男子冒険者学校生の日常   作:puripoti

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第2層 学徒の試練場Ⅰ

 冒険者(ぼうけんしゃ):なにがしかの目的ないし利益のために、あるいは冒険そのものを目的として、危険な企て試みに挑戦を試みる人たちのこと。

 

 未発見領域の発見・探索から前人未到の記録への挑戦など、さまざまなスタイルが存在するが、〈迷宮〉の存在が周知される現在においてはもっぱら危険に満ちた〈地下道〉を探索し、有用資源を持ち帰る特殊な技術職という見解が一般的であり、それがためにところによっては〈探行士(アンダーノーツ)〉などと呼ばれることもある。

 

 ───『大陸冒険概史』 巻末・事項索引より

 

   ◇

 

 オーリ達は教室のロッカーに放り込んでいた探索用の装備一式を回収し、更衣室で手早く着替えを済ませてから足早に校舎を出た。

 

 向かうは校庭に設置された〈地下道〉侵入用ポータル。

 

 そろそろ暑い時期なので魔法使い用の貫頭衣(ローブ)は小脇に抱え、死ぬほどだだっ広い校庭───描かれたトラックを目で追いかけるとなぜか地平線が見える───を歩いていると部活にいそしむ練習中の学徒たちのものだろうか、威勢のよい様々なかけ声や奇声蛮声怒声罵声に口上啖呵、売り言葉に買い言葉が聴こえてきた。

 

 

「オラーッこのクソ一年坊どもが、もっと声出せ!」

「ハイ! わたしはみにくいチャーシューです!!」

「気合が足りねーぞ! 全然足りねーじゃん!!」

「かあちゃんたちにはないしょだぞ~!」

「手前ここで取り出したるは陣中膏(じんちゅうこう)は四六のガマ、そんじょそこらのガマとはガマが違う」

「さきっちょだけ! さきっちょだけだから!」

「そこのお嬢さん、魔術師ワードナが使ってたハゲのかつら買わない?」

「アンキモ! アンキモ! アンキモ!」

「しょうがないにゃあ……」

 

 

 オーリはものすごくイヤそうな顔でつぶやいた。

 

「人生の選択肢を間違えたかもわからんね、これは」

「言うても入学からまだ数ヶ月、結論出すにゃはえーよ」

 

 せやな、と応えて歩を進める事10分ちょっと。校庭の隅っこに位置する珍妙な色合いしたデカい水晶型の物体、大昔は〈ゲートキューブ〉と呼ばれていた移動装置が置かれた広場に到着したオーリ達はいつもの制服の上にローブを羽織り、なんとなく周囲を見渡した。

 

 そこは活気と喧騒と、あとなんだかよくわからない雑然が魔女の大釜よろしく煮えたぎる混沌の坩堝だった。

 

 あるところでは地下道から帰ってきたばかりの学徒達がお互いの健闘を称え合ったり、戦友の肩を借りて保健室に向かっていたりの爽やかな光景が見られ───

 

 またあるところでは探索に失敗したと思しいバカタレ共が、命からがら戻ってこれた安堵と疲労のあまりぶっ倒れたり古典的ゾンビみたいな動きで“ふらふら”とうろついてたりの地獄絵図が描かれ───

 

 そしてまたあるところでは分け前の分配で喧嘩になるやつもいればそいつらのどっちが勝つかで賭けをするやつ、その賭けでどちらが勝つかを賭けるやつもいて───

 

 学徒連中が目当ての屋台を開く商売人たち、誰に断り入れて店出してんだコラと絡んで返り討ちにされるチンピラ気取り、それら注意しようが聞く耳を持たない連中にブチ切れ片っ端から鉄拳制裁の後にとっ捕まえていく風紀委員もいれば、サークル勧誘のバイト達が前後不覚にノビてるぼんくら連中のポッケに各種部活のチラシをねじ込み、その傍らで〈保健委員〉の腕章を付けた面々がアホ共の隙間を縫うように“ぱたぱた”と忙しそうに走りつつ回復魔法をかけてまわる。

 

「この世の地獄か、ここは」

「いつものことじゃねーか、ぼくは見飽きたぜ」

 

 それら冒険者学校ならではの、灰が隣り合わせたおポンチ青春絵巻を極力、見ないようにして探索の手続きを済ませたオーリ達は、牛に踏んづけられたカエルみたいな格好でポータルの前にスッ転がりつつダイイング・メッセージを書き遺し中のアホタレどもを脇に蹴り転がし(入るのに邪魔だったのだ)地下道へと向かった。

 

   ◇

 

 〈地下道(ロード)〉に入った者たちを真っ先に出迎えるのは冷たく重い空気と湿気った幽暗。

 音さえ吸い込むような闇の静寂(しじま)をかきわけてときたま聴こえてくる、ヒトのものなのか獣のものなのかも判らない唸り声(ときどき悲鳴)が否応もなしに不安を誘う。

 

 まだパーティで潜っていた頃はもう少し違う気分でいられたと思うが、それだってもうずいぶん昔のように感じる。あのときの自分はどんな気持ちでこのお先真っ暗な道の第一歩を踏みしめたのやら。

 

 オーリは頭を“ぼりぼり”かきながらぼやいた。

 

「……いつ来てもヤな気分になるとこだなー」

「そらしゃあねーよ。明るく楽しく愉快なダンジョンなんざありゃしねんだ」

 

 今回、彼らが探索するのは〈ホルデア登山道〉という。

 

 全階層(スレッド)数は3。内部をうろつくエネミーの強さは授業を真面目に受けた学徒ならちゃんと倒せる程度、内部構造やトラップの危険性も最初期に潜る技能実習用迷宮(ノービスロード)〈トレーン地下道〉に毛が生えたくらい。探索を積み重ね、レベルも二桁に達した者ならちょいとしたお散歩気分で踏破できる程度のものだ。実際、体育会系の部活やサークルのランニングコースとして利用されていたりもする。

 

 とはいえそれもパーティを組んでいればこその話、単独で探索するとなれば危険度は格段にハネ上がる。

 

 なにせ頼みになるのは自分だけ。まかり間違えトラップに引っかかろうがフォローはなく大量のモンスターに囲まれフクロにされても助けてもらえない。

 しかも現在のオーリが専攻してるのは〈魔術師学科(メイジ)〉という、お世辞にも単独行に向いているとは言い難い学科だ、決して油断はできない。

 

 オーリは大きく息を吸い、両頬を“ぺちり”と引っ叩いて気合を入れた。

 

「よし、行ったろかい」

「おーう」

 

 すぐ右隣、腰より少し低い位置から聴こえてくるのは天使が鳴らす鈴の声。アホほど聞き覚えのあるそれに、オーリは疲れた視線を向けた。

 

「何でいんの」

「あー? いまさら聞いてんじゃねえよ」

 

 返ってきたのは罵倒と弁慶の泣き所への蹴りだった。例のフェアリーくんである。廊下で別れたはずがごく当たり前のような顔で後を付いてきたのだ。

 

「きみ、自主練とか言ってたじゃん。サボるの?」

「だからその自主練のために地下道潜りしてんじゃねーかよ。手前は頭に脳ミソ入ってねえのか、それとも母ちゃんの腹ン中にでも忘れてきたか」

「そんなん言うてもなぁー……」

「ったく、おまえも大概、頑固つーか融通ってもんが利かないね。なら……こう言ったら判ってくれるかな」

 

 渋るオーリに業を煮やしたのかフェアリーくんはいつになく真剣な、潤んだ瞳で“じっ”とオーリを見つめた。

 

 絶妙な角度に小首を傾げ、上目遣いでこちらを伺うその姿はまさしく傾城。老若も男女の別もなく、わずかな歓心を買うためだけに全てを擲ち悔いなきものは枚挙に暇があるまいとさえ思わせた。今回、それを向けられた相手には未開の地に蠢く珍生物的な気色の悪さしか覚えなかったらしいが。

 

「勘違いしないでよね、おまえのためじゃないんだから」

「しねーよ、なんだそら」

 

 ありえないほどの気色の悪さに顔をしかめた知人をどのように思ったのやら、美少年の仮面を引っ剥がしたフェアリーくんはいつものうろんな笑顔に戻ってウィンクをくれ、

 

「何って、こーゆーときの殺し文句。どうよ、グッとキたりしねえ?」

「しねーよ、ご飯を済ませた後だったら間違いなくゲボ吐いてた」

「あぁ? なんだおめえ、その歳で不感症か。他のアホ連中はこんな具合に媚び売りゃ二つ返事で言うこと聞いてくれんだけどなあ」

「今まさに感度3000倍の感感俺俺で殺意カムヒアを感じるわ。……手伝ってくれるのは助かるけど、骨折り損の文句は言わないでよ」

「ンなしょうもねえこと言わねーよ、あくまでもぼくの『自主練』だしな。ま、心苦しいてんなら後でなんか奢って───高くてウマいやつでいいよ」

「俺ぁ貧乏なんだぞ」

「なら頑張って稼がないと。おら、ボサッとしてねーでさっさと行こうや。前衛おまえ、後衛ぼくね」

「おーう」

 

 アホな言い合いをしつつもひとまずパーティ(というかコンビ)結成と相成った。前・後衛のどちらも魔法系の学科、しかも片方は非力と打たれ弱さには定評のあるフェアリーというえらく歪なものではあるが、急ごしらえのやっつけ編成では贅沢も言えぬ。

 

「じゃあ早速で悪いけど明かりを点けてくんね」

「あいよお。 

 ───聖術(ささやき) Lv1(いのり) パーティ(えいしょう) 小明(ねんじろ)

 

 冒険者でなければ意味不明な言葉の羅列をフェアリーくんが唱えるや、二人の視界が一気に拡がり数歩先さえ怪しかった闇の道が露わになった。

 

 Lv1小明(ミルワン)と呼ばれる補助魔法である。効果は見ての通り周りを照らす程度のものだが、暗がりで壁にぶつかったりすっ転んで体を打つ等の無用な(しかもマヌケな)怪我を減らせるとあってなかなか馬鹿にできない。

 ちょいとセコい話だが、懐事情の厳しい冒険初心者にとっちゃ毎度毎度の松明代が節約できるというのもポイントが高い。

 

「でもこれスレッドの半分も歩いたら消えちゃうのがなぁ……Lv3大明(ミルモア)ってわけにゃいかんか」

「無茶を言ってんなよ、使うにゃまだレベルが足りてねぇ。ぼくら〈司祭学科(ビショップ)〉はレベルを一つ上げるのもバカみてえに苦労するの知らねーのか」

 

 口を尖らせる少年の語った〈司祭〉とは魔法系総合職の上級学科のことだ。攻撃以外にも回復の魔法を専門職に劣らぬほど習得可能な反面、専攻するにも相応の能力が求められるので、並の学徒では受講条件を満たすだけでも1年はかかるとされている。

 

 天使も見惚れる美貌に反し、口も態度も最悪なこのフェアリーくんこそ入学の時点でその高難度学科を選択できた数少ない例外だった。

 

 下準備も済んだところで二人は探索を開始した。

 

 何度も訪れ勝手知ったる〈地下道〉とはいえ魔法系学科の二人編成では油断は禁物だ。

 普通のパーティなら斥候役の盗賊・野伏系が安全を確保し、万一のときは多少ブン殴られようがビクともしない戦士職が盾になってくれるのだがそのどちらも今は望めない。常に互いの死角をカバーし合い、周りの音や気配に耳をすませ、視界の悪い場所や曲がり角では細心の注意を払って進んでいく。

 

 そうやってスレッドの半分ほどをうろついたところで、二人の前を不気味な風体をした影の群れが立ちふさがった。

 

「おっ早速、お出ましだ」

 

 警告というにはあまりに軽い口調のオーリだった。普通なら顔色なからしむる事態であろうとも、そこは駆け出し見習いの卵とはいえ冒険者。慌てた風もなく眼前の影を観察してあたりをつける。

 

隊列(グループ)は4───バットンとゴブリン、後はシャークとイソギンボールかな? フロア全体にみっしりといよる」

「見えてんのか? ぼくにゃよくわかんね」

「俺も別に見えてるわけじゃないよ。半分はシルエットから経験的なんかでアタリをつけて、残りは勘。どっちみち外れたとこでここじゃ大して変わらないし」

 

 のんきに会話を交わす少年たちの視線の先で蠢く謎生物を〈モンスター〉という。特徴や形態は様々だが、ごく稀に出くわすほとんど無害な個体を除けば総じて侵入者へは敵対的。ついでに常識をドブの中に叩き捨てたがごときトンチキ極まる風体が共通している謎のナマモノだ。

 地下道の探索、ひいては冒険者稼業とはつまるところこいつらの排除がセットになったものだと思えばいい。

 

 身構えるフェアリーくんをかばうようにオーリは前へ出た。

 数こそ多いが所詮は初心者向け地下道のモンスター、真面目に授業や探索をこなしてきた学徒にはそれほどの脅威とはならない。

 

「初手からちまちまやるのもなんだし、景気づけにぶっとばしちゃうよ。

 ───魔術 Lv7 全域 核撃(ティルトレイ)

 

 呪文を唱え終わるや周りの空間が“ぎちり”と、音さえ立てて歪み───空に揺らぐ波紋からレイストームのスペシャルアタックよろしく無数の光の矢が撃ち出され、今まさに二人へ襲いかからんとしたモンスターの群れめがけて降り注いだ。

 

 地下道の闇を音もなく砕いて光の嵐が荒れ狂う。

 撃ち出された『矢』は狙いあやまたずモンスターに突き刺さり、北斗神拳くらった世紀末悪党ばりに肉体を内部から爆発四散させていく。 『矢』に込められた破壊エネルギーが開放された結果だが、いつ拝んでもえぐい光景だなあとオーリは思った。

 

 悲鳴を上げる暇さえ与えられず蹂躙されるモンスター達を白茶けたような表情で眺めつつフェアリーくんがつぶやいた。

 

「……レベル7魔術ね。使ってるやつ初めて見た」

 

 かつては〈ティルトウェイト〉と呼ばれていた大規模破壊魔法を、地下道探索用に改良(デチューン)した代物である。

 大元となった魔法は達人級(ウィザード)が使えば鉄壁の城塞すら更地に変えるとまで言わしめたらしいが、当然のことながらそんなもん半密閉空間である地下道で(しかも学生に)使わせられるわけもなく、効果範囲と威力を絞ったこいつが開発されたのだそうな。冒険者にとってのメシの種というべき地下道を、万が一にもぶっ壊すなんてしたら目も当てられないというのも大きいが。

 

 しかし本来のものから大幅に弱体化とはいえ、そこは元が特級の大魔術なだけに威力はご覧の通り。ついでに習得の難易度もお察しだ。

 

「てーしたもんよな。それが全呪文最大習得(マスターレベル)様の御実力ってか? ぼくもそれなりにデキるつもりだったけど、自信なくしちまうな」

「初手から上級学科を受講なすった上澄み勢がよう言うた。こんなもん多少の根気と運がありゃ誰だってやれらぁな」

「冗談。クラスどころか全学年を見渡してもマスターまで行ったのはおまえだけじゃねーか。なんかコツでもあんなら教えてくれね」

「だから根気と運ちゅーとろーが。とにかく一人でも勝てそうな奴だけを地道に見つけて全力ボコ殴り、体力か魔力が尽きたら速攻、逃げ帰って休む。そしたらまた地下道に潜る───これをレベルアップまで繰り返すんだ」

 

 

「一人で、かよ」

「一人で、だよ」

 

 

 やるなら死んだり怪我しないように気をつけなよ。なんかあっても助けてもらえないのはキツいから。オーリにとっては特に思うところもないのだろう、世間話のような口調だった。フェアリーくんは呆れとも感嘆ともつかない面持ちで返した。

 

「やっぱてーしたもんだよ、おまえ」

 

 あたまおかしい。こっちは誰に聞かれることもなく闇に溶けた。

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