それから数分もしない内にオーリ“達”は前に彼らが顔を合わせて、それっきり足を運ぶこともなかった教室に姿を現した。
パーティのメンツ、ということになってる彼らは慌てた様子でやれ話が違うとかまた後に来てくれと言ってたような気もするが、オーリ達はその文言の全てを無視した。
「ごめんねえ。俺ってばあんまし記憶力よくないからさあ、ちょいと君らの要求から食い違っちゃうのはしゃあないね」
「しらねーよそっちの都合なんざ。なんでぼくらがそんなもん聞いてやらにゃなんねーんだ」
「わたしは特に関係のない美少女だから気にしないでいーよ」
約束事とは相手に言うことを聞かせるだけの立場なり条件あってこそなのだ。オーリは傍目にも判るほど露骨で雑な作り笑いを浮かべた。
「あ、時間と場所を改めてとかはナシね。俺らこの後は遊びに行く予定でさ、面倒なことはちゃっちゃと終わらせたいの───それで、一体なんの御用なのさ」
オーリはつとめて軽く、しかし有無を言わせぬ口調で詰め寄った。隣で、やはりというか当たり前のようにくっついてきたワイバーンのケツよりぶ厚いツラの皮をしてそうな美少女が「ねー、わたしも連れてってくれるんだよね?」と絡んでるけどそこはぜひとも無視したいものだ。
◇
その後、お仲間連中がしどろもどろに語った言語も理屈も不明瞭な話を要約するとこのようなものだった。
なんでも彼らの主張によれば、オーリはせっかく自分達がパーティに誘ってやったにも関わらずその一員である自覚もなしに勝手な行動を取り続けており、しかも自分達を放置して地下道を探索することで利益を独占し、あまつさえ自分達の探索の邪魔までしている。彼らが加入してからこっち、得られた経験値やアイテムは本来ならパーティ全体で共有すべき財産のはずであり、それらを還元しないのは没義道どころか背信行為もいいところだとかなんとか。
───意味がわからねーよ
想像だにせぬほど
ちなみに要約してなおこの惨状なので実際はさらにひどいものだった。まさに『聞くにも堪えない』という文言の総天然色見本と評すべき妄言である。
こやつら、今までもこうして他責的に自己弁護を積み重ねて今に到ったんかね。オーリは頭の痛そうな顔でイヤな想像を振り払った。
そりゃあ確かに請われてパーティ加入をしたけど、そこは別に恩着せがましく言われる筋合いはないはずだ。放ったらかしたのは事実にしても今の今までろくな探索もせずに腐っていたのはこいつらの選択だし、寄生前提でも探索がしたいならそっちから声をかけるなりすりゃ良かっただけのことである(間違いなく役には立たなかったろうし、オーリ達が拒否ったかもだが)。こっちだって忙しいのに、なんだって特に深く関わるでも仲の良いでもないお前らに気を遣ってやらにゃならん。
もしかして口を開けて待っていればオーリ達が経験値とアイテムを放り込んでくれるとでも思ってたのだろうか。そんな輩に運ばれてくるのはおいしいご飯ではなく空気か詐欺の勧誘くらいだろうに、ンなことにまで責任を取れとか言われたらオーリならずとも困るというものだ。
オーリはきなくさそうな目で『お仲間』のツラを見渡した。一度口に出して気が緩んだのかあるいは数を頼んだつもりなのか、人が黙ってるのをいいことにどいつもこいつも“やいのやいの”とわめいている。お前らは福本伸行の漫画にときたま出てくるクズの鑑かよ。
唯一、例のフェルパーの少女だけはエキサイトする寝言陳列会に加わることもなく、ただオロオロと視線をこちらと向こうとで彷徨わせているが、正直なところいないのと変わらない。エルフちゃんにいたっては興味も失せたと言わんばかりに綺麗に整えられた爪とネイルの具合を確かめているので加勢は望めないようだ。
見れば教室のあちこちで遠巻きに事の成り行きをうかがっていた連中も、バカバカしいと言わんばかりに教室を後にしていた。その反応を見れば教室内におけるお仲間ちゃん達(仮)の扱いと立ち位置がどういうものかが伺える。
ただ、ここまでならオーリもエエカゲンに流して後は野となれ山となれの放置だけで済ませていたのだ。
そうもいかなくなったのは連中が調子こいた末に聞き捨てならないことを言い出したからだ。
「そこのフェアリーの子は君のお陰でそこまでレベルを上げられたんだろう。僕らだって同じように扱われないのは不公平じゃないか」
───喧嘩売ってんのか、おまえら
瞬間的かつ聞き捨てならない怒りというもんは“めまい”を生じさせる、オーリはそれを今日はじめて知った。
つまりこいつらはフェアリーくんと自分達が同じ寄生野郎だと言いたいわけだ。精神状態にもう少し余裕があったなら連中の貧相な胸ぐらを掴みあげ黙らせていたかもしれない。
「このやろう、なんてこと言いやがるかな」さてこいつらどうしてくれようか、などと考える間もなくフェアリーくんがキレたので、オーリはその前に出て制しつつなだめた。
「止めるんじゃねえ。それともなにか、おまえもこいつらと同じ意見とでも言いてえか」
「そんなん冗談でも言ってくれるな」
今さら口に出すほどでもないのだが、彼らの関係は腐れ縁にも等しい切っても切れぬ間柄である。少なくともコンビを組む前から影に日向に手を貸してくれたフェアリーくんを抜きに、自分ひとりで生き残れたと言い張れるほどオーリは自惚れてはいない。
「俺としても思うところはあるってことさ。だから任せてほしい───大丈夫、きみにも悪いようにはしないよ」
さんざ世話になってきた相方を貶めるようなことまで言われてはオーリとしても黙ってるわけにはいかない。この場でぶん殴る等は論外にせよ、相応に痛い目を見てもらわないことにはフェアリーくんにも申し訳が立たないのだ。
これは感情論だけの話ではなく円滑な人間関係の問題でもある。冒険者とそのパーティは信用で食っていく。いざというときに仲間を庇わず名を傷つけられても動かぬ腑抜けと思われるのはマズい(逆に言うなら必要とあらば公衆の面前でぶん殴るのもパフォーマンスとしてはアリ)。
オーリはパーティメンバーあらためぼんくらの掃き溜めに向き直り、物わかりの良さそうな───いかにもバカそうでお人好しっぽく見える───ツラをこしらえた。
「おっけ、おっけー。つまり『君達の成績不良の責任を取りゃいい』ってことなんだろ。じゃあ俺らが君達と一緒にテストを受けるてのはどーね? 試験が終わるまで責任を持って“最期まで”付き合ったげる」
オーリの提案に少年達は顔を見合わせてなにがしかを相談し合い、そっぽを向いたフェアリーくんが「お前らみたいなのが雁首揃えたって文殊様みたいな知恵出ねぇんだから早よ決めろ」などと毒づいた。
ややあって彼らはオーリの提案を受け入れた。ちなみにただ頷くのみならず今後の探索における取り分等にも色々とふざけた条件を提示してきやがったのだが、オーリは
◇
不毛で不快で不健康な会話(心を通わせるという目的を放棄したそれが『会話』などと呼べるのかは怪しいが)を切り上げたオーリ達は教室を辞し、足早に───ほとんど走るような勢いで───学食大路に向かった。
やはりというかエルフちゃんも着いてきているが、ことここにいたり『まあいいか』とオーリは納得した。なんだかんだで多感なエロガキ、美少女と一緒にいて悪い気分はしない。イヤなことが起こった後は特に。
フェアリーくんも眉こそひそめたものの何も言わなかった。口も性格も終わってるけど、ただでさえよろしくない雰囲気の中で余計なことを言わない程度の分別はあるのだ。
手頃な屋台で串物やクレープを買ってお腹を満たした三馬鹿はアクセサリーやネイルのお店などを冷やかして回り、通りがかった
のれんをくぐった先の射的屋のオヤジは不用意に拝んだフェアリーくんの美貌に腑抜けとなり、次にエルフちゃんを見るや露骨に渋い顔をして「遊ぶだけなら文句は言わねえが、景品はやれねえぞ」などと言い放ってオーリ達を“ぎょっ”とさせた。
「へいへい」エルフちゃんは特に気にした風もなく料金を払って弓と矢を受け取り、あっけにとられるオーリにいたずらっぽく舌を出した。
「わたしってばここらのお店から出禁くらってんだよね。今日だってオーリくん達と一緒じゃなきゃ相手にもされず塩まかれてたかも」
「なんじゃそりゃあ。一体、何をやらかせばそんな扱いを受けるんだ」
「別に悪さしたとかじゃないよ、ほんとだよ」
彼女が語るところによればなんでも以前、遊びに来た際に大路の店主が音を上げる勢いでこの手の露天という露天を荒らして回ったのが原因らしい。
この欲望自然主義の総本山とでも云うべき魔境における、海千山千のオヤジ共にさえ忌避されるとはいかほどであろうか。
地獄絵図の有り様を思い浮かべるオーリ達をよそに、エルフちゃんはテンポよく弓を弾き次々と的を倒していった。大路の店の大多数は冒険者や学徒といった化け物じみた能力を持つ連中を相手にしていることもあり、この手の的や筐体には他所ならインチキ呼ばわりされるほどシビアな調整が施されてるのだが、少女はそれさえ屁でもないとばかりの小気味よさで的を撃ち倒していく。
「なるほど、こりゃあ確かに賞品や射幸心が売りのお店にとっちゃ招かれざるどころか天敵もいいところだ」
呆れるほど見事な手並みに感嘆のうめきをこぼすフェアリーくんへ、いつの間にやら料金を払っていたらしいオーリが弓矢を差し出した。
「このまま見学もいいけど、せっかく来たんだから俺らも遊ぼうや」
「悪ぃな」
礼を言ってそれを受け取る美少年へとオーリは下手くそなウィンクを投げかけた。
「いいってこと。約束だったし今日のことだって元をただせば俺が原因だからね、詫びみたいなもんさ」
◇
そうやって浮世のしがらみを忘れ遊興に熱を上げることしばし。
何件かのお店をはしごした先のスマートボール屋にて、ようやっと気が晴れたらしいフェアリーくんが訊ねてきた。
「にしてもよ、“あいつら”への対応はあれで本当によかったんか。もちっとなんとかならんかったんか」
「しょうがない。主観の殻に立てこもり聞く耳を持たない正しさを前に出した以上、彼らが言うことは何より正しい。時間の無駄ならこうやって遊んでたがマシ」
「なんだその言語的矛盾の塊は」
「話を聞いてくれない、言っても判らない───つまり交渉ができないならそれ以外の手段で言う事を聞かせるしかないってこと」
理屈で諭して利益で釣る、この交渉あるいは妥協という着地点の探り合いで成り立つのが人の繋がりというものだが、それが成立しないからには取るべき手段は相応の力技に落ち着く。
エルフちゃんがスマートボールの台から振り返って訊ねた。そうしながらも手は休めず玉を的確にシュートするあたり、つくづくただ者ではない。
「それって地下道に呼び出して殴ったり蹴ったりで無理くり言う事聞かせるってこと? そこまでしても労力の無駄じゃねー」
「冗談でもやめてくれんか。暴力って嫌いなんだ、俺」
心底から嫌そうな顔をするオーリだった。
ひとたび地下道にこもればモンスター殺りまくるくせに何を、と思われるかもだがこれは矛盾しない。彼らはあくまでも地下道という極めて限定された空間内において、モンスターというこれまた地下道限定で有害な生物の排除を業務に組み込まれているだけの労働者だ。ゆえに殴っていいやつは遠慮なく殺っちまおうとも、それ以外には人畜無害であることを要求される。
ここらの切り替えが上手く出来ないと日常生活に最悪な形の支障、つまり地下道外における民間人等への暴力沙汰を引き起こすので注意が必要。人里のど真ん中で人間サイズの熊やゾウが暴れ出したら、直接・間接問わずいかほどの被害が出るのかは……あまりしたくない想像だ。
「つまるところ連中がどんだけ地下道と、ついでに俺らに対して皮算用をしてるのか知ってもらえばいい。連中が言うところの『パーティメンバーとしての仁義』も果たせるしな」
「だからって盗人に追い銭までしてやる必要があるか?」
「そこについても考えてるよ。俺だけならともかく、きみのことまでああ言われて太っ腹にはならねーや」
不快と不満をあらわにするフェアリーくんをなだめるオーリの顔を、諦めというか居心地の悪さのようなものが覆った。
「どっちみち、きみが懸念するようなことには絶対にならんよ。だって───」