「……ここらで一杯、お茶とおやつと休憩がこわい」
スレッドを何巡かする頃合いでそのようにぼやくオーリへと、こちらはまだまだ元気一杯のエルフちゃんが呆れたような声で返した。
「えー、まだ始まったばっかじゃん。ノービス周ったくらいでお休みほしいだなんて、オーリくんは体力がないなあ。帰ったらランニングでもして鍛えなよ」
「こちとらが無駄に体力を浪費する羽目になったのは誰のせいだと思っとんじゃあ! このアホ娘!」
あまりの言い草にさすがのオーリも語気を荒げずにはいられない。
彼とてレベル相応に体力と腕力に自信はあるが、それでも純粋な前衛職の相手は苦しい。
むしろしっかり経験を積んだ
……いや、そもそもコイツが無駄に暴れさえしなきゃいいってだけの話だが。
「とにかく休憩だ、休憩。幸い近くに水場もあることだしちょうどよかろ。文句は言わせんからね」
「へいへい。理不尽な要求に文句も言わず、三歩下がって男の子に従う───そんなわたしは美少女の鑑」
昭和の学園漫画に出てくる身も心もクリーチャーじみたスケバンのがよっぽど淑女で乙女だよという声を、少年はかろうじて飲み下すことができた。
◇
スレッドの端っこまで移動した二人はそこで簡易キャンプを張ることにした。
以前にも使った熱伝導率が完全にゼロの物質で出来てるとかいう謎鍋(それにしても何の目的で作られたんだ、これ?)に水を汲み、低レベル帯の火魔法を叩き込んでお茶を淹れる。
オーリの横っちょへ座り茶請けと一緒に出されたお茶へ“ふーふー”息を吹きかけ、エルフちゃんは以前から疑問だったことを訊ねてきた。
「───ねえ、オーリくんはなんだってあの子と一緒にいられるの?」
『あの子』とは相方のフェアリーくんのことだろう。おまんじゅうをかじりながらオーリは慎重に言葉を選んだ。
「なんでと言われてもな……能力に問題はなし。お互いに足りないものを補い合う関係としては、中々のもんじゃなかろうか」
「そんなこと聞いてないだろ。誤魔化すにしても、もちっとやりようはあるんじゃね」
嘘を吐くのが苦手なのはいい人の証拠らしいけど、冒険者ってそれが美徳かどーかもわからん商売だよね。エルフちゃんは下から覗き込むようにしてオーリへと身を寄せた。イヤミをまぶした口調とは裏腹に、若葉色の瞳はいつになく真剣なものをたたえている。
「根はいい子なんです」
「なにそのホメるとこない子供の通信簿定型文」
苦し紛れのたわごとを鼻で笑い、エルフちゃんは続けた。
「そりゃ能力は認めるよ。今の時期なら、まだ〈鑑定〉持ちは希少だってのもね。だけど他の子だってレベルアップはするし、いずれ上級学科を選択できる子も増えてくる。なにより、多少の能力を台無しにするほど口も悪けりゃ性格も悪い、評判だってロクなもんじゃない。そんな子と一緒にいるなんて後々で損にしかならないんじゃねー?」
「どの口がそれを抜かすか。見える範囲での素行と行状に関しちゃ、きみだって“どっこいどっこい”だぞ」
「わたしはいいの、美少女だから」
「あの子だって美少年だぜ。それも、まことに遺憾ながらきみより遥かに上の」
「……ああ、そういやこれも疑問だったんだけどさ、オーリくんがあの子の顔見ても普通にしてられるのはなんで? わたしでさえ少し前までは不意にチラ見しただけでめまいがするくらいだったのに」
そういやそうだ、とオーリは今さらながら不思議に思った。
初めて彼を見たときも周りが惚ける中、ひとりだけ「すごく綺麗な子だな」とかいうダメ小学生の提出した読書感想文よりしょうもない感想しか浮かばなかったわけだし。他より頭の出来が悪い分、美を正確に評価する部分も劣ってたせいだろうか?
「そこら辺も含めて慣れってやつなんだろう。そういやどこかで“ヒューマンとフェアリーは相性がいい”とかいう話を聞いたことあるし」
「わたし、あの子が告ってきたヒューマンの女の子にひどい態度とって泣かせたのを見たことあるよ」
そこで何を目の当たりにしたのかまで彼女は語らなかったが、それ以降はもう彼のことが綺麗なだけの虫にしか見えなくなったのだそうな。
「頭打って目ン玉がナマモノを認識できなくなったやつみてぇなこと言ってんな。……泣かされたとかいう子も、なんか気に障るようなこと言ったんじゃないの」
「ホントにそう思ってる?」
「うんにゃ」
短く否定したきりでオーリは口をつぐみ、エルフちゃんもお行儀よくマグカップを傾けることで話を切り上げることにした。
様々な感情によってひん曲げられた口元をマグカップで隠したオーリは、その先に薄ぼんやりと広がる暗闇を見据えた。
───つーか恋バナ全般が、彼を相手するときの鬼門でね
以前、軽い話のネタに振っただけで彼の面に浮かんだ嫌悪の貌は筆舌に尽くしがたい代物だった。
過去に何があったのかまではしらない。オーリにしても全てを打ち明けてもらえるなどと自惚れるつもりもないから積極的に聞く気もない。なんせ命を預ける間柄とはいえ、所詮は数カ月程度の付き合いでしかないわけだし。
あるいは他者にとっては何ほどのこともない話だったのかもしれないが、それでも彼なりに地獄は抱えて生きているってことだ。
だがそれらも目の前の相手を納得させる説明ができないことにはどうにもならないわけで。
その結果として休むにも似たような説明をするくらいなら黙ってたがマシという先延ばしに落ち着いてしまう。
彼の人が語るごとく彼の人を語る人をしらず。世の中には人を形容する言葉なんてアホほどあるのに、こういうとき適切な擁護の言葉ひとつ浮かばないあたりがこのボンクラの限界ってわけだ。
やっぱ勉強てのは大事だな。今更ながらオーリは思い知る。
◇
休憩を終わらせた2人はキャンプを片付け、探索(あるいは徘徊)を再開した。
基本的にCスレッドというやつは全体の構成がシンプルな作りをしてるので土地勘がなくても迷う心配はほとんどないのだが、代わりに単調な景色の連続で飽きがくるのが辛いところだ。
スレッドを半分ほど消化したところで、退屈しのぎなのか再びエルフちゃんが訊ねてきた。
「ところでオーリくんはこの先も、ずっとあの子と二人だけで冒険を続けたりする?」
「まさか。なんぼ俺がアホでもそこまで無茶はできないって。あちこちのパーティに潜り込んだり手伝いをしながらめぼしい連中へつなぎをつけて、いずれ真っ当なパーティを組もうと思ってるよ」
「ふーん……なら、それにわたしも入れてもらおうかな」
思いも寄らない話に、オーリは片眉を上げた。
「今のパーティはどうするの」
「そりゃもちろん抜けるよ」
「軽いなあ。パーティとか仲間ってもんはそんな風にさあ、今日の晩ごはん感覚でホイホイ変えていいもんじゃ……」
「さすが稼ぎを独り占めするために、大事な仲間を切り捨てた人は言うことが違うね。そのツラの皮の厚さが、最速でマスターレベルまで成り上がるコツ?」
それを持ち出されると何も言い返せねぇ。言葉に詰まるオーリを見てさすがに言い過ぎたと思ったのか「ゴメンね、もう言わないよ」とエルフちゃんは謝罪した。
「でもさ、それでなくとも女の子だけのパーティなんて長続きするもんじゃないんだ。沈没が目に見えてるなら引っ越し先のお船はしっかり決めておきたいなって」
女所帯は長く続かない。冒険者にとってのそれは性向の不一致等、精神的な問題のみならず、どうしようもない肉体的部分も含まれる。
エルフちゃんは少しためらってから(彼女にしては珍しいもんだ)口を開いた。
「例えばさ、わたしの場合はそんな重くないんだけど、ウチら女の子は“定期的な体調不良”を免れないものじゃん。前にもそれが原因で欠員が重なって、せっかく見つけた割のいいクエストを逃がしちゃったりしてさ、それでパーティの空気がギスったりとか色々あったんだ」
「…………」
ちょっと反応に困る話を振られ、オーリは気まずさから目を泳がさずにはいられない。ついでに耳も赤くなる。
しかし男女半々くらいの割合ならそういった要素も計算に入れて適度な休暇の指標にすることもできるだろうが、全員が女性のパーティだと中々に厳しいんだろうなってことはわかった。
先のテストにおいても“それ”が原因で成績に支障をきたした子が結構な数でいるわけだし。
なにかとフォローの効く学園に所属している間だけならいいだろうが、ここを出てしまえばそうはいかない。
そんなことが長く続くと探索はおろか、冒険者として食っていくこともままならなくなってしまうものな。
将来設計のみならず生活がかかっているのだ。
「つまり、わたしなりに真剣に考えた進路相談ってことね。もちろんオーリくんにだって都合ってもんがあるんだろうけどさ、その時が来たら考えておいて。仮に他のパーティに入った後でも、きみのお誘いを優先するよ」
「見込まれたもんだね。きみくらいの腕があれば選ぶ先は困るまいに」
オーリの軽口に対して「ふん」と鼻を鳴らすだけで応え、エルフちゃんはやや足を早めて前に出た。次の湧出地点が近づいたのだ。
ここに潜ってから何度目になるかもわからぬため息を吐きながら、オーリはいつでも彼女を止められるよう飛びかかる準備をした。
◇
オーリ達が用事を終わらせるには、それからさらに数回ほどの休憩を挟む必要があったそうだ。
◇
ポータルを出ると辺りはもうすっかり暗くなっていた。
「……今の時間帯じゃ学食が開いてるかも怪しいなあ」
半眼の形相で口元に手を当てオーリは嘆いた。
いつもならこの時間でも無問題だが、夏季休暇中は店仕舞いも早いのだ。
予定じゃあもうとっくにお風呂もご飯も済ませて後は寝るだけだったというに、ずいぶんとかかったものだ。
しかも探索してたのがトレーン地下道じゃアイテム等の稼ぎもしれているときた。
「これで無駄足に終わったらさすがに泣くからな、俺ぁ」
「そしたらまた一緒に地下道巡りしよーね」
「冗談じゃねぇし。あと今回はあくまでもアイテムとの交換だし、次からは普通にクエスト扱いで金取るし」
「冷たいなあ。きみも男の子なら美少女に貢ぐ悦びってもんに目覚めなよ」
「一生どころか来世まで目ン玉閉じてたいね。それより俺はこれから学食大路に行くつもりだけどきみはどーするんだ」
「ご一緒したいところだけど、わたしは一度、学校に行くよ。まだ教務課が開いてるなら早速、転科申請をしておきたいんだ」
「そーかい。まあ……上手くいくことを祈ってるよ。祈るだけならタダで済む」
ありがと。短く礼を言ってエルフちゃんは軽やかに身を翻し手を振った。
「けっこー楽しかったよ。じゃ───またね」
───またね、か……
極夜に踊る蝶のような足取りで校舎へと向かう少女を見送った少年はその言葉を
「さすがに、これは二度とゴメンだわ」
心底からイヤそうな顔であったという。