私のこと。   作:来島セツナ

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1:電車に揺られて

雨の街を映し出す車窓に、女の顔が反射している。

その顔には、絶望に近い憂鬱が浮かんでいた。

ものすごくひどい顔だ。

いや、こういう言い方をすると、決して許されない語弊が生まれてしまう可能性がある。

 

顔立ち自体は、とても美しい。

まつ毛の長い、くっきりとした二重の目。

すっと伸びた形の良い鼻筋。

きゅっと結ばれた、弾力ある薄紅色の口。

誰がどう見ても非の打ち所がない、万人に愛されるような、そんな顔立ち。

 

――――作り物の、偽物の、機械じみた、嘘つきの顔。

整形した、私の顔。

 

「……はあ」

 

思わず私は大きなため息を漏らしてしまう。

 

「……っ」

 

私は咄嗟に顔を隠し、ポシェットに忍ばせていたマスクを取り出して着けた。

近くの席に座っていた、私と同い年くらいの女の子たち2人が、こちらの方を見て何やらひそひそと話をしているのに気づいたからだ。

 

『みてー、あの子整形っぽくない?』

『それな、なんかナチュラルじゃないよね。整形整形絶対整形』

『てか、最近彼氏バレしたアイドルの子じゃん』

『彼女が整形してるって彼氏の方どう思うんだろー』

 

実際には聞こえていないはずなのに、そんな幻聴が頭の中でこだまする。

意識すればするほど、ますます2人が私を攻撃しているように感じられてくる。

 

……ダメだ。

 

被害妄想も、甚だしい。

最近は一日中、何に対しても否定的なことばかり考えてしまう。

思考が負のスパイラルに陥ってしまっている証拠だ。

アイドル活動を始めてからやっと私は、コンプレックスも含めて自分のことを受け入れられるようになってきていたのに、これじゃあ振り出しに戻ったも同然じゃないか。

 

次の駅に停車したタイミングで、私は女の子たちから逃げるようにして一つ前の車両へと移動した。

適当に横に人がいない席を選び、腰掛けてから一息吐く。

 

思えば、ひとりで電車に乗ること自体かなり久しぶりだった。

ロケやらイベントやらで、ここ数ヶ月はどこに行くにしても東西南北の4人でいつも一緒だったから。

 

そう思いつつ4人がけの座席を見やると、瞼に焼き付いた記憶が鮮明に蘇ってくる。

 

駅弁を口いっぱいに頬張り、無邪気な笑顔を浮かべていたくるみちゃん。

喉をつまらせてはいけないから落ち着いて食べなさいと、母親のような素振りでくるみちゃんをたしなめていた南ちゃん。

ふたりのやり取りの間にちょこんと挟まっていた私。

そして、一歩引いた目で私たちを見ながらも、どこか楽しそうに柔らかく目を細めたゆうちゃん。

 

なんてことはなかったはずなのに、今となってはとても遠くに感じられる、日常の一幕の思い出だ。

 

「……楽しかったなあ」

 

もうあの頃の私たちには戻れないのだと思うと、どうしようもなく最低な気持ちに心が侵される。

 

ゆうちゃんと私たち3人の温度差だったり、大人が当たり前に受け入れている社会や芸能界のおかしさだったり、くるみちゃんの気持ちが追いつかなくなってきたことだったり。

私たちの絆が壊れていく予兆はここかしこに転がっていたし、たぶんみんな、薄々それを感づいていた。

 

けれども。

 

他の何を差し置いても、決定的に取り返しがつかないことをしでかしてしまったのは、私だ。

 

亀井美嘉が、東西南北を破壊した。

私のスキャンダル――恋人である彼とのツーショット写真が流出したあの日、ゆうちゃんの不満が爆発して、それまでの東西南北は完全に死んだ。

どこから流出したとか、誰が拡散したとか、この期に及んでそういうことに対してとやかく言うつもりはない。

というよりそもそも、浮かれて不用意なことをしてしまった私の愚かさが諸悪の根源だということは、重々承知している。

 

「彼氏がいるんなら、友達になんてならなきゃよかった」と、ゆうちゃんは私に言った。

激昂して口を滑らせたってところが大きかったんだと思う(思いたい)のだけれど、たぶん、本気でそう考えている節もあったんだと思う。

悲しかったけれど、そう言った彼女の気持ちも、痛いほど理解出来てしまう自分がいた。

 

事情を知らされたゆうちゃんが私を詰り、罵っていた時、ただ泣き喚くばかりで沈黙を決め込んでいた私が考えていたことといえば、『あの時ああしておけば』だったり『あの時ああしなければ』といったような過去に対することばかりだった。

後悔、罪悪感、切なさ。

その中でもとりわけ、東西南北がアイドルデビューするときに、私に恋人がいることを3人に伝えるか悩んだ挙げ句、結局何も言えずじまいのままだったことを悔やむ思いが大きかった。

友達と恋人のどちらかを手放すという選択をできなかった当時の私の強欲さが招いた皮肉めいた結果が今だと思うと、自分が憐れで仕方なくて、本気で消えてなくなってしまいたいと感じた。

 

2日前、テレビ局から逃げ出そうとするくるみちゃんを、ゆうちゃんが止めに行こうとした時。

前にいた南ちゃんに思わずつられて、私はずっと募らせていた苛立ちの言葉をゆうちゃんにぶつけてしまった。

「近くの人すら笑顔にできない人が、アイドルとして大勢を笑顔にすることなんてできるわけがない」、と。

私だって、近くの人を笑顔にするどころか、困らせてばかりなのに。

 

社長に「彼氏と別れるように」と告げられ、どうしようもなくなった私はその場でたちまち了承してしまったのだけれど、結局今日まで彼と話をつけることから逃げ続け、ずっと後回しにしてしまっていた。

彼にも迷惑をかけ続けているなんて、情けない話だ。

 

そうして私は、話をするため彼に会いに電車に乗っている今この瞬間まで、そんな自己否定的なことばかりを四六時中考えていた。

 

――――けれども、頭ではよく理解しているつもりだ。

もっと他に、このゴミのような現状を打破するためにすべきことがあるということを。

 

「……ふぅ」

 

胸に軽く手を当ててから、深呼吸をする。

目を瞑り、呼吸することにだけ意識を向ける。

頭にかかったモヤを、少しずつ取り除いていく。

 

ゆうちゃんのこと、くるみちゃんのこと、南ちゃんのこと、東西南北のこと、彼のこと、私自身のこと、これまでのこと、これからのこと。

 

私の本音はどこにあるの?

私は一体どうしたいの?

 

思い返すべきこと、想像すべきことだけに意識を集中するように試みる。

 

そして私は、列車の揺れに身を委ねながら、静かに、物思いに耽っていく――――

 




4話ほどで終わる予定です。
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