「───だって“こうなる”のが判りきってたもんね」
疲れをにじませた声音でオーリは死体回収袋へと『お仲間』の残骸を放り込んだ。
オーガの振り回す段平によって“ひらき”にされたヒューマンの少年の遺体は、やたら綺麗な断面のせいか凄惨さよりも奇妙な感心をこそ抱かせたそうな。
「ったく、どうせおっ死ぬならせめても回収が楽な死に方してくれねーかな」
少し離れたところではフェアリーくんがぶつくさ文句を垂れながらミンチよりひでぇ有り様になった仲間たちを集めている。
彼らが不毛な作業に勤しむ辺り一面は飛び散った肉片やら血糊やらでそれはそれはむごい光景だった。
バンボロの殺戮現場みてぇだなと、ろくでもない感想を抱きながらオーリは文字通り“散らばった”パーティを回収していく。
こんな有り様じゃまずありえないだろうけれど、もし『次』があるなら回収に便利なようにホウキとチリ取りを持ってこようと彼らは心に決めた。
見ての通りテスト当日となり、長距離転移魔法によってカウサ地下道までひとっ飛びしたオーリ達───というかオーリ達を除いたパーティの面々───は早速というか案の定というか壊滅の憂き目に遭った。
ハナから期待なんぞしちゃいなかったが、お仲間くんちゃん達の戦いぶりはひどいものだった。
湧出地点に侵入しモンスターとカチ合うが早いか、まず最初にパーティのリーダーらしいヒューマンの少年が(棒立ちで殺られてたけど恐怖で頭が空っぽにでもなったのか?)オーガの攻撃によって真っ二つにされ、パニックを起こした他の2人が逃げ出すもまんまと失敗。下手に距離が開いたせいでオーリ達の助勢も受けられぬままクリーピングコインのブレスで目を潰され前後不覚になったところをトロールの群れにボコ殴りされて死亡。
生き残ったのはフェルパーの少女だけだった。しかしこれも実力によるものではなく単に初手から戦意を喪失し、抵抗することも逃げることもせぬまま
そのフェルパーの少女といえば死体回収に勤しむ2人から少し離れたところで放心したような面持ちでへたり込んでいる。ちょいと怪我もしてるけど特に大事ないので放置されているのだ。フェアリーくんは「五体満足なら手伝うくらいしろっつーの」と悪態をついた。
よくよく考えてみりゃ戦いぶりどころか真っ当に戦ってさえいねーな、こいつら。
急性の片頭痛に襲われたオーリは作業の手を休めて息を吐いた。呼吸というより腹に溜まった疲労と倦怠、ついでに悪感情を無理にでも吐き出すかのような行為だ。
「……つまりは『仲間を
オーリがつぶやいたのは戦術講習の教科書に記載された一文であり、彼らが住む大陸とはまた別の、〈アヴァロン〉なる地にて
冒険者にとっての〈仲間〉とは単なる同僚・同業の徒ではない。それはときに磨き抜かれた武具よりも力強く困難を打ち破る矛となり、ときに身に親しんだ鎧甲冑よりも強固な盾ともなり、そしてときに己を鼓舞するモチベーションとなる場合とてある。
この単純ならざる関係性を日常に組み込まれた危機的状況により生じた近しい者達への疑似家族視の同類、相互依存にも等しい幻想であると断じるものもいるが、そこらはひねくれすぎもいいところだろう。だいたい、合ってても間違ってても別に損するわけでもないなら沈黙こそが無難かつ最適の正解となるんだし。
ゆえに冒険者と学徒たちは仲間を頼りとして命を預け、自らもまた仲間に頼られるに相応した力量を得んがために刻苦勉励に務めるのだ。
……とまあ、ここまでが教科書で語られる模範的学徒と冒険者の心得の話。
〈仲間を恃む者は必ず逃げる〉
当然、それを裏切るものには相応の報いがくる。
所詮は他人でしかない仲間を信じてこれに背を預けるのは難しい。まして限度があるとはいえ死したる後に生き返ることも可能な地下道において、その先にある裏切りや逃亡のツケは確実に取り立てられる(そも冒険者に限らず広義の意味でなら人は皆、生きるために他人と自分の裏切りを織り込むわけである)。信頼や仁義を裏切った学徒や冒険者は自然、その裏切りの結果に向き合うことを余儀なくされ、その信義のいかんを問われるのだ。
恐怖と打算で人は容易に裏切る。“恃む”という不誠実がゆえに裏切り、また報いとして自らも裏切られる。信義と信頼、それを前提にした脆く危うい繋がりからの逃亡。仲間を恃む者こそ必ず逃げる。
学業、パーティへの仁義、そして今まさに戦いからも逃げ出した報いによって物言わぬ屍となった彼らと、物を言えてもいっかな口も開けぬ彼女はそれを承知していたんだろうか。
◇
回収を終えたオーリは死体袋と防水グローブを道具袋に仕舞い、代わりに焼きそばパンを取り出して今だ呆けているフェルパーの少女の鼻先へ差し出した。
「はい、そんくらいの怪我なら半分も食べれば完治するよ。ちゃっちゃと平らげて次に急ごう」
この流れをデリカシーに欠けるというような輩は冒険者稼業には向いていない。目の前で仲間が死んじまおうが、やることが残ってるならそれを果たすのが冒険だ。
フェルパーの少女の視線は焼きそばパンとオーリとで交互に彷徨った後に、フェアリーくんの方へと向かった。回復魔法で治してくれってことなんだろう。そらこんだけショッキングな出来事を目の当たりにしてはメシも喉を通るまいて。
返答は横に振られた首だが。
「悪いんだけど、彼も俺も魔法は使ってあげらんない。なんせ命綱なんでね」
お前らの命綱じゃあない。言外に告げられた少女は顔と肩を落とし、それを見たフェアリーくんが忌々しさを隠さぬ声を上げた。
「おいネコ娘、とっとと食って立って歩けや。ぼく達ゃまだテストの会場にも到達できてねーんだぞ。これ以上グダグダしてっとな、次の
据わった目で睨みつけられ罵声を浴びせられても少女は無反応だった。フェアリーくんは聞えよがしの舌打ちをし、
「……ああ、そうかい。それもイヤってんならしゃーねえ、ちょうど近くに即死水域あるからそこに叩き込んでお仲間と一緒に袋詰めしてやる。好きな方を選びな」
「さすがに犯罪なんでそりゃあダメだ。俺が言えた義理でもないが仲間同士のいさかいはいかんぞ、非生産的な」
「じゃあちょっと遠回りになるけど
「同じじゃねーか」
とはいえオーリにしても人を非難できるような立場でもないのだが。レベルの足りてない連中がこんなとこうろついたらどうなるか承知の上で連れてきたのは他ならぬこいつだ。
「でもよー、こいつ生かしといても意味ねえじゃん。まさかとは思うが可愛い女の子だからって同情でもしてんのか?」
「正直にゲロっちゃうと多少は。でもきみや俺の身の上に代えようとまでは思わないよ」
「素直だね。でも、それ聞いて安心した」
「ここのモンスターは魔障壁を張っときゃ大抵はなんとかなるから囮ついでの盾てのはどーね。前衛職の本分を果たしてもらう」
さすがにそれくらいは耳に入ったのだろうか、少女は“びくり”と体を震わせた。
そしてしばらくの沈黙の後、うつむいた姿から小さくか細い嗚咽がこぼれた。
───やめてくんねーかな、いたたまれねぇ……
オーリは風呂場でシャンプーされた犬猫みたいな顔をさらした。曲がりなりにも相手は可愛い女の子、泣かせて気分のいいはずもなし。フェアリーくんは「けたくそ悪ぃ」と唾を吐き捨てたが。
しかしこのまま地下道のど真ん中でカカシやってるわけにもいかない。身も蓋もないことを言ってしまえば彼らにとっちゃ少女の心情なんかより自分らの成績のがよっぽど大事なのだから(なにせ今後の稼ぎと人生かかってるわけだし)。
「ねえ、こんなところで泣いても駄々をこねてもどーにもならないんだ。今さら逃げることもできないなら腹くくって先に進むしかないんじゃね」
説得というにはあまりに投げやりなオーリの言葉にも少女はぐずりながら“ふるふる”と頭を振るばかり。
この子は本当に見た目の良さしか褒められるとこないんだな。同情ともまた違うやりきれなさを覚え、オーリはおでこをそっと押さえた。
そんな娘さんがなにゆえ冒険者学校なんぞという、顔面偏差値よりも斬った張ったに殴る蹴るで評価されるような暴力亡者の投込み寺なんぞに来ちまったのか。
彼女にいかほどの事情があるのかまでは知らないし首を突っ込むつもりもないが、まだ引き返せる内にとっとと足抜けしちまったがよいのではなかろうか……もっともそんな忠告ができるほど自分にだって余裕も義理もないのだが。
結局、いつまで経とうが泣き止みも立ち上がる様子もない少女の首根っこをオーリが引っ掴み、怪我もそのままに文字通り引きずって試験会場まで歩くことにした。
それから2回目の接敵で彼女は死んだ。
◇
「結局ぼくら2人だけか……いつものことだけどさあ」
「ごめんよ。この分じゃあ成績や評価も落としちまうね」
ドロップアイテムを道具袋へ詰め込むフェアリーくんへ、こちらは少女の死体と回収用具一式をぞんざいに片付けたオーリが申し訳ないと頭を下げた。
学園における成績判定の基準は様々だが、少なくとも所属パーティが壊滅的被害を出すというのは大きな減点には違いない。
特にフェアリーくんのような回復職にとってパーティから死亡者を出すというのは適切な魔法の使用ができない無能の証に他ならないわけで。
しかしフェアリーくんは清々したとばかりに笑ってみせた。
「謝罪はいらね。昨日はさんざん奢ってもらったわけだしとっくにチャラだ」
それに学園や教師陣も節穴ではない。オーリ達とパーティ連中の学業態度や実績とを比較して何が起こったのか何があったのか考慮するくらいはするだろうし(オーリ達が何をやらかしたのかも察するだろうけど)、万一にもダメならこっちでそれら事情の説明をねじ込めばいいだけのことだ。自らを助ける気概なしに冒険者は名乗れない。
「それでも気が済まねえってんなら、こっから少しでも加点できるように気張ってくれや。お前にとっても悪い話じゃねえだろ」
そうするよ。“ほっ”と息を吐いたオーリはマップで現在位置を確認した。試験会場であるセメタリーへの侵入ゲートまではあと20区画ほど移動すればいい。
「余計な連中がいなくなって身軽になったことだ、ゲートまで巻きで行こう。道中のエネミーも無視か逃げだ」
「おーう。得意だぜ、そういうの」
基本としては仮に接敵しちまったらまずオーリが魔障壁を張って当座の安全を確保。隙を見計らってフェアリーくんが離脱、それからオーリもトンヅラという形になった。
「普通に逃げるだけでいいと思うんだが用心深いことだ。これもぼっち探索で培った経験ゆえかい」
「面倒事はお腹いっぱいってだけさ。これ以上はモグラの巣穴に足突っ込むのだってゴメンだよ」
「違えねぇ」
軽口をたたき合いながら少年達は地下道を突っ走る。常人なら息も絶え絶えとなる距離の全力疾走も、たんまり経験値を注ぎ込まれた脚と羽にはなにほどのこともない。
幸いというべきかあるいは今までの厄介事の精算とばかりに地下道が気を利かせてくれたのか、エネミーにかち合うこともなく2人はゲートに到達した。
お互いさして上がってもいない息を整え、装備とアイテムの点検をしつつフェアリーくんが訊いてきた。
「ていうかさー、どうせ結果は同じなら最初から魔法でセメタリーに飛べばよかったんじゃね」
「そら無理だ。ここら一帯はどうも一般的な地下道とは切り離された空間らしくてな、転移系の魔法が弾かれちまうんだよね」
それでなくともセメタリーをうろつくモンスターの脅威は未知数だ。余計な行動をしそうなお荷物を抱え込んで立ち回る余裕がない以上、早い段階で連中にゃリタイアしてもらうしかないというのがオーリの判断だった。
無論、ここに到るまでの経緯に対する意趣返しも多分に含まれてはいるのだが。
「こないだの下見ンときに、そこらの確認ができてりゃなあ」
「言ってもしゃーない、そういうのも含め手持ちのカードで勝負するしかないってやつだ───きみの準備はいいかい?」
「おうさ、アイテムも筆記用具も万全だ」
んじゃ行くか。小さく頷き合って2人はゲートをくぐった。