男子冒険者学校生の日常   作:puripoti

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第5層 ボッタクる購買部

 古くは伝説に名を刻む〈狂王の試練場〉にはじまり現代の〈地下道〉にいたるまで、迷宮と呼ばれる存在が発見されて以降、それらは我々の世界を大いに潤し数限りない恩恵をもたらしてきた。

 

 何時の何処の何者が何を目的に創り上げたのかはついぞ判らぬまま長い月日が経ち、それが世にもたらす影響と有用性の広汎化にともない我もそのおこぼれに与らんとする、命知らずにタフガイ気取りアホ勇者が雨後のたけのこきのこたけみつよろしく生え散らかすのは当然の成り行きであったとさえ言える。

 

 だが周知のごとく外界の比ではない迷宮の淘汰圧は余人にその全貌をつまびらかにするをよしとせず、黎明期における冒険者たちはただ徒に屍と灰の山を積み重ねるばかり。

 

 ───より強い技術を、魔法を、戦術を

 

 ───より良き冒険者を育み、もっと深く、もっと遠く

 

 遅々として進まぬ開拓に焦れた人々によるこれらの声が後押しとなり、現代における『冒険者育成学校』の祖とも礎ともなる機関の設立へと繋がっていくのである。

 

『新版 大陸冒険史学概要・Ⅰ 第一編 序論』より抜粋

 

 

 …………

 

 

「つまりは手の施しようがないボンクラの投げ込み寺ってことやんけ」

「んだなあ。ぼくやおまえみたいなのがいる時点で判りきってるけど」

 

 

 教科書を一読した、ある学徒たちによる身も蓋もない感想だった。

 

   ◇

 

 朝昼夕、食事時を迎えた学園の食堂は腹を空かせた学徒達によってちょっとした騒ぎとなる。

 

 

「おばちゃーん今日の献立なにー?」

「うおーい、受け取ったらさっさとのいてくれよー」

「ちょっ急かさないでよー! まだメニュー全部貰いきってないんだから」

「おいこら、待ちきれないからって押すなバカ!」

「ぐえっ」 「ぎゃあっ」 「痛ったあっ!」

「ちょっとどこ触ってんのよ!」

「わあ!? こんなとこで暴れんじゃねーよ!」

「もっとお肉がほしー」 

「あたし魚の方がいいなー」

「おうどんたべたい」 「ニンジンいらないよ」 「ここらで一杯お茶がこわい」

 

 

 食事はちゃんと人数分用意されているのだが、なにせ相手は育ち盛りの欠食児童。

 こいつらが大挙して押し寄せれば、山と置かれたおかわり自由のパンやパスタだって瞬く間に更地へ早変わりだ。

 

 とはいえ懐に余裕のある生徒なら購買部や外食を利用することもできるが、そうでない生徒にとってはここで腹を満たしておかないと空きっ腹抱える羽目になるから必死になるのも仕方がないわけで。

 当然、今日も今日とて配膳台の付近では熾烈な争いが繰り広げられる。生きるってのは大変なことだ。

 

 そんな喧騒をよそに、オーリは食堂の隅っこで暇そうに頬杖をついてる少女に近寄っていった。

 

 ヒューマン基準だと血色が悪そうに見える肌色に側頭部からデカい角が生えた───ディアボロスという種族に共通する特徴だ───少女はオーリに気づくと軽く手を振った。

 

「やあ、おひさなのね。最近はとんとお見限りだったのね」

「おこんばんわ先輩、今ちょっとお時間いただいてもよろしいですか? あとこれ差し入れです、よろしければどうぞ」

「ありがとねえ、ちょうど甘いもんが欲しかったとこだから助かるのね」

 

 『先輩』と呼ばれたディアボロスの少女は“にか”と笑って、差し出された三色団子とお茶のセットを受け取った。普段は歳に見合わぬ落ち着きをたたえた風貌も、こうして笑顔を見せると年相応のあどけなさが面に出る。

 

 語尾のあたりに妙な“なまり”のようなものが見て取れる彼女は〈錬金術士〉を専攻学科とする2つか3つ上の先輩だった。

 聞いた話じゃ結構な高レベルらしいのだが、最近は探索もめっきりしなくなったとかで、ここや地下道の入り口あたりでフリーの『鑑定屋』と『合成屋』をやっている。

 

 彼女が修める〈錬金術士〉とは地下道に関連する各種アイテムの専門家だ。

 地下道で得られたアイテムを鑑定すると同時に、それらを合成・分解することで新たな物品を生み出す〈錬金術〉を道具や機材に頼らずどこでも可能とする学科である。

 

 鑑定技術は司祭に比べると成功率に劣るし魔法の威力もやや心もとないので、よほどにレベルが高い連中でもないと器用貧乏の烙印を押されがちだが、先に述べた能力がもたらす有用性は他学科の比ではない。またその技術特性から冒険者の中でも特に“つぶし”の利く学科としても知られている。

 

 先輩がお団子を半分ほど平らげ、お茶をひと啜りしたところでオーリは用件を切り出した。

 

「じゃ、これの〈鑑定〉頼んます」

「はいはい、任せとくのね」

 

 言いつつ先輩は道具袋から引っ張り出された『がらくた』を手にした。

 先の探索で手に入れた品物だが、フェアリーくんに鑑定を任せたところ妙にレベルのお高い代物らしく自分の手には負えないとのことで、この先輩に任せることになったのだ。

 

 そのフェアリーくんはといえば、こことは別のテーブルにて購買部で買ったお弁当のセット(もちろん、お代はオーリ持ち)を広げ我関せずとばかりにディナーとしゃれ込んでいる。

 一緒でないのは地下道出たらもう関係ないという不人情とかではなく、この先輩が苦手なので近づきたくないからだそうな。

 

 ───いいヒトなんだけどなー、何が気に入らないんだか

 

 そんなことを思い出しながら鑑定結果を待っていると、先輩が小さく悲鳴を上げた。

 

「あ、しくっ☆ミ♂=♨ <{☀♀)*+>#%$”(/➗」

 

 突如として火星人語を話しはじめた先輩だが、別に錯乱したとか大宇宙のブラザーから届く毒電波を受信したとかではない。

 

 これが〈恐怖〉状態。鑑定の失敗や状態異常の誘発魔法によって引き起こされる軽度のパニック的なものだ。

 症状としては見ての通り呂律が回らなくなる程度でおおまかな行動に支障はないものの、呪文が使えなくなるので魔法使いにとっては割りと厄介だったりする。

 

 先輩は小さく息を吐いてからオーリへ「ちょっと待て」のジェスチャをよこし、食堂の外へ出ていった。

 適切に対処しないと死ぬまで抜けない毒や麻痺と違い、恐怖状態は適当に歩いてりゃ適当に解除されるので適当に散歩をしてくるというわけだ。

 

 …………。

 

 5分ほど待たされたところでバツの悪そうな顔した先輩が戻ってきた。

 

「やー、格好悪いとこを見せちゃったのね」

 

 今度はしくらんのね。気を取り直して先輩は再度、がらくたを手にした。

 

 鑑定の結果は『カマキリの腕』とのことだった。他人に苦労させてまで得られた結果に対して失礼とは思いつつ、やはり眉をしかめる程度には評価に困る代物だ。

 

「ちょ……なんすかこれ」

「まー、名前はともかくいいアイテムなのね。加工すると《デスマンティス》っていう強力なガントレットになるのね」

「マジですか」

「マジなのね」

 

 もっとも、他に必要な素材の入手難易度もお察しだから今のキミじゃどうあがいても持ち腐れなのね。言いながら先輩は残ったお団子に手を伸ばした。

 

「参考までにどの程度のもんかお聞きしても?」

「アイテムレベルにして35、卒業資格取得カリキュラムを受講してる連中がうろつく地下道でもそう拝めるものじゃないのね───よほど、強運の星の下に生まれたと見える」

「昔から、ここぞというときのツキに恵まれるタチでして」

 

 オーリは肩をすくめた。自慢にもできない事実だった。

 

「思ってたより良いもんが手に入ったはいいけど、使い道がないんじゃあ売るしかないですね、これは。……でも、〈購買部〉だと買い叩かれちゃいそうだなあ」

 

 購買部───この学園の誰もが一度はお世話になり、おそらくは苦々しさをもって思い浮かべるであろう施設である。

 

 というのも基本的に地下道で手に入れたアイテムは“そこ”で引き取ってもらうのだが、提示された買取価格と棚に並ぶ商品の売値の差を前に、多くの学徒たちは釈然としない気分を味わうことになるからだ。

 

 また購買部ではアイテムの鑑定サービスも併せて行われているのだが、こいつを利用した際に要求される経費はなんと買取価格と同額という良心的価格。つまりサービス利用者が鑑定してもらった物品を売る場合、プラマイゼロどころか手間暇を考えりゃ明らかマイナスになっちうまう素晴らしいクソサービスなわけで。

 先輩やフェアリーくんはじめとした鑑定技術持ちが重宝され、購買部がボッタくり呼ばわりされる所以である。

 

 ウンザリとした気分を隠しもせずにぼやくオーリを、たしなめるように先輩は微笑んだ。

 

「まあそこらはしゃーないのね。向こうさんだってメンテ費用や保管料も込みでのお値段なわけだし。それに卒業したとき足元見られないための経験を積むのは大事なのね」

 

 昔はともかく今の御時世じゃ〈冒険者〉てのは一種の技術職のようなもので、腕っぷししか取り柄のないやつは食いっぱぐれるばかり。そもそも買取価格に文句があるなら手前でより高く売れるルートを開拓しろというわけでもあるし。

 厳しいようだがこれもまた貴重な、冒険者としての実習の一環ということだ。

 

「そうなると俺もどこぞやに営業をかけにゃならんわけかぁ……」

 

 しかし新入生では相応した金額を払うのは難しいだろうし、価値に対する無知がゆえの過剰値切りをかましてくるかもしれない。断るにしてもつまらない禍根を残すのは避けたいものだ。

 正しく価値を認識でき、なおかつ金払いも良さそうな連中───そこそこ上位の地下道を攻略してるパーティが狙い目だろうか?

 

「狙いは良いと思うけど、ツテはあるのね?」

「ございません。どこかにいないもんですかね、アイテムに詳しくて不甲斐ない後輩にも優しい素敵で美人な先輩ってのは」

 

 あまりにも白々しいセリフに、失笑めいたもので先輩は返した。

 

「おっけー、じゃあそれはわたしが引き取ってあげるのね───もちろん、色はつけといたげるのね」

「おや、いいんですか。俺は助かりますけど」

「アイテムレベルの関係で、わたしに合成の仕事がくるのね。どうせ他に必要な素材も足りないだろうからそれも売りつけて丸儲けなのね」

「なーる」

 

 オンリーワンの技術持ちってのは強いな。オーリは少なからずのうらやましさを込めて先輩を見やった。残りのお団子を幸せそうに頬張る少女のしたたかさ抜け目のなさ、ひるがえって自らの足りなさよ。

 

 同級生と比べて多少レベルが高いだけの、一山いくらなボンクラ学徒としては羨望を禁じえない。

 




今にして思えば割と良心的だったかもしれない
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