なんとか2匹目の『アレ』の撃破にも成功した───過程に関しては皆が口をつぐんだ───オーリ達はささやかながらの祝勝パーティを開くことにした。
祝勝なんちゃらと言えば聞こえはいいが、つまりは残り数日に迫った夏休みを少しでも楽しむための口実だ。
いつもの大路に繰り出した一行は屋台や出店、パルタクス学園各部活の出張展覧会などを巡り日が暮れるまで遊んで回ったものである。
そうやって存分に飲み、食い、遊び、思うがままに命の洗濯をしたオーリがふと目を開けると……見覚えのない部屋の床にスッ転がって仲間達と雑魚寝している自分を発見した。
窓から入ってくるお天道さまのご威光からすると、時刻は昼の少し前くらいだろうか。上体を“むくり”と起こしてオーリは呻いた。
「ぬあー……頭ちょー痛ってぇー……」
起き抜けの身へ襲いかかる頭痛と吐き気。典型的な二日酔いの症状に顔をしかめながら周りを見渡すと、バカタレどもが散らばる部屋のあちこちにお菓子や料理が載ったお皿、ジュースの瓶に混じってお酒の瓶や缶が転がっているのが見えた。
「あー、間違えて買っちまったのか……いや、ひょっとしたら浮かれ騒いでる内に悪ノリして飲んじまったのかもしれねーな」
若さとバカさ余りあるクソガキ特有の無軌道さに、オーリは呆れ混じりのため息をこぼした。床で寝てたせいか体の節々も痛む。
「……それよりここはどこだぁ。個室部屋か?」
てことはフェアリーくんの部屋だろう。
地下道探索や強敵との連戦に加えたどんちゃん騒ぎの疲労とで、どうやってここに辿り着いたかの記憶すら曖昧だがこのバカタレどもを叩き起こした後でお掃除くらいはしておかないとアカンな。
そのフェアリーくんはといえばオーリの右足を枕に寝ていた。アルコールの毒に侵されているのかはたまた夢見が悪いのか、世にも典雅な美貌は苦痛の色に染まっている。もう方っぽの足はエルフちゃんが抱き枕に使用していた。
常人ならどちらか片方だけでも有頂天の気分を味わってもよさそうな状況だろうが、当の本人はまだ頭に血が巡ってないのか「足すっげーしびれてんなぁ……」という色気も何もあったもんじゃない感想しか出てこなかったそうな。
少し離れたところではバハムーンくんが大の字になっており、その腹の上ではクラッズさんが丸くなっている。頑強なことに定評のあるバハムーンの腹筋でなけりゃ寝苦しいどころじゃなかったろう。
そしてセレスティアさんといえば───野郎もといあのアマ、ちゃっかりベッドを占領して健やかな寝息を立てていやがる。女の子(しかも美少女)に対してこんなにむかっ腹を立てたのは生まれて初めての経験かもしれない。
オーリは相方の肩をゆすり、次にエルフちゃんのおでこへ軽くひとチョップくれた。
陶磁器のように白くなめらかな額をしたたかに打たれたエルフちゃんは「うぎゃっ」と、美少女にふさわしからざる悲鳴をあげて跳ね起きた。
「おはよう、気分はどーね」
「うぅ……なぁにこれぇ……あたまいたいーきもちわるいー……オーリくんなんとかしてぇー回復魔法やってー」
「こんなしょうもないことに魔法なんざ使いたくねえし。水飲め、水」
「冷たいなあ。女の子にはもちっと優しくしろよー、美少女だぞー」
「文句があるなら自前で回復魔法を使えるようになるこった。状態異常除去はそこそこの高Lv帯に属してるから、来学期からは真面目に勉強しような」
「うもー」
恨めしげにうめく少女はひとまず放置するとして、オーリは項垂れ口元を押さえる相方の背中をさすってあげた。
「大丈夫かい。よければ魔法使うけど」
「いらねーよ……ダメそうなら自分でやるから。安易に手前の稼ぎのタネを使おうとすんな」
自分へのそれとは天と地ほども違う対応の差に、エルフちゃんが形のよい唇を不満の形に尖らせた。
「なんでわたしにはその優しさの万分の1もくれねーんだよお」
「彼ときみとじゃ頑丈さも、まして付き合いからして違うんだから差がつくのもしゃあない」
「もっと優しさよこせよー。わたし美少女だぞおー」
エルフちゃんは水揚げされた魚介類ばりに手足をバタつかせて「やぁさぁしぃくぅしろよおぉぉ」 「美少女だぞおおおお」 「もっと大切にしろよぉううう」だのとわめいた。もしかして酒が抜けきってないのだろうか?
「あー、うるっせぇ。これでも飲んでろ」
二日酔いとはまた別の原因による頭痛を覚えながらオーリは床に転がるジュースの瓶の中からまだ蓋の開いてないやつを拾い、美少女感を台無しにすること甚だしい少女へと差し出した。
王冠を親指だけで弾き飛ばしたエルフちゃんは瓶に口をつけ、柳眉をわずかに歪めた。
「ぬるいなぁ」
「文句言うなし。───ほれ、お前さんらも起きなっての」
オーリは寝顔をしかめてうなされているバハムーンくんの体をゆすってやった。
目を覚ましたバハムーンくんは苦しげなうめき声をあげて上体を起こした。ついでにお腹に乗っかってたクラッズさんも飛び起きた。
「おはようさん、気分はどーね。ちなみに俺らは二日酔い真っ只中でよろしくないが」
「……頭が痛てーのはそのせいか」かすれた声でつぶやき、バハムーンくんは大きく息を吐いた。
「いくらバハムーンといえど二日酔いまではどーにもならんか。彼女さんは平気みたいだけど、危険を察知して飲まなかったのかな?」
「うんにゃ、ふつーに酒に強いだけだ。この子、こう見えて結構な“うわばみ”なんだ。前のパーティのときに『どわすれ』をひと瓶、空けてもへっちゃらだったのを見たことがあるし」
「まじすか」
酒に強いことで知られるドワーフすら一呑み昇天を謳われる
「元からそういう体質なのかもしれんが、盗賊学科の必須科目とかいう耐毒訓練の恩恵もあるのかもな」
「どちらにしてもうらやましいことだ。───さて、残りは……」
セレスティアさんを叩き起こそうとベッドを振り返ったオーリの真横から、穏やかな、それでいて明確なからかいの色をまぶした声が聞こえてきた。
「おはよ。わざわざ起こそうとしてくれたんだね、ありがと」
「どういたしまして。女の子には優しくしとくと良いことあるよって、姉ちゃんに教えられてたもんでな」
「ふん。いいお姉さんだこと」
にまにまと小悪魔のように笑う天使の裔はさておいて、オーリはいよいよ顔色を悪くするフェアリーくんの隣に寄って片膝をついた。
「やっぱし魔法使うよ、見てられん」
「……いらねつってんだ、気持ちだけもらっとく。自分のケツくらいは自分で拭かぁな。
───聖術 Lv7 パーティ
花の蕾のような口が詩でも吟ずるように呪文を唱えるや、血の気を失い紙のようになっていた少年の頬が瞬く間に淡桃の色を取り戻した。ついでに室内に蠢く二日酔い患者共のアホヅラからも苦痛の色が洗い流された。
Lv7癒流。毒から麻痺から石化まで、およそ状態異常と名の付くものなら片っ端から治してのける最上級聖術のひとつである。
オーリの扱うLv7快癒と違い傷の回復までは出来ないが、代わりに一回分の詠唱時間と魔力とで複数人の回復ができるという優れもので、今くらいの難易度ならそこまでのありがたみはないものの、広範囲に毒や麻痺を撒き散らすブレスを当たり前のように使うモンスターがうろつく高難易度地下道の攻略に際しては、これを使えるやつがいるかいないかで生存や成功率が大きく変わるとまで言われている。
それほど御大層な魔法をこんなバカ丸出しな事態と連中に使わせる羽目になったオーリは申し訳なさそうに言った。
「なんだか催促したような形になっちまったな。お代は遠慮なく請求してくれていいぜ」
「ばーか。こんなもんいちいち気にしてっとハゲるぞ。ぼくを治すついでにオマケを付けてやっただけだつーの。どうしても払わにゃ気が済まないてんなら、まあ……部屋の掃除でまけてやんよ」
そっぽを向く相方へとオーリは複雑な表情を向けた。苦笑と失笑の中間点くらいの感情を無理くり押さえつけてるようなツラとでも云おうか。
「願ったり叶ったりだ。じゃ、まずはゴミ出しだな。掃除用具も借りるぜ───おう、お前らもとっとと手伝うんだよ」
体調が回復したこともあってか、こっそり逃げようとしてやがった頼れる愉快な仲間達にドスの利いた声をかけ、オーリは部屋の片隅に置かれているホウキとちり取りを手にとった。
◇
お部屋の掃除を済ませたオーリ達は一旦、解散し、お風呂等の身だしなみ(酒臭さが残ってたこともあるし)を整えてから遅めの朝食、あるいはちょい早めの昼食を摂ることにした。
今の時間帯だと食堂もまだ開いてないので、待ち合わせ場所の購買部でランチセットや惣菜パンなどを買って中庭に行く。
校舎の日陰が差すベンチでお弁当を広げた一行は今日の予定について話し合った。
「面倒な相手(手榴弾でふっ飛ばした例のアレ)も消えたことだし、俺ぁ一休みしたらジェデロ地下道を探索するつもりだけど、きみらはどーするね?」
オーリに訊ねられ、まずエルフちゃんとフェアリーくんが首を横に振った。
「オーリくんは元気だね。わたしはお休みにするよ、床寝で体が痛いし寝た気もしないし」
「ぼくも休ませてもらうぜ。このアホ娘と同じ理由てのが忌々しいけど」
それがよかろ。オーリは小さくうなずいた。
冒険者にかぎらずコンディションというのは大事なもの。これくらいなら大丈夫と、なめ腐って踏み込んできたアホの命を容赦なく刈り取るのが地下道だ。
次にバハムーンくんが申し訳無さそうに口を開いた。
「悪いが俺も休みだ。昨今のドタバタで後回しになってたが、いい加減に〈
「あんたが来ないなら彼女さんも来てくれそうにないね」
それを聞いたクラッズさんがオーリの視線から逃れるように彼氏の影に隠れ、バハムーンくんはおにぎりの具が梅干しにでも代わったような顔をした。
「いや、ホントすまん。俺も打ち解けてくれるように頼んでみちゃいるんだが……」
「気にはしないさ。俺らパーティ組んでからまだ日も浅いんだし、無理強いはできんだろ」
「ん……。そう言ってくれると助かるよ」
てことは今日、動けるのは自分とセレスティアさんくらいってことか。
サンドイッチをかじるセレスティアさんへと首を回したオーリだったが、返ってきた反応は芳しいものではなかった。
「じゃあ私もお休みさせてもらおっかな」
「まさか疲れたとか言わねーだろうな。あんた、人のベッドを占領してぐーすか寝てたろが」
「別にサボろうってんじゃないから、そこは信用してほしいね。新学期に備えて勉強しようと思ってんだ」
「あー? スキルの取得でもするんか」
「ううん、魔法」
彼女が専攻する〈侍〉という学科は、前衛職の基本であるぶったり蹴ったり斬ったりの他にも結構な種類の魔法を扱えるのが強みでもある。
レベルも相応に上がったこともあり、今までおざなりにしていたそれに向き直りたいとのことだった。
セレスティアさんは先の戦いからこっち、自分なりに考えたこれからの立ち回りについて語った。
「手数を増やしておくにしくはないと思うんだ。攻撃魔法もだけどさ、他にも君達が使う〈大加護〉だっけ? あれを私も扱えるようになれば、将来また例のアレみたいなやつにかち合っても無様を晒すことだけは防げるんじゃないかなって。それ以外に習得できる魔法に関しては皆で話し合って、需要を見極めながら決めたいかな」
ふむ。オーリは矛を納めた。彼の目からしてもそれは良い考えに思えた。
そして話も聞かずに仲間を疑うマネをした自分を恥じた。
「わかった、きみが正しいよ。……気に障ること言って悪かった、ごめん」
「いーよ、別に。積み重ねもなしに得られる信用なんてないからね。さっきあなたが言った通り私ら組んでからまだ一月も経ってないんだし、お互いの事はこれから知って、仲を深めていきましょ」
詫びの証としてアジフライもらってくね。セレスティアさんは意地悪く笑い、オーリが楽しみにとっておいたおかずを奪った。