「まず僧侶って連中は回復要員としての有用性もさることながら、スキルに侮れないもんを持っていてね」
先生が口にした〈スキル〉というのは各学科でそれぞれ履修可能な固有技能のことを指す。
例を挙げるならオーリがお世話になってるディアボロスの先輩が扱う〈錬金〉やフェアリーくんの〈鑑定〉をはじめとした、魔力等を消費することなく様々な恩恵を受けることを可能とするものがそれだ。一般に、上級の学科ほど多彩かつ強力なスキルを習得するというのが定石でもある。
なお、オーリの専攻する魔術士学科にも魔法の威力を爆上げするスキルがあるのだが、これがなんと極度の集中状態を必要とするせいで使った日には無防備のままモンスターにボコられちまうという代物で(元々、隙を仲間にカバーしてもらうのが前提なスキルだからしゃあないのだが)余程のことがないかぎり使い途がなかったりする。
で、僧侶学科についてだが、ユーノ先生によると〈魔力回復〉と〈魔力換送〉というスキルが習得できるのだという。
前者は読んで字のごとく地下道内に充満する魔力を取り込み体内で練り上げて回復し、後者は魔力を他者のそれと交換・譲渡するものだそうな。
───なるほど、そりゃあ確かに強力だ。口には出さずオーリは唸った。ちょっと考えただけでも採れる戦術の幅がアホほど拡がること疑いない。しかし……。
「そんなに便利な代物なら他の学科にも使わせてやれば良さそうなのに」
「アンタが思いつく程度のことを、お偉くて頭もいい先人が考えつかないわけないだろ。できねーんだよ失敗してんだよ理由も原因も不明なまま今に至ってんだよ」
そもそもオーリたち学徒が当たり前のように慣れ親しむ学科(卒業後は職業という名前に置換される)やパーティ、挙げ句にレベルとそれに伴うステータス向上といった部外者からゲーム脳乙! と斬って捨てられそうなシステムからして『地下道由来の技術』でしかないわけで。
複数の学科スキルを同時に修める技術が欲しいなら、そのために必要な智慧なり知識なりを求めて地下道を今以上に探索する必要があるってわけだ。なんたる本末転倒。
「ちょっと話を戻すけど、オーリなら
「なんですか、そのマハンマハンって?」
聞き慣れない単語にフェアリーくんが眉根を寄せたのでオーリは簡単に説明をしてあげた。
「地下道内限定で使える魔術師学科の切り札というか奥の手。Lv7の魔力を全て使い切って、一時的に超強力な加護の力を得られるんだ。んで、加護の中には所属パーティの魔力を全回復するってのもあるのね」
「なーる、先の魔力なんちゃらってのがあれば、条件付きとはいえそのリスクも帳消しにできるってわけだ。しかし燃費がひっでぇな」
「そらしゃあない。なんせ〈死亡〉や〈灰〉からのノーリスク完全回復だの攻撃無効化だのとかいうインチキ効果と引き換えだ。それにこんなでも昔に比べりゃはるかに改善はしてるんだぜ。なんせ最初期の───〈ハマン〉や〈マハマン〉って呼ばれてた頃の代償は使ったが最後、せっかく上げたレベルがパーになるっていう超外道仕様だったらしいから」
「最悪どころじゃねーな」
まったくね。説明を終えたオーリは先生に向き直り、別の疑問をぶつけた。
「でも先生、僧侶って俺でもなれるんすかね。その……バチあたりを承知で言いますけど自分、神様の扱いなんてご近所の道祖神様へ気まぐれに手ぇ合わせるくらいなもんですけど」
「そらまあ大昔の、教会や寺院が幅を利かせてた時代にアンタみたくなのが僧侶やりたいとか言ったら門前払いか、長時間の説教の後にケツ蹴り飛ばされて追ん出されてたろうけどね」
先生の説明によれば現在の冒険者業じゃ〈僧侶〉なんて回復に関する魔法技能職の通称くらいの扱いで、教会務めのガチンコ聖職者僧侶なんて絶滅危惧種もいいとこなのだそうな。
極端な話、信仰心皆無で悪魔崇拝な無神論者のアライメント〈悪〉でもなれるっちゃなれるとかなんとか(そこまでひどいバカタレは滅多にいないが)。
「へへぇ、それ聞いて安心しました」
「とはいえ多少なら信仰心が物を言う部分もあるんだし、転科したらフリでもいいから神様は敬っておきなよ」
「はーい。今度、イワシの頭様にお供物でもしときます」
乾燥ミジンコでも供えときゃええか。聖なる豆腐の角っこが頭に当たりそうなことをオーリは考えた。そもそもこの世界の〈神様〉ってどんなかすら知らねえのだからしゃあないが。エンパス様だったかLaLa Moo-Moo様だったか?
「僧侶の説明はこのくらいにして、お次は超術士。各種バフはじめとした手数もさることながら、この学科の本命は〈罠を無視して宝箱を開ける魔法〉でね。これ習得しとけば後々の需要がダンチだから絶対に受講しておきなさい。特に高難度の地下道はこれがあるとないとじゃ価値が天と地ほどに違ってくる」
なんせホラ、ボストハスあたりじゃ
「うーん……でもそれだと〈
「そらもちろん教科書にも載ってる通りよ。被害がシャレで済む程度なら
「もったいないなあ」
「死んじまったら元も子もないさ。逆に言うなら命さえありゃチャンスはいくらも巡ってくる、つまりは必要な損切りってこと。解錠を任されてる〈盗術〉技能持ちが取り分で優遇される理由のひとつがそこね。解除失敗なら真っ先にお陀仏になる職種への危険手当、もしくは罪悪感を緩和するための詫び料。死神の鎌なんてしくったら一発昇天だし」
いくら蘇生の術があるとても、誰でも死ぬのはイヤなもの───蘇生不可のリスクもあるし───せめても取り分くらい優遇してもらわんと誰もやりたがらないわけである。
「でもさっきの魔法がありゃ、どんだけヤバい罠でもノーリスク。当然、アンタの評価や取り分にだって少なからず融通が利くはずさ」
もっとも、それを活かすも殺すも結局はあんたの努力いかんだけどね。先生は一旦言葉を切り、一言一句を言い含めるように続ける。
「これらから導き出される具体的なキャリアとしては、まず魔術師学科か超術師学科のどちらか───あんたは一択だけど───をマスターレベルまで仕上げて、次に選ばなかったのをマスター。ほんでもって最後に僧侶学科を専攻。これがベタでありベター。普通なら到達には相応に時間かかるもんだけど、この短期間でマスターにこぎつけたあんたなら年度の半ばにはいけるんじゃないかしら」
「まー、たしかにぼっちやり始めに比べりゃレベル上げも楽なもんでしょうかね」
今なら頼りになる相棒もいることだし。傍らのフェアリーくんを横目に見やる少年の脳裏に、ロクな装備も呪文もなく低レベルのままソロ探索を続けてた苦い記憶が蘇った。
なけなしの幸運に幸運を重ねてなんとかここまでこぎつけたが、誰がどう贔屓目に見ても自殺行為と変わらないようなマネをしたもんである。叶うなら当時の自分へ言ってやりたい───「このクソバカ」。
オーリへの一通りの説明が終わったところで、フェアリーくんが手を上げた。
「はあい、先生しつもーん。ぼくはどうなんです、司祭を続けた方がいいんですか? それとも相方と同じく別の学科も視野に入れるべき?」
「悪いんだけどね、アンタに関しちゃ学科を続けろ以外に大したアドバイスもできないわ。司祭なんてレベルを上げて火力で殴って、
「なんかてきとーっていうか、やっつけですね」
「それだけ自分の出来が良いんだってだと誇りなさい。学徒連中がどいつもこいつもあんたみたく手のかからないやつばっかなら、アタシもちっとは楽できるんだがよ」
疲れがにじみ出るような声でしみじみと語ってから、先生は表情をあらためた。
「とはいえアンタら、特にソロ探索がメインだったオーリはパーティ内での立ち回り経験が致命的に足りてないからさ、そこをどうやってカバーするかも課題よ。ちゃんと考えてるの?」
「雇ってもらったパーティとの場数で鍛えるしかないですね。足手まといにならないように精々、レベルを上げて下準備しときます」
「まあそれがよかろ。そうね、暇があったらアンタの相方やクラスの子にも話を聞いて、参考にしとくといいわ。ないよりマシ程度でも打てる手あるなら打っておくこと、いいわね」
「あい」
「はぁい」
よろしい。素直に頷くオーリ達から目を外し、デスクの引き出しに手を突っ込みながらユーノ先生は締めくくった。
「じゃあこれでオーリの課題は終了ってことにしたげるわ。ご苦労さん」
こいつは〈課題〉の成功報酬つーかお駄賃だよ。そう言って先生はデスクから取り出した『バックラー』をくれた。かなり年季の入った代物だが丹念な補強がなされたそれは、いまだ未熟なクソガキ共にとって心強い装備になることだろう。