男子冒険者学校生の日常   作:puripoti

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第45層 キーパー

 

 あえて余計な言い訳をするのなら何が悪いわけでもなかった。

 

 決して油断をしてはいない。

 準備だって怠ってもいない。

 まして彼らが弱いわけでもない。

 

 ただ単に何をしようがダメなときは何してもダメだし死ぬときゃ死ぬし灰にもなる。

 

 地下道(ロード)、ないし迷宮(ダンジョン)とはそのような場所であるのを今さら再確認しただけの話である。

 

   ◇

 

 その日、オーリ達のパーティはジェデロ地下道の未踏破マップの消化をしていた。

 

 新たに足を踏み入れた地下道というのは応じてスレッドの種類も増えていくので、目当てのスレッドを引き当てるための出入り(リセット)も含めたマップ埋めの手間も相応に増えていくのが困ったもんだ。

 それでもオーリが扱えるスレッド内限定の転移魔法の恩恵によって素早く未踏破区画を平らげていき、何人かは次のレベルアップもできそうなくらい経験値が溜まってきた頃合いに“それ”は現れた。

 

 その区画に侵入するや床が幾何学模様を描いて光り、模様に沿って膨大なコード情報が流れ込んでくる。

 極限まで圧縮された情報は区画の中心部に集い渦を巻き、渦は螺旋を形作り、空中へと内包された設計図に基づいた“存在”を形成し───果たして出現したのは今までに見たこともないほど珍妙なモンスターであった。

 

 表情の存在しない顔らしきパーツがはめ込まれた円筒状の胴体に関節を介さず空中で接続された手のない棒のような腕、下半身にいたっては人間でいうところの腰に相当する部分にでかい円盤があり、その下に脚ではなく球体があるだけときた(浮遊してるから脚はむしろ不要なのだろうが)。

 

「なんじゃこりゃあ」

 

 さながら前衛的モダニズム土偶とでも形容すべきそれを見て、オーリの隣で浮かぶ美少年の、天上界に住まう金糸雀がごとき喉から呆けたような声が出る。

 パーティのメンツが呆気にとられる中、目を見開いたクラッズさんが急激な反応を見せた。

 

「フシャ───ッ!!」 

 

 全身の毛を逆立て弾かれたような動きで後ろに退がる。

 ハンドサインは───不明、危険。

 それを見てようやくオーリ達も気を引き締めた。各々が油断なく相手を見据え戦闘態勢をとる。

 

 こいつらは判断を誤った。

 戦うなんてこと端から考えず尻に帆かけてトンヅラこくべきだったのだ。

 言行こそ奇矯をスッ通り越して珍奇が極まっているものの、クラッズさんの探索・分析力はパーティの誰もが認めるところだ。その彼女をして詳細もわからないというのは何をしても対処できない相手に出くわしたということでもある。

 

 自分達がどれほどマズい選択をしたかも理解せぬまま、いつものようにオーリが魔障壁を張り、同時にモンスターがこちらに腕を向けた。おそらくは飛び道具による攻撃を仕掛けてくるつもりなのだろう。

 モンスターの腕が光るやなにがしかの衝撃が魔障壁を直撃。それを受け止めたところで前衛が突撃を───

 

「───は?」

 

 魔障壁は一瞬も保たなかった。

 これまでありとあらゆるモンスターの攻撃をものともしなかった障壁が、呆気なく霧散するのを目にした誰かによる気が抜けた声と、パーティの全員に攻撃の余波が襲いかかるのとはどちらが先であったか。

 

 前衛組は持ち前の体力と防具によって耐えたが、魔障壁の展開に集中していたオーリは直撃くらって意識を刈られ、フェアリーくんとクラッズさんは即死した。

 さらにマズいことに後衛組の───というよりクラッズさんの───惨状にバハムーンくん(盾役)が後ろを振り向いたまま固まってしまう。

 

「バカ! 殺ってからにしろ!」

 

 常になく語気を荒げたエルフちゃんが罵倒を浴びせ、セレスティアさんと左右から挟み込むように攻撃を見舞う。が、

 

「硬ったあ!?」

 

 叩き込まれた一撃はあっさりと弾き返された。

 間を置かずセレスティアさんが例の超速打撃を至近距離から浴びせるが、これもモンスターの体を揺らした程度でほとんど効果がなさそうだった。

 

「お前ら、退がれ!」

 

 どうにか立ち直ったらしいバハムーンくんが声をかけ、エルフちゃんは硬直中のセレスティアさんを抱えて離脱。同時に超高熱のブレスがモンスターを包みこんだ。

 全員がそれで倒せるとまでは思っていなかったが、しかしその予想さえ裏切られてしまう。

 

「───マジか」

 

 表面に残る僅かな焦げ付き。それだけが成果だった。

 

 呻く面々をよそに、モンスターはまったく支障がなさそうな様子で反撃を開始した。

 仲間を抱えたエルフちゃんへ地面を滑るようにして距離を詰め襲いかかる。

 

 かろうじてバハムーンくんの防御が間に合い、稼いだ時間で復帰したセレスティアさんも加わった前衛による総がかりで迎え討つも、有効打を与えられぬままジリジリとダメージだけが蓄積されていく底なしの泥仕合となってしまう。

 

 どうにかオーリが意識を取り戻した頃合いで前衛は壊滅した。

 

 エルフちゃん達の攻撃はろくに通らず、逆に薙ぎ払いの一閃でまとめて地べたに叩きつけられた。

 そんな有り様を見て血迷い、回復魔法なんぞ唱えなかったのだけは上等だった。

 

 すでに勝敗は決している。

 立て直しは不可能な以上、とっとと逃げることだけが今の自分らに取れる最善手だ。

 

「───超術 Lv1 グループ 離脱(ノードレイ)

 

 かろうじて噛まずに唱えられた魔法によって、本当にギリギリのところで全滅だけは免れることができた。

 

   ◇

 

 すぐ近くに迫っていた濃密な死の気配が霞のごとく消え失せた区画にて、オーリは過呼吸と不整脈をいっぺんに患ったかのような気分で息を荒げぶっ倒れていた。

 負ったダメージもさることながら、久しぶりに感じた危機と恐怖で体の感覚がおかしくなったのだろうか。

 

 ───助かったか。まったく進路指導で超術師を勧めてくれた先生に感謝だな

 

 地下道を徘徊するモンスターだが、こいつらは遭遇したパーティが区画から一歩でも出てしまうと追撃さえせず区画から消えてしまうという妙な習性をもっている。

 こいつが使用したのはその習性を逆手に取り、パーティの位置する座標コードを1区画分ずらしてモンスターを退散させるというものだった。

 

 転移魔法で逃げりゃいいじゃねえかと思われるそうだが、あれは座標の指定に結構な負担がかかるので戦闘中に使うのは不可能である。

 ましてさっきみたいな状況で使おうもんならどこにすっ飛ばされちまうかわかったもんじゃない。

 それだけにもし他の学科を受けてたらここで全員、枕並べてお陀仏だったろう。仰げば尊しなんちゃらの恩とはよくいったもんだ。

 

 オーリは吐きそうなほどの痛みをこらえ───無理だったのでちょっと吐いた。口中の小ゲロを吐き散らし、死に損ないのイモムシじみた動きで体を起こしてパーティの状態を確認した。

 

 自分は全身が痛むくらいであとは五体満足、並の魔法職なら後衛2人と一緒に死んでたろうからまったくレベルアップ様々である。

 他の連中も怪我や出血こそしてるが、手足が吹き飛ぶ骨が砕ける潰れるはしてないので、すぐおっ死んだりはしないだろう。死んじゃってる2人のことは……今は考えないことにする。

 

 ひとまず命が助かった安堵により手放しそうになる意識の手綱を必死で握り直し、道具袋から取り出したおにぎりで自分の回復を済ませたオーリは(ゲロ吐いた直後なので飲み込むのに難儀した)、一番傷の深そうなセレスティアさん、次にエルフちゃんバハムーンくんの順番で回復魔法をかけていった。

 

 …………

 

「あーあ、すげーみじめ」

 

 瀕死から復帰したエルフちゃんがぼやいた。

 言葉こそ落ち込んだ風だが表情を見るに憤っているあたりが彼女らしい。

 

 しかしいいとこなく一方的にボコられてのトンヅラ、しかも逃げるときでさえ何一つ役に立てないままときたら根っからの戦士職である彼女にとってこの上ない屈辱だろう。

 パーティ組んでから日が浅いとは云え、これまでさしたる苦労もなくやれてただけに落差もひとしおなのもあろうが。

 

「そう卑下するようなもんじゃないよ。俺の魔法が間に合ったのは、きみ達が踏ん張ってくれたからこそだぜ」

 

 水筒のお茶で口をゆすいだオーリが、あらためて回復するためのメロンパンを取り出して言う。

 

「なんぼ絶好調でもいつかはボロ負けする日があって、それが今日ってだけの話さ。まあ切り替えていこうや」

「ふん、言われなくてもわかってるっつーの」口ではそう言うものの耳が苛立たしげに動きっぱなしである。「でもさー、なんだよアレ。障壁は平然とブチ抜いてくるわいくら殴っても傷もつかないわ。明らかここで出くわしたモンスターと違うじゃん。あと、それ半分ちょーだい」

「へいへい。おそらくだけど、ありゃあ上位のイカロフォースだ。〈キーパー〉ってやつの亜種じゃねーかな」

 

 オーリは半分こにしたメロンパンをかじりながら、受講している迷宮技術史の内容を語って聞かせた。

 

 なんでも地下道の管理のために配置されている特殊な機械兵で、地上種の調査研究の他、場合によっては排除も行うために様々な機能と権能を付与されているのだそうな。

 ただでさえ強力なイカロフォース、その上位モデルなだけに戦闘力は非常に高く、純正のキーパーともなれば性能を抑えた量産タイプさえ訓練された軍の中隊と単騎で渡り合えたとかなんとか。

 

「それがホントだとして、なんでそんのがこんなトコうろついてんだよー」

「さてね。たまたまお散歩コースにでもかち合ったのだと思いたいけど……最悪だと湧出地点だったりするかもだからなあ」

「うん?」

「わかんねーか。地下道のスレッドは座標軸をちょうど半分に区切ったところで“左右対称になる形に”罠はじめとしたガジェットが配置されてんだろ」

 

 つまりこのスレッドにはもう一体、真逆の座標に同じようなのが配置されてるかもってこと。その推測にエルフちゃんがさもイヤそうな顔をした。

 

   ◇

 

「それで、この後はどーするの。あなたの相方くんも死んじゃってるし、2人を死体袋に入れたらとりま保健室?」

 

 セレスティアさんに訊かれたオーリは首を横に振った。

 顔見知りの先輩をはじめとした保健委員は万年繁忙期なのだ。夏休みくらいはそっとしといてやりたい。

 

 エルフちゃんが柳眉(りゅうび)を寄せた。

 

「じゃあどーするの。一応、言っておくけどわたしはLv5蘇生どころか初歩の回復魔法だって使えないんだよ?」

 

 攻撃的な部分が目立つ神女だが、その実、熟練した者なら高位の聖術も扱える攻防一体の学科なのだ。

 もっともこのエルフ娘は魔法そっちのけでぶったり蹴ったりの技術しか学ばないので、本来のポテンシャルは持ち腐れで終わるくさいが。

 

「適当なモンスターに喧嘩ふっかけて〈Lv7大加護(マハンマハン)〉の復活・回復を引き当てることにしよう。ちょいと手間だがこれなら失敗して〈灰〉になるリスクもない。仕切り直しはそれからだね」

「わかった。しかし便利なんだか面倒なんだか」

「あんだけのインチキ効果と引き換えなら安いもんだと割り切りたいね───ちゅうわけだから、そろそろ出発しようぜ」

 

 肩をすくめたオーリはやや離れたところで一人、クラッズさんの遺体を前に厳しい顔をするバハムーンくんに声をかけた。

 

「彼女さんのことは残念だったな。……まあ、あんただけのせいじゃねーよ」

「そりゃそうなんだがね。前衛を任されてる身としちゃ仲間が怪我しようと彼女がおっ死のうと構わず戦い続けるべきだったかなって」

「そっちか。あんたのそういうクソ真面目なとこは好きだけど、思い詰めすぎるのもよくないぜ。そこの暴力アホ娘たち見習って、多少なりともノーテンキかましちゃどーね」

 

 聞き耳を立ててたアホ娘どもが「それ、わたしのこと?」とか「“たち”ってことは私もなんだ」などと言ってたけど上手く聞こえなかったフリができた。

 

「あと、そんなん間違っても彼女さんの前では言うんじゃねーぞ」

「わかってるよ。なんぼなんでもそこまでデリカシー皆無なことはしないさ」

 

 常とは真逆の、力のない声にオーリは言葉に詰まる。

 他人に当たり散らしたりせず自分の責任に向き合う姿勢は彼の美徳だと思うし尊重もしたいが、それも過ぎれば彼のみならずパーティ全体のパフォーマンスに影響を及ぼしちまうのだ。

 

 なによりも、それ以上に、

 

「あのさ、確かに冒険者、つーか戦士職にはさっきあんたが言ったようなのが理想なんだろーけどさ……」

 

 それ以上にオーリとしてはなんかイヤなのだ。

 

「なってほしくねーんだよね。あんただけじゃなくて俺も含めたみんなに、そんなのに。ワガママって言われりゃそうなんだが、それが平然とできるようになっちまったら俺ら色々とおしまいなんじゃねえかなって。そりゃまあ、斬った張ったに殴る蹴るを飯のタネに選んだやつが言っても説得力ないかもだが……やっぱ越えちゃいけないもんはあるんじゃないかなって、なあ」

 

 上手い言い方ができずに口をもごつかせるオーリのセリフを引き継ぐように、いつもの調子を取り戻したエルフちゃんが快活に言う。

 

「結局のとこ、わたしらが弱かったのがいけなかった。じゃあ今度は“ちっとやそっと”しくじっても彼女ちゃん守り切れるくらい強くなりゃいんじゃねー?」

「……簡単に言ってくれるなあ」

 

 2人の言いにバハムーンくんは失笑めいたものを浮かべる。まだ力には欠けるが悪いものではなかった。

 

「でも彼女の言うことも悪かないと思うんだけど……ダメかい」

「いや」バハムーンくんは頭を振った。

 

「お前らが正しいよ。なんせ俺らは冒険者だものな。今回は俺が弱くてバカなせいでこの子を死なせて、みんなにも迷惑かけちまった。───もうこんな無様さらさないように強くなるよ」

 

   ◇

 

 心機一転とまで言わずとも、なんとか気を取り戻したオーリ達は出発することにした。

 

 まずは〈大加護〉を使用するための条件(なにがしかの戦闘状態)を得るためにモンスターとの接敵を目指す必要があるのだが、メンツに欠員が出ていることもあり一旦、この地下道を抜けて難度が一段落ちるカウサ地下道に向かうことにする。

 

「悪いことが起きたときほど悪いことが重なるもんよ」

 

 そのようにうそぶくオーリに反論する者はいなかった。どいつもこいつも心当たりがありすぎる。

 

 蘇生のことを考えれば死体は回収用の袋や、まして道具袋に入れておくわけにもいかないのでオーリが抱えて運ぶことになった。

 さして大きくもない腕にもすぽりと入るほど小さく軽い2人の体を担いだオーリはひそかに歯を固く噛み締めた。

 

 ───待ってなよ、すぐ蘇生して速攻で仇とりにいったげるからさ

 

 冒険者にとって死は隣り合わせに存在する日常の延長。あるがまま受け入れ越えるだけの試練のひとつ、それ以上ではない。

 しかしだからといって仲間を殺られてもムカつかないわけではないのだ。

 

 オーリにだけ見えるさりげない角度で横顔を向けたエルフちゃんが“ニヤリ”と笑った。

 

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