男子冒険者学校生の日常   作:puripoti

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第36層 エクス

 

 クラスメイトくんを連れてのパワーレベリングは両者ともに満足できるだけの結果に終わった。

 

 本来の適正レベルを大幅に上回る地下道行脚、しかも2人編成によって経験値を集中できたせいもあり、クラスメイトくんのレベルは上級職への転科も狙えるだけの上昇を見せた。

 ただ、少なくない金を払った上、探索の取り分のほとんどを持っていかれる形となったクラスメイトくんはやや釈然としない顔をしていたが、

 

「言うてモンスターの大半は俺が始末したようなものだし、お(ぜぜ)で経験値やレベルを買ったのだと思えば腹も立たんだろ」

 

 そのように言われてはおとなしく引っ込むしかなかったという。

 気持ちはわかるが悪辣(あくらつ)と思わんでもらいたいというのがオーリの正直なところだ。

 自身も語ったように地下道を命がけで周る労力と危険が、お金で肩代わりできるなら安いもんなはずである。命さえありゃお金はどうにかできるが、命ばかりはお金でどうこうするにも限度がある。

 

 

 そんな調子で自分も地下道を攻略しつつ、ぼちぼち帰省から戻ってきた学徒を相手のパワーレベリング屋をして過ごす内に夏休みも半分を切り、相方の美少年とも合流してこれからの方針や相談をしていたある日。

 

 オーリは突如としてドークス先生からの呼び出しを受けた。

 

   ◇

 

 学徒達の学び舎からやや離れたところにある研究棟の一室。主に錬金術に関するものを取り扱う資料準備室の扉の前にてオーリは眉をしかめていた。

 眼の前の扉には、

 

 

  邪悪なる魔法使い ドークスの事務所

 

 * *受付時間 午前9時~午後3時 * *

 

     現在 ドークスは*在室中

 

 

 と刻まれたプレートが貼られていた。

 

「うわ、帰りてぇ」

 

 これもまたドークス先生なりの冗談のつもりなのだろうがあの御仁、学徒達からはやれ「昔、どこかの研究所でヤバい実験に手を染めていた」だの「学徒を木人形(デク)呼ばわりして実験に利用してる」だの「足の悪い爺様に変なツボ突いて再起不能にした」だの「鷹爪三角脚を使ってた」だのと言いたい放題に黒い噂を垂れ流されてる人でもあるから笑えないのだ。

 

 しかしこんなとこでいつまでもスケアクロウのモノマネしてるわけにもいかない。オーリは意を決して扉を開けた。

 

「やあ、よく来てくれたね」

 

 扉の向こうでは部屋の主、ドークス先生が人を落ち着かせる類の重厚な微笑みでオーリを出迎えた。

 

 部屋の広さはオーリ達が使う教室の倍ほど。整理整頓こそされているものの、あちこちに置かれた珍妙な物品のせいで雑然とした雰囲気をかもし出していた。

 その概要はざっと見渡しただけでも乾燥トカゲにヤモリなんてものはまだマシな方で、ひどいのになるとブドウの房よろしく紐で縛って吊るされた干し首の束(ちなみに『生きて』いる)だの、硝子瓶の中で鼓動を刻む心臓、古の貴人が自決に使った毒蛇の牙、火刑に処された聖女の遺灰だのがあり、薬品棚に目をやれば詰め込まれているのは金の精髄液(アウルム・ポタビレ)、賢者の丁幾剤、タランチュラの酢漬け肺等々……常人なら回れ右を、多少の心臓強者でも数日は夢見が悪くなりそうな品々である。

 

 ドークス先生はそんな部屋の一番奥、大きな窓前に置かれた不気味な黒い机(なぜか光をまったく反射していない)にて肘をついている。

 

「……えーと、失礼します。お呼びとのことですが……どのようなご要件でしょうかぁ……」

「そんなに緊張しないでもいい、別に成績等の問題で呼び出したわけではないよ」

 

 樹海の底のように静かな口調で先生はオーリに席をすすめた。先程まで椅子なんてなかったはずだが。

 それを気色悪く思いながらオーリは腰を下ろした。

 

「今日は君に私的なクエストを受けてもらいたいと思ってね、こうして来てもらったのさ───君は今までの探索でこういう物を入手したことはないかね?」

 

 言いながら先生が胸元のポケットから取り出したいくつかの品を見たオーリは軽く頷いた。

 

「ああ、そんならいくらか持ってますよ。相方が言うには『何かの重要部品には違いないけど用途はサッパリ』とのことでしたが」

 

 大昔の謎アイテムを求める好事家になら売れるかと思って倉庫に放り込んでいたのだ。

 オーリの返答を聞いた先生の目が細まった。笑みによるものかはやや不明瞭ではある。

 

「うむ、やはり私の目に狂いはなかったようだ。これらは私のような分野の者からは〈竜の爪〉とか〈竜のひげ〉とか呼ばれている品でね」

「あんまし“爪”とか“ひげ”とかって感じじゃないですね。なにか部品っぽいというか……」

「左様、便宜上そのように名付けられているだけで、実際は回路やら基盤の一部とでも思えばよろしい」

「? どういう意味ですか、そりゃあ」

「フムン、さすがの君もこの手の知識は範囲外だったか。ま、解らないならそれでも構わん」

 

 鷹揚に流すドークス先生へとオーリは質問を重ねる。

 

「それでこんなもんが一体、何の足しになるってんです?」

「その説明をする前に、少し話が遠回りになるが『天竜召喚札』というアイテムについて私に軽くレクチャーしてもらえるかな」

「……? ワイバーンを召喚するアイテムのことですね」

 

 より正確には地上種から天竜とよばれる存在を喚び出し遠方まで瞬時(大陸の端から端までなら文字通りの『瞬きひとつ』で移動できる)に運んでもらう事を可能とする使い捨てチケットのことである。

 もともとは超古代文明における遠距離移動手段のひとつであったらしく、それが太古の戦争やら文明崩壊のゴタゴタによって地上に流出したのだ。

 

 それらの説明を聞いたドークス先生は満足気に頷く。

 

「まあまあだね。ちゃんと勉強しているようで結構」

「ありがとうございます。で、それがどうしたってんですか」

「うむ、実は先の素材を元に件のアイテムをコピーする技術を確立したのでね、君にはその手伝いをしてほしいのさ」

「…………あー?」

 

 冗談じゃねえ。この世には吐き気がするほどの恐怖ってもんがある。オーリはこの日はじめて思い知った。

 

   ◇

 

 〈ワイバーン〉について、いくらかの説明をしておく。

 

 こいつは地下道をうろつく古代文明の忘れ形見こと〈イカロフォース〉、その中でも最強最悪の看板をほしいままにする怪物(モンスター)である。

 所によっては『亜竜』などとも呼ばれるが、これは準ずるとか劣るとかいう意味ではなく別枠という意味だ。

 なにせ明らか並の竜属から隔絶した風体(うろ覚えで描いたプレシオサウルスにガメラ混ぜたような形をしてる)な上、力に至っては地上に存在する竜属全部よりもワイバーン一匹のが圧倒的に強いときたもんだ。そもそもイカロフォースに属してる時点で竜でもなんでもないわけだし。

 

 なにより恐ろしいのは『モンスターは地下道の外に存在できない』という常識さえもこいつらには通用しないことにある。もっともその「常識」とやらも人類が勝手にそう決めつけてるだけと言われりゃそれまでだが。

 

 海と空、ついでにごく一部の陸地───つまり実質的に世界の大半はワイバーンたちによって支配されており、棲息領域に侵入したものは例外なく問答無用で殺される。人々が危険を承知で地下道に潜る理由とて大元を辿ればこいつらの支配領域に入らず長距離移動をする手段がこれしかないせいだったりするのだ。

 

 

 そんなはた迷惑きわまる連中に関して特に凄惨な笑い話がある。

 

 

 今は失きどこかの領主が邪悪なるワイバーンの魔手から世界と人々を解放せんと立ち上がりこれを打倒せしめる強者を募った。

 その高潔なる意に、志を同じくする数多くの気高き勇者たち(別名・お調子者、タフガイ気取り)がそのバカタレの下に集い、彼らは自らを歴史に名を刻む英雄たちの同盟になぞらえて〈エクス〉を名乗ったとかなんとか。

 

 考え足らずに馬鹿しかいないとはいえ雁首揃えた連中はその大半が最大レベル到達者(カンスト)であったというのだから、その意気込みたるや並のものではなかったのだろう。

 

 その結果どうなったのか想像がつくだろうか。

 

 意気揚々とワイバーンの支配領域に向かった伝説の彼岸より蘇りしエクス(笑)達を出迎えたのは───空という空を埋め尽くす『本物のワイバーン』の群れだった。

 ときとして熟練した冒険者のパーティさえ鎧袖一触にする『地下道のワイバーン』はあくまでも地下道を破壊しないために出力調整を施された警備型でしかない。そこへ思い至るには当時の人類は想像力も経験も、ついでにターミナルから得られる知識も欠如していた。

 

 後は語る必要さえないかもしれない。

 主催あるいは扇動したバカタレが語ったところの大陸の歴史に名を刻むであろう壮挙とやらは文字通り“塵ひとつ残さずに”あえなく頓挫(とんざ)、これらの責任に関しても件の領主が生体プロトン粒子砲(ワイバーンたちの基本武装)の一斉射によって、近隣の領地も巻き添えに消えてなくなっちまったせいで有耶無耶の形で一件落着となった。

 

 アリやイモムシが何十匹か束になってかかれば、メカゴジラの大群にだって勝てると考えるやつの選べる逝き先は、脳ミソの病院か墓場くらいなもんである。

 

 それでなくとも『超古代文明の忘れ形見を斃すため、超古代文明の遺産である〈地下道(ロード)〉の恩恵で強くなった連中の力をアテにする』───この時点でなにか致命的矛盾が発生してると考えないあたり、どんだけ頑張ってもお釈迦様の手のひらでいいように転がされる猿モンキーの同類以上にはなれなかったんじゃねえかというのは、このろくでもない昔話を耳にしたある学徒の偽らざる感想だ。

 

 …………

 

 

 

 

 なおこれはまったくの余談な上にオーリをはじめとしたこの世界の現生人類も知らない話なのだが。

 

 

 彼らがワイバーンと呼称する物体、その正体は惑星オリンピア───つまりこの世界───防衛のために配備された生物型宇宙戦闘機だったりする。

 

 連中が一体この星を“何から”護っているのかさえ不明ではあるが、光速による戦闘機動さえ可能とするふざけた連中、およびその産みの親を打倒しようなどと口先程度にも本気で考えているのなら、まず過去の遺産とは別口の進化アプローチこそが必要なのではなかろうか。

 

 

 果たしてそれはいかなるものなのか、それ以前に可能なことかもわからんが。

 

   ◇

 

 話が長くなったが、要するにこの教師はそんな超危険ブツに関わるようなマネをしでかそうというわけだ。

 オーリは慌てて席を立ち、先生に詰め寄った。

 

「それって偽造ってことじゃあないですか!」

「人聞きが悪いな。非公式のライセンス生産的なものとでも言いたまえ」

「ダメじゃねーか!」

「それに極めて本物に近いのだから、もうこれは実質的に本物を作ってるようなものと言って差し支えないのだし」

「偽物の証明ってんだよ、そりゃあ! 大体、そんなもんで呼び出されたワイバーンが大人しく言うこと聞くと思ってんのか!」

 

 血相を変えて食ってかかるオーリだが、これを大げさと笑うやつは少なくともこの大陸にはいないだろう。

 ダイナマイトが150トン積まれた場所で打ち上げ花火に点火するやつを見て平然としているようなのは豪胆と言わない。ただのアホ、さもなきゃキ印だ。

 

「とにかくやめてくれ! なんぼなんでも危険どころじゃあない!」

「気持ちはわかるが落ち着きたまえよ。人の話はちゃんと聞くものだ」

「ちゃんと聞いてるよ聞いたから慌ててんだよ! あんた、ここら一帯を更地にでもしたいのか! しかも俺にその片棒をかつげだと! 冗談じゃねえぞ!!」

「まったく、『聞く耳を持たない』とはまさにこのことだな。しかし多少は出来が良いだけの凡百学徒ではその反応も妥当ゆえに責めようとまでは思わんよ」

「あんたこそなに言ってんだ! 人の話、聞け!」

 

 口角泡を飛ばす勢いでわめくオーリの眉間へと、こちらは顔色ひとつ変えぬドークス先生が人差し指を突きつけた。

 

「───聖術 ソロ Lv2 安定(モリスディア)

 

 レベルアップの恩恵を充分に受けた者にすら知覚もかなわぬ速度で唱えられた呪文に撃ち抜かれ、オーリは電池が切れたおもちゃのサルのように静かになった。

 

 ついでに“ね”と“ぬ”の区別がついてなさそうな顔にもなった。

 

「さ、落ち着いたところで仕事の話を続けようか」

「ハイわたしは落ち着いています仕事の話を続けます」

「結構。ではそのまま、理解はできずとも聞くといい」

 

 先生はいつの間にやら机上に置かれていたティーカップを傾けつつ説明をはじめた。

 

「まず君の心配については杞憂と断じさせてもらおうか。私とて命は惜しいのでね」

 

 なにせ死んでしまったら研究もできなくなってしまう。それはドークス先生にとって非常に困るのだ。

 

「それに古代文明───あるいはイカロスの意思(エンパス)はそこまで頑迷ってわけでもない。侮られるのを(がえん)んじぬにせよ過剰に畏れられるのもまた本意ではないといったところか。自分たちのルールから逸脱しない限り融通は利かせてくれるのさ。……もっとも、そこを都合よく勘違いしたり拡大解釈したバカモンが痛い目に遭うまでのセットだがね」

 

 飲み終わったカップを置き指で軽く弾くと、それは澄んだ音を置き土産に空気へ溶けるかのように儚くなってしまった。詠唱ではなく弾いた音を呪文とした物体移動(アポーツ)である。

 

「幾度かの実験による検証とてとっくに済ませている。……ここだけの話だが、実は〈彼女たち〉との折衝もだ。つまり安全性に関してはきっちり担保してあるから、君は何も考えずに私の求める品を用意だけしてくれればよろしい」

「ハイわたしは何も考えずにお求めの品を用意します」

「うむ、結構。できた召喚札もいくらかは報酬として融通してあげよう。とはいえ材料を考えるとまだまだ貴重なものだ、使い所は誤らないように」

 

 そこまで説明───というか独り言というか───を終えた先生はひとり、満足そうに笑ってみせる。

 

「振り返ってみると中々の良心的依頼というべきである。少々、学徒に寄り添いすぎたきらいはあるがね。では、依頼の仕上げとしよう───これ以降も先のアイテムを手に入れたら私のところに持ってきたまえ」

 

 念のために不要な記憶と忌避感も消しておくが、くれぐれも余計なことは漏らさぬように頼むよ。そう言って先生は指を“ぱちり”と鳴らした。

 

   ◇

 

 

「おい、なに“ぼけーっ”としてやがんだ。鑑定、終わったぞ」

 

 

 天国にさえずるカナリヤのような声によってオーリは我を取り戻した。

 2、3の瞬きをして辺りを見渡すとここが学園の中庭であり、すぐ隣で目も覚めるような美少年が訝しげな顔をしているのがわかった。

 少年達が座る芝生の上には結構な数の物品が散らばっており、それを見てようやくオーリは自分が相方に今までに得たアイテムの鑑定を頼んだことを思い出した。

 

 それを思い出したのはいいのだが……。

 

「ありゃ、いつの間に俺はこんなとこにいたんだ」

「寝ぼけてんのか。さっきからぼくが何度呼びかけてたと思ってる」

「そりゃすまんかった。……ひょっとして目ン玉開けて寝てたんかな? また知らぬ間に珍妙な技術を得たもんだ」

「おまえ働きすぎじゃねーのか。聞いた話じゃ今までずっと地下道巡りやアホどもの付き添い仕事してたんだってな。今日くらいはとっとと切り上げて、個室部屋を使ってゆっくり休んだらどうだ」

 

 そうだね、そうしよう。常になく心配そうな表情を向けるフェアリーくんに申し訳なさを覚えたオーリはその提案を素直に受け入れることにした。

 

「ところで道具袋に天竜召喚札が入ってたな。おまえ、いつの間にあんなアイテムを手に入れる御身分になったんだ」

「ああそれ。ドークス先生から受けたクエストの報酬なんだ。依頼を受けたら融通してくれるって言ってたから、必要になったらまた受けようと思ってんだよね」

「ふーん、あの先生がねえ。ずいぶん太っ腹なことだが、なんぞ妙な裏があるんじゃねえだろうな」

「そんなこと言うもんじゃないって。俺らが思ってるよりずっといい先生なのかもしれないぜ」

「どーだか。おまえの人を見る目なんてアテになんねーよ」

「ひっでえ」

 

 久しぶりに聞く相方の憎まれ口に、オーリはなぜか安心にも似た笑みを浮かべた。

 




実際にそういう設定なんだからしょうがねえ
黄金聖闘士かアブリエルならワンチャンいけるかもね

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