男子冒険者学校生の日常   作:puripoti

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第29層 ひと夏の経験値

 

 テスト期間も終わり、パルタクス学園はあちこちが難儀を終わらせ一息ついた安堵感と、その次にやってくる長期休暇への期待感がまぜこぜになった感情的エネルギーによって飽和状態になっていた。

 

 無論のこと、全員が全員とも“無事に”済ませられたわけではないにせよ、あるいはその次にやってくるであろう、採点結果、追試、成績通知、補習、親への言い訳、教師への泣き落とし、不貞寝、開き直り、現実逃避等々……数々の困難試練艱難辛苦(かんなんしんく)七転八倒もあるにせよ、今このときくらいは浮かれた気分でいるくらいは許されてもよかろう。

 

 とはいえ、この常識という言葉から果てしなく縁遠い学園における浮かれ気分というものも、やはり常識の範囲では収まるものではなさそうだが。

 

   ◇

 

 様々な騒動、悲喜こもごもの事件、出会いと別れと三行半(みくだりはん)、てんやわんやな日々に彩られた今学期も最後を迎え、教室にて渡された通知表を眺めながらオーリは感想をこぼした。

 

「ぼちぼちってとこかー。ま、俺の脳ミソの出来を考えりゃ上々てなもんだから贅沢も言えんな」

 

 客観的には『悪くはないけどなんか微妙』といったところだ。

 

 筆記も含めた実技面───現在のレベルに各地下道の踏破状況、出くわしたモンスターにアイテムドロップの傾向に関するレポート、クエストの受注件数などは中々の高評価だが……肝心のパーティ運営に関わるもの、特に期末試験において所属パーティがほぼ壊滅状態という部分が足を引っ張ったのがこの評価の理由だ。

 

 それを横から覗き込んだフェアリーくんが冷静に批評を加える。

 

「他パーティに回復魔法を───しかも足元を見て───売りつけるくせに手前の(一応)仲間は放置ってのがダメ押しになったくさいな。蘇生はしてやったから目こぼしイケると思ったんだが、やっぱ甘くはねえか」

 

 教師連中は間違いなくぼくらのやらかし(見殺し)を察してるから、それへの警告もあるんかね。そのように語るフェアリーくんは筆記がほぼ満点なので、総合では上の下くらいの位置である。

 彼自身は「残念ではあるが覚悟もしてたからそんなダメージもねえわ」と諦観にも似た納得をしているようだった。

 

「しかしバラつきがあるけどいい点を取ってる講義もあるんだね、おまえ。まんべんなく平均点前後だと決めつけてたよ」

「そんな間違ってない。好きな科目はちゃんと勉強するとかいう、ありがちなやつ」

「ああ、普通の学徒や冒険者なら受講なんざしねぇ、この迷宮史学とか地下道技術論とか───妙な雑学に詳しい理由はそれか」フェアリーくんは合点がいったと頷いた。「言うてどんだけ好きでも馬鹿には“つれない”のが勉強ってもんだからな、来学期はパイセンに約束した通り一夜漬けと縁を切っちゃどーね? おまえならきっといいとこまでいけるぜ」

「きみにそうまで言われるとやる気も出てくるね。そうさな……休み中でも図書室は空いてるそうだし、たまにゃあガリ勉の気持ちになるですよ」

 

 手始めにぐるぐるメガネでも買おうかな。バカなことを口にするバカタレが通知表をカバンに詰め込み視線を教壇に戻すと、そこではユーノ先生が夏季休暇中における諸々の説明を、教室内に蠢く通知表やら各種注意事項のプリントやらバイト雑誌に観光案内に怪しいパンフレットにうさんくさいチラシを手にした学徒達にしている。聞く耳を持つ輩は少数派のようだ。

 

 

「あんたら、長期休暇つってもサボっていいとか思ってるんじゃないよ。休み明けからは新しく解放される地下道も増えるし、比例して授業の難易度も爆上がりだ。泣きを見たり保健室送りになったり死んだり灰になりたくないなら、予習復習・地下道巡りにレベル上げを欠かさないこと。いいわね」

 

 

「あい」

「はあい」

「うぃーす」

「ねー、学校終わったらみんなでどこか遊びいこうよー」

「暑気払いに学食大路にでも繰り出してパーッと遊ぶかぁ」

「その前に先立つもんがないとなあ、どこかに短気で稼げるバイトはないかな」

「冒険者なんだからそこはクエストで稼ぎなって」

「カチューシャ可愛や別れの辛さ」

「今日くらいは浮世を忘れて羽根を伸ばしてぇね」

「俺ぁむしろ成績のことを忘れてえよ。父ちゃん母ちゃんへの言い訳どーすっかな……」

「地下道がもうちょい解放されてれば海でも山でも行き放題なのにね」

「転移魔法が使えなきゃ意味なくね」

「その前に海山近辺の地下道は今のウチらじゃ秒で死ぬつーの」

「そういやドークス先生が遠出のためのアイテムを開発したって言ってたなあ」

「お嬢さん、セブンハンド・カエサルのたてがみ買わない?」

「なあ、今日は彼女との初デートなんだけど女の子が喜んでくれる場所ってどこだと思うよ」

「くたばれ」 「灰になれ!」 「ロストしろ!!」

 

 

「手前ら、言ったそばから人の話を忘れてるんじゃあない!!」

 

 

 馬耳東風の総天然色見本がごときクソガキどもに教壇に拳を打ち付け怒鳴るユーノ先生だったが、すでに意識を遠く彼岸のさらに彼方、夏休みの予定へ飛ばしてる連中への効果は薄いようである。

 

 その後も先生による長期休暇中における学内の利用可能施設や各種予定等の説明が行われ、そのほとんどが右から左に聞き流され、ただでさえ強度に不安のある先生の堪忍袋の緒が気持ちの良いキレっぷりを見せ鉄拳制裁にチョーク狙撃が学徒連中に叩きつけられを繰り返す内にとうとう授業終了───つまりは今学期の終わり───を知らせる鐘がパルタクス学園の隅々に鳴り響いた。

 

「おぉ、なんたる不毛な時間であったことか」

 

 同情混じりにつぶやいたオーリの視線の先で、肩で息をするユーノ先生が〆のセリフを愛すべき教え子たちへと送ることとなった。

 

「じゃあこれでHR(ホームルーム)も終了だ。さっきも言ったけど休みといえども刻苦勉励の志を絶やさずパルタクスの学徒として恥じることのない……」

 

 恩師のありがたき言葉も届かぬまま、学徒どもはカバンを手に「ひぃやっほ───っ!」と歓声を上げて我先に廊下へ駆け出していった。身体能力に自信のある連中、空を飛べる連中にいたっては廊下も使わず窓から外に文字通り『飛び』出ていく。

 しかも“それ”は、ここだけではない。隣の教室も、その隣も、さらにその隣も───なんということか廊下の窓の向う側に見える教室からも、やっぱりその両隣からも!

 

 今や学園中の教室という教室から、さながらヌーの大移動かはたまた海を目指すレミングのごとき勢いで学徒達が吐き出され、廊下に満ち溢れ、その全てが全力で爆走していた。

 

 どこへ? と聞かれりゃもちろん外へ! うだるような空気も燃え盛る日差しもかき分けてその先にある夏休みの日々へ!

 お祭り騒ぎに脳を焼かれた学徒達が一斉に大移動をした反動や衝撃によって、学園のあちこちで教室の窓や扉や床や壁が砕け散るが誰も気にしない。そんなことより休みだ! 遊びだ! 後のことなんて長い長い休みの後にでも考えればそれでよし! さあ友よ仲間よ若人よ急げや急げ! 夏休みはいつまでも待ってはくれないのだから!

 

 

 

 遠ざかっていく歓声と足音と羽音の混声合唱曲へと苦々しいものを向け、教室内に“ぽつねん”と残されたユーノ先生はひとりつぶやく。

 

「……あのガキどもめぇ、新学期が始まったらひどいからね」

 

 他には誰もいない教室へ、忌々しさに満ちた声だけが虚しく響いた。

 

   ◇

 

 今学期最後のHRが終わってからしばらくの後。

 

 目ン玉を攻撃色に変じた王蟲ばりに暴走する学徒の群れから抜け出したオーリとフェアリーくんは、校門近くのベンチに腰掛けて駄弁っていた。

 どうせ今からじゃ他の連中で大路も常よりごった返してるから、落ち着くまで一休みしていこうと考えたのだ。十中八九、落ち着かないだろうけど。

 

 ベンチの傍にはなんだかご利益の有りそうな風情のデカい木(学徒達は『伝説の樹』などと吹聴しているが何の伝説があるのかは誰も知らない)が生えており、その木陰によってこんな真夏日の最中であっても居心地が良い。

 

 ひとしきり話も終わったところでフェアリーくんは夏休みの予定を訊ねてきた。

 

「おまえもぼくや他の連中みたく実家に帰るんか」

「うんにゃ、俺は学園に残るよ。新学期までに僧侶学科へ転科する準備を済ませておきたいし、休み期間中で人がいない間なら割のいいクエストにもありつきやすいだろうしね」

 

 どうやらこいつ、またぞろぼっち探索で荒稼ぎをする腹づもりのようだ。

 呆れと心配を半々にする相方をなだめるようにオーリは続ける。

 

「それ以外だと今までの稼ぎを実家に送ろうと思っとる」

 

 自分の生活費に装備品等の必要経費やらを差っ引いたものだが、それでも結構な額になった。

 それを一度に全額ではなく、いくらかに分割してそれぞれを月イチで送る予定なのだ。

 

 なお小分けにしたのは万が一の入り用に備えるためと、先にも述べたようにかなりの大金なだけに一度に送ってしまうと家族から無茶なことをしてるのでは、などという心配をさせるのではないかと危惧したからである。

 これは子の成功を喜ばぬ親はいない云々とかいう無邪気な話とはまったく関係がない。ほんの数ヶ月前、学園の門を叩くまでは読み書きも満足にできなかったぼんくら息子が、急に目の玉飛び出るようなお金を送って寄越すなんて普通は猜疑と不安の種にしかならないものだ。

 

 それらを聞いたフェアリーくんはちょっと複雑そうな顔をした。

 

「ん……おまえはえらいね。ぼくもちったぁ見習って、パパやママへ土産物のひとつも買っておくかな」

「何を買うのさ。パルタクス名物あほたこまんじゅう?」

「そんなもん買うくらいならヘソ噛んで死ぬ」

「お土産に関しては否定しないけど、人それぞれに事情ってもんがあるんだし見習うとか必要なくね。俺と違ってきみのお家は余裕があるんだろ、元気な顔を見せてあげることが一番の親孝行さ」

「おまえはいいのかよ、顔を見せんでも?」

「古人いわく『便りがないのは良い便り』」

 

 とはいっても何の便りもよこさぬでは親不孝もいいところだわ寝覚めも悪いわなので、誰ぞに代筆してもらったという体の手紙くらいは出すつもりだが。

 

「なんだってそんな回りくどい───あー……うん、そうだな。それがよかろ」

 

 一度は首をひねったフェアリーくんだったが、すぐにそこらの事情も察して頷いた。

 

 都合、数十回に及ぶレベルアップにより、今や冒険史の教科書全文から現化物理学の序論を諳んじるくらいまでこなすオーリだが、それをもたらした事情(つまりはレベルアップを含めた地下道の恩恵)も冒険者でない向こうさんに分からぬ以上は喜びよりも困惑混乱の元にしかならない。しつこいようだが少し前までは文字も書けなきゃ簡単な計算もダメというアホの子どころか頭のアカン子でさえあったのだ。

 

 段階をすっ飛ばした成果というやつは、それを享受する本人はともかく周りまで瑕疵なく幸福にするとはかぎらない。

 

「どーかついでがあったらうらにわの とりねずみのおはかに花一輪でもそなえてやりたいね」

 

 よくわからないことを言いながらオーリは肩をすくめた。

 産まれてこのかた花なぞ買ったことすらない身だが、家に帰るときには綺麗な花束送るくらいの気遣いは得ておきたいもんだ。

 

   ◇

 

 そして迎えた夏休みの初日。

 

 地下道のポータルを使って帰省する(忘れられがちだが〈地下道〉本来の存在意義とは数千kmの距離を数十~数百mに縮める大陸中の輸送や流通にこそある)相方と知人、クラスメイト連中を見送ったオーリは校内を散策ついでに歩いていた。

 

 普段なら学徒達がせわしなく行き交う時間帯も、かしましさの元がいなくなった今は静かなものだ。

 水底のような静寂に沈む廊下をひとり歩く。

 

 ───考えてみりゃ入学してからこっち、寮と教室と地下道……ほとんどこの3つを行き来するだけの毎日だったな

 

 それにしてはえらく濃密というか安食堂より濃いめの味付けがなされた日々ではあったが。

 つまりは『青春』の一節に語られたようにどんな環境や状況であれ、心がけひとつで充実も不足もするということなのだろう。

 

 感慨にふけりつつ見知らぬ教室が並ぶ廊下を歩いていると、背後から聞き覚えのある声がかけられた。

 

 

「あら、珍しいところで珍しい子を見かけたわね。どうしたの、こんなところで」

 

 

 振り向くとそこには何冊かの本を小脇に抱えたユマ先輩がいた。

 

「先輩、おこんにちわ。ちょいとした散歩みたいなもんですよ」

 

 小さく頭を下げて挨拶をしたオーリは先輩の手にした本の数々に目をやった。そういえば以前にも待ち時間で読書をしてたが、これが彼女の趣味だったりするのだろうか。

 オーリの視線に気付いたユマ先輩は抱えたものの中から『ドワーフ村殺人事件』なる書籍を手にとって見せた。

 

「これ? 図書室で借りてきたのよ。皆が帰省から戻ってきたら保健委員もいつもの忙しさに逆戻り。今日くらいは誰を気にすることもなく、ゆっくり本とお茶とで過ごしたいの」

 

 あと、お昼寝も。ちょっと気怠げな吐息を先輩はこぼした。

 

 なんでも昨日は夏休みを迎えたことによる浮かれポンチどもが巻き起こした馬鹿騒ぎの始末に明け暮れ、さしもの先輩とて魔力・体力ともにすっからかんとなっちまったのだそうな。

 現在は学園に残ってる錬金術の教師とそれを受講する学徒達(クエスト扱いで単位も貰えるのでそこそこ割のいいものらしい)が駆り出され学園や大路の補修に回っているとかなんとか。

 

 事情を聞いたオーリはいたたまれない気持ちで頭を下げた。

 

「……なんかもう、色々とすみません」

「いいのよ、あなたが悪いわけじゃなし。そうやって気にしてくれる人がいるだけで充分」

 

 先輩はいつもの淡い笑みを浮かべた。

 

「ところであなたは読書とかしないの? 今なら図書室を独り占めして静かに本が読めるわよ」

 

 もっとも、本を目当てにあそこを利用する子なんて常日頃からあんまりいないけどね。先輩の眉根と口元にちょっぴり苦めなものが混じったようだった。

 

「それもよいとは思いますけど、まずは冒険者の本分をこなそうかと。相方が戻るまでは俺一人でもこなせるようなクエストでも受けてみます」

「そう。あなたなら心配無用だろうけど、怪我しない程度に頑張りなさい」

「うっす」

 

 ついでに先輩を見習って、自分もなんぞ本でも借りてみようかなとオーリは考えた。

 

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