男子冒険者学校生の日常   作:puripoti

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第4層 通りすがりの灰と青春

 いまさらだが───

 

 どんな商売にだって裏も表もあるもので、それは〈冒険者〉という稼業にさえ当てはまる。

 

 パルタクス学園はじめとした関係諸機関のイメージアップ戦略が功を奏したお陰か、はたまたよく知らないものを妄想で補完(笑)した挙げ句にそれを自分で信じ込む脳天お花畑が存外に多いからなのか、今日においては冒険者と云えば希望と大志を抱く若人たちが磨き抜いた剣と魔法の妙技を駆使して迷宮や魔物に立ち向かう等々、華々しいイメージで語られるのが常である。

 

 しかし現実は先のように、得体のしれない珍奇なナマモノ相手のブン殴り合いにドつきあい、骨折り打撲出血首刎ね等々の末に小銭を稼ぐというくたびれ儲けが日常だ。

 

 ある程度の賢明さを持った上に、人生の選択肢に余裕(懐の余裕と言い換えたがいいか?)のある者ならばわりかし早い内から自らのしくじりを知り引き返すことも出来るのだが、そのどちらかあるいは両方ともに欠けている者たち───つまりオーリを含めた大半の学徒連中───は、ここに来るまでに投じた諸々を天秤にかけた末に危険を承知で踏みとどまる羽目になる。

 

 命あっての物種という言葉の意味を知るには頭も経験もまだまだ足りず、知った頃には後戻りすらできなくなる。物知らず頭足らずのテンプレートというわけだ。

 

 そして後戻りどころか進むも踏み留まるもできない者がどうなるかは……想像にまかせる。語ったところでメシが不味くなるような駄話であろう。

 

 

 それはさておき。

 

 

 前置きが少し長くなったが、つまりは今現在、探索にいそしむアホ二匹もとい冒険者の卵二人ことオーリとフェアリーくんの前にある“これ”も、冒険者と地下道が織りなす青春模様のひとつには違いないということだ。

 

「どうしたらいいかなあ、これ……」

「しらねーよ、そんなん。面倒ならシカトぶっこきゃいいじゃねーか」

 

 モンスターに食い荒らされたと思しき損壊の激しい死体を前にして、一応は悩んだ風を見せるオーリとは真逆に、フェアリーくんは心底イヤそうに吐き捨てた。

 

   ◇

 

 ことの起こりは数分ばかり前にさかのぼる。

 

 C(中央)スレッドの狩り場をあらかた周り終えたオーリたちは、仕切り直しのために一旦スレッドを離れることにした。

 侵入に使ったものとちょうど真逆の座標軸に設置された(これらガジェットの配置も含めた座標も地下道の共通構造)ポータルを出て、装備と状態の確認を済ませてさあもう一狩りいこうぜ!

 

 ……と、いうところでオーリが発見しちまったのが彼らの前にすっ転がってる死体というわけである。縁起でもないもん見つけてんじゃねーよ! と、フェアリーくんはキレた。

 

「ったく……どうせおっ死ぬなら人目につかねーとこでやりゃいいのに、なんだってポータルの前でくたばりやがるかな」

「言うてやるなや。多分だけど、帰るために〈ターミナル〉を使おうとしたら襲われたんじゃないの」

 

 オーリが顎をしゃくった先では、薄ぼんやりと光る謎オブジェクトが宙に浮かんでいた。

 

 大きさは一抱えほどのダンボール箱くらい、物質を介した存在ではなく魔法的なんちゃらで空中に描かれた、ワイヤーフレームみたいな見た目の“それ”は、正式名称を『イカロスターミナル非電脳種対応端末』という。

 

 名称の由来も不明なら誰が何を目的に設置したのかも判らない謎装置だが、地下道からのノーコスト脱出だの捨てたアイテムの自動回収だのといった、冒険者にとっては色々とありがたい機能が満載されているので誰が気にすることもなく便利に使われている。

 

「だとしたら運の無いやつだな。もうちょい頑張りゃ生きて戻れたってのに」

 

 フェアリーくんは呆れたように頭を振った。

 死体を前に何をのんきな会話だと思われるかもしれないが、入学して数ヶ月もすれば学徒の反応なんて大体がこうなっちまうもんだ。

 

 なにより、場数を踏んだ冒険者にとって『死』とは人生と一巻の終わりを意味しないのもある。

 少なくとも地下道でモンスターに殺られた食われた程度なら死体(残っていれば)を保健室等の救護施設に運べば即、蘇生してもらえるくらいには軽いものだ。

 

 あるいはそうとでも思わにゃやってられないというのもあろうが。

 

「ま、どうせ知らねーやつなんだから見捨てちまったとこで気にするこたねーよ。死んじまうのも“こいつ”がザコいからだ。それとも、まだ運が残ってりゃ〈保健委員〉の定期回収班に拾ってもらえるかもな?」

 

 そんなことより早く行こうぜ、見てて気分がいいもんじゃねえし。もはや微塵の興味もないとばかりに、こちらの袖を“くいくい”と引いて急かすフェアリーくんへ生返事しつつオーリは迷った。

 

 外での話ならそれをみすてるなんてとんでもない! てなもんだが、ここは〈地下道〉。外の常識は通じない。

 一応は学園側としても学徒による相互扶助は推奨してるし、それは生徒手帳にも明記されているのだが(ほとんどの学徒は読みゃしないけど)別に義務というわけじゃないので結局は何の拘束力もない代物なのだ。

 

 そもそも助けたところで1ゴールドの得にもならない上、相手にしても真っ当に感謝をしてくれるやつばかりではないというのもある。

 ひどいときには苦労して助けたやつから「なんでもっと早く助けなかった!」と逆ギレ気味に逆恨みまでされるケースだってある始末。

 

 つまりそれらの学業とは無関係な面倒事を回避するため、依頼や仲間内によるもの以外の手助けは実質的に無視されているのが現実なのだ。

 道徳やらではなく、安易な親切お節介はときとして自分と他人の首を諸共で絞めるという一般的経験則の話である。

 

 ───でも死にそうなときに助けてもらえないってマジでキツいんだよなあ……辛くて心細くて、そんでもって空元気も出せなくなって惨めな気持ちになって、それが“ぐるぐる”繰り返しになって……

 

 眼の前に転がる“こいつ”も、そんな気持ちを抱えておっ死んじまったのだろうか。埒もないことではあるが、そう考えるとオーリはますます後ろ髪を引かれる。

 

 結局、何度かの逡巡の後にオーリは道具袋からパーティメンバーの『回収』用に支給されている死体回収袋を取り出した。フェアリーくんが手の施しようがない馬鹿を目の当たりにしたような面持ちをしているが、そこは見てないふりをする。

 

「あー? なんだおめえ、さんざか迷った挙げ句に助けてやんのか」

「うん……やっぱこのまま放っとくのも寝覚めが悪そうだしね」

「そーかい、まあ止めはしねえがちゃっちゃと済ませてくれや」

 

 あいよ。軽く返事をしてオーリは死体の傍で片膝をつき───やめておけばいいのに余計なことを言った。

 

「ねえ、よければ手伝ってくんね?」

 

 強いて言うなら軽蔑だろうか。振り向いた先、暗闇の中でさえまばゆく輝くような美貌の表面温度が一気に下がったようだった。

 

「やなこった。このグローブおろしたてなんだぜ、汚れちゃったらどーしてくれんだよ。おまえ一人でやんな」

「俺が悪かったよお、もう馬鹿なこと言わないから怒らないでくれえ」

「別にキレてねーし」

「やっぱ怒ってるじゃん、超怒ってるじゃん」

「しつっけーぞ、とっととそのカス拾っちまえってんだ」

 

 くどいようだがこれは不人情とかではない。冒険者としての原則に沿うならフェアリーくんが正しいのだ。

 そもそも自己満足というべき余計なお世話で、手伝いを頼むバカタレはいない。

 

 死体に向き直ったオーリはしばしためらった後に「南無三!」とわけのわからない気合を入れて、Z級ゴア映画みたいなありさまの死体に手を突っ込んだ。

 

 手を動かす度に聞こえてくる“めちょ”とか“ぬちゅ”とかいう音や、グローブ越しに伝わる“ぐちょり”とした感覚にゲロ吐きそうになるのをどうにかこらえ、半泣きで回収袋に詰めていく。

 お寒い懐に無理をさせてまで強化したお気に入りのグローブがサイケな色合いに染まってるのを見るとギャン泣きになっちまいそうだった。

 

 そんなにイヤなら最初からやるなよという話ではあるが、喜んで人助けをすることも合理を重んじ積極的に見捨てることも出来ぬ中途半端による自業自得、つまりは消極的選択を繰り返す典型的小市民ゆえの小悲劇である。

 

 …………。

 

 それからどんだけ経ったことやら。

 

 あまり愉快ともいえない作業を終えた頃には軽い〈恐怖〉状態になっていた。ついでに小ゲロも吐いて口の中が酸っぱかった。

 

「……ったく、言い出しっぺがこのザマじゃ世話ねーな。おら、回復してやるからこっち来やがれ。

 ───聖術 Lv2 ソロ 安定(モリスディア)

 

 憎まれ口を叩きつつフェアリーくんが使ってくれた恐怖解除の魔法のお陰でオーリはしょうきにもどった。

 

「……たすかった。あ、ありがと……」

「おう、一生恩に着ろ。ンなことより後はどーすんだ、その袋に詰まったクソザコナメクジを保健室に送ってから探索を続けんの?」

「……そうしたいのは山々だけど、ケチも付いたし今日はとっとと切り上げるのがよさそうだ」

 

 まだ少しだけ残ってたお茶で口をゆすいだオーリはやや惜しそうに言った。

 

 体力・魔力共にまだ余裕はあるが予想外の精神的消耗まではいかんともしがたい。

 こんなモチベーションのまま無理して探索を続けてもろくでもない形で足をすくわれるのが関の山だろう。異論のあるやつは一度、スクワームって映画を観ながらおかゆと麺類を食べてマラソンしてみりゃ気持ちがわかるてなもんだ。

 

 その意向を聞いたフェアリーくんは「ふへっ」と笑った。天国に咲く毒花のような笑い方だった。

 

「身の丈に合わねえお節介を焼いた結果が無様にゲロ吐きのトンヅラか、呆れて物も言えねーよ」

「返す言葉もござんせん。とはいえ晩ご飯程度の稼ぎっていう当初の目的は果たしてるんだから、あんましイジメんといて」

「物は言いようだぜ───まあいいさ、決めるのはおまえだしな。そんなことより後で奢る話を忘れんなよ」

「あいあい、安くてマズいやつね」

「ブッ殺すぞてめえ」

 

 罵倒とともに足の爪先を踏んづけられた。皮と針金で補強された靴な上にフェアリーの脚力なもんで、蚊に刺されたほどにもなりゃしないが。

 

 柳眉を逆立てるフェアリーくんへ「けけけ」と意地悪く笑いかけ、オーリは死体回収袋を〈道具袋〉に放り込んだ。

 さっさと終わらせたかったのでかなり雑な回収になっちまったが、こんなところで腐って灰になるまで野ざらしよりはナンボかマシだと割り切ってほしいもんだ。

 

 首尾よく生き返れたら、の話だけど。

 

「んじゃ、帰ろっか」

 

   ◇

 

 外に出たオーリはポータル脇に設営されている出張保健室に回収袋を預け、常駐の保健委員へ軽い説明をしてから帰路についた。

 

 グローブを外し、ローブとハチマキを脱いで、靴も普段のものに履き替えて道具袋に突っ込む。血糊で汚れまくった諸々は早めにクリーニングへ出さないとひどいことになりそうだ。

 こちらの気も知らんと上機嫌の体で何を奢らせるかで頭が一杯になってるフェアリーくんと並んで歩き、茜色の空を眺めて“うすぼんやり”と思った。

 

 ───まったく、なんだか今日はやることなすことイヤな方向に転がってばかりだった気がする

 

 天中殺ってのはこういう日のことを言うんだろうな。

 

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