小悪魔ドS探偵女が俺を怪奇事件から逃がしてくれない   作:夜永リア

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第五話

 

 屋敷の敷地から大体民家二棟ほど離れた所にその住居はあった。

 外観は倉のようになっているが、中は存外に広い。10畳ほどのスペースに台所浴室まで完備されている徹底ぶり。恐らく来客用のペントハウスにでも使われていたんだろう。埃もほとんど落ちておらず、かなり丁寧に掃除されていることが分かる。

 しかし畳の隙間には細かい茶葉が落ちていた。

 

「誰か零したのか?」

 

 その呟きに識が答える。

 

「掃除に使ったんでしょう」

 

「え、茶葉を?」

 

「えぇ。畳の掃除には古くなった茶葉が最も良いとされています。畳は藺草を編んで作る敷物な以上、どうしても隙間に掃けない汚れが溜まります。それを刻んだ茶葉を落として絡ませることで綺麗にしているんですよ」

 

「へぇ……そんなことも知ってるのか」

 

「花嫁修業の一環です。常識ですよ」

 

 俺は識の冗談を軽く聞き流し、ドサっと荷物を下ろす。時刻はそろそろ17時に差し掛かる頃だろうか。夏特有の日差しと明るさからまだまだ時間は経っていないような気がしていたが、思い返せば昼から何も食べていない。それに、汗で全身がベトベトしている。

 

「このあたりで休みましょうか」

 

「……いいのか?」

 

「今日はもう疲れたでしょう?」

 

「識……」

 

 さっきの交渉の褒美だろうか。クタクタな体にこの言葉は休めるという事実以上に安らいだ。思えば今日は散々だった。山道を何時間も歩かされ、人の身体の一部なんて見せられ、挙句の果てに容疑者との折衝業務だ。……ほとんど識が元凶じゃないか? 

 ……ともかく、心身共にくたびれている。

 

「それに、夜には働いて貰わなければなりませんからね」

 

「え」

 

「まだ臓器は流れていないでしょう?」

 

 言われてみればそうだ。落ちていたのは骨や皮ばかりで、依頼状にあったものは流れてきていない。

 見ずに済んでいることは大変有り難いのだが、それでは調査は進まないので折り合いを着けなければならない。

 

「……そうだな。こういうのって夜中が相場か」

 

「それは断言出来ませんが」

 

「まぁな」

 

「あら、もう少し気を引き締めて下さいな。今晩川を流れるのは私達かもしれないんですから」

 

「え?」

 

「だって────ここは彼らの家ですよ?」

 

 しまった。完全に失念していた。俺も疑っていたじゃないか。

 "外部の人間を解体している可能性もある"って。

 もしそうだとするならこの家は最も危険な場所ということになる。

 

「きちんと守ってくださいね?」

 

 悪戯っぽい笑みを浮かべる識に、俺は頷く。こういう場面でも余裕を崩さない彼女だが、その理由が信頼であることを知っている。その信頼は重いが、自分に出来る精一杯は出したい。

 

「というわけですが、そろそろ食事の時間でしょうか」

 

「確か用意してくれるんだったか」

 

 赤崎卓は滞在中の衣食住を保証すると約束してくれた。どうやら本気で無実証明がしたいらしい。

 ここに案内してきた時の彼は、自分の間違いを一切疑っていない様子だった。あんな目をする人間が人を殺しているとは俺は考えづらい。識は違うかもしれないが。

 

 食事は、時間に赤崎静子が持ってきてくれることになっている。そこで話を聞ければいいのだが、いずれにせよ危ない橋を渡ることになる。

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

「失礼致します」

 

 部屋へ訪れてきたのは赤崎静子だ。

 紅い着物に身を包み、優美な足運びで食事を配膳してくれる。

 

「ありがとうございます。すみません……わざわざ」

 

「いえいえ、卓に来客なんて珍しいものですから」

 

 赤崎卓の計らいにより、俺たちは勉強に来た出身校の後輩ということになっている。全くの間違いではないのだが、人の良さそうなこの人の前では何と無く罪悪感を覚えてしまう。

 

 識はさっき"汗を流してきます"と浴室に消えて行った。綺麗好きの彼女には真夏に外に長時間いるのは堪えただろう。

 だから、今この場にいるのは俺と静子さんだけだ。

 後でここでの会話を事細かに話すことになる。気を引き締めなければならない。

 

「卓さんにはお世話になってます」

 

「本当? あの子、あんまり友達いないから心配してたんだけど、貴方みたいな人がいるなら安心ね」

 

「はは、そのありがとうございます」

 

 一挙手一投足を観察する。

 

「折角なので静子さんにもお聞きしても構いませんか?」

 

「えぇ。なんでも聞いて下さいな」

 

「俺達、数年で拡販に成功した鶴羽染めについて調べているんです」

 

「あら、そうなの。卓からはお仕事についてってくらいしか聞いて無かったんだけど、そういうことなら力になれるかも」

 

 どうやら赤崎卓は家族に対して俺たちが事件を追っていることに対しては説明していないようだった。

 彼にとって何か不都合な事があるのか、それ以外に何か隠したい事があるのか。何れにせよ思惑が見える。

 

「鶴羽染めの大量生産ってどうやってるんですか?」

 

「大量生産ってほどじゃないんですよ」

 

「……そうなんですか?」

 

「そうなの。昔から主人が縫い物が得意でね。仕立ててくれるの。1日に小物をいくつかと、着物を10着くらいかしら」

 

「それは、速いですね」

 

「昔は神業、なんてテレビでも取り上げられたのよ? 普段は無口な人ですけどね」

 

 静子さんは予想に反して雄弁に語ってくれる。にしても1日に10着なんて相当なハイペースに思う。以前に番組で呉服屋のドキュメンタリーを観たことがあるが、それでも1週間に1着程だった気がする。

 そして、雑誌を思い出す。

 

「甚平さんはデザインもされているんですか?」

 

「あら、どうしてそう思ったの?」

 

「いえ、雑誌で見たのはどれも違う構図でしたから」

 

「どうかしら。あの人、仕事のことはあまり話したがらないから。家族としては素敵な人なんですけどね。ほら、家庭に仕事持ち込まないのがいい、って言うでしょう?」

 

「はは、そういうものですか」

 

「そうよ。貴方も気を付けないと彼女さんに愛想尽かされるわよ」

 

 ────識とはそういうのじゃないですから

 

 その言葉は飲み込む。事前に識とも打ち合わせたことだ。もし変に気を遣われて別室にでもされてしまえば咄嗟の時に守ることが出来ない。だから、俺は事前に用意した言葉を伝えることにする。

 

「そ、そうぅ……ですね……くっ……大切な、彼女です、から」

 

「どうしてそんなに悔しそうなのかしら……」

 

 "気のせいです"とゴリ押した。危ない! つい恐怖で拒絶反応が出てしまった。

 

 

「とにかく、他にも聞かせて下さい」

 

 俺は強引に話を押し戻す。ここでの収穫は重要だ。

 だがら引き際はよく考えなければならない。だって、この人は三食を運んでくる、つまり最も顔を合わせることになる人だ。

 少しでも怪しまれる要素は消したかった。

 

「鶴羽染めはどうやって染めているんですか?」

 

「それは企業秘密よ。いくら卓の後輩でもそこはお話出来ないわ」

 

 想定解。やはりこの問題には触れられないらしい。

 だが、少なからず収穫はあった。この解答をする静子さんは一つに纏めた黒髪を一瞬、ピクリと跳ねさせた。

 

 識から教わったコールドリーディング。その一つ。

 人は嘘を吐くし隠し事をする生き物。平均すると人はどんなに小さなものでも1日に1つは必ず嘘を吐いているらしい。

 ただし、無意識的に出すものと違い意識的に出すものは明らかに違う。

 

 人の心を知りたければ言葉ではなく行動を見るべき。言葉には殆ど価値がない。心理学の意外な結論。

 

 今の質問に対して、明らかに静子さんは動揺していた。

 つまり、多少の後ろ暗さはあるんだろう。

 これ以上つつくのは危険だ。そう判断し、俺は少し切り口を変える。

 

「にしても、随分家族仲がよろしいんですね」

 

「そう?」

 

「はい。実家でビジネスなんてビジョン、俺なら描けそうにないです」

 

「卓のことね。……あの子は私達には勿体無いくらいの出来た息子よ。馬鹿娘とは大違い」

 

「娘さん、詩織さんですか?」

 

「えぇ。家を出たっきり私には連絡も寄越さないんだから。主人には連絡してたみたいなんだけどね」

 

「反抗期、とかですかね」

 

「さぁ。いけない、人様に聞かせる話じゃなかったわね。私はここで失礼します。冷めないうちに食べてね」

 

 

 

 

 

 そう言って静子さんは部屋から出ていく。

 それにしても興味深い話だった。俺の中の赤崎詩織の人物像はどこまでも自然体で居心地のいい少女だった。

 だが、静子さんにとってはそうでは無かったのか。

 

 疑問は尽きない。時計を見る。19時に差し掛かるところだった。識の姿はまだ無い。風呂にしてはちょっと長いな、と心配になる。

 

 

「識、ご飯来たぞ。のぼせたりしてないか?」

 

 浴室の扉越しに声をかけると思いの外近くから返事が帰ってきた。

 

「赤崎静子は、帰ったようですね」

 

「うわぁあ!」

 

「なんですかそんな変な声を上げて」

 

「お前が扉に張り付いてるからだろ!!」

 

 識は浴室の扉のド真ん前にいたらしい。俺と静子さんの会話を聞いていたんだろうか。少し息切れしてるところから慌てて湯船から出てきたんだろうと推測出来た。

 

「別に入ってても良かったのに。急いで出てきたのか?」

 

「当たり前です。私がお風呂に行ってすぐインターホンが鳴ったんですから」

 

「……一人になったところを狙われた?」

 

「その可能性が有ることくらい警戒してください」

 

 それは確かに俺が悪い。

 

「私は今度こそシャワーを浴びますから、くれぐれも先に食事に手をつけたり、来客を迎えたりしないで下さい。覗くくらいは許してあげますから」

 

「覗きもしねぇよ!」

 

 こうして、容疑者の一人、赤崎静子との邂逅は終わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 結局、食事にも毒は盛られておらず、夜襲も来なかった。

 二人きりの座敷。並んだ布団。時折聞こえる悩ましい寝息と寝返りの音に悶々とさせられ続けた夜も開け、朝を迎える。

 

 意外と朝が弱く、ポワポワとしている識を叩き起こし、俺達は川へと行くことにした。

 何か異変が起きているならそれを見つけたかったし、もしそうでないとしても早朝の清水で心が洗われる。 

 

 ちゃっちゃと着替えて歩くこと5分。道中は煌びやかだった。都会のネオンサインやイルミネーションともまた違う、木々の光、小石の反射。

 

「朝って、こんなに綺麗だったんだ。な、識」

 

「……はい。私を強引に起こした時はどうしてくれようと思っていましたが、チャラにしてあげてもいいです」

 

「俺ボコボコにされる直前だったの……?」

 

 そんや軽口を叩く時間もなんだか癒されてしまうような田舎の朝に、移住を始める社畜達の気持ちが分かるような気がした。

 

 川に着いた。相変わらず河原にはボロボロになった人皮のようなものは引っかかっているわ、小石に骨は混ざるわで目を凝らせば酷い有り様だ。

 

「うげぇ」

 

「なんですか、そんなに変な声を上げて」

 

 分かっているくせにわざわざつついてくる。

 

 楽しげな気分のまま歩いていたのに、異様な光景が目に入る。朝から、最悪な気分になりそうだった。

 反面、識は目を輝かせ、楽しげに口許を歪めてこう言った。

 

「依頼は事実だったようですね」

 

 川にはピンク色の塊が浮かんでいた。それは、ふよふよと上下を繰り返しながらゆっくりと川下へと降りていく。

 痛烈な違和感、覚える吐き気。

 

『拝啓 死神姫様

 

 

 

 晴天が続く盛夏のみぎり

 

 不意のご依頼をお許しください。

 

 私共にはもはや手に負えず

 

 死神姫様のお力添えを願いたいのです。

 

 どこも取り合ってくれない難事件なのです。

 

 

 

 川から、臓器が流れてくるのです。

 

 それも人間のもの。

 

 

 

 とても信じがたいでしょうが事実なのです。

 

 夜も眠るに堪える日々を送っております。

 

 詳しいお話はTEL-○〇〇-〇〇〇〇-〇〇〇〇

 

 にてお話できればと考えています。

 

 死神にも縋る思いなのです。

 

 どうか、私共をお助け下さい

 

 

 

 敬具』

 

 

 

 川から、臓器が流れてきた。

 

 

 

「昨夜、物音はしましたか?」

 

「物音? いや。識は何か聞いたのか?」

 

「いえ、私も何も」

 

「ならなんで」

 

「あなたなら何か聞いているんじゃないかと思いまして」

 

 そう告げられて思案する。これは恐らく確認じゃない。自分も聞いていて相手に確認する質問じゃないとすると、俺が物音を聞いたかどうかで変わる推理があるということだ。

 

「眠れなかったんでしょう?」

 

「……なんで分かったんだ」

 

 これでも結構必死に取り繕っているつもりだった。眠れなかったなんてなんとなく照れるし情けない。

 

「いえ、美少女と同衾して眠れるほどあなたは太い神経をしていないかと」

 

「めちゃくちゃグッスリ眠れるが!?」

 

「強がりはバレますよ」 

 

「くっ……」

 

「もぅ。茶化さないで下さい。真剣に聞いているんです。目の隅、登山で疲れきっているはずなのに出てこない愚痴。疲れてないし眠そうなのを隠そうとしている動かぬ証拠です」

 

 いつもは識が茶化してくるくせにこういう時だけ真剣に心配してくるのはなんというかズルい。

 

「あぁ、まぁ、眠れなかったよ。物音は聞かなかったかな」

 

「そうですか」

 

「何の確認だったんだ?」

 

「門ですよ」 

 

 言われて想記する。

 

 "足先を軽く撫でながら思案していると、屋敷の門がギギギ、と開いた"

 

 あの門は建て付けが悪かったのか軋む音が大きい。

 現代建築ならまだしもこの土地の和風建築の防音性能では、俺たちのいる離れでも聞こえてしまう大きさだ。

 実際、静子さんが食事を持って行き来する際にはその音ははっきりと聞こえていた。

 

 つまり、内臓が流れているにも関わらず、有力な容疑者である赤崎一家は誰一人として家から出ていないのである。

 

 

 俺には、犯人の動機が分からなくなったようで目眩がした。




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