冒険者達が地下道に挑む目的は様々だ。
たとえばあるものは未知への探究と飽くなき
しかしそれらの根底に存在するもの、つまりは行動原理に関してだけは大なり小なりの差異はあろうと共通している。たとえそれが、オーリをはじめとした大多数学徒にとっての目的である金銭や生活のためなどといった、きわめて即物的なものであったとしても。
確かに地下道で得られる物資の取引による金銭の充足は大きな魅力だろう。しかしそれとて結局は副次的なものでしかない。
死と灰が隣り合わせる迷宮に青春を捧げる者たちが等しく求めるもの、高レベル冒険者としてのステータスだけは金では手に入らない。俗世における社会的地位だの縁故だのといったものさえここでは関係がない。
自らが望む理想の姿、これを形とするため情熱を傾け、その成果を評価され報酬を得る。スタートラインがどうあれ最終的に物を言うのは継続と努力のみ、たとえ失敗しようが諦めないかぎり───たとえその結果として死のうが───やり直しのチャンスだっていくらでもある。
なるほど、クソガキ共が心血を注ぐのも当たり前の条件といえる。
冒険者、そして探索。
その本質こそやや大仰に言うならば自己実現というものだった。
◇
エルフちゃんとの地下道巡りを終えた翌日、お手伝いの報酬こと〈回転式泡立て器〉を受け取ったオーリは錬金術の先輩の元を訪れカシナートの剣を合成してもらった。
出来上がった、剣を名乗るなんかをしげしげと眺めながら先輩はなんとも言いにくい顔でつぶやいたものである。
「合成しといてなんだけど、ほんに見れば見るほどおポンチ極まってるのね。これ作った人は間違いなく心が病んでたのね」
「容赦もへったくれもない批評にカシナートおじさんも地獄で泣いてらぁ」
「こんなアホ武器で名を遺した挙げ句に地獄逝き、踏んだり蹴ったりとはまさにこのことなのね」
肩をすくめる先輩へ合成のお代を払ったオーリはその足で食堂に向かい、依頼主であるところのおばちゃんに剣を渡した。
おばちゃん達はいたく喜び、依頼料のオマケとして特製のお弁当と一月分の大盛り券もくれた。
「まったく、ありがてぇやらかたじけねぇやら」
新たな攻略先の地下道でお弁当を広げたオーリはしみじみつぶやきながら手を合わせた。
現在、彼がいるのは〈ジェデロ地下道〉という、先の期末テストに使われたカウサ地下道の先にある場所だ。ここを抜けると〈マシュレニア〉という土地に出られる。
マシュレニアには大陸で最も歴史のある冒険者学校が置かれていることもあり、この地下道の踏破は冒険者の卵たちにとって大きな意味を持つ。
ジェデロ地下道は全階層数こそ今まで通り3だが、難易度は今までのものとは完全に別物だ。ちょいとした腕試しや物見遊山気分でのこのこやってきた学徒達があっさりと返り討ちにあったり、行くも引くもできずに立ち往生の末に遭難の憂き目に遭ったりもすることもあって、回収を担当する保健委員泣かせの難所でもある。
しかし危険度に比例して得られる成果もやはり段違いなので、オーリのような稼ぎ重視の学徒にとってはひたすらありがたいわけで。
───夏休み明けまでにまた転科できたらみんな驚いてくれるかな?
その光景を思い浮かべて、ちょっぴり浮ついた顔になる。
1学期の成績からするとここの探索許可は下りないかと危惧したがレベリングをはじめとした実技面の評価で下駄を履かせてもらえたのだ。
学徒連中が死のうが灰になろうが放置しているようでも、教師というのは中々どうしてよく見てるもんだとオーリはあらためて感じ入った。
旺盛な食欲でお弁当を半分くらい片付けたところで、オーリはふと辺りを見渡した。
「……こうして“
思わずついて出た独り言が地下道を満たす幽闇に溶けていく。
ここ最近は美貌に反比例して口と性格に難のある相方やら、美少女のガワにヒグマの気性を搭載した暴力アホ娘等の愉快奇天烈な面々が傍にいてくれたお陰で忘れてたが、少し前までは“これ”が自分にとって当たり前の探索だったのだ。
今更だけど、よく生き延びることができたもんだ。口直しの漬物を“ぽりぽり”かじりながらオーリは入学してからこっちの自分と、そのバカさ加減を思い返してみた。
◇
入学してからすぐ、オーリは今では顔も名前も思い出せない子達で組んだパーティに所属していた。
加えてくれたのはふたつかみっつくらい隣のクラスの子達だった……と思う。
曖昧な表現が重なるのは当時の、ちょっと歩けばおつかいの内容も忘れる記憶力と、色々なことに追われて毎日がいっぱいいっぱいだったのが理由である。
とはいえまともな戦力として期待されてたのではなく、そこそこ頑丈なのを利用した囮兼・肉盾くらいの扱いだったのだろう。
あの頃の能力を鑑みれば自分だって同じように扱ったろうから、そこに関しては今もって文句はない。むしろ頭も悪けりゃ要領も悪い、取り柄のひとつもないボンクラをよくぞ仲間にしたもんだと感心さえしている。
そうやってしばらくの間を何度も死ぬような目に遭いながら過ごし、記憶にはないが何度か死んだらしい。
今ならげんこつ一撃であの世送りにできるモンスターも、当時の自分らでは6人パーティの総がかりで死ぬような思いをしながら1、2匹を倒すのが限度だった。しかもおぼろげな記憶の中では本来なら必須なはずの魔法職が存在していなかったので、どうやらよそで余された連中が寄り集まったパーティだったようだ(だからオーリみたいなのでも入れた)、当然のことながらそんなメンツでは探索だって遅々として進まず個々のレベルアップさえ夢のまた夢という有り様だった。
そうして順当にいけば夏休みを迎える前に学園から姿と命を消していたであろうボンクラに転機が訪れたのは、入学していくらかの週が過ぎたくらいのことだった。
きっと、魔が差したのだろう。
その日は珍しく、ほぼ無傷で探索を終えることができた。
しかし皆がその幸運を噛みしめて帰路につく中で一人、まだいけるんじゃないかと思ってる馬鹿がいた。
まだいけるが切り上げどき───授業の最初に教えられることすら身についていない、憶えられないその馬鹿はこっそりと地下道に引き返して一人で行けるところまで行ってみようなどと考えた。
ああ、あまりにも愚かにすぎる。本当になんだってあんなことを考えちまったのかも今だにわからない。その日のことを思い出すたび、下っ腹を氷の針で突かれているような気分になる。
今までにも散々にひどい目に遭いながらなんであんなことをするのかと云えば、やはり痛い目見ようが死のうが喉元を過ぎれば忘れる馬鹿だったからだ。反省するにも必要な頭の出来というのはあるもんだ。
トレーン地下道の1/3ほどを歩いたところで当たり前のように馬鹿は死んだ。
出くわした相手がかろうじて勝負になる程度な相手だったのもあり、ずるずると戦いを長引かせた結果、気がつきゃ退くも逃げるもいかず次から次へと喚ばれて湧いて出る新手の波に押し潰されたのだ。
苦痛の沼に沈み意識を手放したバカタレが目を開けると、地べたに横たわる自分を明るいブラウンの髪をセミロングにした、2つか3つほど歳上らしい少女が見下ろしていた。
「黄泉返りおめでとう。一度は灰になっちゃったから少し焦ったけど良かったね」
どうやら彼女が蘇生してくれたらしい。喜ぶでもなく焦った様子もなく心配した風もない口調だった。
不人情などではなく、傷も死も灰も飽きるほど見続けて今さらどうとも思っていないだけなのだ。日常の、お茶やご飯の度に驚きのけぞるやつはいない。
話しかけてもかすかな反応しかよこさない少年を不審に思ったのか少女は眉根を寄せた。
「なんだかぼんやりとした子ね。脳みそを落っことしたかモンスターにかじられたの?」
ま、どっちだっていいけどさ。静かな口調でおっかないことをつぶやいた少女は、ぶっ倒れたままな少年の首根っこを引っ掴んで無理くりに立たせた。
細腕からは想像もつかない力に目を丸くする少年に、左の腕に付けた〈保健委員会〉の腕章を指さして少女は言った(字が読めないからその仕草が何を意味するのかはわからなかったが)。
「
この先で遭難したパーティの救出がてら、先のオーリのような死人を蘇生したり回収したりするのだそうな。
オーリを伴っての説明がてら、少女はさっそく襲いかかってきたモンスターの頭を
それ以降の道中で、少女が見せた戦いぶりは凄まじかった。
ほんのわずかなすり足だけでただの一度も攻撃を許さず、常人では持ち上げることさえ難儀しそうな得物を手足のように振り回し、見たこともないような威力の魔法を雨あられと叩きつけ、自分達が束になってやっと倒せるようなモンスターの群れをこともなげに蹂躙する。もはや同じ学徒のものとは思えなかった。
比べるに自分はなんと無様なものか。ボコボコにされて蘇生した直後とはいえただ歩くだけでも息も絶え絶えの有り様だ。
そうしてついには倒れ込んだ少年へと、やはり静かに淡々とした声が投げつけられた。
「疲れちゃった? でも知ったことじゃないよ。どうしても動けないなら首か手足掴んで引きずっていくけど、それが嫌なら頑張って歩こう」
たしかにそれは御免こうむりたい。しかし体がどうしても動いてくれない。
その泣き言を聞いた少女は「じゃあ仕方ないね」とだけつぶやいて馬鹿の足首を掴んだ。
◇
しばらくの後、仕事を終えた少女は使い古したボロ雑巾みたいな有り様となったオーリを引きずって地下道を出た。
全身をくまなく包む疲労と痛みで熱中症の犬ころみたいな息を吐いて転がるバカタレの横に、少女は道具袋からいくらかのアイテムを置いた。
「あなたの取り分。付き合わせた手間賃も込みでね」
鑑定は魔法で済ませてあげたから普通に購買部で売れるよと少女は付け加えた。
いいのかな。もはや声さえ出せず目で問いかけると彼女は肩をすくめた。
「いいの。どうせノービス周りの稼ぎなんてあってもなくても同じだもの。今日はこれで美味しいもの食べて早く寝ちゃいなさい。トレーン地下道とはいえそ2人編成でこそこの数をこなしたからレベルアップもできると思うし」
でも、これに懲りたら次からの無茶はもう少し考えてからにしてね。それだけ言って少女はポータル脇に敷設された出張保健室へと去った。『もうするな』でないのは彼女もまた冒険者であるゆえか、それともこの学園の連中に何を言おうが無駄と諦めているからなのか。
呆けたツラでへたりこんでいた少年だったが、しばらくしてから鈍牛じみた動きでアイテムを道具袋に仕舞ってから頼りない足取りでその場を後にした。
どうにかこうにか寮に戻ったオーリは風呂にも入らずベッドに倒れ込み泥のように眠った。
◇
漬け物をお茶で流し込みながらオーリは嘆息する。
「……考える頭が足りてなかったとはいえ、無茶無謀にもほどがあったな」
保健委員の人にも迷惑をかけちゃったし。忌々しげにつぶやきながら