転生したら敵組織の最高幹部の一員だったんだけど? 作:偽ポンキッキ
突然だが、おれは転生者である。
名前はまだない、というのはまったくの嘘で、本当は後藤修一という。
しかしそれは、おれが転生するより前の──いわゆる現代日本に生きる普通の人間としての名前なので、今のおれとはまったく関係がない。
今のおれの名前はソーガという。
フルネームだとソーガ・グレイアス。
ちなみに綽名は〈
ダサい。
死ぬほど、ダサい。
まず〈虚絶〉とかいうのがダサい。意味がわからない。なにをどう食ったら虚と絶を纏めた単語を人の渾名にしようと考えたのか教えて欲しい。
それともおれが、人付き合いが絶望的にヘタクソで孤独に生きるしかない空虚な人物だから〈虚絶〉なのだろうか?
綽名ではなくちくちく言葉なのだろうか?
だとしたらおれは、この世のすべてを敵にまわして戦う覚悟をしなければならない。
それにグレイアスはまだしも、ソーガという名前もなんだかヘンテコである。古墳時代から飛鳥時代にかけて絶大な権力を握っていた豪族にしか似合わないだろこんな名前。それか日本三大仇討ちのひとつとして数えられてそうな兄弟。
いずれにせよ、まったくおれの好みではない名前には違いない。
それじゃあ後藤修一のほうを名乗りゃいいだろと思うかもしれない。
わかる。おれもそう思った。
べつに親との関係は普通だったし、小中高大とおして名前関連でイジメられた記憶もない。
要するに、おれ自身に問題はなかったのだが──おれの転生した世界のほうに問題があったのである。
「──ソーガ! ソーガはいる!?」
唐突に、扉が開かれる。
『人の部屋に入る前はノックをしろ』という助言を、今回もガンガンガン無視して、おれの自室に入ってきたのは、黒い軍服──
「あ! いたのね! もうっ、いたら返事ぐらいしなさいよっ」
頭の横で二つ結びにされているわたあめみたいな赤い髪をふわふわと揺らしながら、リリスはこっちに寄ってきた。
とことこという擬音が自然と聞こえてきそうな足取りは、完全に友達との待ち合わせ場所に向かう女子中学生のそれだ。
実際、リリスの見た目年齢は中学二年生ぐらいで、セーラー服なんかを着せて写真でも撮らせたら結構な値段で売れるんじゃないかと密かに思っている。
しかし、おれは知っている。
彼女は剣をひと振りするだけで、万物を焼き尽くす炎を生み出せることを。
森羅万象。
有象無象。
一切合切を灰にして、あらゆる
ゆえに、その綽名は〈
ゆえに──〈
ズルくない?
おれと違って男心をメチャクチャくすぐる綽名なんじゃないの?
先輩を差し置いて生意気なんじゃないの?
そもそも一見するとか弱い美少女としか思えない存在に、実はクソ物騒な異名がついてるって属性を持ってる時点でおれの負けなんじゃないの?
そんな風にUsed to be 諦めるのは easyなことを考えていたのはもう昔の話で、今はちゃんとそういうものだと受け入れている。本当だもん。悔しくないもん。
それはさておき。
おれはため息を吐きながら椅子から立ち上がり、リリスと向き合った。
リリスの身長はおれの胸ぐらいだ。そのおかげで、上目遣いにこっちを見つめてくるツリ目が、部屋の明かりを吸い込んで燃えるように光っているのがハッキリと見える。
その姿はどこか飼い主に持ち上げられるのを待っているハムスターを連想させて、いつか同僚から聞いた『リリス隊長ってちっこくて小動物みたいでかわいいよな……至近距離から見上げられてえ……』というたわ言も、まあわからんでもないと思った。
しかし、それとこれとは関係ない。
「なあ、リリス」
「まったく。いつになったらソーガは来るんだー、ってオリヴィエがキレてたわよ──なに?」
「部屋に入るときはノックしろって、前に言ったよな。おれ」
「言ってたわね。で?」
それがなにか? みたいな面をして、リリスはおれを見上げてくる。
あんたの言葉なんかいちいち気にしてらんないんだけど? みたいな面である。
どうしよう。
かなりほっぺたを引っ張ってやりたい。容赦なく、赤くなるまで。
だが、ここはおれが大人になってやらなければ。あふれ出ようとする衝動に肘を叩き込みつつ、おれは表情筋をフル稼働させてにこやかに笑った。
「え、なにいきなり笑ってんの? キモ……」
「リリスくん。きみにはその、学習能力というものがないのかな」
「あるに決まってるじゃない! この前の神定試験の結果、覚えてないの?」
ふふん、と得意げに鼻を鳴らして、リリスは控えめな自分の胸を誇らしそうに張ってみせる。
おれはうんうん頷いて、聞き分けの悪い生徒に教える教師のような口調で言った。
「それじゃあ、部屋に入るときはノックをしようねって言ったら、今度こそ学んでくれるよな!」
「はあ? なんであんたの言うこと聞かなくちゃいけないの?」
「…………」
「せめて試験の一科目ぐらいあたしに勝ってからいいなさいよねーっ」
そう言って、リリスはあははははーっ、と大声で笑い出した。相手をバカにしていることが丸わかりの、バカみたいな笑い声だった。
だからおれはキレた。
ふっ、と笑い、人差し指を親指で抑えつける。そんな半端な拳をリリスの額の前までもっていく。
「?」
首を傾げるリリスをよそに、おれはひとしきり力を貯めてから、渾身の威力が籠ったと確信すると同時に開放した。
すぱ────────んッ。
実にいい音が、甲高く鳴り響いた。
「いっだぁっ!? づ、ぅう~~~……っ!!」
たちまち赤く染まったデコをおさえて、リリスは呻きながらうずくまった。
ざまあみやがれ、とつむじを見下ろす。死んでいったおれの堪忍袋たちの仇だ。
そうしておれが微々たる勝利感に酔いしれていると、一秒と経たず回復してきたリリスが、涙目のまま鞘から剣を抜いてきた。
この時はまだ冗談だと思っていた。
冗談ではないと気付いたのは、剣先から魔力が迸る気配を察知できたからだ。
それはすなわち。
ひと振りですべてを焼き落とせるリリスの剣が、よりにもよっておれの部屋で解放されることを意味していた。
「うわバカ! やめろっ!!」
飛び退きながら、おれは制止の言葉を投げかける。だがリリスは止まらない。
「〈
「フル詠唱とかマジかおまえ!」
あまりの密度に背筋がスッポ抜けてしまうのではないかと疑ってしまうほどの魔力が、リリスが抜き放った剣の真っ赤な刀身へと一気に集中していく。
たちまち上昇していく室温。朧気になっていく輪郭。吹き出る汗は冷や汗のくせにクソ熱い。
このままでは──燃えてしまう! おれの部屋が!
もはや一刻の猶予すらない!
「この、バカが──!」
応じるように、おれも腰に佩いた剣の柄に手をやった。
生き残ろうが生き残るまいが、たぶん絶対確実に、アホみたいな量の始末書を書かされるだろう。
そしてリリスは、おれよりも明確な格上だ。勝てる見込みはゼロに近い。
だが、ベッドの下と、引き出しの板と底の間と、棚に突っ込んだ本の裏側に隠してあるコレクションを守るためなら──!
「……!」
固い決意が宿ったおれの右手を見たリリスは、鋭い目つきを倍増しに吊り上げて、怒りの波動を叩きつけてきた。
それから感心したように不敵な笑みを浮かべる。どうやらおれが真正面からやるつもりだと誤解しているようだ。
違うな。間違っているぞリリス。
「あたしを……このリリス・ジャガーノートを二度もバカと言ったわね! その根性だけは認めてあげる!」
「おれの部屋に……このソーガ・グレイアスの部屋によくも無断で入ったわね! その不躾さだけは認めてあげる!」
「ちょっと! 真似しないでよっ!」
「真似してるのはあんたでしょっ! バカッ!」
「こ……………ころ…………っ!!」
それまで精密を極めていたリリスの魔力操作が、一気に精度をガタ落ちさせていく。格上に勝ちたければまず煽れ。やっぱり先輩の教えは正しかった。ありがとう先輩! 今度お土産にカップラーメン持ってくからな!
心のなかで感謝を述べながら、おれは電撃の速さをもって剣を抜いた。
刀身の色は、黒曜石めいた隙間のない漆黒。
「〈
そして、リリスの集中が乱れた一瞬を狙って、針を縫うように詠唱を実行──
しようとしたところで。
「楽しそうですね。お二人とも」
突如として割り込んできた、柔らかな声に動きを止めた。
迎撃しようとしていたリリスも同じく、上段から振り下ろしかけていた剣を中途半端な位置で止めている。
リリスは、自分が産み出した炎の影響を受けない。だから汗を垂らすことは、万に一つもあり得ないのだが──ヤツの顔面はまるでゲリラ豪雨に巻き込まれたかのように、大量の汗でじっとりと濡れていた。たぶん、おれも似たようなツラをしていると思う。
「私のことはどうぞお気になさらず、続けてください。
リリスちゃんもソーガくんも私の生徒なんですから。生徒の腕前をチェックするのは、先生として当たり前のことでしょう?
これから大事な会議があるというのに、ソーガくんはすっかり忘れていて、リリスちゃんにはさっさとソーガくんを連れてきて欲しいと頼んでいましたが、まったく些細なことです」
おれは、油を差し忘れた機械のような鈍臭い動きで、声のした方向に視線をやる。
そこに立っていた人物は、リリスと同じ聖餐騎士の軍服を身にまとっていた。
身長はおれより頭ひとつぶんほど高い。実際はそれほど差はないのだが、それでも遥か高みから見下ろしてくる印象があるのは、常に姿勢を正しているのもあるだろう。
青く長い髪はセンターからサイドに流されていて、肩口あたりでは軽いカールがかかっている。胸はちょっと軍服が可哀想に思えてくるほどの大きさで、リリスがいつか羨んでいたのをなんとなく思い出す。
赤い縁のメガネの奥には、にっこり笑った糸目がある。左腰にぶら下げている湾曲した剣──シャムシールは、鞘に収まっているはずなのに、頸動脈のすぐ隣に置かれているような緊張感を発していた。
その人は、おれ達の先生だった。
その名前は、おれ達にとって恐怖の象徴だった。
「……ヴェ、ヴェドジャラク、先生……」
固まったおれの代わりに、リリスがその人──ヴェドジャラク・シュヴァリエの名前を呼ぶ。
おれはよく知っている。
彼女は剣をひと振りするだけで、一から氷河を作り出せることを。
慈悲のためではなく。
無情によるものでもなく。
夜が明けて暁が訪れるように、決して止められない禍いとして降り注ぐ。
ゆえに、その綽名は〈
ゆえに──〈
「聞こえませんでしたか? どうぞ──続けて?」
おれとリリスは目を合わせる。
……この地獄みたいな空気で、さっきの茶番を続ける気になれるヤツがいたら、おれはそいつこそ主人公だと認めてやりたい。
□ □ □
ここまで来ればわかるだろう。
おれが転生した世界は、剣と魔法が飛び交うファンタジーだった。そりゃ確かに、後藤修一なんて名前は場違いにも程がある。
しかも、普通のファンタジーではなかった。
望む望まざるにかかわらず、超常の力をある日突然手に入れた──〈
彼ら彼女らの事情を顧みず、そして存在を認めず徹底的に弾圧する──〈教会〉。
決して相容れず、どこまでも相反する両者の血みどろの争いを鮮明かつ克明に描いた、
そんなクソ物騒な世界に、おれは転生した。
ちなみに、プレイヤー側の視点が〈
そして、18禁ADVに出てくる敵役としてのサガなのか、一部のルートを除いて〈教会〉に所属するキャラは、男女とわず漏れなく悲惨な結末を迎えている。
リリス・ジャガーノートやヴェドジャラク・シュヴァリエ、おれことソーガ・グレイアスが所属している聖餐騎士団は、〈教会〉が保有する最高戦力として作中に登場する。
つまり、どういうことかと言うと。
転生したら敵組織の最高幹部の一員だったんだけど?
……という、話になるわけだ。
ふふふ。
帰りてえ!