やることはど派手とはいえ魔法そのものはものの2、3秒で消えた。
ついでにモンスターの影も綺麗さっぱり消えたので、二人は戦闘後のあとしまつ───ある意味ではこれが一番、重要であり本番───を行うことにした。
理由はさっぱり不明だが〈地下道〉で死んだモンスターは死体を残さない。あきれたことについ先ほどまで床一面にぶち撒けられてた手足やら臓物やらの『破片』から血のりまでキレイさっぱり消え失せているときた。
代わりにいつの間にやら、そこかしこに妙ちきりんな物品が転がっている。
俗にドロップアイテムと呼ばれるこれらの回収が冒険者の食い扶持となるのだ。
「んー……素材と食料品かあ。やっぱし〈宝箱〉も出さない野良じゃこんなもんだよなあ」
オーリはぼやきつつ学徒へ支給されている〈道具袋〉に集めたアイテムを収めていく。
詰め込まれる物品の大きさや量は明らか袋の容量を超過しているが、そんなもん一々気にするようなのが冒険者学校の門を叩こうものなら3日保たずノイローゼだ。
食料品を袋に詰めようとしたところでフェアリーくんが声をかけてきた。
「そいつは今〈鑑定〉してやるから寄越しな。素材はここ出るときにまとめてやったる」
「さんきゅ、じゃあ頼んだ」
地下道で入手したアイテムはある理由で〈がらくた〉という謎物品としてのみ観測される。
当然、そのままでは使い物にも売り物にもならないので〈鑑定〉という作業を行い中身を見極める必要があるのだが、利用回数に限度のある魔法に頼らずそれを可能とする鑑定技能を扱える学科は司祭を含めて二つのみ。見るものを腰砕けにさせる美貌をのぞけば、およそ人好きとは無縁なこの美少年が所属パーティのみならずあちこちで重宝されるゆえんでもある。
鑑定の結果は『おにぎり』がいくつかと『ハニートースト』だった。なんでモンスターぶちのめしたらそんなもんが落ちるんだよとかは考えるだけ無駄である。そういうもんなのだ。
それらをあらためてアイテムを道具袋に入れ直していると、フェアリーくんがトーストをくれとねだってきた。
「鑑定はあれで結構、脳ミソ疲れるんだよね。ご褒美ってことで」
「ええけど俺にも半分くれない?」
「しゃーねえなあ」
半分こにした新鮮な採れたてトースト(言葉にすると意味わからん話だ)をかじりつつ二人は探索を再開した。
先にも述べた通り何度も踏破した地下道なので地図を開く必要もなく、記憶のみ頼りに魔法禁止区画を避けて慎重に、しかし確実に歩を進めていく。
余談だが現在、彼らが位置するのはホルデア登山道R1スレッドといい、ここから最深部の
R1の出入り口は当然パルタクス学園だが、L1の出入り口といえばこれが不思議なことに学園からずいぶんと離れたところにある〈ホルデア山脈〉という場所に出てしまうのだ。
急行の馬車を走らせても1週間はかかるような距離を、最短距離なら徒歩でさえ1時間足らずに縮める。これにどれだけ莫大な価値が出るかは言うまでもない。
先のモンスターをはじめとした危険を承知で、〈地下道〉の探索が続けられる所以のひとつでもあった。
そのR1出入り口座標のちょうど真逆に位置するポータルを通ってCに到着、そこから半分ほどを歩いたところでミルワンの効力が切れたのでかけ直し、さらに数区画を移動したところでまたモンスターの影を発見した二人は物陰に隠れつつ相談した。
「───ツイてるね、連中こっちには気づいてない。先制攻撃でイケる」
「だったらぱぱっと殺っちまおーぜ。なんか作戦とかある?」
「あるわきゃねーし、そんなの。俺が突っ込んで
「あいよ。手が空いたらなんとか援護してみるわ」
おうさ。短く応え、オーリは物陰から飛び出しモンスターの群れに吶喊した。
魔法使いのイメージからは想像もつかぬ俊足で一息に距離を詰め、まずは一番手前にいるシャーク───人間の体にサメの頭を乗っけた、超低予算やっつけホラー映画に出てきそうなモンスター───の脳天めがけて
いきなりのことにモンスター達は混乱している。こちらの思うつぼだ。立て直す暇を与えず、返す刀で両隣のシャークにも渾身の一撃を叩き込む。
向かって右のやつは打ちどころが良かった(悪かった?)お陰であっさり昇天してくれたが、左側のやつは耐えた。
───さすがにいつまでも、慌てたままじゃいてくれんな
幸いなことに致命傷とまでならずとも怯ませるくらいはできたので、その隙に腰にぶら下げたサブ装備のダガーを抜いて心臓───があるはずの場所───に叩き込み、あらためてあの世逝きにしてやった。
これでまずは1グループを始末できたが獲物はまだ残っている。シャークたちの後ろに控えていた空飛ぶクラゲみたいな気色の悪いモンスター、イソギンボールの群れが触手を伸ばしてくるが、
『───魔術 レベル3 グループ
良いタイミングでフェアリーくんによる魔法の援護、〈熱〉の因子を含んだ魔力の矢が叩き込まれ、イソギンボールのグループも全滅した。
一人探索ならここで総がかりのフクロにされる苦痛に耐えながら魔法を唱えて数を減らすという苦行をやる羽目になるのだが、やはり仲間がいるというのは段違いに心強く、何よりありがたい。
だがその安心が隙となるのだからままならないものだ。イソギンボールの死骸を越えて、野生の猿くらいの大きさの影たちが“わらわら”とまとわりついてきた。
「うげっ」
歪にデカくて表情の読めない頭部に取ってつけたような形の手足という、心に問題を抱えたクソガキの作ったカカシみたいな見た目のモンスターだった。
ゴブリンだ。力も弱けりゃ頭も弱く、攻撃にいたってはしがみついた相手をひたすら殴る蹴るだけの連中だがとにかく数が多い。あっという間に全身たかられてフクロにされてしまう。
「うわぁ、痛った、痛っ! 痛いってんだよこのやろー!!」
罵声を上げつつ首元にしがみついてたやつの頭を鉄板仕込んだハチマキによるヘッドバットでカチ割り、左腕を抑え込もうとしてたやつは腕ぶん回して地面に叩きつけ、自由になった手でダガーを振るいもう片方の腕を抑えてるやつの首を掻っ切ってから腹にしがみついてボディーブローをかましてるやつの延髄に打ち込む。
もうこの時点で大量殺戮を敢行したB級スプラッターホラーの殺人鬼みたいな有様になっちまったが気にしてはいられない。両足をぶったり蹴ったりしてるやつらの頭めがけてクラブを叩きつける。こいつら脳ミソがスッからぽんなせいか、やたら良い音が響いた。
最後に背中にへばりついてるのを引っ剥がし(この期に及んでなお、逃げもしないでしつこく殴ってるのはさすがだった)、腹いせも兼ねて頭を数回ほど床に叩きつけて大人しくさせたところで土手っ腹にダガーを一突き。ようやっとエネミーを全滅させて戦闘終了。冒険者というより場末酒場で暴れるチンピラがごとき無様な戦いだが所詮はトーシロ同然の冒険者の卵、しかも駆け出し魔法使いによる前衛職ごっこなんてこんなもんだ。
───あ゛ー……ちょー痛ってぇ。バカスカぶん殴りよってからに……
さながら真夏日に散歩した犬ころのように息を荒げてオーリは大の字にぶっ倒れた。硬くひんやりとした床の感触が無性に心地いい。
しばらくすると息も落ち着いてきたので“むくり”と体を起こして状態確認をする。
乱闘中にどばどば分泌してたアドレナリンが切れたせいだろうか、身体のあちこちが痛みを訴えかけてくるが命にかかわる出血や骨の異常はなさそうだ。もっとも前衛職でないとはいえマスターレベル到達者がこんくらいで死にかけてりゃ世話ないが。
「ひっでー有様だなあ、回復魔法いるかー?」
退避先から降りてきたフェアリーくんが、いつもの心配してんだかしてないんだか判別しにくい口調で訊いてきた。
ありがたい申し出ではあったが、まだ探索は始まったばかり。こんなところで魔法を無駄にするわけにもいかないので謝辞することにした。
しかし口が上手く動いてくれない。
仕方がないのでオーリは首を横に振ることで応え、道具袋からさっき手に入れたばかりのおにぎりをいくつか取り出してかぶりついた。さんざかボコられまくって口の中もズタボロになっちまってるので、ほとんど噛まず飲み込むようにしてお腹に収めていく。お行儀の悪さは緊急事態ということで大目に見ていただきたいもんだ。
事情を知らないものが目にしたら、そんなことしとらんでとっとと医者ンとこ行けと怒られそうな奇行だが、別にフクロにされておかしくなったとかではない。これもれっきとした治療・回復行為である。
現に血の味しかしないおにぎりを無理矢理に飲み込むのに同じくして、体のあちこちに刻まれた傷が洗い流されたかのように消え失せ、ついでとばかりにあちこち破けた服まで元に戻っていく。
なんとも不気味な現象だが、これもまた〈地下道〉という常識の通じない世界ならではである。
とにかく死んでさえいなけりゃ、あの世に片足どころか頭のてっぺんまでドブ漬けにされていようが回復魔法かけるかメシ食わせればどんな重症でもあっという間に治っちまうのだ。理由や理屈はわからないがそういうもんなのだ。投げたボールがなぜ落ちてくるのか、一々不思議に思うやつはあんましいない。
おにぎりを2つ平らげたところで怪我もあらかた治った。道具袋からお茶の入った水筒を取り出して呷る。
「あーおにぎりうめぇ、お茶超うめぇ」
思わずそんな声がついて出る。大げさでなく、水と栄養が消耗した体の隅から隅までに行き渡り潤していく気分だった。
聞いた話じゃ高レベル冒険者の中には“これ”を味わうために率先して前に出て、ヤバい怪我を負いに逝くドマゾ系戦闘狂もいるのだとかなんとか。本当ならおっかない話だね。
道具袋に水筒を戻し、一息ついて立ち上がったところでフェアリーくんが訊いてきた。その秀麗な面には普段の彼なら決して見せない複雑な感情が揺れていた。
「おまえって普段からそんな目に遭いながら、ぼっち探索してんのか」
「せやで、さっきも言うたろが」
「聞くと見るとじゃ大違いってこった。……やっぱし、ぼくには向いてないな」
「そうかもね、きみらフェアリーは打たれ弱いもんな」
「そーゆーことじゃねえよ、アホ。実はモンスターに殴られすぎて粗末な頭のネジ落っことしてんじゃねえの」
なんじゃそりゃ。眉根を寄せる少年に答えることもなく、フェアリーくんは腰に下げた道具袋を“ぽん”と叩いた。
とっととアイテムの回収をしろってことだろう。そこはオーリにも異論はない。まだ始まったばかりの探索で、余計なことに時間を割いてもいられないのだ。
…………
回収の結果、いくらかの『素材』が手に入った。
目測だがどれも大した代物ではなさそうなので、全部まとめて売っ払ったところでおやつ代にしかならないだろう。
あれだけ痛い目に遭った結果がこれじゃあ釣り合わないことはなはだしいと思われるだろうが、初歩の地下道における野良モンスター相手の稼ぎなんてこんなもんである。
───晩ごはん代を稼ぐのにどんだけかかるかな
腹中でぼやく少年の視線の先には仄暗い闇。
二人の道行はまだまだ続く。