男子冒険者学校生の日常   作:puripoti

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第18層 補習授業と鉄拳少女

 生徒会長と保健委員会の依頼を受けてから数日後、引き続きいくらかのクエストをこなしていたオーリ達は突如としてユーノ先生から職員室への呼び出しを受けた。

 

 1週間の補習授業、さもなきゃ落単───職員室に顔を出した少年達へ無情にも突きつけられたそれが呼び出しの内容であった。

 

 抗議をしようとする教え子たちを制し、ユーノ先生は不機嫌そうに口を開いたものである。

 

「文句は言いっこなしよ、やるにも事欠いて何週間も授業サボったあんた達が悪いんだ。アタシだってあんたらの実績を考慮したからこそ、あちこちに頭下げてここまでの減免措置をしてやったんだぞ。これ以上の手間かけさせんなつーのバカタレどもめ」

 

 喉元まで出かかった苦情をのみこみクソガキ2匹は黙りこくった。それを出されたら否やどころか何も言えねえ。

 

 基本的に冒険者学校では実技面、つまりは個々のレベルや踏破した迷宮、確保したアイテムにクエスト達成数等を重視する傾向にあるので、上げた実績いかんによって授業や単位取得の免除も可能ではある。だがそれは座学をおざなりにしていいという意味ではなく、あくまでも『引き換え可能として認められる範囲』に限るというだけのことでしかない。ベンチプレスで記録を残すことが四則計算の代わりにはなると思うやつはめったにいない。

 

 特にこのアホども、結構な長期にわたり授業を無視こいて地下道巡りに明け暮れていた上、サボった授業の中には冒険者として必要な各種手続きやら書類作成やらに関するものまであったので、これを無視はできなかった。腕力頼みで脳ミソはすっからぽんとかいう、体育会系を勘違いしたようなアホの群れを量産するのは学園の側としてよろしくはないのだ(ユーノ先生が語るにはここを都合よく勘違いするバカタレが毎年、泣きを見るのもお約束らしいのだが)。

 

 ユーノ先生は疲労と苦々しさをまぶした顔と声とでダメ押した。

 

「あんたらだってテスト前の追い込みもあるだろ。貴重な夏休みをフイにして死ぬほど暑い教室に押し込められてノートと黒板のにらめっこしたくないなら、ここは大人しく従っておくことよ」

 

「うぃーす」

「さーせん」

 

 己のウカツを恥じた馬鹿2匹は、心底から申し訳なさそうに頷いた。

 

   ◇

 

 放課後となり、少年達が重い足取りと飛び方で指定の教室に向かうと、そこでは思いもよらぬ人物が声をかけてきた。

 

「あれぇ? 誰かと思ったらオーリくんじゃーん。どったの、こんなとこでさあ」

 

 誰あろう、以前にオーリ達が受けたクエスト『屋上にたむろする不良学徒たちの説得と退去』───あらため、『バカタレの半殺しと放置』のエルフちゃんだった。

 失礼と思いつつもオーリは顔をひきつらせずにはいられなかった。なにせ件の一件では彼女が求めてきた報酬を渡せないことになっちまったので、それ以降というもの気まずさから教室等でも彼女たちを避けるようにしていたのだ。フェアリーくんは知ったことじゃねえと無反応を貫いてたが。

 

 少年のいかにもみみっちい小市民的挙動をどのように捉えたものか、エルフちゃんは形の良い唇を笑いネコのように曲げてみせた。

 

「ふふー、そーんな顔しなくてもいいのにね。報酬がどうとかなんて最初から期待もしてない冗談みたいなものだったのにさ」

「……う、その……ゴメンよう」

「だからいいって。わたしも含めてあの場にいた子みんな気にしてないんだからあ、そんな風に恐縮されるとこっちまで気まずいんだ。相棒くんを見習って、どーんと構えてりゃいんじゃね」

 

 エルフちゃんはしどろもどろになってる少年の横で、我関せずとばかりに“ぷかぷか”浮かぶ美少年に細くしなやかな指を向けた。フェアリーくんは関わりたくないとばかりに「人を指差すんじゃねーよ」と顔をしかめた。

 

「で、最初の質問に戻るんだけどさあ、こんなとこで何してんの? 迷子?」

「ちゃうわい、見ての通り補習を受けに来たんだよ」

 

 オーリがここに到るまでのかくかくしかじかを語ると、エルフちゃんは「きゃはは」と愉快そうに笑った。

 

「きみ達はしっかりものなんだかおバカちゃんなんだか判んないねえ」

 

「……ほっといておくれ」悪意はないが遠慮もないストレートな評に、オーリは口を尖らせずにはいられない。「そーゆー君こそどうなんだよ、まさか冷やかし物見遊山でこんなとこいるとか言わんよね」

 

「まあね、ふつーに補習受けに来てるんだ。わたしってば昔から座学とか魔法はからっきしだからさあ、このままじゃマジやべーかんねってセンセに脅されちゃった」

「あー?」

 

 思いもよらぬ返しにオーリは眉をひそめた。エルフってのはそのふたつに関しちゃ高い適性を持つ種族って聞いてたのだが。それとも聞き間違いだったのだろうか。

 微妙な顔をする少年へいたずらっぽくエルフちゃんはウインクをくれた。

 

「はみだしものってのは、どこにでもいるってことね。そんなことより、センセが来たんだし怒られたくなきゃさっさと座ったら」

 

 エルフちゃんが指で示す先には扉をくぐる担当教諭の姿。オーリ達は慌てて近くの席に腰を下ろし、教科書を引っ張り出した。

 

   ◇

 

 補習初日の講義は地下道におけるモンスターの傾向や対応する戦術に関するものだった。

 担当するのはパルタクス学園における魔術実技と錬金術、それに付随した各種実験室の責任者でもあるドークス先生だ。

 

 ドークス先生は幅と厚みを備えた威風堂々たる長身の、いかにも冒険者といった風体の人物である。

 ヒューマンのそれより大幅に長い耳が示すように種族はエルフらしいのだが、野に跳ねる子鹿のように華奢でしなやかな体躯と繊細な容貌を外見的特徴とする彼ら種族からずいぶんとかけ離れた、どころかアクセルをベタ踏みで逆走するがごとき風体を目の当たりにした多くの者は首をひねったりプロフィールの記載ミスや経歴詐称を疑ったりする。

 

 そんな彼の受け持つ授業は、現役時代に培った自身の実践と経験に裏打ちされた知識による極めて実戦的なものとして学徒たちから高い評価を得ている。

 よって今日の講義もその経験を十全に活かしたものであった。

 

「───であるからして、前衛の扱う装備に余計な属性付与とかは要らん。精々がどんな相手にも相性の良い光か闇属性で十分に間に合う。防具に関しては論外だ。余裕があるならさっさと引っ剥がして無属性にしておきたまえ。被ダメージが等倍で済むからな」

 

 前衛がモンスターの属性なんぞ憶えるのは愚の骨頂。細々した雑事は後衛に任せ、ひたすら前に出て殴る蹴るで戦線を維持しダメージとヘイトを稼ぐことにだけ集中すればいい───これが先生の主張であり、授業の総括であり、ついでに今まで地下道をくぐり抜けてきた連中にとっては経験則的に身に付いた知識でもある。

 

 だがそれを前衛職への軽視とでも捉えたのだろうか、学徒の一人が不満を隠さぬ様子で手を上げた。それによると、モンスターの効率的かつ早期殲滅が前衛の仕事ならばなおさら前衛にも各モンスターの属性に対する理解と、それに付随する属性武器の用意は必須ではないか、ということだ。

 

 オーリをはじめ、ほとんどの学徒はこみ上げるアホらしさに沈黙の蓋をしつつその熱弁を聞き流した。

 まったく、物事の実行にあたって整えられるべき前提というやつを無視できるなら、この世は理路整然と杓子定規(しゃくしじょうぎ)との二人三脚によるパラダイスでいられたことだろう。

 

「素晴らしい、傾聴(けいちょう)に値する意見だ」

 

 ドークス先生にいたっては芝居がかった、わざとらしい仕草で拍手などしつつその学徒に返したものである。

 

「つまり君は地下道に潜るにあたってコスト度外視で全ての属性に対応する武具を用意し───なお君の所属パーティに錬金術師がいない場合、属性付与の際に使うであろう我が校の錬金施設においては学割などという気の利いたサービスを行ってないぞ───挙げ句に君のことを全力で殺しにかかるであろうモンスター達へ出会う度、一々その属性を調べ上げてからこのように語りかけるわけだ『やあモンスターくん、今から君を斃すのに最適な武器を用意するので準備が終わるまでしばらく待っていてくれたまえ』とね。フムン、私が現役の時代と違って、現在はモンスター達も随分と物分りがよくなったものだよ。かくも愚か極まる妄言を語る暇があれば教科書と参考書を熟読してから筋トレに励んだ後に戦術講習を初級から受け直せ、ばかもん」

 

 どこで息継ぎをしてるのかも不明な勢いで叩き込まれるイヤミのマシンガンに鼻白む学徒を、こちらは鼻で笑う手間も惜しいとばかりにあしらい先生は続ける。

 

「いいかね諸君、先ほどから私が語っているのは費用対効果をも含めた『効率』だ。余計なものは削ぎ落とし必要最小限の労力で最大限の成果を上げる、これこそが君たちが最低限身につけるべき技術である。ていうか無駄に手数を増やしたとこで、いざ実戦ともなれば使うのはいくつもありゃせんわ!!」

 

 エルフのものとは思えぬほどゴツくて頑丈そうな拳を勢いよく教壇に叩きつけ、ドークス先生は睨めつけるように学徒連中を見渡した。現場を引退して久しいとはいえそこは熟練の冒険者、眼光に射抜かれたクソガキどもは軒並み背筋へ氷柱でも突き立てられたような思いである。

 

「なにを勘違いしてるのか知らんが〈冒険者〉などと格好をつけたところで我々は所詮、地下道はじめとした“迷宮を職場とするだけの労働者”に過ぎん。どこまで行こうがごく初歩の経済原則に縛られた存在の範疇を出ないのだという、厳然たる事実を常に頭の片隅に刻んでおきたまえ」

 

 講義をそのように締めくくり教室を後にするドークス先生を目だけで見送ったフェアリーくんが、教科書とノートを仕舞いつつ感心とも忌々しいとも取れる声でつぶやいた。

 

「相変わらず剣だの魔法だの云う言葉で連想されるものから、とことん離れた講義だ」

 

 効率的かつ無駄を省いたとものして知られるドークス先生の授業は、それ以上に冒険や浪漫などという御大層なものから果てしなく縁遠い身も蓋もなさで知られている。

 

   ◇

 

 残りの補習もつつがなく終わり、今日の苦役から開放されたオーリとフェアリーくん、そしてなぜかくっついてきたエルフちゃんの三人は教室を出て、日差しの厳しくなってきた廊下を歩きながら今後の相談ついでに軽く駄弁った。

 

「……思ってたよりも時間を食っちまったな」天世界に響く鈴めいた声が隣であくびを噛み殺す少年に向けられた。「これからどーするよ、地下道に潜ってたらご飯の時間に間に合わなくなっちまうぞ」

「そーだね、補習中はもう探索もクエストもお休みでよかろ。とはいえ働かざる者なんちゃらだ、小遣い稼ぎくらいのお仕事はしておこうや」

 

 それを聞いたエルフちゃんが覗き込むようにして小首を傾げた。

 

「図書室でクエスト受けんの? 今の時間だとめぼしいのは持ってかれてんじゃねー」

「うんにゃ、ポータルのとこに行って“魔法を売りに”行くんだ。そろそろ地下道から返ってくる連中もいることだし」

「んー?」

 

 本人が語った通り魔法に関することには疎いせいなのか、エルフちゃんは要領を得ないとばかりに眉をひそめた。そんな彼女を無視してフェアリーくんも独りごちるように言う。

 

「じゃあぼくも久しぶりに鑑定屋をやるかな。どうせ年度末にでもなったら自前で鑑定できる連中も増えてくることだし、精々今のうちに稼いでおくさ」

 

 などと話し込みつつ、アホ二人とオマケの一人は学園の正面玄関から校庭に出て、いつものポータル前の広場に足を運んだ。

 

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