この世界には名剣、魔剣と称される武具が存在する。
有名どころなら〈降魔の聖剣・デモンスレイン〉、〈歌う星刀・スターブレード〉、〈盟約の剣・エスカリオン〉などがそれだ。
言うてもこれらの大半は伝説や物語の中にのみ語られるホラや与太のご同類なわけであるが、中には大昔の超技術や逸失技術によって作られた『掛け値なしの品』もまた実在しているのが面白い。
俗に〈
「より正確には『カシナート』っていう、大昔に名の知られた鍛冶屋さんだかメーカーだかの作ってた武具の総称らしいけどな」
なので巷に流通している武具の中には〈メイルカシナート〉や〈シールドカシナート〉の名前を冠したやつもあるんだとさ。アイスコーヒーのグラスを片手に語るオーリへと、こちらはテーブルに頬杖をついたエルフちゃんが聞き入っている。
夏休みも1/4ほどが消化された昼下がり。学食大路の端っこにある小洒落たオープンカフェにて2人は歓談に興じていた。
混沌と雑然の合体事故によって生まれ落ちた忌み子がごとき大路といえど、そこはお年頃なクソガキを相手する場所。一応はこうした雰囲気のいいお店もあるにはあるのだ。そこから一歩でも離れれば、迷い込んだ子羊のケツの毛までむしらんとする欲望自然主義の化生どもが大口を開けて待ち構えているのだとしても。
彼らがなんでこんなとこにいるのかといえば、夏休み期間中は学徒連中の半数以上が里帰りをすることもあり、食堂をはじめとした学園の施設も必要最低限の部署と時間しか開いていないのが理由だった。他に暇を潰せる場所を求めて大路のお店を冷やかしていた彼女達をオーリが捕まえた。
なお彼女に同行していたパーティの子らはエルフちゃんに用事があると伝えるや「しっかりやんなよ」とだけ言い残してどこかに行ってしまった。なんか誤解されてる気がする。
ミルクとシロップをたんまり入れたアイスコーヒーで喉を潤したオーリは話を続ける。
「中でも特に有名なのは晩年の作となった品でね」
それこそが世に名高き『カシナートの剣』。
手にした者が戦場に現れ柄に仕込まれたボタンをひと押ししたならば、太古の叡智が産物たる超高出力モーターによる回転の力を得たブレードが唸りを上げて、鎧武者だろうが冥府魔道の悪鬼だろうが片っ端からミンチに変えて千軍万馬を向こうに回し獅子奮迅の戦働きを見せたという。
その刀身はいかほど苦難に見舞われようとも決して折れず曲がらず常に持ち主を支えいかほどの敵を斬り伏せようとも曇ることさえ知らず。
質実剛健しかして無骨に陥らず美をまといながらも柔弱とは無縁───まさに名剣の名に恥じぬものであったと伝説は語る。
「またアタッチメントの交換により用途も様々。スイッチひとつで頑強なお肉お魚お野菜もあっという間に粉微塵。離乳食のレパートリーや好き嫌いするクソガキ共の食育に悩むご家庭からも大好評。スーパーや家電量販店にその姿を見せれば瞬く間に売り切れ御免となったとかなんとか」
アタッチメントとやらのバリエーション説明も交え滔々と語るオーリとは対照的に、エルフちゃんが眉根を寄せた。
「ねえ、それってフードプロセ……」
「その名もいや高き無二の名剣カシナート、お台所の頼れる味方カシナート」
「……オーリくんがそう言い張りたいなら、わたしはこれ以上何も言わないよ。でもさー、なんだってそんなヘンテコソードなんか作ろうとしたんだろうね?」
「あー、それ。なんでも当時の王様から、『これカシナートや、そちの腕を見込んで頼みがある。ぺーぺーな新兵でも熟練の戦士がごとき戦働きを為す超すごいソードを作っておくれ』とかいうアホみてぇな注文を受けたんだとさ」
適当に流してそこそこ程度のちょいといい感じソードなりでっちあげりゃよさそうなもんだがそこは当代の一とはなっても二には降らぬ名工、なんか
よせばいいのに試行錯誤をクソ真面目に繰り返し、寝食も忘れ悩みに悩むこと三日三晩に及んだという。
「そんで4日目の朝にな、いきなり『ユーレカ!』って叫んで全裸で街中を駆け抜けたかと思いきや工房に引きこもり、数日の後ついにお披露目の場で『これぞワシが到達した“最強”の答えじゃあ!!』つって自信満々にお出ししたのが件の素敵ソードだったんだそうな」
エルフちゃんは塩と砂糖を間違えた料理を食べたような顔をした。
「それでどーなったの?」
「どーもこうもありゃせんよ。そんなクソバカソード作って王様の面子を台無しにしやがった罪でふつーに打ち首獄門だよ」
よく考えりゃ直前に天下の往来を全裸で走り回るとかいう超変態行為もしてたし。これって良い仕事をしたけりゃ適度な睡眠と休養を取りなさいよという教訓なんかね。
ついでにカシナートさんが処刑されちまった後の工房も責任追及を逃れるためか武器屋は廃業、名前も少し変えて家電メーカーに転身したのだそうな。確かコンビナートだったかクイジナートだったかいう名前。
話を締めくくったオーリは残りのケーキを頬張り、追いシロップしたコーヒーを飲み干す。ストレスと疲労がカロリーを求めるのだろうか、地下道をソロで探索してると甘いもんがとにかくウマくてたまらない。
「でもまあ見た目がバカなだけで威力は本物だったらしいよ。カタログスペックの数字が確かなら、最大出力時には竜属やアークデーモンの首すら撥ね飛ばすって先輩が言ってた」
ただそれを可能とする駆動システムにゃ超古代文明の貴重なアイテムが惜しみなく投入されてたらしいから、そんな代物をこんなおポンチソードに使いやがったのも処刑の理由だったんじゃないかとオーリは考えている。
話を聞き終えたエルフちゃんは頬杖をといてハーブティーに口をつけた。
「まあまあ面白かったよ───それで、きみはそんな与太話を私に聞かせてどーしようっていうのさ」
「食堂のおばちゃんからの
アレがないとメニューのいくつか食べられんくなっちゃうからさぁ大変。失敗しようものなら帰省から戻ってきた学徒連中による、食い物の恨みが降りかかるかもしれぬとあってオーリもそこそこ真剣である。
しかし合成に必要な材料はほとんど揃えてあるので、あとは大元の素材となる物品さえ手に入れりゃいいのだがこれが思ってたより難しい。
錬金術師の先輩に聞いたところによればアイテムレベルが30なので、現在オーリが探索を許可されてる地下道で狙うのはちと厳しいのだ。
「ふうん。それならますます、わたしとお話なんてしてる場合じゃないんじゃね。さっさと地下道を探索してきなよ。もしくは量販店」
「うんにゃ、きみに用があるのはまさにそのことなんだ」
「んー?」
首を可愛らしく傾げるエルフちゃんをまぶしいものでも見るようにオーリは目を細めた。
こうして馬鹿話をしているだけでもふわふわとした幸せ気分をくれるのだから女の子というのは不思議なものだ。
「ここ来る前に図書室のお掃除を手伝ってさ、その駄賃代わりにサラちゃんが情報をくれたんだよ。お目当てのアイテム(ちなみに『回転式泡立て器』という)ならきみ達のパーティがこないだの探索で手に入れたばかりだって」
付け加えるとエルフちゃんが学食大路で暇を潰してると教えてくれたのも彼女である。
「……前から気になってたんだけど、あの子ってばどこでそんな情報を仕入れてくるんだろうね」
「本人に訊いてみればいんじゃね。俺はおっかないからイヤだけど」
違いない。頷いたエルフちゃんはしばし考えてから、
「おっけー、そのアイテム譲ってあげる。パーティの子達はぶーぶー言うかもだけど、そこはなんとか説得してみるよ」
「すまんね。せめて対価には色を付けさせてもらうよ」
「別にいいよー。きみの甲斐性じゃあ何色かもわかんないくらい薄っすい色しか付けられないだろうし。そんなことよりわたしのお願いをひとつ聞いてちょうだい」
「お願いとな」
身構えるオーリへ、いたずらっぽくエルフちゃんは切り出した。
「大したことじゃないよ。今からわたしと一緒に地下道へ行ってほしいんだ」
どうやら今回も骨を折るハメになりそうだが、これは必要経費として目をつぶるべきなのだろう。お銭を出すよりゃなんぼかマシなわけだし。
腹をくくる少年へ“ニヤリ”と意地悪く笑いかけながらエルフちゃんは追加注文を頼んだ。
「それと、ここのお勘定もおなしゃーす」
「あい、あい」
失笑しつつオーリも追加でコーヒーとケーキのセットを注文する。
こんな扱いをされても悪い気分しないのは、相手がとびきりの美少女なせいかそれとも自分がチョロすぎるせいか。
それとも世の野郎どもが女の子に貢ぐ気分ってこんなんか。
◇
もはやおなじみとなった地下道行きポータル前広場にて、武装のチェックをしながらエルフちゃんは語った。
「わたしね、今は〈
神女───戦士系上級学科のひとつだ。
重武装に加えて回復魔法も扱う立ち回りにより、打撃力と継戦能力を高いレベルで両立させる職種である。
……このように説明すると守り重視の典型的タンク職に思われそうだが、しかしてその実態は使用可能なスキルも含めて真逆もいいとこ、死ぬ時は前のめりかスタンディングモードの二択な殴り職だったりする。
なにせ基本の戦術にしてからが持ち前の防御力を活かしひたすら前に出てぶん殴り、殴られたら倍以上に殴り返して多少の傷をくらおうが自前で回復。仲間のことなぞ一切構わずにしぶとく戦場に居座って相手がおっ死ぬまで暴れ倒して打撃を叩き込み続けるという極めて攻撃的というか脳筋的なものなわけだし。
「なるほど、つまりは
「そゆこと。今の時期に潜れる地下道じゃ経験値とレベルアップもたかが知れてるけど、2人編成ならいいとこまでイケると思うんだよね」
新学期始まるまでには転科したいなーと目を輝かせて語られた少女の希望的観測を、しかし少年は容赦なく斬り捨てた。
「無理じゃねーかな」
「なんでだよお」
エルフちゃんは白くてなめらかな頬っぺたをお餅よろしく「ぷくー」と膨らませた。
「きみ話を聞くかぎりじゃ転科申請も通ってないんだろ」
「うん、わたしだってレベルは2桁突破してずいぶん経つのにひどいよね」
「それ多分だけど能力の多寡じゃなくて〈性格〉の問題だと思うぞ」
「わたしのこと、ダメな子わるい子いけない子って言いたいの?」
「ちゃうわ。地下道内における行動とその累積の話。例えばなんだけどさ、きみは今まで
「ぶん殴る」
それだよ。オーリは機嫌の悪いブルドッグみたいな顔をした。
以前にも述べたがマーフィーズというのは地下道内でときたま見かける『敵対行動をとらないモンスター』のことだ。
で、冒険者をはじめとした地下道内で活動する連中がこいつらを襲うと、地下道の履歴に記録されている、その戦闘に立ち会った所属パーティの
分類される性格の種類は善・悪・中立の3つで、例えば現在におけるオーリの場合なら〈中立〉という区分けがなされている。
そんなもん記録することに何の意味があるのかと訊かれても謎ではあるが、冒険者の
そこまで説明し、オーリはエルフちゃんを指差した。
「おそらくだがお前さん含めたパーティ全員、頭のてっぺんからつま先まで〈性格・
上級学科の受講に際しては能力以外にも様々な条件を求められることが多い。
神女の場合だと性別が女性(なんせ学科の名前が神“女”なわけだし)かつ性格属性が〈中立〉であることを求められる。つまり性格をどうこうしないかぎり今のエルフちゃんじゃ夢のまた夢ってことだ。
なお性格といっても今までに述べた通り世間一般で扱われるものとは違い、冒険者にとってのそれはあくまでも現在の能力を数字的に表示したもののひとつに過ぎないので、挽回なり仕切り直しなりはいくらでも可能ではあるのが救いではある。
「いかにモンスター相手といえど入学してからこっち、敵意のない連中さえ見境なしに襲いまくってりゃ
「じゃあ、どーすりゃいいんだよお」
「そら決まっとる。今までとは真逆の行動を、つまりマーフィーズ見かけても襲わずスルーを繰り返しゃえんじゃ」
聞くところによれば地下道のどこかにゃ入れば一発で性格が変更できるプールだか温泉だかもあるそうだが、どこにあるのかも不明な今のところはないものねだりにしかならんだろう。
説明を聞いたエルフちゃんは気楽な風情で笑った。
「そんな簡単なことでいいんだ」
「そんな簡単なことでもやらず終いだったくせによう言うた」
オーリは道具袋からいつもの銅槌を取り出して肩の辺りを軽く叩いた。
「とにかくやるべき事は決まったんだし、後はきみの頑張り次第さ。俺も手伝うからさ、ちゃっちゃと終わらせちまおう」
努めて明るく笑い、オーリはポータル前にスッ転がってるアホ連中を邪魔にならない場所へ蹴り転がした。
◇
方針を決めた2人は〈トレーン地下道〉へ潜ることにした。
ここは学園に入学したての連中が最初に潜ることになる地下道だ。ゆえに別名がノービスロード。
全階層数は3。パルタクス学園においてはオリエンテーリングのついでに放り込まれることもあり、出てくるモンスターの強さも経験値をはじめとした得られるものも相応にお察しである。
現在のオーリくらい成長した学徒達にとっては今さら用もないところだが、C層ではわりかし頻繁に
「大まかにだけど、〈性格〉の変更には10回弱の見逃し行為を重ねればいいって話だよ。経験値含めた稼ぎが目的じゃないんだし、お散歩気分で気楽に回るとしよう」
道中の湧出地点でかち合うことも期待して、オーリ達は遠回りになるようなコースでC層に向かう。
そんなに何度もお目にかかるわけでもないマーフィーズだが、しかし湧出地点を含めた出没率からすればCスレッドを数回ほど巡れば事は済むだろうというのがオーリの目算だった。
だった、のだが……。
◇
Cスレッドに到達後、最初の接敵にて、親愛にあふれた笑顔を浮かべる幽的のモンスターに出会ったオーリは口笛を吹いた。
「おっ、さっそく発見だ。種類もドンピシャでマーフィーズゴーストとは幸先がいい。それじゃあ軽く挨拶でもしてさっさとずらかると……」
「よっしゃあー経験値いただきまぁーす!」
「やめんかバカタレ! さっきの話はどこいった!」
有無を言わせず突撃せんとするエルフちゃんを、とっさにタックル決めることで止めたオーリはそのまま米俵でも扱うようなぞんざいさで彼女を肩に担ぎ区画を離れた。
マーフィーズゴースト氏はいつも変わらぬ笑顔でそれを見送った。
…………
そのしばらく後で接敵したマーフィーズに対しても、
「やぁだあ! わたし経験値ほしぃー! あいつなぐるー!」
「ダメに決まっとろーが! おのれはファミレスのおもちゃコーナーで駄々こねるクソガキか!」
手足をバタつかせて暴れるエルフちゃんを羽交い締めにしつつオーリは区画を後にした。
…………
さらにその後、こちらに怯えたような気配(正確にはそう見えるだけ。モンスターに登録された行動パターンのひとつ)を向けてくるマーフィーズに出くわすも、
「あーっ! このアホついに殺っちまいやがった!」
「オーリくんはしょうがないやつだなぁ。わたしをちゃんと抑えときなよ」
「反省ってもんが微塵も存在してねぇな、この野郎もといこのアマ!?」
「ンなことより残りをさっさとみなコロがしにしちゃおうよ。囲まれてるんだぜ」
「クソァ! おまえ絶対ゆるさんからな、ここ出たらおぼえてろ!」
悪罵と一緒にオーリは
…………
そしてさらにさらにその後、いい加減に慣れてきたオーリが速攻で背後から掴みかかり、
「こらー! 離せ! はぁーなぁーせぇー!!」
「ええい、だから暴れるなちゅーとろーが! ここへ何しに来たと思っとるんじゃ!」
「えっちなとこ触んなー!」
「なら今すぐ大人しゅうせんかい!」
…………
かくの通り3回に1回(最悪だと2回)は取り押さえそこなってマーフィーズをコロがしちまうせいで、彼女の性格変更はやる気のない牛の歩みより遅々としたものとなった。
「水前寺清子の歌かよ」
オーリはのしかかる徒労感とストレスによる片頭痛をこらえながら呟いた。
彼らのつけた足あとにゃ 汚い血の花が咲く。