狂信者+ダンジョン=農家栽培   作:ストマフィリア

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9話 サンドバッグ性能検証

 

 ジェノパの予定は消えてなくなり、注文したジェラートを食べ進めるあなた。

 

 例に漏れず手に持ったジェラートの美味しさは随一だ。甘すぎず、後味も悪くなくサクッと食べれる。まさに絶品。できれば2つほど持ち帰り用として頼みたいくらいだ。クミロミとジュアに捧げる用で。

 

「【ロキ・ファミリア】ねぇ? おい、確か連中って遠征だったんだろ?」

「ああ、何でも50階層で野営してから、59階層を目指して進行してたらしいぜ。噂程度の話だけどな」

「うっはー、さっすが第一級の派閥はモノが違ぇや」

 

 ジェラートの味を楽しんでいれば、周囲から聞こえてくる【ロキ・ファミリア】の情報。

 頼んでもないのに聞こえてくる情報はモノによれば雑音にしか聞こえないが、あなたにとってはこれも酒場の醍醐味でもある。

 交流と食事と情報収集を同時にこなせるのが酒場たる所以。こればかりはどの世界でも同じだ。あなたはそんな空気が嫌いでもなかった。

 

「……」

 

 と、ふと隣を見ればどこか意識ここにあらずな様子のベルが。

 【ロキ・ファミリア】の面々をチラチラと覗き見している彼は一体どうしたのだろう。覗き見趣味でもあるのだろうか。

 

「へ!? あ、いえすみません。ちょっとあの……朝に話した人がそこにいるから、気になっちゃって……」

 

 あなたは今朝の会話を思い出した。

 確かに、ベルの意中の相手であるアイズ・ヴァレンシュタインがすぐ近くにいるとなれば気が気ではないだろう。

 それにベルは先日助けてもらったお礼に感謝を伝えたいとも言っていた。命の恩人となれば尚更その思いは強いはずだ。

 しかし今は身内の酒盛り中。一人勝手にあの少女へと語りかけに行くわけにもいかない。

 

 となれば、今ベルがすべき行動は停滞のみ。場を崩すわけにもいかないというぎこちなさが覗き見という形で出ているのだろう。

 

「あはは……やっぱり分かりやすいですか?」

 

 ベルは嘘が吐けない性格だ。その上、生真面目で正直者で純粋無垢な少年だ。

 苦笑して恥ずかしそうにするベルの悪い所とは言わないが、考えていることが少しばかり分かりやすくはある。

 

 だがそれは恥じることではない。真っ当正直に生きる人間というのは世の中を見ても貴重なものだ。ノースティリスだと友人のロリチキが手を出すくらいには貴重だ。

 

 短所は確かに存在する。疑心を抱けない事、時に嘘をつきずらい事などその他諸々あるだろう。

 しかし、ソレが込みでも自分自身が思っていることを正直に表面化するというのは生きていく上で重要と言える。

 

 ベルにはその純粋さを大事にしてほしい。

 それがベルの長所で、最も可愛らしい所だ。いつかペットにした時にその可愛らしさが消えてしまってはあなたも困ってしまうのだから。

 

「農家さん……」

 

 一応、ノースティリス関連と最後の一言だけは伏せてベルにそう伝えると、感銘を受けたようにあなたを見るベル。

 割といい雰囲気だ。目と目が合う瞬間好きだと気づいた、とまでは行かないがエーテルが流れていると錯覚するくらいにはいい雰囲気である。

 

 のだったのだが。

 

「そうだアイズ、今日起こったあの5階層の話を聞かせてやれよ!あの殺り逃したミノタウロスの事をよぉ!!」

 

 その犬畜生は、そんな雰囲気をぶち壊した。

 

 

 

 たった一言、それを大声で叫んだ犬畜生の声はベルにも届いていたらしい。

 明らかに体をビクつかせた少年の様子はどことなくいたたまれない。あなたの、いや誰の目にもそれは明らかだった。

 

 そうして大声で語られるベルの痴話。

 明らかに罵りと嫌悪と嘲笑が混じられた声色で聞こえてくる内容。ベルが先日、ミノタウロスに襲われた事の詳細が嘲笑うかのように酒場の連中へと伝播する。

 チラリと横を見ると、当然の様に羞恥を感じていた当事者のベルは歯を食いしばり拳に力を込めていた。

 怒りと不甲斐なさを感じているあたり、こういう所でもベルらしい真っ当な性格が垣間見える。

 

 そうして周りの咤を不意にしながら語り続けた犬畜生は、仕上げだといわんばかりにこう吐き捨てた。

 

「雑魚じゃぁ、アイズ・ヴァレンシュタインには釣り合わねえ」

 

 それが限界点だったのか。

 ガタンと大きな音を立てて立ち上がるベルの姿が目に写った。

 

「……すみません農家さんッ」

 

 目を伏せ、それだけ言って店を立ち去るベルに対しあなたはその行く末を止めはしなかった。

 気持ちは分からなくない。自分自身を罵られる行為、しかもそれが大衆の面前となれば場を離れたく気持ちも分かったからだ。

 

 ギィ、と木の扉が開いて閉まると同時。先ほどの罵りを上げていた犬畜生は身内にお咎めを食らってボコボコにされ始める。

 当然の報いだ。やめろと絶叫を上げているが自業自得としか思わない。

 

 ベルが去ったもの寂しい席に座りながら、酒を一呷りするあなた。

 

 ……正直言って、あなたは犬畜生の言い分が正しいと感じている。

 冒険者である以上、自身の身を守る術は自身でつけるべきだ。そこに他人の助けを求めるなど言語道断。パーティー同士ならまだしも、明らかな他人から助けられたとなれば酒の肴な一件にはなるだろう。

 

 それに、ベルは事実弱い。

 最後に犬畜生が吐き捨てた言葉はまさに正しく、強者が弱者に合わせるなどと言うことはあってはならない。競うというなら対等に、隣に立つというなら同じくらいの強さをもって相互の関係は釣り合う。

 

 故に、あなたはあの犬畜生の言い分が間違っているとは微塵も思わない。

 ミノタウロスを逃がしてしまった、という点はファミリア共通のミスであることからあえて言及はしないが、あなたはベルに降りかかった嘲笑の内容が真っ当なものだと考えていた。

 そう、言い分としては間違っていない。それは認めようとも。

 

 ――だが、あの犬畜生は時と場合を間違えた。

 

 あなたはジョッキに入った酒を飲み干して苦い顔をした。

 

 酒場とは友好を築く場所。

 酒場とは食事を楽しむ場所。

 

 あの犬畜生が放った嘲笑の内容は、図らずも酒場の雰囲気をグンと下げた。

 堕ちた雰囲気は飯を不味くする。酒を不味くする。その場にある万物を楽しむことを忘れさせ、友好を築く行動など到底できなくさせる。

 

 現に、ベルは目の前の料理を残したまま何処かへ行ってしまった。

 悔しそうな表情、不甲斐なさを顔にあらわにした生真面目な彼の事なら恐らく迷宮へ直行したとは思うが、飯を残した事は事実で。

 

 そして、それを起こした張本人はあの犬コロだ。

 

 それがあの犬畜生の罪。原罪だ。

 いち冒険者としての意見でしかないがあなたは普通にオコであった。

 ここがノースティリスなら、今すぐにでも終末の剣(ラグナロク)を起動する程度には不快極まっていた。

 

 端的にまとめると――場を弁えやがれクソが、であった。 

 

 

 

 ひとまず、ベルが残してしまった料理達は何とかする。

 あなたはミア店主に一言、残ってしまった料理を持ち帰れるようパック詰めしてほしいと告げる。

 

「ああ、わかったさね。……それより大丈夫かい? あれはお前さんの知り合いじゃぁ?」

 

 問題ない。それを込みで残った料理を持ち帰れるようにしてほしい。あなたは後で少年の後を追う気であった。

 それに私情ではあるが、あなたが作った食材で出来た料理を残されるというのは少々耐えがたいのだ。提供されたのなら、しっかりと食べてほしいというのがあなたの素直な気持ちである。

 

 ……あとついでにジェラートを3つ分持ち帰るように頼んだ。

 ベルが残してしまった迷惑分ではないが、2つ分は神に捧げる用のジェラートの注文である。なおもう1つはあなたの歩き食い用だ。

 あなたの注文を聞くとミア店主は深く聞かずにジェラートの代金はサービスだよ、とあなたに告げ厨房へと戻って行った。恐らく願い事が受理されたのだろう。

 

 ならばと、犬畜生の様子を見る。

 

 仲間の手により既にボコボコにされた有様。

 四肢と顔の形が残っているあたりまだまだ温情がありまくりだと思うが、そこは命の価値が重いこの世界の事情が関わっているのだろうと悟るあなた。

 

「ねえ、どこかにロープ無い~? このバカを吊るようのさー」

「ざけんなおいぃ!?」

「べート、流石にやり過ぎだ。少しは頭を冷やせ」

 

 と、ふと聞こえた会話にあなたは耳を立てた。

 状況を見れば、彼ら彼女はあの犬畜生を吊るすモノを探している様子だ。

 

 そう、()()()()()を探している。

 つまりは今からあの犬コロを死ぬ直前までボコボコの刑にするらしい。なぜならば()()()()()()()という判断になっているのだから。

 

 ――『アレ』の性能を試すいい機会だろうか?

 

 この世界に降り立って使う機会が無かった小道具の事を思い浮かべるあなた。

 

 あなたは一考した後、その場から立ち上がり足を鳴らして移動する。

 場所はもちろん【ロキ・ファミリア】の元へ。

 

「誰だい? 僕達に何か用かな」

「…………あ」

「ん? 誰や手前」

 

 見知らぬ人間が立ち寄ったことで疑問を持ったファミリアの連中。

 団長と思われるパルゥムがあなたの事を疑心な目で見る中、あなたは満面の笑み。クミロミとジュアも絶賛する笑みを浮かべながら開口一番こう告げた。

 

 ――丁度吊るすモノを必要と見たからそれを提供しに来た、と。

 

 

 

「吊るすぅ? ロープかなんかいな?」

「え、ベートを吊るす用のロープがあるの~?」

 

 恐らく神であろう小柄で貧乳な女神と元気活発な褐色少女に同意するよう、あなたは首を縦に振った。

 状況を見るからに必要なのだろう。あの犬畜――ベートとやらを吊るす為に。

 

「まあ、そうだね」

「そうやな。今日のベートは少しオイタが過ぎたしな」

「ねえねえ、君ベートを吊るすモノ持ってるの? あったら貸して!」

 

 団長含む神がそれに頷く。慣れた様子で首を縦に振ったあたり、普段からやらかしている犬コロなのだろうか。

 それと褐色少女は近い。圧が強い。どこぞの天真爛漫なエヘカトル神とそっくりな性格だ。

 ついでに、褐色少女が大声で叫んだからか周囲の注目があなたに集まってきた。どうでもいいので無視はするが、むず痒い感覚にあなたは眉を顰めた。

 

 話を戻し、あなたはアレを吊るす小道具を持っていると団長であるフィンとやらに伝える。

 ()()()あなたは丁度それを必要としている様子だったので参ったまでだ。

 

「はぁ、そりゃ有難いけどなぁ? どうするフィン?」

「……善意というからには有難くいただきたい所だが。正直、素性も知らない者からの頂き物は受け取りづらいものだね」

 

 苦笑を浮かべてせめて自己紹介ぐらいはしてほしい、と団長殿のお達し。

 至極真っ当ごもっともだ。うっかり失念していたあなたは、正直にその名と所属ファミリアを告げた。

 

「【クミロミ・ファミリア】? なんや、あまり耳にしないファミリアやねぇ」

「ロキ、嘘は?」

「嘘はついとらんよ。聞き覚えの無いファミリアやけど、紹介は嘘偽りない真っ白やで」

 

 そういえばここの神は人の嘘が見抜けるのだったか。

 まあ、さっきの紹介は正直に答えたため問題ないが、今後神に嘘をつく場合は一つ気を付けなければいけないか。あなたはまた一つこの世界の常識を学んだ。

 

 それはそうと、身の潔白が証明できたことならそちらの判断が欲しい所である。

 あなたの善意を受け取るか受け取らないかは、他ならない【ロキ・ファミリア】の判断次第なのだから。

 そう言うと顔を見合わせるフィンとロキ。

 

「まあええんやないか? 別段悪意があるようにも見えんしな」

「そうだね、ティオナもいいかい?」

「うん、いいよー」

 

 どうやら受け取る判断がついたらしい。

 あなたは一言感謝の世辞を述べると、皆に見えないよう4次元ポケットから畳まれたソレを取り出した。

 

 あたかも懐から出したその見た目はロープの付いたただの木の棒きれ。

 しかしこれは組み立て可能であり、コンパクトなサイズに収まっているだけだ。あなたが棒きれを組み立て始めると、ソレは人が2人分程の高さになるものになった。

 首吊りに最適な見た目をしているコレは名を《サンドバッグ》という。

 持ち運び可能、組み立て簡単、いつでもどこでも遊び道具(拷問道具)として使おう! とのキャッチコピーで有名なノースティリス民御用達の小道具である。

 

 組み立て終われば、思ったよりも大きいものが出てきたのに驚いたのかロキが目を細めて驚いていた。

 

「お、おう。やけにでっかいなあ。てっきりロープか何かでも出てくるんかと思ったんやが」

「でもベートを吊るすのにちょうど良さそう! ねえ、これ持って行っていい!?」

 

 構わないとも。その為に出したのだから。

 笑顔でそう言えば褐色少女は喜んでサンドバッグを持ってベートの元へ走り出す。そして速攻ロープでぐるぐる巻きにされた挙句サンドバッグに吊るされた。本来瀕死の者しか吊れないのだが、どうやら先んじてボコボコにされていたおかげか瀕死判定になっていたようだ。

 

 括り付けたままぶん回されたり殴られたりくすぐられたりと、ベートを襲うあらゆる暴力。当の本人は絶叫を上げ店内を響かせていた。ざまあない。あなたは内心で笑ってやった。

 

「すまない。見ず知らずの君に気を遣わせてしまったね」

 

 こうして、ベートが弄られ倒されたことで酒場の盛り上がりが再び加速。

 先ほどまでの雰囲気に戻った場で、フィンがベートの様子を見ながらあなたに対し言葉をかけてくる。

 

 問題ないとも。

 ここは酒の酒場で、あなたは偶然困ってそうな冒険者に手を差し伸べただけの事である。

 それに冒険者は困ったときはお互い様だ、と。あなたはすました顔でそう言った。

 

 まあ、あなたはただ《サンドバッグ》がちゃんと機能するか確かめたかっただけなのだが。

 

「温情を有難く思うよ。……ところで、貸してもらったアレはどうしたらいいだろうか。僕達が借りている間、君をこの酒場に拘束するわけにもいかないだろう?」

 

 この後、あなたはすぐにベルを追いかけたいため酒場に残るつもりはない。

 それに《サンドバッグ》の借りパクはあなたにとっても勘弁願いたいところだ。アレはノースティリス製で替えが効かないのである。一応ストックはあるにしろ個数があるに尽きる。

 

 となると、後日あなた自身が取りに来るしかないだろう。

 

「僕達のホームにかい? それは構わないが、君に手数をかけるだけだろう?」

 

 構うものか。サンドバッグの提供はあなたの勝手で行ったものだ。

 あなたが気に掛ける必要なしと言えば、顎に手を当てるフィン。

 

「ふむ……。たかが酒場の一件とはいえ、ファミリアの団長として君だけに借りを作ってしまうのも忍びない。どうだろう、ここは一つ返させてはくれないか?」

 

 返す、というのは恩をだろうか。

 

「ああ。ここの一品を頼むのも良いし、君の要望で軽いモノなら叶える範囲で検討したい」

 

 フィンの提案にあなたは目を開いた。

 要するに、あなたのお願い事を少し叶えてくれるというのだ。願いの杖に比べれば程度が知れるだろうが、オラリオが誇る二大派閥の団長としては随分と豪胆な提案であった。

 酒が入っているのも影響しているのだろうか。

 

「ははっ、そうかもしれないね」

 

 肯定ともいえない感じに笑うと、あなたに対して目を向けるフィン。返答はどうだと問いかけてくる視線である。

 酒場のどんちゃん騒ぎの中、数秒の間を取る。

 そうしてあなたは少しばかり熟考したのち、一つのお願いをフィンに提示した。

 

 ならばあの犬コロ――ベートを一発だけ殴らせてほしいのだが。

 

「……ベートを? 因みにどうしてだい?」

 

 あなたとは関係ないはずのベートを引き合いに出されたことに、当然の様に疑問を抱くフィン。 

 しかしあなたはフィンの問いに納得がいく形で言い訳を語り始めた。

 

 曰く、あなたはこの店の料理の食材を作っている農家だと。

 曰く、あなたは先のベートの嘲笑話で酒と飯の味が悪くなった気分になったと。

 曰く、あなたは自分が作り上げたといっても過言でもない食事の場を汚したベートに一矢報いてやりたいと。

 

 なんともまあ、それらしいことを堂々と語ったのであった。

 

「あちゃー……そりゃベートが悪いわー。てかアレもタイミングが悪いわなぁ、よりによってここの飯作ってる奴がいる時っちゅうに」

「……すまないことをしたね」

 

 フィンが謝る必要は無いだろうに。問題を起こしたのはあの犬コロなのだから。

 様子を見に来たロキも、あなたの語りを聞いていたのか呆れていた。

 

 因みに、先の語り部に関してあなたの本音は3割程度しか潜んでいない。

 7割は単に《サンドバッグ》の性能を試したかっただけだ。

 あの犬コロを本気でぶん殴って死なないのか試したいだけだ。

 死んだら死んだでその時だ。

 

「ま、ベートもおどれに殴られりゃいい薬にもなるだろうしなぁ。いい機会やし、ここらで一発いいのをぶちかましてきぃや。主神のウチが許すでぇ」

「ロキ」

「ええやんええやん。元はと言えばベートの自業自得やし、吊り道具貸してくれた礼にもなるやろ」

 

 酒も入って乗り気なロキ神の許しも出た。

 あなたは笑顔で立ち上がり、ベートが吊るされているサンドバッグの元へ向かった。

 

「ほら(みな)ー退き退き! 今からベートにいい薬をブチこんでもらうからなー!」

 

 笑うロキの声色は実に楽しそうだ。

 やはり神は楽しい事に頓着が無い。ノースティリスだろうとオラリオだろうと神の感性は変わらないのだろうか。

 

 【ロキ・ファミリア】の人だかりを抜け、正面に立つは縛り付けられた犬コロ。

 

「あ? なんだテメェ――」

 

 言葉を待たず、あなたは肩を一回ししてからベートを殴る準備をした。

 

 

 

 ……さて、ここでベートを吊るしている《サンドバッグ》について今更ながら説明を入れよう。

 《サンドバッグ》は文字通りノースティリスにおいて人を吊るし、痛めつけることを目的とした遊び道具(拷問道具)である。

 しかし、遊び道具と侮るなかれ。ただの木の棒とロープが括り付けているコレは、見た目に反して驚異的な性能を持っている。

 

 主な効果としては、まず一に括り付けた獲物は逃がさない事。

 括り付けたが最後、誰かの手によってロープを解かれない限りは絶対に《サンドバッグ》から降りられない。完全に無力化される。

 

 そして二に括り付けられた獲物は()()()()()()()()

 決して抵抗できないし逃げられない。死なないし死ねない。狂うことも許されない。そして《サンドバッグ》は壊せない。

 

 それ故、ノースティリスで《サンドバッグ》を使う者は問答無用で相手を殺すに足る攻撃をかますのだ。

 

 以上、説明終了。

 

「おい、聞いてんのかテメェ」

 

 やつれたようなベートの睨む視線を無視しながら、あなたは衆人観衆の前で拳を握る。

 

 あなたは肩を一回しすると同時に各種補助魔法を周囲にバレない様自分自身にかけた。今のあなたは筋力と器用さを増強している状態である。

 ついでに殴る直前にあなたの速度を最大になるよう調整しておく。

 速度(is)パワー。インパクトの瞬間に増強されたあなたの力量がさらに倍増してぶち込まれる瞬間はさぞかし痛いだろう。

 

「おい」

 

 ノースティリス人ならず、常人なら顔の輪郭すらままならない一撃。

 顔面の骨が砕け、肉が飛び散り、顔というモノが残らない、ミンチ不可避なそんな一撃。

 

 それをあなたは、満面の笑みを浮かべながら振りかぶり――

 

「――ガッ!?!?」

 

 カッコォン!! と。

 到底人体からは出るはずもないはずの音を叩き出した。

 

「「!?!?」」

 

 まるで金属を木の棒で叩いたかのような快音に、酒場は驚愕に包まれた。

 肉の塊で包まれた顔が、あんなふうに快音を立てる様など聞いたことがない。酒場にいる冒険者という冒険者は当の本人であるベートの有様を心配した。対岸の火事にしては炎上しすぎな程の有様だったからだ。

 

 ぶん殴られた反動で吊るされているベートがゆりかごのように揺れる。

 完全に気絶しているのか、白目をむいてそのままピクリとも動かず身動き一つ起こさない。

 

「「「べ、ベートぉ!?」」」

 

 数瞬の静寂を挟み、【ロキ・ファミリア】によって奏でられるベートへの心配の音。

 

 快音に驚いた褐色少女……確か、ティオナと言ったか。

 彼女はあなたがサンドバックから退いた後、すぐさまベートの容態を確認しに行った。

 

「怪我は……ない。気を失ってるだけ? え、あんな音が上がったのに!?骨も折れてないの!?」

 

 それはそうだ。

 あなたは攻撃しベートが死ななかったことを確認したと同時、ベートに向けて《重度治癒の魔法》をかけてやったのだから。かけてなければ良くて鼻骨の粉砕、最悪顔面の骨という骨がへし折れ顔が吹き飛ぶかどうかの惨状だったろう。あなたの恩情には神ですら涙を浮かべる。

 

 因みにあなたはマジで殺す気で殴った。相手がサンドバッグだから本気でぶん殴った。

 しかし流石はレベル5といったところだろうか。顔が粉砕されず、骨のみの負傷で済んでいるという事実にあなたは高レベル冒険者の耐久力を思い知ることになった。……友人の廃人なら木っ端微塵に出来ただろうか。

 

 なお、殴った後のあなたは清々しい感じで良い一発が迎えられたと満足げだ。まるでノイエルの水井戸に身を投じたように爽やかな気分だった。

 ついでに、先の快音は当たり所が良かっただけだろうと嘘八百な感想をティオナに述べるおまけ付きである。実に白々しい。

 

「当たり所が良いだけであんな音鳴るかなぁ……?」

「鳴りませんよ!? ベートさん大丈夫ですか!首とか折れてませんか!?」

「おーい!! 誰かポーション持ってこい!!見たところ怪我してないが念の為になー!!」

 

 実に心地良い心配の音色を上げる【ロキ・ファミリア】

 ジェノパでは久しく聞いていない心配の声色にあなたは笑みを浮かべる。人の心配にあたふたとする光景はノースティリスでは目にすることがない。命の重さ故か、あそこだと誰かが死にかけても一目見て去るのだ。

 

 その点オラリオだとこうである。

 新鮮な反応の数々につい笑ってしまったことを誰が責められようか。誰だって微笑ましい光景には思わず笑みを浮かべてしまうものだろう。

 あなたは騒乱と阿鼻叫喚の中でくすりと笑った。

 

 因みに騒ぎを起こしてしまったことについては、ミア店主に視線で謝罪を送っておいた。

 鼻でため息をついていたが、ササッと厨房に足を向けたことから許してくれたのだと思う。

 

 

 

 ……さて、あなたのやりたいことは終わらせた。

 

 《サンドバッグ》の性能も少々確認できたし、フィンに対する貸しも返した。

 店の端を見れば、店主に頼んであったジェラートとベルの食べ残しがパックに詰められて持ち帰れるようになっている。丁度いい頃合いだし、そろそろベルの元へ出向きたい。

 

 一応当事者であるベルの名前は伏せて、待ち合わせがあるからそろそろ店を去りたい事をフィンとロキに伝えると、疑惑と困惑の目を向けられながらではあったものの承諾してくれた。

 

「一つ、去る前に聞いてもいいだろうか?」

 

 そうしてあなたが持ち帰り用のパックを持って店の扉を開き退店。

 さて迷宮に向かうぞと誰も居なくなった繁華街の道を歩く前に、フィンの一言で脚を止める。傍にはロキもおり、両名ともあなたに対して疑念の目を向けていた。

 

「おどれ、一体レベルはいくつやねん?」

 

 ほう、一応その問いを投げるに至った理由を聞いておく。

 

「ベートが昏倒するほどの一撃を与える冒険者はそう多くない。直前に団員たちになぶられてたとしてもベートは根っからの肉体派だ。余程の事が無い限り気絶する目に合う訳ないと思ってね。個人的に気になっただけだから答えたくなかったら答えなくてもいいけれど」

 

 なるほど、団長というからには目聡い観察眼だ。

 あなたは良い目を持っているフィンに対し、敬意を込めて正直に答えた。

 

 あなたのレベルは1で、ベートを昏倒させた1撃も本当に当たり所が良かっただけだと。

 

「……本当かい?」

 

 神の名に懸けて偽りなし。

 

 あなたがそう伝えるとフィンは表情には見せずとも驚く反応を。ロキは細い目を開いて瞳をあらわにしていた。

 

 恐らく神の嘘発見機能にも引っかからない一言だろう。

 あなたのオラリオでのレベルは間違いなく1だし、ベートを昏倒させた一撃も当たり所が良かったからあの程度で済んでいる。

 そう、当たり所が良かったから顔が消し飛んでいないのだ。

 悪かったら吹っ飛んでいる。嘘は言ってない。

 

 質問にも答えた。もう足を止めている理由も無いだろう。

 あなたはフィンとロキに背を向けると、ベルがいるであろう迷宮に向けて歩き出す――

 

「おいちょい待ち――!?」

 

 のをやめてあなたは再び足を止めた。

 しかし今度は少々不快交じりの殺気と一睨みを込めた静止だ。

 

 あなたの不快籠った殺気にフィンとロキが出かかっていた言葉を飲み込み冷や汗をかく。

 ……不快だ。実に不愉快である。

 

 あなたは先も言った通り、ベルの元へさっさと向かいたい。

 それを一瞬やめてロキとフィンの質問にわざわざ答えてやったというのに、まだあなたを止めるというのか。

 フィンも開口一番に言ったが、質問に答えるのは()()()()だ。

 それ以上はないし、あなたの予定上これ以上の時間を取るのは許さない。それでもなおこの場に止める気だというなら、あなたは問答無用でその命を刈り取る気でいる。

 

 さてどうする? あなたは無言のままフィンの動向を見た。

 

「…………借りを作った相手に、これ以上失礼を働くのも僕らしくないね。ロキ、ここは引こう」

「ちょぉフィン!?」

「いいから」

 

 嘆息をついてロキにそう提案するフィンを、あなたはほうっと眺めた。

 実に良い判断だ。流石、都市2大派閥の一角をまとめている団長だけはある。

 

「誉め言葉として受け取っておくよ。……そしてすまなかった。意図してないとはいえ、君の怒りを2度も買ってしまったことを謝罪させてもらいたい」

 

 構わない。逆鱗という逆鱗ではないし、他人の事情を深堀りしたくなるのは人間の性だ、仕方ないで済ませておく。

 あなたも過去に何度か、友人の性癖事情に踏み入って殺されたことがあるのだから。

 

 それに誠意ある謝罪というなら今度《サンドバッグ》を取りにいった際に、正式にもらいたい。どうせ今度【ロキ・ファミリア】に出向くのだから。

 あなたは本当に申し訳なさそうにしていたフィンに対して、融通の利く提案をした。

 

「……ああ。その時を楽しみに待っておくとするよ」

 

 頭を下げるフィンに許しを伝えると、あなたは今度こそ迷宮へと足を運び始める。

 

 ベルがいるはずだろう迷宮はここからそう遠くはないはずだ。

 あなたは持ち帰り用に注文したジェラートを口にしながら、淡々とその足を進めるのであった。

 

 


 

 

 あなたが去った後、2人だけになった道なりの空間でフィンとロキはドッと疲れたように歩く。

 両名とも、先ほど向けられた殺気のせいで既に酒の酔いは吹き飛んでいた。

 

「はぁぁ……なんやねんありゃ。虎の尾でも踏んだ気分になったわー、怖かったわー」

「正体不明、聞き覚えの無いファミリアに所属している冒険者。それにベートを一撃で昏倒させる力量の持ち主、か。正直言ってあり得ないね。ロキ、彼がレベル1っていうのは?」

「シロやシロ。真っ白な事実や。誤魔化しも無かったし、ありゃホントにレベル1かもしれんで」

 

 そうか、と告げられた主神の言葉を聞いて顎に親指を当てるフィン。

 彼の正体に、ベートを気絶させた力量についても謎が深まったことが原因か、親指が少しだけ疼いていた。

 

 オラリオの冒険者にとって、レベルの差は絶対だ。

 レベル1がレベル5に太刀打ちなど言語道断。それにたった1撃で昏倒させることなどありえない。

 しかし、アレは現にしてみせた。

 嘘を見抜くロキの目が本当なら、彼のレベルは1で本当に打ちどころが良かったから気絶させることができたことになる。

 

 そんなことがあり得るのか? と思考するフィンだが事実は事実。

 起こってしまったことはなんとか受け止めるとして、次の話題に入ることにした。

 

「【クミロミ・ファミリア】か……ロキ、その神について知っていることはあるかい?」

「全く知らんよ?」

「全く? ……まさか、君でも全く知らない神ということか?」

「そや。()()()()()()()()()()()()()()()()()()。ウチの情報を持っても謎な神ってことやな」

 

 ふと吐いた疑問に、目を細めたロキが正直に答えればその異常さに驚く。

 ()()ロキをしても正体が不明と言わしめる神の存在。そしてその眷属だという彼の謎は深まるばかりだ。

 

 外気の風が吹き抜ける数分。

 考え事をしているフィンに対し、ロキは一つ言葉を挟んだ。

 

「実は店出る前にアイズたんがな? あの男について知ってることを話してくれたんやが」

「アイズが? 彼の事を知ってたのかい?」

「ああ。何でも、同じジャガ丸くん仲間だとかゆーてな」

「…………それだけかい?」

「それだけや」

「余計謎が深まったんだけど……」

「やけども、アレを探す情報には違いないやろ? ウチが知ってるのはこれで全部や。後は頼んだでぇだんちょー?」

「……ロキ、さてはまだ酒入ってるだろう?」

「やはは! どーやろねー」

 

 後釜を全部任せるように、フィンへと丸投げするロキ。気軽になったのか軽快な足取りで豊穣の女主人に戻って行く。

 

 対するフィンは足取り重く、考え事をしながら歩く羽目になるのであった。

 

 

 





《サンドバッグ》
「殴り応えのある吊るしモノってやっぱバブルだよな」
ノースティリス人御用達の遊び道具(拷問道具)
吊るされた相手は絶対に逃げられなくなる。
どんなに足掻いても逃げられなくなる。
発狂することも許されない。
死ななくなる。
死ねなくなる。

絶対に死ねない。

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