いつものアホ2匹にオマケの1人を加えた補習期間も半ばを過ぎた。
本格的な夏の到来を迎えたパルタクス学園では定期考査を前にした倦怠と、そして後に続く長期休暇への期待に浮ついたような空気が流れている。そこが常識からいかほど離れたものであろうとも、なにがしかの枠組みに囚われたものである以上、根本的な部分においてはやはり枠の中からは大きく逸脱するものではないのかもしれない。
それゆえか、オーリたちが所属する教室においても夏の蒸し暑さを除けば普段とは少し違う光景がひろがっていた。
「───つまるところパルタクス周辺の地下道、ひいては〈銅〉ランク宝箱までのトラップの傾向は……」
教壇に立ち、黒板に書かれた内容の解説をするユーノ先生のよく通る声が教室に染み渡り、
「今日も暑っちーなあ……」
「お前らは体毛が薄いんだからマシだろ。俺らドワーフなんてこの時期は地獄やぞ」
「おせんにキャラメル、ジュースにかち割り、アイスクリームもございま~す」
「オーリくーん、かき氷ちょーだい。イチゴ味ね」
「私はレモン」
「アタシはメロン」
「俺はブルーハワイ」
「この何の味なんだかよく判らねえのがいんだよね」
「えーい、いっぺんに注文すな! 俺ぁ聖徳太子さまじゃないんだよ!」
「ていうかさあブルーはともかくハワイ要素どこよ」
「しらね、プリンス・カメハメか若大将の好物だったんじゃねーの」
「そもそもハワイってなんだよ」
「お嬢さん、アラビク王子が5歳の頃の肩甲骨買わない?」
学徒達による夜店の屋台なんだか縁日の真っ只中なんだかよく判らない声がそれを台無しにする。
およそ授業中に聴こえるものとは思えぬそれらへと、堪忍袋の緒が切れたらしいユーノ先生が教壇にげんこつを叩きつけ怒鳴った。
「こらあっ! 真面目に授業を受ける気あるのか、あんたら!!」
「あるように見えるんすか、このザマで」
やっつけ気味に反論したのは最前列の席で制服をだらしなく着崩し、ガマの油よろしく汗を垂らしながらかき氷器(ペンギン型)のハンドルを“ごりごり”回すオーリだった。
彼が座する席の机上にはノートや筆記用具の代わりに紙コップと各種シロップの瓶、ついでにデカい氷が置かれており、隣に座るフェアリーくんとバイトとして雇われたエルフちゃんがそれを金槌やダガーで削ってかち割り氷作ったり、かき氷にシロップを注いだりしている。しかも先に述べた通り最前列における所業である。暑さのせいで頭がパーになってるのか、はたまたレベルアップと一緒に図太さも強化されたのかは不明だが、いい根性しているのは確かなようだ。
しかもこいつら以外にも教室を見渡せばいるわいるわ。ノートや教科書を目すら通さず団扇の代わりにしてるなんてのはまだ序の口、頭に氷嚢を乗っけて机に溶けてるやつ、水を張ったバケツに足を突っ込んでるやつ、ドレスコードとかうっちゃって水着になってるやつ、空になったジュースの瓶(オーリが売ったものだ)に未練がましく吸い付いてるやつ、アイスキャンディー(もちろん、オーリが売ったものだ)かじってるやつ、口いっぱいにかち割り氷(もちろん、以下略)頬張ってリスみたいになってるやつ……
この有り様から勤勉だの
「……ったく、どいつもこいつも」
視界を埋め尽くす、向学心とやる気を産湯もろとも捨てちまったような有り様のクソガキどもを見渡した先生は、でかい舌打ちをかましてオーリの席までやってくるや、でき上がったばかりのかき氷をひったくった。
「あ、それ俺が注文したやつ───」
「やかましいっ!!」
まさに紫電一閃。目にも止まらぬ勢いと速度でチョークが飛ぶ。
鼻と口の間にある『人中』という急所へと正確に叩き込まれた一撃に「ぎゃあっ」と悲鳴を上げて斃れたアホに小さく念仏を唱え、オーリは強奪したかき氷に舌鼓をうつ悪徳教師へ非難の声を上げた。
「いくら先生とはいえお金はちゃんと払ってくださいよ……」
「うるせー、美人教師サマへの貢物だとでも思いやがれ」
「職権濫用って言葉をご存知ですか」
「そういうあんたらには学業放棄とか学級崩壊って言葉の意味を教えてえよ」
ふん、と鼻を鳴らしたユーノ先生だったが、ややあって表情を和らげた。かき氷で頭が冷えたのだろうか。
「……ま、この暑さで真面目に授業を受けろなんてのも酷ではあるか。仕方ない───今日の授業はもうここまで、他の先生たちにも話は通してあげるから以降は自習よ。あんたら地下道にでも行ってきなさい」
それを聞いた学徒連中がこぞって口笛と歓声を上げ、教室のあちこちから「さっすが~、ユーノ先生は話がわかるッ!」 「素敵、抱いて!」 「結婚しよ」などという調子のいい声が上がる。今更ではあるが現金な連中だ。
かき氷器へ新たな氷を入れながらオーリは苦言を呈した。
「いいんすか? こいつら絶対、真面目に自習なんかしませんぜ。俺が言うのもなんですけど」
「いいんだよ。どうせここに押し込めてたところで、アンタも含めて律儀に授業を受けるタマでもなし。それに今教えてる範囲なんて真面目に地下道探索こなしてるなら誰でも身に沁みてるようなもんばかり、やろうがやるまいが変わりゃせん。それくらいなら経験値なりレベルなり稼がせたほうが、よっぽど後のためになるさ」
───つまりご自分でも暑ちーし面倒くせーから放り投げたいってことっすね。腹ン中だけでオーリはつぶやいた。時として沈黙は金より貴重な価値を持つ。
「あんたらだって今週はロクに探索も出来てないんだからちょうどよかろ。補習の時間までにはちゃんと戻ってきなさい」
「うぃーす」
空返事をしつつオーリはハンドルを回し続けた。
◇
「うわー、ちょーすずしぃー」
ポータルをくぐり、地下道のひんやりとした空気に触れたエルフちゃんが堪えきれないとばかりに声を上げた。
地下道の気温は季節を問わず変わらない。それゆえに夏は涼しく冬は暖かいという環境を求め、学業とは無関係に地下道へと入り浸る学徒すら珍しくないほどだ。
鬼どころかグレーターデーモンさえ
「てゆーかよ、おめーは一体いつまでぼくらに引っ付きまわるつもりなんだ。自分トコのパーティはどーした」
「……そんな邪険にしなくてもいーじゃん。わたしだってパーティのみんなと一緒にいたいのは山々なんだけどさあ、センセに言われた通り補習の時間になったら戻らなきゃいけないワケじゃん。自分都合で途中離脱する方が迷惑になるって、フツーに考えたら判りそうなもんじゃね」
「そいつらだって、どうせ地下道涼みでロクに探索もしねーんだから迷惑もへったくれもありゃしねーだろ。それでなくともソロ探索すりゃいいってだけの話だろ」
「か弱い少女に無茶を言わないでほしいんだが───頼れる相棒に助けてもらえてた人のようにはいかないんだよね」
「あー? 何が言いてえ」
またか。オーリは
「はいそこ、喧嘩すんのはやめましょう。今回の同行に関しては俺が彼女に頼んだの。文句だったら俺の方にたのむ」
まったくこいつらは何だって隙あらば互いに挑発し突っかかるんだろうか。
巷ではこういうのを喧嘩するほど仲が良いなんて言うらしいが、それはあくまで最初から仲が良いことを前提としたプロレスなだけで、こいつらは一線こそ越えないものの傍で見ていて判るくらいお互いがお互いを嫌い合い───どころか憎んでる節まであるときた。オーリの知る限り補習で一緒になるまでは大した接点もなかったはずなのに何がそんなに気に入らないってんだ。
相方の気も知らぬフェアリーくんが舌打ちとともに詰め寄ってきた。
「じゃあ聞くけどよ、なんだって“こんなの”付いて来させるんだ。大して役にも立ちそうにねーし、取り分だって減っちまうだろーが」
「今回は少し遠出してテスト範囲の下見に〈カウサ地下道〉まで足を伸ばそうかなって。エネミーや構造の傾向を把握して、後はちょっと周って帰るだけとはいえ初見の地下道は油断はできないからね、前衛戦力があるに越したことはないよ」
「……ふん、そんなもんが必要ともおもえねーけどな。ほんに、おまえは妙なところで慎重だね」
完全に納得はできてはいないのだろうが、フェアリーくんはひとまず引き下がってくれるようだった。
自分に向ける二つ返事にも等しいこの物分りのよさを、なぜにすぐ横の少女にも向けられないのか。その少女もなんで普段なら見せないような、口元だけ曲げる類のイヤな笑い方をしてんのか。二人を繋ぐ不自然なまでの相性の悪さに、オーリは首をひねらずにはいられない。
◇
話も(無理くりに)まとまったということで、オーリ達は地図を取り出して現在位置とスレッドの番号を確認し、いつもの手順で地下道ショートカットからのポータルを利用してR1からCスレッド、そしてL1スレッドへと移動した。
「───20番スレッドか」足元から視線の届く限りまで、見渡す限りが水で覆われたスレッドを眺めながらオーリはつぶやいた。「念のために
地下道を構成する個別のスレッドには、いわゆる〈
現在、オーリ達が足を踏み入れたのは通称『マップNO.20』という、桟水域と深水域、そして申し訳程度の通常床面だけで構成された特異なスレッドだ。
……そして今日のような真夏日においては、簡易的な避暑地としてクソガキ共から大人気のマップとしても知られている。
「うひー極楽じゃあ」
「俺もうここから離れたくねえー」
「あたしもー」
「もういっそ夏休みまで地下道で暮らそうかな」
「青空教室ならぬ地下道教室でもやりゃいいのにな」
本来ならば死と闇の気配が充満する地下道は、退屈な授業とうだるような暑さからトンズラこいてきたクソガキどもの声と活気に満ち満ちていた。
どうやらポータルの
そんな彼ら彼女らの姿を遠巻きに眺めながらエルフちゃんが「いいなあ」と、うらやましそうにつぶやいた。
「うおーい、あんまし離れるなよ。安全区画から出ちまっても知らねーぞ」
「判ってるよ、いくらなんでもそんなドジ踏まねえ……おわあっ、
「ばっきゃろー! 何やってんだ!?」
「あーもー、言わんこっちゃねえ! おい、お前らも
「大変だあっウチの子がデブガエルに丸呑みにされちまったあ!」
「ぎゃー、さっさと助けろ!」
「おいこら刃物を使うな! “中身”に当たったら死んじまう!」
「じゃあどーするんだよお!?」
「落ち着けっての、飲み込んだモンスターさえ殺っちまえば中身は残るだろ!!」
「間違っても腹は狙うんじゃねーぞ! 頭か背中ぶっ叩け!」
「めんどくさいなあ、もう!」
「言ってないでとっとと手ぇ動かせ!」
「殴れ! 殴れ!!」
「殺っちめぇー!」
「……ひっでー絵面だな」
眼前にひろがる一足早いバカンスあらため凄惨極まった地獄パノラマに、フェアリーくんは秀麗な面を歪ませた。
「どーするよ、クラスメイトの“よしみ”で助太刀でもしてやるか?」
「うんにゃ、放っといてやろう。助けを求められてるでもなし」
疲れたように首を横に振るオーリだが、これを
なんぼ低難易度とはいえ地下道、下手をこいたらレベルの高低に関わらず痛い目を見るのは知っているだろうに、武装も外して油断していたバカタレが悪いのだ。
「それにあいつらアホではあっても腕は確かさ、余計なお世話を焼くほどじゃないよ」
オーリの言葉を証明するように戦い自体は数分もかからず学徒達の勝利に終わった。さすが今まで生き残ってこれたのはダテではない。
だがなにやら問題が起こったらしく、彼らは“やいのやいの”となにがしか騒いでいる。
見物を終えたオーリ達が近寄っていくと、例の丸呑みされたと思しい学徒の周りに集っていた内の1人であるフェルパーの男の子がこちらに気が付いて話しかけてきた。
「オーリか、いいとこに来てくれた! 礼はするからコイツ治してやってくれ。状態が状態だけに食い物も受け付けてくれねえんだ」
「あー?」オーリはしかめる寸前にまで眉を寄せた。
「そりゃ構わんが……お前ら、回復魔法はどーしたよ」
「今知ったんだけどウチのクラス、回復に関する科目を受講してるやついねーんだ! もちろん俺も使えねえ! とにかく早よたのむ!」
「……マジか、知りとうなかったそんな事実」
しかし言われてみりゃ確かに前衛職や魔術職と思しき輩はいても、回復を専門にしてそうなのを見かけた記憶はない。身近に回復魔法を使える相方がいたせいで気が付けなかった。
思いもよらぬ事態に酢でも口に含んだような顔をしながら、オーリ達は地べたにぶっ倒れたままの治療対象を覗き込み状態を確認した。
「ロボコップの終盤で工業廃液ぶっ被った悪党みたいになっちまってんな」
「メシが不味くなるような記憶を掘り起こしてねえでさっさと治してやってくれっての!」
「わかった、わかった。悪かったよ、だから泣くなって……ったくもー。
───超術 Lv7 ソロ
息さえしてりゃ棺桶に片足どころか三途の川を渡ってる最中のやつさえ傷一つなく全快させ、ついでに
ついでに人の気も知らんで「うーん、エンジェルさまお助けください……」などと、前後不覚にたわけたことをほざくアホの頭をはたいて正気を取り戻させてやる。
今のところは使い所がないとはいえ貴重な高レベル魔法を浪費したということで、オーリは報酬として助けた学徒の持ち物から購買部特製のお弁当セットをいただくことにした。
件の学徒は「俺の優雅な昼食の予定が……」などと嘆いていたが、こんなアホみたいな理由でおっ死ぬのに比べりゃ破格の条件と割り切ってほしいもんだ。
予定外の儲けに気を良くするオーリだったが、そこでふと数区画ほど離れた場所の光景に首を傾げる羽目になった。
「ところでさ、あそこの……並んで横たわってるやつらは何してんだ。水揚げされたマグロごっこ?」
声をかけられた先ほどのフェルパーの少年は、ちょいと苦々しげな顔をこさえた。
「ありゃあ即死水域に入っちまった連中だよ。頭が茹だってたんかね、ここに来るや浮遊も入れんと水に飛び込んじまってな」
「訊かなきゃよかった……一応、言っておくけどあいつらの蘇生はしてやれんぜ。なんぼなんでも相方の魔力がすっからかんになっちまうでな」
「ああ、さすがにそこまでは世話になれねーや。あいつらは俺らがまとめて保健室に放り込んでくっから気にすんな。それよりお前らは涼んでいかねえのか」
「そうしたいのは山々なんだけどね、今週は探索も出来てないからちょっとでも稼いで足しにしておかにゃいかんのよ」
「へー、さすが学年イチの優等生サマはこんなときでさえ真面目にお励みときたもんだ。ちょっと真似できねーや」
「イヤミかよ。優等生は授業サボらねえし補習くらったりもしねえっつーの」
そりゃそうだ。オーリのしかめっ面がよほどおかしかったのか、フェルパーの少年はげらげらと笑った。
正式名称・胎動冷却スレッド
仮にこの世界の〈迷宮〉がエクスと同じく現化物理学で顕現したものであるなら、地下道の余剰エネルギーを冷却するためのシステムが人類の知覚に沿った形に変質した形で出現しているのだろうか