしさは断トツだ。
「くしゅっ!」
「どうしたんだいリヴェリア。君がくしゃみとは珍しい」
「いや、何か寒気がしてな……」
「リヴェリア……風邪?」
「そう言うわけではないんだが。何だったんだ今の寒気は……?」
酒場に入った【ロキ・ファミリア】の一会話などあなたは知らずじまいであった。