男子冒険者学校生の日常   作:puripoti

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第13層 食の大路

 

 まぶたを開けると夕方になっていた。

 

 

 どうやらあのままぐっすり寝入っちまったらしい。もはや寝るというより気絶である。お天道様もほとんどお隠れになり、辺りはすっかり暗くなっている中、相方とふたり“ぽつん”と残されたオーリは残った眠気を追い払うようにして大きく息をつく。

 

「……これはひどい。人生初のバイトから帰った高校生じゃあるまいに───ねえ、きみも起きなって」

 

 傍らで今だ眠りこける相方の体をゆすってやると、花の蕾のごとき朱唇から「ムニャムニャ……というものが食べたい……」などという、わけのわからない寝言がこぼれた。

 

「えーい、たわけたこと言っとらんでとっとと起きんかいこの()れ者め」

 

 人の気も知らず夢の国に遊ぶ少年の、陶器のようになめらかな額をデコピンで弾く。

 手加減したとはいえそこは高レベル者の一撃に、フェアリーくんは悲鳴を上げて飛び起きた。

 

「痛った! おいてめぇ何しやが……うわっ、なんじゃこりゃあ。いつの間にこんな時間になってやがんだ」

「俺もびっくりだよ。まあそんなことより早く寮に戻って風呂入って着替えてこようや。お腹も減ったしさ」

 

 忘れがちだがまだ両人ともに臭くて汚いままである。人の迷惑も考えず空き地で寝こける馬鹿二匹が放ったらかされていた理由のいくらか、いや大半がそこに原因を求められようこと疑いない。そこに思い至ったフェアリーくんがまだ痛むおデコを押さえてイヤな顔をした。

 

「あー、その通りだな……でもよ、今から身支度してたら食堂もだいぶ混んじまうんじゃねーか。空きっ腹抱えたまま並ぶのはヤなんだが」

「外に食べ行きゃいいじゃん。今日の俺らはそこそこお金持ちだぜ、たまの贅沢くらい許されるてなもんだ」

 

 それもそうか。小さく頷いたフェアリーくんは背中の羽を微かに震わせ“ふわり”と浮かび上がり、続いてオーリも腰を上げた。

 

   ◇

 

 学生寮へと急いだオーリは一旦、フェアリーくんと別れ、その足で共同の風呂に向かい文字通りの意味で数週間ぶりの垢を落とした。

 食事時ということもあり、いつもならクソガキ共の芋洗いな場所を半ば貸切状態にして体と命の洗濯を行うのは中々に気分が良かった。ちょいと体を擦っただけでカンナがけでもしたかのように垢が出たのにはドン引いたけど。

 

「───たまにゃダラダラ、長湯もええなあ」

 

 風呂から上がったオーリは枯れた隠居老人じみたことをほざいた。きっとニワトリより粗末な脳ミソから疲労が抜けきっていないのだろう。

 

 とはいえ普段なら他の利用者に気を遣い、烏の行水で済ませちまう身なので気持ちは判らんでもない。疲れと垢を隅から隅まできれいサッパリ洗い流し、汗をはじめとした様々な汚れにごわつく制服や下着を真新しいものへ着替えると、大袈裟でなく生まれ変わったような気さえする。

 

 ちなみにフェアリーくんはこっちではなく有料個室に備え付けられたお風呂を使っている。別々の理由はこいつと一緒に風呂入りたくないから……とかいうありきたりなものではなく、周りへ配慮したためだ。

 不用意に一瞥すれば老若男女の心を奪う美貌の持ち主がこんな場所に(しかも裸で)いたらどんな惨事が引き起こされるかなど、誰だって推したくも知りたくもないだろう。

 

 誰も彼もが余人に判らぬ難儀をかこつ。例外はないってわけだ。

 

   ◇

 

 汚れ物を風呂場脇に置かれたクリーニングの受付に任せ、待ち合わせの場とした校門でフェアリーくんと合流したオーリが向かったのは、学園の敷地から少し離れたところにある露店街だった。

 

 ……いや、『街』などと名付けられるほど上等なものではない。

 強いて言うなら“それ”は騒音と騒然と雑然と混沌と混乱と無秩序と野放図とが群れをなす、どのように形容すればよいかもわからぬ何かである。

 

 一歩でも足を踏み入れれば視界のすべてはごちゃごちゃとした即席建築物と屋台によって塞がれ、その隙間から学徒をはじめとした様々な人々が姿を現しては消えていく。

 

 道行く連中はどいつもこいつも、料理の載った皿や飲み物を手にわけのわからないことを叫んだり走り回ったり踊ったり、時たま思い出したように飲んだり食べたり。

 酔った勢いでなのか誰かれ構わず抱きつこうとしたバカタレが返り討ちに遭ってフクロにされ、その横を通り過ぎると少し離れたところで殴り合いが始まり、それを仲裁に入った奴までが喧嘩に混じって乱闘になっていたりもする。

 

 天から恵みの雨よろしく降ってくるのは、フェアリーやセレスティア等の空を飛べる学徒達がバラ撒く色とりどりの紙吹雪に割引券、怪しいチラシに胡散臭いビラ詐欺じみたパンフレットの数々で、それらはたとえ気まぐれにでも拾ってみるものではない。なにせ書かれているのはどれもこれも、

 

『タンコブさすり屋タンコブさすり候』

『サロン・ド・タラの目』

『元祖・筋肉喫茶マッチョバトラー』

『超特価!! KoD'sハラマキ(ダイヤモンド抜き)』

『闇討ち承り お値段応相談』

 

 ……等々、正気を疑いたくなるような文言ばかりだ。

 

 そこかしこから突き出されてるのは何を売り物にしてるんだかよく判らない垂れ幕“のぼり”、その脇で得体のしれない品の売り口上、喉も潰れよ鼓膜も破れよとくそうるせぇダミ声張り上げているテキ屋に香具師にチンドン屋。

 

 

「さぁさぁさぁ、安いよ安いよとにかく安いよ買っとくれ買っとくれなんでもいいから買っとくれ」

「役場の戸籍は逃れても、逃れられぬは十干十二支の干支で。子丑寅と様々ある中とみに面白いのが寅でござい……」

「みぃ~ずゥ~、白玉水(しらたまみず)ゥ~、冷っこいひやっこいィ~」

「なあそこの綺麗なあんちゃん、ちょいとあたしに手相見せておくれよついでにこのツボ買っておくれよいいものだよこれ」

「そう……。そのまま飲み込んで。 僕のカシナート……」

「けっこう毛だらけ猫灰だらけ」

「あら、半鐘はいけないよ。おじゃんになるから」

「お嬢ちゃん、魔人ダバルプスが7歳の頃のしゃれこうべ買わない?」

 

 

 少しでも油断してるとこいつらに目を奪われわけのわからない物品を買わされ服のポケットというポケットがチラシであふれかえり財布の重さは果てしなくゼロに近づきとどめに鼓膜を破られるのだ。

 

 ……さながら繁華街と商店街を物質転送機へ叩き込み、ついでに縁日が紛れ込んで生まれた祝福されざる合成獣がごとき“ここ”は学食大路とか学食横丁とか呼ばれており、元をただせば学徒達の出入りを当て込み近隣の村々から足を伸ばした路傍商(ろぼうあきな)い、各都市を巡る遍歴商人達が路銀稼ぎで開いた屋台にその端を発したものだという。

 発足当時こそ寄合い所帯程度にこじんまりとしたものだったらしいのだが、年々増えていく冒険者の数とそれに比例した取引の急増により“あれよあれよ”という間に規模を拡大、気が付きゃ今にいたるとかなんとか。

 

 普通ならこの手の雑多な商いには、様々な利権なりそれに群がる脛に傷を持つ方々の横槍なりが入るのも鉄板だが、そこはそれ。毎日をモンスターとのドつき合いに明け暮れる冒険者たちの聖なる学び舎(別名:掃き溜め)の目と鼻の先である。

 下手なゴタゴタ起こそうもんならお腹を空かせた学徒の群れという、そんじょそこらの破落戸(ごろつき)与太者どころか冬眠明けしたクマの一個大隊より悪質な超危険生物による報復が行われるとあって、見た目がこんな有り様でも大体の場所における治安は意外なくらい良かったりする。見た目はこんなだけど。

 

 オーリ達は極力それらの地獄絵図を見ないよう関わらないようにしてお目当ての店に急いだ。もちろん無駄に終わった。

 

 次から次へと無限湧きする客引き勧誘ビラ配りをいなしてあしらい捌き蹴っ飛ばし、騒音による頭痛に悩まされながら欠食児童達が足を運んだのはごくありふれた屋台の内のひとつだった。

 いかにも食い盛り向けな、味に関しちゃ雑なところもあるけれど値段の割に量だけは食えるという、クソガキ共から密かな人気のお店である。

 

 『たまの贅沢』ってなんだよと思われそうだが、万年赤貧学徒の懐事情じゃこんなもんよ。

 

 塗装のあちこちが剥げた粗末なベンチに腰掛け、二人は思い思いに料理を注文した。

 

 

「ああ、温ったけぇご飯マジありがてえマジうめぇ」

「ホントにね、普通にご飯が食べられるってのはこんなに幸せなことだったんだな」

 

 

 久しぶりにありつく温かな食事にオーリは涙さえ浮かべてがっつき、フェアリーくんもその小さな体のどこにと思わせる勢いでお皿を空にしていった。

 たかが屋台の飯に大げさなと思うなかれ。地下道巡りをしてる間はモンスターが気まぐれにドロップする謎食品(ちなみにハズレが出たら焼きカエルとかいうゲテモノ)で飢えをしのいでいた二人である。

 

 あの世から迷うて出た餓鬼さながらなクソガキ二匹の姿になんぞ思うところがあったのか、店のオヤジは無言でおかわりを特盛にしてくれた。

 二人はらしくもない神妙さで礼を言って皿を受け取り、それをいくらか平らげ腹も落ち着いてきたところで自分たちの今後について語り合った。

 

 

「……で、ぼくらこれからどーすんだ。お互いに准マスターまでこぎつけたわけだし懐だってしばらく余裕あると思うんだが。それとも期末考査までこれ続けんのか」

「そだね。今の俺らでも行ける地下道じゃここから先のレベリングはさすがに頭打ちになるし、期末まで考えると時間がもったいない。探索はしばらくお預けして、次はお仕事(クエスト)で実績を作るってのはどうよ」

「あー、そういや最近は稼ぎとレベリングにばかり気を取られて、そっちはすぽりと頭から消えてたわ」

 

 己の迂闊さを嘆くようにフェアリーくんがぼやいた。

 

 〈クエスト〉───本来は『探求』とか『冒険』等の意味を持つ言葉だが、学園を含めたこの界隈においては『冒険者に持ち込まれる諸々の依頼』のことを指す。

 

 もっとも学園におけるクエストといえばもっぱら『依頼の体をした学業課題』なので、持ち込まれるものの大半は学徒でも任せられる───主に学園内で起きた面倒事処理などの雑務───範囲だし、たまにある外部からのそれにしてもアルバイトの延長くらいでしかないのだが、内外における交流(大仰にいうならコネ獲得とも)も含めた社会経験として気軽にできるということもあり、これらを多くこなすのは成績や評価を上げるための定番でもある。

 

 自分の取り皿に残った料理の半分ほどを乗っけてオーリは言った。

 

「これ食べ終わったら〈図書室〉行って、なんぞ適当なクエストでも紹介してもらおう。今からだと時間ギリギリになっちゃうからイヤな顔されるかもだが」

「早速かよ。ちったぁゆっくりしてもバチは当たるまいに」

「こういうのは思い立ったが吉日ってな。先延ばしにして良いことなんてないもんよ」

「違ぇねえ。しかしよ、なんでクエスト受注を学園側の事務とか総務じゃなくて図書室や委員会がやってるんだろうな?」

「しらね。大昔の冒険者の進路相談や就活が神殿とか酒場で行われてたのと同系統の謎じゃねーの」

 

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