それは春のやわらかな日差しもなりを潜め、そろそろ肌身に初夏の訪れを感じられてきたある日のことである。
「パーティを組め、ですか」
冒険者育成学校〈パルタクス学園〉1回生の少年、オーリが職員室への呼び出しをくらい担任から告げられた内容がこれであった。
「そう。アンタもうずいぶん長くソロ探索を続けてるでしょ。いい加減、
デスクに向かうメガネの女性
時刻は放課後。普段は教職員連中による各種やり取りに引き継ぎ、怒号、罵声、騒音、鉄拳、爆撃等々……様々な喧騒が満ちる職員室も、やかましさの素となる教師たちのそれぞれが受け持つ部活や指導業務により出払っているので静かなものである。
壁や床のあちこちに刻まれた補修跡や真新しい傷痕は見なかったふりをして、オーリは慎重に言葉を選びながら一応の反論、あるいは言い訳を試みた。
「今ンとこ順調にレベルアップもできてるし、探索もちょっと油断したらマズいくらいで特に困ることもないんスけど……それじゃあダメなんですかね」
「ばーかーたーれー」
なワケあるかっつーの、このうすらぼけなすび。思春期特有、物知らずと身の程知らずがもたらす楽観論はにべもなく斬り捨てられた。
「何をうぬぼれてんだか知らないけどね、学園近辺の地下道を制覇したくらいで調子こいてるようなら長生きできないわよ」
それでなくともあんた程度のやつなんて探さなくとも売るほどいるわこの界隈。採点せど採点せどなお消えぬテストの山から顔を上げ、じっと手を見る代わりに肩こりこじらせたような表情でメガネを外し、ユーノ先生はこめかみの辺りを揉んだ。
「容赦ないなぁ。青少年の健全な育成に配慮してもちっと手心ってやつをですね……」
「あんたは数年こっきりで卒業かさもなきゃ迷宮の肥やしだからいいかもだけど、こちとら同じような事を口走る馬鹿で自分に甘々な見通しを根拠にした挙げ句、死んだり灰になったり蘇生不可になっちゃうのを何年も何回も拝む羽目になってんのよ。いい加減、そんなボンクラ金太郎飴にも愛想が尽きるっての」
「ナメたこと抜かしてさーせん自分が間違ってましたあ」
「わかればいいのよ、わかれば。正味、あんたらが片っ端から迷宮でモンスターに頭からガリガリかじられちまおうが知ったこっちゃないんだけどさ、あんまし〈
「手厳しいつーか世知辛い話スね」
ウソでもええからアナタのことが心配なのよくらい言うてほしいわ。少年の嘆きを「へっ」と鼻で笑ってユーノ先生は言い捨てた。
「嫌気が差しても飲まにゃならない世知辛と苦渋、それがシャバの味よ」
◇
「とにかくアンタだって実習や成績とかあるんだから、いつまでも低難度の〈
「うーん、でもそれだと今までソロ探索で総取りしてた取り分が減っちゃうから、ちょっと……“がっぽり”とま言わんでも学費と、仕送りには余裕を保たせたいんですけど」
「ああ、そういやアンタは出稼ぎ組だったか」
一概に冒険者と言っても人によって志望動機は様々だ。あるものは未知への探究と飽くなき求道、あるものは立身出世や
少年の場合は家族の生活の足しになれば程度の理由であり、これも冒険者の界隈ではさして珍しいものではなかった。
「あい。だもんで一時的とはいえ仕送りが減るのは避けたいんす」
「気持ちは判らんでもないけどそこはそれ、損して得取れてなもんよ。目先の小さな稼ぎのために将来の大儲けをフイにしちまったら元も子もないっしょ」
ご家族さんだってアンタが無茶かましてあの世逝きより、自分らに多少の無理を言ってでも大成する方を喜ぶと思うんだけど。諭す先生にすがるような視線を少年は向けた。
「そんなもんでしょうか……」
「さあね、私ゃ子供どころか結婚さえしてないからわかんない。あー、イケメンでお金持ちで理解のあるスパダリな旦那ほしいわ。どっか落っこちてないのかしら」
「やめてくんねーかなあ、自分の言ったこと速攻で全否定すんのはさあ」
あんたに真面目な返答を期待した自分がアホだった。眉間にシワさえ刻んでよこされる半眼をなだめるかのようにユーノ先生は手を“ひらひら”と振ってみせた。
「悪かった悪かった───なんにしても今はまだ探索できるとこもヌルいもんだからつつがなくやれてるだろうけど、この先、授業やカリキュラムが本格化したら困るのはアンタなんだ。その頃には他の連中もパーティのメンツは固定されちゃうからますます入りにくくなっちゃうだろうしね。だからこういった進路選択等も含めた面倒事はできるだけ早めに済ませときなさいってこと。それでなくとも無茶はほどほどにしないと身が保たないわよ」
「そりゃまあ、そうですが」
「納得できないってツラね。言うてもアンタの歳じゃあ、口で言うより骨身に染みないことにゃピンとこないのはしゃーないわ。だったらこれはアンタへの
「あーい……」
心底からの納得はさておき、反論の余地もない話を長引かせても仕方なし。炭酸の抜けたサイダーよりも気のない返事をして少年は職員室を後にした。
◇
───ほんでもなぁ、どーしたもんじゃろ……
職員室から戻る道すがら、胸中でぼやきつつ廊下をとぼとぼと歩いてると、
「うーす。シケた顔してんね、一体どしたぁ」
という声がすぐ横っちょ、より正確には腰のちょい下あたりから聴こえてきた。こんな時でさえなければ聴き惚れてしまいそうなほど、それは無駄に綺麗な声であった。
首を回すといつの間にやら右隣に、萌黄色の髪をして背中に蝶々のような羽を生やした(フェアリーという種族の特徴だ)、やたらと小柄で───ぞっとするほどきれいな男の子がこちらを見上げていた。
「なあんだ、きみかいな」
眼福と言うべきほどの美貌の主に向けて、気が抜けたようにオーリはつぶやいた。実際、現実味を感じさせないほどの美しさを除けばちょっと親しい程度のクラスメイトなのだ。
何とも素っ気ない態度をどのように捉えたものかフェアリーの少年は幽かに微笑み、野辺に揺れる白百合の姫(男の子だけど)のような仕草で小首を傾げた。
「わざわざ声かけてやったのに“なんだ”はねーだろが。ちったぁ嬉しそうなツラしろってんだよこのカス」
めまいがするほどの美しさにまこと相応しく、天の銀鈴を鳴らすがごときその麗声……から繰り出されるドブに溜まったヘドロみてえな悪罵であったという。
こちらの腰にも届かないほど小さく華奢な少年は背中の羽を軽く一振り、重力を感じさせぬ動きでオーリの目の高さまで浮かび上がり“けらけら”笑った。真っ昼間に拝む幽的を連想させるうろんな笑い方だった。
「そういや呼び出しくらったんだっけ、なんぞ悪さしてセンセに怒られた?」
ばっかじゃねーの。遠慮も容赦もへったくれもない、どう贔屓目に見ても馬鹿にしてるとしか思えない態度だが別に悪意あってのことではない。信じがたいことだが“こいつ”は素の状態がこれなのだ。
オーリは苦笑気味に「ちゃうわい」と返して呼び出しの内容と経緯について手短に語った。
「ふうん、そんな話やったんか。そんなら元いたパーティに出戻りゃいいだけじゃね。今までのソロ探でレベルもかなり上がってんだし、きっと歓迎してくれるぜ」
「それ無理。聞いた話じゃ俺が抜けた後に色々とあったらしくてとっくに三々五々、解散しちゃってんのよ。それでなくとも手前の都合だけで勝手に離れたやつがどのツラ下げてって感じだし……」
「おまえ普段は面の皮が厚いクセに変なところで遠慮するね」
呆れたような視線に返す言葉もなく、オーリは黙って首を振った。
「ま、こんなとこでぼやいてもしゃーないね。とりあえず気分転換がてら今日の晩ごはん代でも稼ぎに行ってくる」
「
「ありがと、でも遠慮しとく。どうせ
「さよけ。そんなら精々、死なない程度にボコられてこい」
「おーう」
心配してんだかしてないんだかよく判らないフェアリーくんへ小さく手を振りつつ応えたオーリは、ひとまず自分の装備を取りに教室へと向かった。