男子冒険者学校生の日常   作:puripoti

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第43層 家族八景

 職員室を後にしたオーリはフェアリーくんと別れ、エルフちゃんとセレスティアさんが待っている中庭に向かった。

 

 どうせ遊びに行くならとフェアリーくんも誘ったのだが、「おまえにゃ悪いけど貴重な休み潰してまであのアマと一緒なんざゴメンだよ」……と、言い捨てられてしまった。まったく、何がそんな気に入らないんだか。

 

 別の日にでもあらためて誘い直すべきかな? 残りの休みと探索に使う日数を計算しながら中庭を覗くと、ベンチに並んで腰掛ける少女達の姿が見えた。

 ひょっとしたら待ちくたびれて帰っちまったかと危惧もしたがちゃんといてくれてたようでなによりだ。

 

 足を早めようとしたところでエルフちゃんが軽く手を振ってきたのでオーリは少なからず驚いた。結構な距離があるのに気が付くあたり、彼女の勘や察知力も相当なものである。

 

 オーリはこころもち急ぎ足でベンチまで寄った。

 

「お待たせ。遅くなってごめんよ」

「謝んないでもいいよ思ってたより早かったし」

「そーそー、空いた時間でリップやネイルのお手入れもできたし」

 

 言いながら2人はコスメグッズらしき、ベンチに置かれていたいくつかの品を道具袋にしまった。

 それを眺めながらオーリは今日、彼女に会ったときから気になっていたことを口にした。

 

「そういや言うの遅れたけど、髪にメッシュ入れたんだね。───よく似合ってる」

 

 少年が口にした通りエルフちゃんの前髪と、背中の中程まで届く長い後ろ髪に一房ずつ、真っ赤なワンポイントのメッシュが入っている(前後合わせてツーポイントとでもいうんか?)。

 陽光に煌めく金髪に一筋流れる鮮やかな赤色は少女の快活な美貌に目が覚めるようなアクセントを加えていた。

 それも併せて率直に伝えると、エルフちゃんはまんざらでもなさそうな顔をした。

 

「ありがとね、ちゃんと気付いてくれてたんだ」

「そりゃ気付くだろ。なんぼ俺が節穴でもそんくらいはさあ」

「ふふー、そうでもないよ。男の子なんて人が髪染めようが髪型変えようが気にもしないのばっかだし」

 

 さすがにそれはなかろう……と言いかけたオーリだったが、しかしクラスメイトの顔を思い出してやめた。確かにあのアホどもならそんな反応になりそうだと納得してるところへセレスティアさんも混じってくる。

 

「そーそー、ちょっと髪を短くしたら出てくるセリフが『失恋したのか』だもんね。昭和の漫画かよ」

 

 いまどき女の子が髪を切る=失恋の方程式がこびりついてるようなのいねーだろ……と言いかけてオーリはやめた。確かにクラスのアホ男子どもなら言いそうだ。

 

「あいつらにはまず女の子、ていうか人を褒めるって発想がないんだよ」

「だねー。そのくせ自分は女の子にチヤホヤされたいのが透けて見えるんだから、ハッキリ言ってばかじゃねーのって」

 

 エサも付いてない釣り針垂らす馬鹿になんて誰も引っかからねーよ。少女達は辛辣に斬って捨てる。なまじ美少女同士のやりとりなだけに言葉の切れ味とこうかはばつぐんだ。

 

 ボロクソだなあと思うオーリだったが、しかし彼女らの言い草とてごもっともではある。

 女の子への興味も関心もあるくせにうわべ程度の理解さえ面倒くさがる、この年頃にありがちなデリカシーの欠如というやつだ。こればかりは人との交流を通じて経験と学びを積むしかないのだ。

 

 ひとしきり話をしたところでエルフちゃんがいたずらっぽく舌を出した。

 

「おおっと、ごめんね。男の子には気分がよくない話題だったね」

「そうでもないよ。この手の本音はめったに聞けるもんじゃないから色々と勉強になったし。俺もこれから気をつけることにする」

「ふーん……無理してるってわけでもなさそうだね」

「ホントだよ。女の子と一緒したり話するの好きなんだ。それにきみ達くらい綺麗な子達なら近くで眺めてるだけでも楽しいだろ」

 

 オーリが正直なところを口にするとセレスティアさんが「わあ」と大げさに驚いてみせる。

 

「さっきのもそうだけど面と向かって自然に褒め言葉とかやるねー。実は結構、遊んでたりする?」

「人聞き悪りぃなあ……。多分だけど小っこい頃から姉ちゃんに面倒見てもらってたせいだ」

 

 それを聞いたエルフちゃんが興味深そうにこちらを覗き込んできた。

 

「オーリくんお姉さんいるんだ」

「うん。歳がちょい離れた兄貴が2人にふたつみっつほど上の姉ちゃん……それと俺の4人兄弟」

「もしかしてお兄さんたちも冒険者だったりするの?」

「まさか、俺だけだよ。兄貴たちは普通に家や土地を継ぐだろうし、今は家の手伝いしてる姉ちゃんもしばらくしたら嫁に行っちまうだろーな」

 

 いずれ両親が隠居したり兄貴たちが所帯を持つときゃ助けになりてえし、姉ちゃんにも花嫁道具のひとつくらい持たせてやりてえよなと語る少年を、やや細めた目でエルフちゃんは見やった。

 

「好きなんだね、お兄さん達のこと」

「まーね。家族のみんな大好きだよ」

 

   ◇

 

 顔と声にこそ出さなかったが言葉とは裏腹にオーリは苦い気分だった。

 

 前にも述べたが頭も悪けりゃ取り柄もないガキの行く末なんてしれたもの。

 しかもド田舎の、あんまし懐に余裕がない家の末っ子なんてもんは、他所じゃあ大抵は余され者で継げる財産も土地もないから大きくなったら家を出るのが当たり前。

 そんなもんだから上の兄弟からいびられがちだわ親も放置するわで、ひねくれて悪い道に行っちゃうやつも珍しくない。

 

 ───その意味じゃあ自分は昔からツキにだけは恵まれていたわけだ

 

 これがもう少し別の家か時代だったら、間違いなく物心がついたあたりで運が良くても山、悪けりゃ川にでも捨てられていたことだろう。

 しかし家族の誰もが邪険にすることもなくこの歳になるまで大事にしてくれたのだから、どんだけ感謝しても足りないくらいだ。

 

 

 それが今になってこいつをいたたまれない気分にさせるのだが。

 

 

 今でこそ少なからず家族の足しになるくらいのことはできるようになったオーリだが、正直にゲロっちまうと最初からそれを目的に冒険者学校の門を叩いたわけではなかった。

 何の積み重ねも出来ないボンクラに特有の、環境が変われば自分も何か変わるだろうという勝手な思い込み、あるいは一発逆転思考の同類のごとき浅はかさでやって来だけにすぎない。そしてその手の馬鹿も学園にゃ珍しくない。

 

 つまりはこの歳頃の駄目なクソガキにありがちな、モラトリアムを享受しつつなにかしらに打ち込んでいる自己満足、あるいは愚かしい錯覚と安心感を得たいという浅ましい考えが根底にあったわけだ。

 

 自分と違って家族の皆はバカじゃあない。

 冒険者になりたいなんぞと抜かすクソバカの現実逃避は承知していたろうに、それでも学校に通うのを許してくれて余裕もない中で金まで出してくれたのはどんな気持ちだったのだろうか。

 

 それらを思い返す度、申し訳なさと煮えくり返るはらわたの感覚とで頭がおかしくなりそうだ。

 

 ───いい加減、恩返しとまで言わずとも孝行くらいはしたいもんだ

 

 腹に溜まったあれこれをどうにか収め、オーリは口元を吊り上げてみせた。

 

 傍からすると笑っているように見えたかはわからない。

 

   ◇

 

「そういやオーリくんはメイクとかやらねーの?」

 

 グッズを仕舞う途中でエルフちゃんが、おそらくはマニキュアだろう粘度の高い液体が入った小瓶を軽く振りつつ訊いてきた。

 

 オーリを待ってる間、ネイル等の手入れをしていたらしいエルフちゃん達だが、実はこれ単なるメイクではなく冒険者としてのたしなみのひとつだったりする。

 

 冒険者にとっては爪、あるいは手指も立派な武器や商売道具。

 特に段平ぶん回してる最中とかで爪が欠けたり割れたら大変だ。痛みに気を取られて隙を作って大惨事になった奴の例は枚挙にいとまがない。他にも手先の器用さが物を言う盗賊職ともなれば少しの傷が致命的な結果をもたらすこともあり、その管理には人一倍、気を遣うのだとか。

 

 なので彼ら彼女らは普段から爪の手入れには敏感だし、なんなら彼女らが今使ってるマニキュアにしても冒険者の手指を保護するために特殊な配合と素材(経験値で身体強化された連中が使うの前提なので、一般人がうかつに触れると大変なことになる)を加味された品だったりもするのだ

 

 とはいえそこはお年頃なガキども相手、どうせ使うなら綺麗な方がいいということもあり、色や仕上がりをはじめとしたバリエーションそのものは普通に使われているものとは大差ないのだが。

 

 オーリは何を言われたのかわからないように眉をひそめてみせた。

 

「俺は後衛職だからあんまし気を遣わんなあ。それでなくともそーゆーのはきみ達みたいな可愛い子がやるから様になるんだろ。最低限の身だしなみ程度はともかく、お化粧までいくと俺がやってもな」

 

 ノートルダムの名物男ばりに醜いわけじゃないけど褒められるほど良くもない、没個性を形にしたようなツラだし。

 オーリが正直なところを口にすると、少女達は「わかってねーな、コイツ」と言わんばかりにお互いの視線を絡ませた。

 

「逆だよ。そういう子ほどちょっとのメイクでびっくりするくらい化けるんだ」

「なんなら私らにちょいと顔いじらせてみない? マジで世界変わるよー」

「えー」

 

 及び腰になるオーリの真正面にエルフちゃんが立ち、“じっ”と目を見つめてきた。

 

「んー、とりま二重(ふたえ)にでもしてみる? これならちゃっちゃと終わるし」

「ちゃっちゃでそんなことができるんか。お化粧すげぇな」

「まーね」

 

 エルフちゃんは道具袋から超ミニサイズのさすまたみたいなアイテムを取り出した。

 

「これとノリをまぶたに突っ込むだけね」

「なんじゃそりゃあ、いつの時代の拷問!?」

「大袈裟な。別に目ン玉ぶっ刺すとかえぐり取るとかじゃないんだし」

「似たようなもんだ。やっぱし却下!」

「んもー、ワガママなんだからぁ。……やっちゃって」

 

 エルフちゃんが促すや背後に周っていたセレスティアさんがオーリの足を刈り、さらに流れるように変形四方固めの要領で地面に組み伏せた。

 

「わあ、なにしやがる!」

 

 とっさに体をよじらせて逃れようとするオーリだが───体が(ツタ)で絡め取られたかのようにびくともしない、どころか腕に力を込めてもまったく手応えがない。

 純粋戦士職による腕力もさることながら、重心移動に力を入れるポイントの調整で拘束する相手の力の軸を“ずらして”いるのだ。オーリとてレベル相応に腕力への自信はあるが、こればかりは単純なレベルアップだけでは決して身に付かない『技術』というものである。

 

「えーい、かくも大層な技をしょうもないことに使いよってからに」

 

 なおも往生際悪く暴れようとするクソガキの腹にエルフちゃんが乗っかり、両足でオーリの下半身を完全に封じ込めて猫なで声を出した。

 

「だいじょぶだって。先っちょだけ、先っちょだけだから」

「信用ならねー! その先っちょとやらが危険極まる形してんだろーが!」

「きみが無駄に暴れなきゃ大丈夫だよ───念のために頭も固定しといて」

「あいよー」

 

 頼みを請けたセレスティアさんが体を入れ替えて両足で器用にオーリの肩を留め、自由になった手を頭に添えるとそれだけでジタバタもがいていたバカタレの頭が石膏細工のように固まった。

 一連の作業を終えたセレスティアさんは天使の(すえ)とも語られる種族が浮かべてよいものか判断つきかねる表情をした。

 

「……なーんか面白くなってきたかも。ねえ、片っぽは任せたげるからもう片方は私にヤラせてよ」

「いいよ、一緒に楽しみましょ」

「なに言ってんだおめーら!」

「もう観念しておねーさんに全部まかせちゃいなよー。痛くしないからあ」

 

 エルフちゃんはこれみよがしな舌なめずりをしつつ顔を寄せてきた。

 

「ウソこけ! おめーが持ってる道具、明らか痛そうな形状じゃねーか!」

「それも最初だけだって、すぐに良くしてあげるからさぁ。うぇーい、相方くん見てるー? 今からオーリくんのはじめて(のメイク)をウチらがもらっちゃいまーす」

「やめろコノヤロー、ぶっとばすぞぉー!」

 

 オーリは悪い秘密結社にとっ捕まって改造される犠牲者みたいな悲鳴を上げた。

 

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