男子冒険者学校生の日常   作:puripoti

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第33層 迷宮のチャーリィ・ゴードン

 

 目を覚ますと世界が違って見えた。

 

 

 (たと)えではない。文字通りに何もかもが“違う”。

 常にもやのかかっていた頭の中は晴れ渡り、血の代わりに鉛でも流れていたような手足は軽く、五感の全てが研ぎ澄まされている。

 今の気分に比べれば、これまでは体と頭に重りをくくりつけて生きていたようなものだ。生まれてこのかた、ずっと欠けていたパーツがあるべきところにはめ込まれ、ようやく一個の人として稼働するのを実感した。

 

 後で知ったがこれがレベルアップというものだった。

 地下道で活動を行ったものはその内容に応じて体内に不可視のエネルギー的なんか(仮定されているだけで実態は不明)を蓄積させる。〈経験値〉と呼ばれるそれが一定の量を越えると身体能力が向上する現象を〈レベルアップ〉というのだ。

 これら一連の珍現象によってもたらされる成長曲線は外界のそれとは比較にならないものとなるが、特にこのボンクラの場合は元の能力が低すぎるだけに恩恵もひとしおだった。

 

 興奮も冷めやらぬままオーリは身支度を整え寮を出た。

 時刻はとっくにお昼の少し前くらい。まだ授業は残っているだろうが今日のところは教室に顔を出す気にはなれなかった。そんなことより優先するべきことがいくらもあった。

 

 向かった先は食堂だった。

 長く寝ていた起き抜けで腹が減ったというのもあるが、それ以上に大事な用があるのだ。

 

 昨日、助けてくれた先輩は言った。無茶をするなら考えてからにしろと。

 だから考える。昨日はなぜああも無様を晒す羽目になったのか、『次』を上手くやるにはどうしたらいいのか。

 

 しくじった最大の理由はもちろんパーティを離れたことだが、それ以上に戦闘中に負った傷を回復できずじまいだった事も大きい。

 戦闘そのものは運良く自分一人でもギリギリで倒せる相手だったのに、途中で力尽きたせいでそのすべてを棒に振っちまったのだ。

 

 なら、それを解決できれば次はもっと上手くやれるはずだ。そのためにはどうしたらいいのか、今までの自分なら考えることさえできなかったが、今ならそれを考えるくらいはできる。実行して上手くいかないなら次を考えることだってやれる。

 

 失敗の原因が馬鹿ゆえの懲りなさであるのなら、その失敗を経験してなお次の手を打とうとするのもまた馬鹿ゆえの懲りなさによる強みであったかもしれない。

 繰り返しになるが死ななきゃ安いが冒険者の合言葉なのだ。

 

 学食で腹を満たしたオーリは帰りがけに食べ放題のパンのいくらかをくすねた。

 地下道内における傷はメシを食えば治療ができる。こいつを回復薬の代わりにするのだ。

 幸いというか懐の温もりに余裕のない学徒が夜食やおやつ代わりに(味はともかく腹はふくれる)持っていくのが常態化してることもあり、誰にとがめられることもなくそれを何日か繰り返すと結構な数のパンが貯まった。

 

   ◇

 

 食堂に置かれてるものとはまったく違う、白くて柔らかいパンを使って具もたっぷり詰まったサンドイッチ(食堂のおばちゃん、奮発してくれたなあ)を頬張りながらオーリは嘆息した。

 

「今にして思えばあのパンが味や食感はともかく保存性と栄養だけは無駄に豊富なのも、俺みたいな貧乏学徒が地下道に持っていくのを見越してたんか?」

 

 だとしたなら実質、回復薬の無料配布にも等しい。まったく教師をはじめとした学園には頭が下がる。仰げば尊しとはよく言ったもんだ。

 もっとも気がつけなきゃ意味ないので、そこは手前の発想力も鍛えろってことなんだろうが。

 

   ◇

 

 すべての準備を終えたオーリは再び地下道の探索を開始した。

 

 ちなみに今回もぼっち探索だ。一人で失敗したんだから今度は仲間と一緒にやればよさそうなものだが、そちらに声はかけたところすげなく断られてしまったがゆえの単独行である。弱小パーティの、それもさして強くもなけりゃ実績もないボンクラが多少やる気を出したところでその対応も当然ではあったが。

 

 オーリは前回の反省を活かし、バットンというモンスターに狙いを定めて狩ることにした。

 バットンはちょっくらでかいだけのコウモリみたいなモンスターだ。そこそこにすばしっこいせいもあり攻撃を当てるのも大変ではあるが、それでも一撃入ればオーリ程度の初心者でも仕留めることが可能な上に攻撃も大したことないので、ソロで狩るには都合がいいというのがチョイスの理由だった。

 これを1匹か2匹程度の群れに限り、念のためにやばくなったらいつでも逃げられるよう、ポータル付近の区画をひたすらうろついて狩るのがオーリの考えた基本戦略だった。

 

 なおこれらの、馬鹿が一生懸命に無い知恵絞った戦略(笑)とて教科書の割と最初の方に書かれてるしオリエンテーリングや授業でも耳にタコができるほど説明されてたことだったりするのだが。読み書きも授業の理解もできない馬鹿にとって一番の敵というのは、どこまでも自分の足りない頭というわけだ。

 

 緊張と恐怖に早鐘を打つ心臓をなだめすかしつつ、オーリはポータルをくぐった。

 

 

 …………

 

 

 地下道を出たのは夕方の少し前。都合、10回ほどの戦闘をこなした頃合いだった。

 体力にはまだ余裕はあったが、肝心のパン(命綱)が底をつきたのだ。

 

 地下道から出たオーリはポータル広場の隅っこに腰かけ、道具袋に詰めたドロップアイテムを感無量の思いで見つめた。

 入ったときとはまた別の、興奮と達成感による心臓の鼓動が心地よかった。

 

 ───なんとかやれた。俺一人でもなんとかやれた

 

 手に入ったのは質・量ともにけちなものだった。

 これが数日かけた仕込みと死ぬような思いをして手に入れたものの全て。労力や手間暇を天秤にかけての結果としてみれば大赤字にも等しい。だが、それでもだ。

 

 それでも問題解決のために頭を働かせ、必要な準備をして実行する───人が生きていく上で当たり前の作業をやり遂げささやかでも結果を出したのだ。誰を頼ることなく自分の力でやり抜いた。

 

 生まれてこの方、それが何一つできずじまいだったボンクラにとって、その経験こそが重要だった。

 たとえ余人が聞けば鼻で笑われそうなものであったとしても、ひとつ事を成し遂げた体験は自信をつける。それは次の一歩を踏み出す原動力になる。

 

 ───次はもっと上手くやろう

 

 熱に浮かされたような面持ちで立ち上がったオーリは次の算段を立てはじめる。

 この熱が冷める前に、少しでも多くを得たいと腹の底から思った。

 

   ◇

 

 オーリは次の探索に備え、今度はパン集めに並行して装備品の強化も行うことにした。必要な資金はこれまでの蓄えと先の探索で先輩から譲ってもらったアイテムから捻出した。

 現在の手持ちでは支給されてる制服をいくらか強化したところで足が出ちまうが、それでも守りが固くなればアイテムの消費にも余裕が出る。後々のことも考えれば、ここは必要経費として割り切るべきという判断だった。

 

 ポータル広場前で商いをしてる合成屋を捕まえ、泣き落としも加えた無理を言って限度いっぱいまで強化を加えてもらった結果、資金の大半は消し飛んだが守りにもそこそこ余裕はできた。

 

 持てる資本の大半を投じた3度目の探索は格段に上手くいった。

 強度を増した制服の守りはバットンの攻撃を通すことなく(噛みつきや体当たりによる打撲程度の怪我はしたが)、かなり長時間の探索をほとんど無傷のままこなして地下道を出られた。

 

 これ以降の探索ではバットンの他にデブガエルやハナモゲラ(二足歩行のモグラにバクを足したようなやつ)等、そこそこ手強いモンスターの相手もするようになり稼ぎの効率も上がった。

 

 その調子で何度かの探索をこなしたオーリはまたレベルアップをした。

 

 さすがに最初ほどの新鮮味はなかったが、それでも目に見えるほどに能力が上がったのはよく判った。

 なにせ今までは聞いても耳から素通り、頑張って詰め込もうにもサッパリ理解できなかった話がすんなり頭に入っていくのだ。

 

 ぼちぼち冴えてきた頭でその日の授業を終えたオーリは職員室を訪ねた。授業の受け直しができないかを頼んでみるためだ。

 今日の授業だけでも目から鱗が落ちるような学びをいくつも得ることができた。ならばこれまで右から左に流していた授業を受け直せばさらに探索の助けになるはずだ。イヤな顔をされるかもしれないが、こっちだって背に腹は代えられない。怒鳴りつけられようが土下座しようが粘るつもりだった。

 

 石に(かじ)りついても頼み込む覚悟のオーリだったが、承諾そのものは意外なほどあっさりとしてもらった。

 ただ読み書きができないので教科書に何が書かれているかも解らないことも正直に告げると、さすがの先生も渋い顔をしたが。

 

「……そうきたかー。いやまあ、わからないのを放置するよかマシなんだけどさあ」おでこを押さえつつ先生は続ける。「仕方ない、明日から授業が終わったら私んとこ来な。即席だがメカたんていペンチくらい読める程度にゃしてやるよ。その後で手の空いてる先生にも頼んで補習授業の手配をしとくから、ちゃんと受けなさい」

 

 まことにあいすいません。謝るオーリになんとも言いにくい複雑な表情をしながら先生は言った。

 

「端くれとはいえ私だって教師さ。学びを得たいと(こうべ)を垂れる、学徒の頼みを無下にはできんよ」

 

   ◇

 

 翌日からオーリのスケジュールに国語の授業が加わったが、ユーノ先生の教え方が上手いお陰かはたまた能力向上が気を利かせたのか、ほんの一週間弱で教科書を読めるくらいにはなった。

 

「力、技、知識───いずれどのようなものであっても使い方次第ですよ」

 

 その後の特別補習を受け持ってくれた戦術講習の先生は優しく柔らかな口調で語る。

 

「100や1000の力の前に、1の力はクソほどの役にも立ちません。しかし100と100とのぶつかり合いでは最後に残った1が勝敗を分かつ。あなたが生き残るか灰となって散るかも1をいかに積み上げ活かせるかです。それを積む努力を惜しめば学園の事務室に記載される蘇生不可判定者のひとつになるだけですが、それも今まで山ほど見てきた例ですね」

 

 穏やかな声とともに打ち込まれる拳と蹴りと竹刀、課されるトレーニングメニューと提出課題によって心身ともにズタ袋のありさまになりながらオーリは歯を食いしばる。

 思い返せばこの時期は体のどこも痛くない場所はなかったくらいだが、それでも死も灰も、ましてロストも遠慮したい身としては必死で食らいつくしかなかったし、なにより自分の非力が原因で惨めな思いをするのだってもうたくさんだった。今までは気にすることもできなかったが、手前の置かれた状況やら周りからの評価も理解できる今なら気にすることが“できるようになっちまった”のだ。

 

 だから授業と補習に並行して探索もできる限り続けた。必死になって鍛えている間だけは嫌なことも惨めな気持ちも不甲斐ない自分への怒りも忘れることができたから。

 

 疲れた頭と体に鞭打って、文字通りに身を削るような思いをしながらオーリは生まれて初めて本気の努力をした。

 ただその場を凌げればいいだけの虚しい徒労ではない。今日得たものは明日に続き、いつか芽吹いて10年20年後の糧となる貴重な積み重ねだった。

 

 どうにか4度目のレベルアップを果たした頃には、課題も探索もさほどの苦ではなくなっていた。

 

「君は魔法系の学科に適性があるようだ」

 

 魔法と各種アイテム取り扱いの授業を受け持ってくれたエルフの先生はオーリの提出したレポートを読みながらそう語って聞かせた。

 自分、魔法使いみたいないかにも賢い人がやりそうな商売には向いてなさそうなんですが。首をひねるオーリを諭すように先生は言う。

 

「私が言ってるのは研究や解析に携わるのではなく、地下道内における実践的技術者としての〈魔法使い(メイジ)〉だよ。頭脳労働者である前者に関しては微塵の適性もないのは私が保証しよう。それはともかく補講が終わった後にでも転科申請を出すのを強く勧めるよ。今の時期なら成りたてひよっこの魔法使いでも需要は多いだろうしね」

 

 あ、これって進路指導だったんだ。

 

 補習を終えて探索へと向かう道すがら、オーリは今後について少し考えた。

 自分が魔法使いになるというのは想像の埒外ではあったが、しかし進路あるいはできることの幅を広げるというのは悪いものではない。どうせ転科だって何度もやり直しが利くのだから、いっちょダメ元で受けてみるのもいいんじゃないかと思えた。

 

 一人うなずいたオーリは足を早め、転科受付のある事務棟へと向かった。

 

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