小悪魔ドS探偵女が俺を怪奇事件から逃がしてくれない   作:夜永リア

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第七話

 

 声に促されるままに水車小屋に足を踏み入れる。

 簡素な木製の扉をガラガラと開くと、思いの外生活感に溢れた和室が姿を見せた。

 血みどろの内観を予想しただけに少し拍子抜けする。

 

 小屋は一軒家程の広さであるが外観より小さく見え、玄関にはアルコール消毒とウェットティッシュがある。

 額縁に飾られた絵は『おねぇさんへ』という文字がクレヨンで塗られ、手を繋いだ人っぽい絵が子供のタッチで描かれていた。

 

 家主の人柄がなんとなく分かるような生活感、とてもここが現場だとは思えない。

 

「お邪魔します」

 

「お邪魔致します」

 

 識と共に声かけをして靴を脱ぐ、識が丁寧に外向きに靴を揃えているところに育ちの良さを感じる。

 靴箱に入れているのだろうか、家主の靴は玄関に無い。

 入り口の除菌グッズと並んで潔癖症の可能性を考える。

 

 ガラガラガラ

 

 と、考えていると部屋の扉が開いた。

 

「いらっしゃい。あたしに何か用?」

 

 身長は170cm程度だろうか。女性にしては高く、出るところは出ている。耳に付けたピアスは若々しさが出ていた。

 白いワイシャツに黒のパンツをスラッとした体で着こなしている。やり手のキャリアウーマンみたいな印象を受ける。

 

「えと、突然すみません。俺たち大学の研究でこの辺りの調査をしています。良ければお話を聞かせて貰えませんか?」

 

「へぇ~、珍しいお客もあったもんだ。いいわよ。なんでも聞いて頂戴な」

 

 フランクに返してくれるこの女性からは敵意を感じない。

 気さくな様子からも嘘や隠し事の気配はほとんど無い。

 

 ────山中で襲って来た連中とは関係がないのか? 

 

 いや

 

 まだ気さくを装っているだけで、この先で襲われる可能性も外してはいけない。断言が出来ない状況で油断は命取りだ。

 俺は言葉を選ぶ。

 

「……ありがとうございます。…………では」

 

「あっ、ちょっと待ちな」

 

 テンポを崩される。

 女性は識に目線をやる。──不味い。狙われてるか? 

 強く警戒する。

 

「あんたら暑い中来たんだろ? お茶くらい出すから上がりな」

 

 識の日傘を見ていたんだろうか。

 なんとも毒気を抜かれる人だ。

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 間取りは玄関とそのすぐ側の扉を開いた和室だけ。

 中からは味噌汁のいい香りが上がっていた。

 

「麦茶と緑茶どっちがいい?」

 

「あ、いえお構いなく」

 

「では麦茶で」

 

「じゃあ……俺も同じのを」

 

 図々しいことこの上ない識につられ、俺も頂くことにする。

 見ればうっすらと首元に汗が浮かんでいた。暑かったんだろうか。それとも警戒しての冷や汗か。

 

「? なんですか。そんなに見ても可愛い顔しかありませんよ」

 

「自己肯定感の鬼……!」

 

 いやこいつそんな事を考えてないわ。ただ図々しいだけの探偵様をジトッとした目で見ながら女性を目で追う。

 

「いやぁ、お客さんなんて珍しいからさ~。お茶菓子の1つも家にないでやんのって」

 

「そこまでは流石に甘えられないですよ」

 

「謙虚な彼氏さんだねぇ。彼女見習った方が人生楽ってもんよ? こっちも気持ちいいしね」

 

「こいつとは……! あひんっ」

 

 付き合っていない、そう言おうとすると識にお尻を小さく畳んだ日傘で叩かれる。

 そうだった。この村の待遇の為に付き合ってる体なんだった。

 くっ……でも心までは堕ちないんだからねっ

 

「……お言葉に甘えさせて貰います」

 

「あいよ。といっても煎餅くらいしかないんだけどね」

 

 部屋の隅でカチャカチャと湯飲みを茶菓子を準備するその姿からはとても悪人だとは思えない。

 同い年位だろうか。それにしては少しだけ大人びているような気もするが、比べる相手が少女然とした識であることを思い出し、"同年代ってこんくらいだよな"と認識を改める。

 

「ほら、どうぞ」

 

 ちゃぶ台を挟んだ対面に女性は座ると、俺たちに湯飲みと煎餅を配ってくれる。煎餅はさっきの小売店でも市販されていたもので、郷土特有のものなんかではない。

 

 "ありがとうございます"と俺と識は丁寧に返すと麦茶を口に運ぶ。香りにも、味にも違和感は無かった。これなら問題はないと判断して嚥下する。

 

 ────警戒し過ぎたか。

 

「ぷはぁ。やっぱ夏は麦茶よねぇ。麦のお酒があればもっと良かったんだけど」

 

「はは、まだ昼ですよ」

 

「え? 大学生の癖に真面目だねぇ。あたしの頃は飲んで騒いでだったけどな」

 

「同じくらいでしょ」

 

「……まぁね」

 

「っと、改めて自己紹介しますね。今回、鶴羽農村地区の郷土を勉強しに来た瀬尾乾です。こっちが朝霧識」

 

「承知承知。乾君と識ちゃんね」

 

 話しやすい。そんな気安さがあった。近所のお姉ちゃんというべきだろうか、それともはっちゃけた同期だろうか。

 その一切着飾らない態度が気楽で、俺もつい笑顔を浮かべてしまう。

 識もきっとそうなんだろうと視線を向ける。

 

 ぶっすぅ~~~~~

 

 滅茶苦茶ぶすっとしていた。モチモチした白い頬を膨らませに膨らませて俺とお姉さんの間に視線を行き来していた。

 

 ────あっ、胸か。

 

 識はあまり胸がある方とは言えない。スレンダーな体格はそのまま品のいいお嬢様といった様相だが、胸は普通か少し小さいくらい。

 対してお姉さんは大層なものをお持ちだった。

 大方、自分の所有物がデレデレ(してない)しているのが気に食わないとかだろう。

 やれやれ、と理解してる感を出して識に目線をやる。

 

 ────後でお仕置きです。

 

 理不尽な返事が返って来たような気がした。

 気を取り直してこのお姉さんの自己紹介を受けることにする。

 

「あたしは……赤崎詩織。まぁ、お姉さんでいいよ」

 

 

 

 

 

 は? 

 

 

 

 

 

 赤崎詩織と名乗るその女性は、神社の少女とは全くの別人に見える。話しやすさこそ似通っているものの、その方向性も大きく異なる。

 神社の少女が自然の風のような気安さだとするとこの水車小屋のお姉さんは大学同期の酒飲みの気安さだ。

 似てるようで大きく違う。そもそも、二人の纏う空気感もそうだが容姿も違った。幼さの強く残る神社の少女とこの女性は少したりとも似ている部分はない。

 

 すっかり固まってしまった俺に代わって識が対応してくれる。

 

「赤崎というと地区長のご家族でしょうか?」

 

「あー……そうね。もう家は出ちゃったけど」

 

「そうでしたか。どうりで」

 

 識の質問によって同姓同名の住人という線は無くなったように思う。

 赤崎家の住民票は五枚だったはずだ。

 

 "赤崎 甚平"

 "赤崎 静子"

 "赤崎 飛鳥"

 "赤崎 卓"

 "赤崎 詩織"

 

 神社の少女かこのお姉さんのどちらかが嘘を吐いているいることになる。ほかの住民といえば赤崎飛鳥くらいだが、彼女は静子さんと姉妹の推定50代だったはずであり、どうも目の前の女性も神社の少女も当てはまらないように思う。

 

 ────何が起きてるんだ……? 誰が、なぜ。

 

 それも強く気になったが、識の「どうりで」という言葉も気になった。この女性が赤崎家の人間だと予測できるようなものでもあったんだろうか。

 

「どうりで? 何、あの二人には似てないってよく言われるんだけど」

 

「織機ですよ」

 

「あぁ。おっきいから?」

 

「えぇ。ここ、鶴羽農村地区での工芸品の生産は赤崎家が一手に担っていると聞きました。家庭内の簡単な手芸なら兎も角、そんなに大きな工業用の織機の購入は一般家庭ではあり得ないかと思いまして」

 

「ありゃ。確かに普通はこんなの持ってないか」

 

「はい。拝見しても?」

 

「ん~。見せてあげたいのは山々なんだけど、今日はちょっと店じまい。仕事する体力ないや」

 

「ご気分でも優れないんですか?」

 

「そんなとこ。あたしは今日はダラっと君らとサボると決めたのさ」

 

 ん~、と身体を伸ばして右に左にストレッチをする彼女からは、"ここが現場の可能性がある"なんてことを忘れ去りそうになる。

 抜きそうになる力に気合を入れて、一挙手一投足に気を払う。何が切欠で本性を現すか分からない。ジッと観察する。

 

「……鼻伸ばし過ぎです」

 

「……ははは、少年~。いくらあたしでもそんなに見られたら照れちゃうよ」

 

「えっ!? いやっ、違っ」

 

「え、何その反応! 可愛い~!」

 

 お姉さんは俺に近づいてくると頬を突いてからかってくる。

 いやホントにそんなつもりなかったんだけど!! 

 

「……ご容赦下さい。それは私のです」

 

「へへ、ごめんね。ついね、つい」

 

 これ以上は後の識が怖い。いくら今はカップルのフリをしているとはえ、識の演技は鬼気迫る。このままでは本当に帰ってから"演技の一つもまともに出来ないんですね"と絶妙にチクチクした言葉をかけられてしまう。

 体を引き、お姉さんを引き離した上で本題に戻る。

 

「織機があるってことは、鶴羽染めの製作に関わっているんですか?」

 

「……さぁ。お父さんに生地くらいは渡してるけどね。染色は知らないよ」

 

「デザインもあなたが?」

 

「全部じゃないけどね」

 

 あれ。

 

 静子さんから聞いた話ではデザイン、縫製は全て大黒柱の甚平さんがになっていることになっていたはずだ。

 

 "そうなの。昔から主人が縫い物が得意でね。仕立ててくれるの。1日に小物をいくつかと、着物を10着くらいかしら"

 "えぇ。家を出たっきり私には連絡も寄越さないんだから。主人には連絡してたみたいなんだけどね"

 

 この話と総合すると、母である静子さんには連絡を一切取らず、隠れて父である甚平さんと一緒に、ないし彼女だけで生地の作製をしているということになる。

 この話には少し納得感もあった。いくら神業と言われていようと染色と仕立ての両方をたった一人で賄っているだなんてもはや人間ではないような気さえしていたから。

 

 恐らくお姉さんが作製を担当し、甚平さんが染色しているということなんだろう。静子さんを通していない理由が強く気になった。彼女は鶴羽染めの製作には関わらせて貰えていないのだろう。

 帰ったら甚平さんにも話を聞く必要がある。そう頭の中で整理する。

 

「そうでしたか。私も実は持っているんですよ」

 

「え、そうなの?」

 

「あ、あの巾着?」

 

「はい。これです」

 

 識は鞄から紅いポーチを取り出すと机の上に置いた。

 

「留め具の花柄が可愛くて気に入っているんです」

 

「……ありがとね。私もここの縫製は自信作なんだ。二か月前くらいに作ったかな」

 

「まさか作ったもの全部覚えてるのか?」

 

「当たり前よ。これでもプロですから」

 

 驚いて思わずため口になって答えてしまう。が、別に気を悪くした様子もなく"ふふん"と胸を張る。確か赤崎 詩織は服飾系の大学を出ていたんだったか。同い年位に見えるというのに、やはり専門的な勉強をしてきた人間は一味違うというものらしい。

 この女性が赤崎 詩織であるという可能性が強まっていく度に、神社の少女への疑念が強まっていく。

 

「凄いです。しかし作った時期まではっきりと分かるものなんでしょうか」

 

「まぁね。一つも同じ構図で作ったことないもの」

 

「それは……」

 

 思わず識まで言葉を失う。一日にいくつもの製品を誂えているというのにそのただ一つとして同じものがないなんてあり得るんだろうか。

 俺は薄っすらと冷や汗をかく。この感覚は初めてではない。

 識を見ている時と同じ感覚、正真正銘の天才。化け物を見ている時の気分だ。

 

「ふふ、ちょっとはお姉さんの事見直しちゃった?」

 

「はい。凄いですね。俺もそんくらい出来るようになりたいなぁ」

 

「お、興味ある?」

 

「まぁ。そこの識によくほつれとか直すよう言われるんで」

 

「お、いいね~。今時って裁縫できる男はモテるよ~。識ちゃんはそういうの苦手な口?」

 

「いや、こいつは俺より上手いですよ」

 

「なんじゃそりゃ」

 

「俺が聞きたいです……人使いが荒いのなんのって」

 

 そう言いながら識の脇腹をツンツンしていると不服そうに答えられた。

 

「……もう。人聞きが悪いですね。乾君の方がもう上手なのでお願いしてるだけですよ」

 

「えっ。そうだったのか?」

 

「あなたは物覚えは悪くありませんから」

 

 珍しく褒められて照れる。ということは普段の無茶ぶりも俺に甘えてただけってことか。なんだよ、それならそうと素直に言ってくれればいいのに。

 少し機嫌を良くした俺は識の評価を改める。

 

「……チョロいですね」

 

「ん? なんか言った?」

 

「いえ、何も」

 

「なんだよもぉ。って事は俺が淹れる紅茶も辛口評価の割に気に入ってるんじゃないか? ホントは何点なんだよ。このこのぉ」

 

「60点です。まだ私が淹れた方がいい香りがします」

 

「なんで俺に淹れさせんだよ!」

 

「楽だからに決まっているじゃありませんか」

 

 識はやっぱり識だった。評価を改めた俺の気持ちを返して欲しい。澄ました顔をして麦茶を啜る識にあっかんべぇをする。

 

「何か」

 

「なんでもないです……」

 

 絶対零度の視線を向けられて萎縮する。俺にはこの程度の反撃も許されないというのか。

 くっ……悔しい……でも勝てないの。ヒックヒック。

 

「あっはっはっはははは。ひぃっふふ。おかしいっ」

 

「お姉さんも笑い過ぎじゃないですか!?」

 

「ふふ。こんなに笑ったの久々だ」

 

 目元に涙すら浮かべながら大笑いされる。悔しい思いはあるがここまで笑ってもらえるならまぁ識につつかれた甲斐もあるってもんだろう。女性の笑顔も作れる男です。

 

「仲いいんだね」

 

「まぁ……多少は」

 

「あたしもそんだけ仲いい人いたらなぁ」

 

「お姉さんならすぐ作れそうですけどね」

 

「お? 少年。口説いてる?」

 

「乾君。手、早くなりましたね」

 

「違うからね!?」

 

 いつの間にか敵が増えている。おかしい。俺の味方はどこにもいないというのか。四面楚歌な状態にあたふたさせられるが、からかっているだけの二人に付き合うのも疲れた俺は頬を膨らませ静観する。

 

「はは。でもほんとにいないんだよねぇ。学生時代はデザインばっかやってたからね。楽しくてさ」

 

「そういうことなら納得です」

 

「ま、大したことじゃないけどね」

 

 そういう割にドヤ顔をする彼女は、どう見ても殺人に加担しているとは思えなかった。

 

「長居してしまいました。また来ます」

 

「もう帰るの? また来なよ」

 

「はい。お言葉に甘えて」

 

 俺たちはそうして自称、赤崎詩織との邂逅を終えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 識とともに最後に挨拶だけして水車小屋を後にする。俺はようやく落ち着くことが出来た。

 なんだかんだ気を張り詰めっぱなしだったのだ。

 

「大丈夫でしたか?」

 

「あぁ。まぁな」

 

 間違いなく識も気付いていたんだろう。だからこそ、会話の中で仮面の男たちについて聞かなかったんだろうし、静子さんとの話のズレを指摘したりしなかった。

 その気になれば識も『覚の木片』を使って彼女と静子さんの矛盾を指摘し、有利に事情徴収できたにも関わらず。彼女は信用してはいけない。あの朗らかなお姉さんには嘘がある。

 

 

 

 "「え、何その反応! 可愛い~!」

 

 お姉さんは俺に近づいてくると頬を突いてからかってくる"

 

 

 

 あの時、サッと離れていくお姉さんに識を怒らせなくて済んだという安堵感と、もう一つ確信を俺は抱いていた。

 フレンドリーさには一切隠しきれない違和感。

 みそ汁の香りの漂う室内、香水の甘い香り、それでも隠しきれない香り。

 

 

 

 

 

 

 ────あの小屋の女性、自称、赤崎 詩織は間違いなく事件に関わっている。

 

 

 

 

 

 

 彼女からは鉄さびの香りが、

 

 いや。

 

 血の香りがしていた。

 

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