〈地下道〉というやつにはモンスターやトラップの他にも様々な厄介オブジェクトが存在している。
例を挙げるなら今までにも何度か出てきた即死水域や、歩いたり触れたりすると電撃の走る〈
最終チェック用のエネミーが用意された区画に向かうオーリ達が出くわしたのも、そんな面倒な仕掛けが施された地下道にはびこる試練、あるいは悪意のひとつであった。
「うっわ、
「むしろ今までかち合わなかったのが不思議なくらいだったぜ」
眼前に広がる、地下道に満ちる闇よりなお暗い闇が煮凝った通路がいくつか並ぶ区画を前にして少年達は顔をしかめた。
暗黒地帯───侵入すると一寸どころか目と鼻の先さえ見えなくなっちまう上に、原理は不明だが魔法によるものだろうと松明だろうと明かりが意味をなさなくなる区画だ。字のごとく空間そのものが真っ黒に塗り潰されているので通りたくなきゃ回避は余裕なのだが、大抵は今回のように目的地の途中に存在しているのでそれもままならない。
暗いだけなので単品での実害は皆無なのだが、ほぼ目隠しのような状態で歩くという困難に加えて別口の罠区画がセットの場合もあるから油断はできない。
オーリは一番近くの通路の壁に軽く手を当てた。
「……どうやら放電壁の心配はなさそうだ」
「とはいえこの先もそうとは限らんけどな。なんかあったら即、逃げるか魔障壁貼れるようにしとけよ」
「おーう」
オーリ達は慎重に闇の中へと身を投じた。
…………
そうしてしばらくの後、
「痛ったあ!」
「おい、大丈夫か」
暗闇の中、壁に正面衝突して目から火花、口から悲鳴を上げる相方(がいるはずの方向)へと呆れに近い声をフェアリーくんがかけた。
この間抜けな有り様も何度目だろうか。オーリはおでこを押さえて泣き言をこぼした。
「うぅ……こんなにコブだらけじゃあここを抜ける頃には日野日出志先生の漫画に出てくるフリークスみたくなっちまいそうだ」
「コブから滲み出た七色の膿を使って絵描きにでもなれ」
冷たく言い捨てるフェアリーくんだった。
相方が痛い目に遭ってるのにそれはなかろうと思われそうなもんだが、彼とて最初こそきちんと心配してはいたのだ。
どうせ痛いだけで大したダメージがあるわけじゃないのと、何度も何度も繰り返しで拝む羽目になった醜態を前にそんな気持ちも失せたというだけで。
「ちゃんとした盗賊職さえいりゃこんなことにゃならんのだけどなあ……やっぱ魔法だけじゃどーにもならんな」
ないものねだりにオーリが嘆く。
きちんとレベルを上げた盗術職は目隠しした状態でさえ常と変わらぬ活動を可能とする。いわんやこんな状況でも通常区画と変わらぬ探索をしていられたことだろう。
一応、超術の中には現在地を中心とした数区画の構造を罠の存在等も含めて完全把握するというものがあるのだが、それにしたところでその情報を元にきちんと対処ができるメンツを揃えて初めて活かせるものでしかない。
「なんにせよ引き返そう。隣の通路からやり直しだ」
「おーう。次こそ“アタリ”が引けるといいな」
Uターンした2人はマップに情報を書き込んでから再度、隣の通路に広がる暗黒地帯へと侵入した。
そうしてしばらくの後、
「痛ったあ!?」
「…………早く出られるといいな」
彼らが通路を抜けるためには、さらにコブを3つほどこさえる必要があった。
◇
涙目とタンコブだらけになりつつもなんとか暗黒地帯を抜け、さらにいくらかの区画とそこに湧くモンスターを退けた末、オーリ達はチェックポイントに到達した。
「これはひどい」
眼前に広がる光景に開口一番、2人が発した言葉である。
そこは先にテストを終えたらしい連中によって死屍累々の有り様だった。
ちなみに力尽きて放心状態でいたりぶっ倒れてたりダイイングメッセージ書いてるなんてのはマシな方で、死にかけてたり普通に死んじゃってたりするやつもゴロゴロいてる。
さながら末期戦を舞台にした戦争映画の終盤みたいな地獄絵図を見渡してオーリはふと思いついた。
「テストが終わっても魔法に余裕があったら、こいつらに回復魔法を言い値で売りつけてひと稼ぎできるんちゃうか」
「悪くはねえけど、皮算用したけりゃまずはやること終わらせてからだ。下手をこいたらぼくらもあいつらと一緒に転がっちまうんだぜ」
それもそうだ。頷いたオーリは出入り口にスッ転がりながら「お父様、お母様、先立つ不孝をお許しください」だの「三日とろろおいしゅうございました」だのと、たわけたことを口走ってるバカタレどもを区画の脇っちょへ蹴り転がした(既視感のある絵面だ)。
邪魔な連中を片付け終わったところで試験を終えたらしいパーティが出てきた。
彼らに道をゆずるとその内の1人、他のメンツとは一線を画すデカくて頑強そうなガタイに革鎧と
「よう、オーリ。今からテストなんか」
外された兜から出てきた顔は誰あろう、以前オーリに恋愛相談をしてきたバハムーンの少年だった。
パーティの面々に断りを入れた彼はオーリの横っちょに浮かぶ美少年の姿に一瞬、怯んだ様子を見せたが、すぐにそっちは無視を決め込むことにしたらしく“にか”と笑顔を見せた。
「お前のことだからとっくに終わらせてたのかと思ってたんだけどな、ずいぶんと手間取ったみたいじゃないか」
「んー……まあ色々とゴタついちゃってね」
「知ってるぜ、厄介な連中と組んじまったんだろ」
バハムーンくんは意味ありげな視線をオーリの道具袋へ送った。
「言ってくれりゃ俺ンとこに誘ったのによ。お前ともあろうモンが早まったな」
「耳が痛いね。でもせっかく幸せそうにしてる若人のとこにお邪魔して、馬に蹴られたりトーガ・ラマに踏んづけられるのもな」
「ああそれだ、そのことについての礼もまだだった。面倒な頼みを聞いてくれてありがとうな───色々と骨を折らせちまったらしい」
「ま、頼まれたからにはね。二言三言で知人が幸せになるなら骨折りでもなんでもねーよ」
彼の言う「頼み事」とは例の彼女さんとの交際における口さがない輩への対処とフォローのことだろう。妙なことを言うやつを見つけてはそれとなく訂正と注意をして回ったのだ。
アホとバカタレ多めではあってもそこは実力こそが物を言うこの界隈、仮にもマスターレベル到達からの転科経験までした者の言葉は重い。ほんの数日もすれば火種はボヤにもなれず立ち消えになった。
そこでふとオーリは首を巡らせた。
「で、その彼女さんはどーしたよ、見当たらないみたいだけど……一緒のパーティじゃなかったんか」
「あー……それならあそこだよ」
ちょっと気まずそうな表情でバハムーンくんは出入り口の辺りを指さした。
そちらにオーリが視線を向けると顔を半分だけ出してこちらを伺う、柔らかそうな亜麻色の髪をアンダーツインテールにした少女と目が合った。
オーリの胸元にも届かないちっこい背丈と童顔のせいで同年代とは思えぬほど幼い印象(つまり典型的クラッズの外見)の少女は“びくり”と身を強張らせて出入り口に引っ込み、それからまた少しだけ顔を覗かせた。
「なんか……ものすげー警戒されてんだけど」
「まあなんだ、ちょっと人見知りが激しいだけだからあんま気にせんでくれや」
「無理だよ。気になって仕方がねーよ」
クラッズさんはこちらを伺いつつ何か動きがある度に「フーッ」とか「シャーッ」と奇声を上げ、バハムーンくんは困ったような顔を浮かべた。
「まあなんだ、ちょっと変だけどあんま気にせんでくれや。あの子、緊張したりテンパると言語機能が著しく後退して野生に還っちゃうんだよね。さっきのテストで結構、苦戦しちゃったもんでさ」
「明らか“ちょっと”や“気にすんな”で済まされていい問題じゃねーだろ」
「ちょっとのことだ。気にすんな」
馬鹿2匹のやり取りも知らず、クラッズさんは目に涙まで浮かべてこちらを睨みつけ威嚇までしている。
「ねえ……なんであそこまで敵意を向けられなきゃいけないの。さすがに傷ついちゃうんだが」
「そりゃあ仕方ねえわ。お前らの噂とか耳にしちゃったもんでな」
「ウワサとな、どんなよ」
「聞かねえ方がいいぞ。さすがの俺もその場で爆笑したからな」
他人にとって笑えるネタが当の本人にとって笑えるものになるとも限るまい。オーリは渋い顔をしつつ引き下がった。
ンなことより今は喫緊の課題をこそ片付けねばならないのだ。
話を切り上げエネミーの湧出地点に向かおうとすると、バハムーンくんが呆れとも感心ともつかない微妙な顔で訊ねてきた。
「2人だけでねえ───気を悪くせんでほしいんだが大丈夫なのか? 俺らもそこそこ程度には手間取ったぜ」
「まあこっちも無策のまま当たって砕けろてなわけでもないんでね。勝算だってそこそこ程度にはあるのさ」
「さすが抜け目のねえことだ……無理すんなよ」
「おーう」
バハムーンくんへ軽く手を振り、オーリ達は実技試験の会場に足を踏み入れた。
◇
試験会場はセメタリーのほぼ中央部分、通常区画3×3の空間で構成されている。
二人が湧出地点となる真ん中の区画に侵入するや区画の床が幾何学模様を描いて光り、その模様に沿って膨大なコード情報が流れ込んできた。
極限まで圧縮された情報は区画の中心部に集い渦を巻き、渦は螺旋を形作り、空中へと内包された設計図に基づいた“存在”を形成していく。
これこそが現化物理学───情報と物質の境界を操り無から無尽蔵を生み出し、実を虚に入れ替える超古代文明が到達した奇跡。
多くの冒険者にって為された長年に渡る探索と解析によって、学園と関係機関の技術陣は極めて限定的ながらその奇跡を一端なりとも再現することを可能とした。
果たして少年達の前に実体化したのはカニとシャコ貝をハエ男の恐怖に出てくる物質転送機にでも叩き込んだら出来上がったようなモンスターだった。
こんな不気味な生物が壮年期のゾウほどもある大きさを伴って出現したとあっては、並の神経では戦意喪失どころか逃げる気力さえ蒸発しちまうってなもんだ。
ただし、ここまで到達できたのはとっくに“並”とは縁を切った連中に限られるわけではあるが。
準備は万端、2人は所定の打ち合わせ通りに手札を切った。
「───魔術 Lv7 パーティ
レベル7帯の魔力を一息に持っていかれた反動にふらつくがそれも一瞬のこと、二人の全身に溢れ出さんばかりの暴力的エネルギーが満ちていく。
この魔法───厳密には魔力で励起させた地下道の権能によって得られる加護の力は合計7つ。その中からランダムに3つが選ばれ、術者はその内1つのみを選択することができる。
「まったくすっげーもんだ。誰が相手だろうと負ける気がせんぞ、こりゃあ」
堪えきれないとばかりにフェアリーくんが深く息を吐いた。
今回、二人が選んだのは『魔力強化』と『防護』の加護だった。前者は読んで字のごとく魔法の威力を、後者は守りに関する力をべらぼうに上げるものだ。
それにより今このときだけ、彼らは最大熟練者の魔力とAC-10クラスの守りを兼ね備えた無敵の怪物と化す。
「一発でお目当てを引けるとは、俺らツイてるぞ」
「そうかあ? ここに来るまでの経緯を考えりゃ、いいとこトントンくらいじゃね」
「そこはそれ。ツイてると思いねえ」
「知ってっか。そーゆーのを自己欺瞞っていうんだ」
「お互いの解釈については後々じっくりするとして───まずは目の前の課題だな!」
オーリは魔障壁を展開、バカ話してる間にすぐそこまで迫ってた超巨大トンチキカニ(後で知ったのだが『ダイオウバサミ』というモンスターだそうな)の突進を受け止める。
さしもの障壁も一撃で砕け散ったが懐に潜り込む時間は稼げた。襲い来るダイオウバサミの前腕をやり過ごし、オーリはどてっ腹(本当に腹なのかは不明だが)めがけて渾身の力で銅槌を叩き込んだ。
「おーう。精々、ぼくに危険が及ばないように立ち回ってくれや!
───魔術 Lv4 ソロ 土刃」
オーリの打撃に怯んだダイオウバサミにフェアリーくんが追い打ちをかける。
通常とは比較にならぬほどの強化をされた魔力の矢はただの一撃でダイオウバサミの武器でもある右腕をもぎ取った。
「おうさ! まかせとけ」
言うやオーリは再度の体当たりを魔障壁で相殺、間髪入れずで叩きつけられた大ハサミは銅槌で弾き返し、返す刀で二枚貝の隙間からのぞく目ン玉を石突で突く。
見た目がこんなでもちゃんと痛覚はあるのだろうか、片目を潰されたダイオウバサミは形容しがたい悲鳴を上げた。
「わあ、うるっせぇー! しかも痛ってぇー!」
悲鳴を上げたのはオーリの方だった。
どうやら
「───超術 Lv7 ソロ
回復魔法を唱えたオーリは罵倒と一緒に反撃。残りの目ン玉も叩いて潰す。
ダイオウバサミもお返しとばかりに残りの左腕を振りかぶるが、すかさず撃ち込まれたフェアリーくんの魔法によってそちらも使えなくなった。
「部位破壊は基本。STGなら発狂モード突入だが、おめーはどんなもんだ。
───
冷たく言い放ったフェアリーくんが十八番の超高速詠唱によって魔法を連続起動。
凄まじい速度で撃ち込まれた怒涛の追い打ちによってさしものダイオウバサミも地に伏した。
そして数瞬の間を置いて横たわった巨体にノイズがはしり───ダイオウバサミは風に吹かれた砂の器のごとくその身を空に溶かして消えた。
「……どうやら、俺らの勝ちだな」
お疲れちゃーん。銅槌を肩に担ぎ、オーリは相方へと間の抜けたねぎらいの言葉をかけた。