男子冒険者学校生の日常   作:puripoti

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第44層 夏色無法地帯

 

 オーリが解放されたのは20分ほどしてからだった。

 メイクそのものはもっと早くに終わったのだが、反応を面白がった女子2匹が髪やら肌質のチェックと称して色々といじくってきやがったのだ。

 

「あー、ひでー目に遭った」

「お疲れさま。───ほれ、これで確認してみなよ」

 

 エルフちゃんから渡された手鏡を使ったオーリはそこに映る自分の目とそれがもたらす変化に目を丸くした。

 

「……へえ、ホントにちょっといじくっただけで変わるんだな」

「でしょ? 人ってまず目を見て、次に表情で相手の印象を決めるもんだからそこを変えるだけでも違ってくるんだ」

「なーる。言われてみりゃ確かに人の目ぇ見て話せないようなのとは、あんま話したくも関わりたくないもんな」

 

 納得して頷くオーリへセレスティアさんが付け加えた。

 

「これ以外にも日常から顔を動かすトレーニングとかいいかもね。普段から表情出さないでいると顔面筋が死んじゃって表情もぎこちなくなるらしいじゃん」

「ふーん、もしかしてきみ達もそーゆーのやったりしてるの?」

「まあね。似たようなとこだと良さげな笑顔とかウィンクの練習とかしてるよ」

 

 言いながらセレスティアさんはかすかな微笑みと一緒に片目をつぶってみせた。

 なるほど、言うだけあって思わず見惚れるほど綺麗に決まっている。こいつの本性を知ってる身でなけりゃこの一発で色々と勘違いしてしまいそうなくらいだ。

 

 もみくちゃにされたときに乱れた服装を直してるところにエルフちゃんが訊ねてきた。

 

「この後はどーするね。もちっとメイクのお勉強でもしとく?」

「それに関しては後日またお願いするよ。小腹も空いたし、そろそろ出かけようや」

「ん、そーだね。じゃあレクチャーのお代として、今日はオーリくんがおごってね」

「押し売り相手に払うものなんかねえぞ」

「しわいなあ。もちっと女の子の前でいい格好しようとか思わない?」

「ほっとけ。……ま、色々と面白い話も聞けたしちょっとくらいならね」

 

 色よい返事が聞けたことでエルフちゃんは満面の笑みを見せた。

 なんだか納得のできないところも色々とあるけれど、それでもこれを拝めるのならいいのかなと思えるくらいにそれは魅力的なものだった。

 

   ◇

 

 オーリ達は学園を出ていつもの学食大路に向かった。

 

 夏休みも終わりに近づいているからだろうか、大路は最後の羽伸ばしを余す所なく楽しみ尽くさんとする学徒たちで溢れかえっていた。

 

 

「さあさあさあ、買った買った! 安いよ安いよなにが安いかはわかんないけど安いよ!」

「当パーティは新規メンバーの募集中! 応募資格に待遇等の詳細はこちらまで!」

「ねえそこの君、よければ僕と一緒しない? あとナックラーヴが使ってた刀買わない?」

「ちょっとそこのアナタ! そうそうキミ! うちの部に入部しなさいよ!」

「やめとけやめとけ! そんなとこで人生を無駄にしてはいけない! 入るならウチにしとけ!」

「ねえおにいさん、ちょっと寄っていかない。今なら入部キャンペーンでお安くしとくから」

「見ていくだけでいいから! ウチの部は絶対安心がモットーだから!」

「あなたの青春はうちの部にしかないのよ! ホラ、早くここの入部届にサインして!」

「ベタとトーン貼り、あとは背景を少し描ければ」

「ないてくれるなあけがらす、なけばつらい朝がくる、今日よりつらい朝がくる」

「そこはわたくしの寝床なのでございます……」

「おお、真理の扉が開かれる日は近い! 今こそ偉大なる超時空ブラザー様がその威を示されるときぞ!」

「暴れ馬だあー! 暴れ馬が出たぞー!」

「こっちは暴れ牛だあ!」

「暴れカンガルーが!」

「暴れカラーひよこが!」

「うーん、彼女の誕生日に贈り物したいんだけど女の子が喜びそうなアイテムってなんぞ」

「くたばれ」 「あっちいけ!」 「別れちまえ!!」

 

 

 いまや大路のあちこちは彼ら彼女らがまき散らす熱気と熱意と熱狂を煮詰める混沌の大鍋がごとき有り様となり、その狂騒にあてられた人々もまた鍋を熱する(まき)として自らかまどに突撃していくかのように見えた。

 

 大路に足を踏み入れるや早速、近寄ってくる客引きをあしらいビラを押し付けてくるチラシ配りの手をかいくぐり、怪しい物品を勧めるキャッチセールスをスルーしてナンパ野郎を蹴っ飛ばし、学園から出張してきたらしい各部活やサークルの勧誘を通りすがりの学徒に押し付け、邪宗門の辻説法と落研のゲリラ講談を聞き流し、暴れ馬に轢き殺されかけ暴れ牛に足を踏んづけられ暴れカンガルーを返り討ちにし暴れひよこに頭をつつかれ、あちこちで炸裂する爆竹に鼓膜をやっちまったエルフちゃんが前後不覚となり、空に避難したセレスティアさんがバカタレの打ち上げたロケット花火に撃墜され、すったもんだの末どうにかこうにかオーリが足を運んだのは夏休みのちょい前にフェアリーくんと一緒した屋台だった。

 

「連れてきちゃってなんだけど……ホントにここでええの?」

 

 少女達に回復魔法をかけながらオーリは不安とちょっぴりの申し訳なさに眉をひそめた。

 一応は女の子相手なのだし少しくらい値が張るお店に行ってもよかったのだが、エルフちゃん達による「普段きみがどういうお店を利用してるのか見たいの」というリクエストに応えた結果である。

 

 回復魔法の効果で正気を取り戻したエルフちゃんが寝起きの猫よろしく頭を“ぷるぷる”と振った。

 

「んー、気にすることはないよ。リクエストしたのはわたし達だもん。これで文句を言い出したらオーリくんがキレていんじゃね」

「そーだね。どのみち私らだってハイソなお店が似合うクチでもなし」

 

 さよけ。引き下がったオーリは少女達に近くの卓を確保してもらい、屋台に置かれてる椅子とお品書きを取りに行った。

 

 ひょっとしたら彼女らなりに、甲斐性なし学徒の懐へ気を遣ってくれたのだろうか。もうちょい懐具合に余裕が出たら次は多少なりともいいお店にでも誘ってあげたいもんだ。

 

 …………

 

 幸いというか出てきた料理はお気に召していただけたようで、少女達は気持ちのいい食べっぷりで料理を平らげていった。注文したのは肉っけの多いものが中心だ。

 成長期ならではの健啖でもって空のお皿を積み上げるエルフちゃんを、どこか不思議そうな目でオーリは眺める。

 

「オーリくんさっきからお箸が進んでないね。お腹でも痛いの?」

「うんにゃ、そういうんじゃないけど……」

「ならもっと食べなって。ほら、よそってあげるからお皿よこしなよ」

「ありがとーね」

 

 オーリはお礼と一緒に口元を失笑に近い形で曲げ大盛りの皿を受け取った。

 

「二人ともよく食べるなあって感心してたの」

「そりゃ当たり前だ。わたしら戦士職は体が資本、いっぱい食べないと力も出ません」

「きみの言う通りなんだけどねー、エルフとかセレスティアって種族は少食だったり生臭物も嫌いな印象あったもんだからさ」

 

 スプーンを咥えたセレスティアさんが無言のまま立てた親指で横っちょを差した。

 

 そちらに目をやると少し離れた屋台でエルフやセレスティアの学徒たちが「肉サイコー!」とか「野菜なんざ食うやつはバカだ!」とか言いながら、旺盛な食欲で皿を次々と空にしてたりお肉お魚へかぶりついているのが見えた。

 

「俺が悪かった。やっぱし偏見とか思い込みってのはよくないね」

「オーリくんこの学校の子には珍しい、ふつーの子と思いきやときたま変だよね」

「変かなあ」

「超変かな」

 

 ずばりと言ってエルフちゃんは大ジョッキを空け、セレスティアさんも用済みとなった皿をまとめて脇に置いてお品書きを手に取った。

 どうやら彼女達の金城鉄壁の胃袋を満たすにはまだまだ足らないらしい。下手に見栄張ってお高い店に連れてかないでよかった。

 

 ささやかな安堵を胸にしまいながらオーリもお皿を抱えて勢いよくかきこんだ。

 

   ◇

 

 屋台を後にしたエルフちゃん達は幸せいっぱいの顔でお腹をさすった。

 

「割り勘とはいえ人のお金で食べるご飯はいいもんだね」

 

 そいつぁよかった。オーリは肩をすくめる。ちなみに勘定の比率はこいつが半分を払い、残りがエルフちゃん達の折半だ。

 最近は色々と物入りだったし、転科前の追い込みも兼ねてソロ探で稼がんと厳しいかなとオーリは考えた。

 こう見えてパーティの中で最も稼ぎの手段に恵まれているので、これくらい財布にゃ致命傷ともならないのだが染み付いた貧乏性の悲しさというやつだ。

 

「さて、この後はどーするね。適当にお店でも冷やかして回るかい?」

「悪くないけどさすがに食べた後はね。どこかで軽く休みたいかな」

「私もさんせー。ここ来る途中でよさげな広場があったから、そこでお腹が落ち着くまでおしゃべりでもしよ」

「おーう」

 

 頷きあったオーリ達はセレスティアさんの案内で件の広場とやらに向かった。

 

 やはりというか道中では客引きビラ撒きチンドン屋等々、様々な連中が邪魔をしてきやがったので(お腹がふくれてるときになんて迷惑なやつらだ)、そいつらをあしらいさばいてやりすごし、あるいは追いすがってきた各種勧誘から逃れるため演劇部による屋外公演のエキストラに紛れたり獅子舞の中に潜んだり、ジャッキー・チェンのカンフーアクション映画ばりに野生のお神輿や野良だんじりに飛び乗ったりする。

 

「ご飯食べて早々にやるこっちゃねーな」

 

 ぼやきつつ山車(だし)から降りたオーリ達が到着したのは、おそらくは人工のものであろう整備された小川を中心にいくつかのベンチと花畑が点在する落ち着いた風情の公園であった。

 雑多と雑然と雑音の混声合唱団がごとき大路には似つかわしからざるそこでは、先程まで耳を蹂躙していた騒音、絶叫、悲鳴に読経、乱闘騒ぎや爆撃音さえどこか遠く彼岸の彼方から聞こえてくるような気さえした。

 

「掃き溜めに鶴というか、こんなにどうしようもない場所にもこんなにいい雰囲気のトコがあったんだな」

 

 感慨深いものを覚えながらオーリはぐちゃぐちゃにされた髪を整え、ポッケに詰め込まれたチラシと入部届と外泊証明書をゴミ箱に叩き捨て、“ぴよぴよ”鳴きながら足をつついてくる色とりどりのヒヨコを追っ払ってから広場の入口に見えた棒手振り商人のあんちゃんを捕まえてラムネを買った。

 

 小川を眺めて座れるベンチに並んで腰掛け、受け取ったラムネの瓶を開けながらエルフちゃんが頬っぺたを膨らませた。

 

「なーんで公園に行くだけでこんなに疲れなきゃならないんだか」

「みんなそろそろ始まる来学期のことを忘れたいからしゃあない。夏休みも終わればここらも少しは落ち着くだろうさ」

「ホントにそう思ってる?」

「まさか。少なくとも俺はこっち来てからあのアホタレ連中と大路が落ち着いてたとこなんざ拝んだことねえ」

「うぬぅー」

「まあまあ」機嫌を損ねたフグみたいになったエルフちゃんをなだめるようにセレスティアさんが割って入った。「───そんなことよりさ、せっかくだから空いた時間でさっきの続きでもしない?」

 

 一瞬、なんのことかと訝しんだもののすぐにメイクについてだと思い至ったオーリが少し嫌そうに口を開く。

 

「言うてもまた体押さえ込まれて目ェいじくられるのはゴメンなんだが」

「私は超面白かったからまたやりたいんだけどねー。今回はネイルなんてどうよ」

 

 言いながらセレスティアさんは綺麗にデコられた爪をオーリに向けた。

 

「それってかなり手間かかるんちゃう? あと俺、手先もあんまし器用じゃないんだけど……」

「やったことない人ほどそーゆー印象になりがちだけどさ、実際は大したもんでもないよ」

 

 お金取れるほどの腕になりたいてんなら話は別だろうけどね。言いながらセレスティアさんはポッケからニッパーやら薄めのヤスリを取り出す。

 

「お化粧つーよりプラモでも作るみたいな道具だな」

「上手い喩えだね。塗りだけでなくデコったりするとこは似たようなもんだし。───じゃあ、まずは下準備から始めようか」

 

 オーリの手を取ったセレスティアさんは軽く目を見張った。

 

「───うわ、君ってば手ぇ荒れてんね。鮫肌どころかヤスリとして使えそうじゃん」

「そんな驚くようなもんかね。ド田舎の人間の手なんざこんなもんだ」

 

 歳をくったらさらに荒れ放題、さながら石みたいになっちまう。例えばオーリの家族のような。

 

「“働き者の良い手”てやつか」いつの間にかもう片方の手を取ったエルフちゃんが“しみじみ”と言い、

「風の谷の姫姉さまみたいなこと言ってんな。俺のはそんなご大層なもんじゃねーよ」オーリが失笑する。

 

 記憶の中で妙にこびりつく、かつて自分の頭を不器用に撫でてくれた岩のような手のひらはさて、誰のものであったのか。

 その手が自分を育ててくれて、その手に少しでも報いるためここにいるのだと考えるようになれたのは少なくともつい最近のことだが。

 

 なんでか機嫌を直したらしいエルフちゃんによる、手指のケアや関連するレクチャーを交えつつオーリのネイルは続けられた。

 教えてもらっても実践できるかは怪しいが、それでも知っているといないとじゃ大違いということもありオーリはうやうやしく拝聴することにした。

 

 美少女2人から丁寧に化粧をしてもらうという未曾有の体験に少なからずエロガキの頭が舞い上がっていたのも大きいが。

 

   ◇

 

「───ほい、出来上がり。やってみりゃ簡単なもんっしょ」

「おー……」

 

 セレスティアさんが仕上げてくれた人差し指の変わりようにオーリの口から率直な感嘆の声が漏れ出た。

 水面(みなも)をイメージしたのだろうか。涼やかなグラデーションを描く青と白にキラキラと流れる砂粒のような模様が目を惹く。まさか自分の爪がこうも変わるとは想像もしていなかっただけに感動もひとしおだ。

 

「感想はいかが? まだ乾ききってないからしばらくはそっとしといてね」

「……悪くないかな。お化粧にこだわる人の気持ちてのもさ、少しだけどわかったかも」

「そりゃなにより」

 

 オーリは決してお世辞だけでそう言ったのではなかった。

 実際、気を緩めたらニヤつきそうになるのをこらえていたわけだし。

 

 たかが指一本、爪の1枚がちょいと色を付けただけでこれだ。本格的な化粧なんてしたら世界が光って見えるくらいには浮かれた気分が味わえるのではなかろうか。

 綺麗に整えられ装飾された指を飽きる様子もなくためすすがめつしていると少女達も気分が良さそうに視線を交差させる。

 

「素朴だけどいい反応してくれるねー。こーゆーのって男の子は腹ン中じゃ馬鹿にしたり最悪だと否定から入るからさ、そーゆーの新鮮だし余計に嬉しいんだよなあ」

「だね。どいつもこいつも口先じゃあ『すごいね』とか『楽しい』とか言ってるけど、嫌気が差してんのバレバレだっつーのな」

 

 お世辞言うにしてもせめてバレない程度になってからにしろってんだ。口を揃える少女達の悪罵も聞こえぬげに、オーリは爪が乾くまで飽かずそれに見入っていた。

 

 

 しばらくしてから3人は大路に戻ってあちこちの店を流し、路上販売の小物や古着を物色したりコーラス部主催の歌合戦に参加したり、手芸部のビーズアクセ作り体験会やら陶芸部の青空ポーセラーツ教室、模型研究会のボトルシップ制作に混ぜてもらったりしながら日が暮れるまで遊んで回った。

 

   ◇

 

 そうやって各々が残り少ない休みを満喫し英気を養いながら行われた次の探索にて、

 

 

 オーリ達のパーティは壊滅寸前になった。

 

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