道中でわけのわからないアホの一団に絡まれこそしたものの探索自体は順調に進み、オーリは外が暗くなるどころか翌日の昼過ぎまで地下道にこもり続けた。
しかし程度の大小はさておき、彼をはじめとした学徒・冒険者の大半は地下道内における一連の行動を当たり前のように受け止めてはいるが、地下道や迷宮に関わらない者からすればこれは異常なことである。……念のために記しておくがアホの集団に関わることが、ではない。
考えてもみるがいい。一寸とまで言わずとも数尺先も見えぬ闇の中、いつ襲ってくるかもわからない不気味な怪物がうろつくを迷宮を、一人さまよい歩いて斬った張ったに明け暮れる。こんなもん常人なら半日どころか10分もせず気鬱の病を患ってしかるべきなのだ。もっとも常人なら10分といわず数分でモンスターの餌食が地下道のならいだけれど。
そんな状況でなお、微塵も堪えた風なく正気を保っていられるのは逆説的な形で常軌を逸したと評しても過言ではなかろう。
ある意味においては精神や心構え等の目に見えない形における影響───悪い言い方をするなら変質・変容───もまた、レベルアップやドロップアイテムのような即物的ないし物質的側面とはまた別の、地下道がもたらす一面(恩恵とはあえて言わぬ)と云えた。
…………。
ひょっとしたらパルタクスの学徒連中にこれまた常軌を逸したバカタレ多めなのも、ここらの珍妙な変化がもたらした副産物なのかもしれない。
◇
「おっ、また銅箱だ。多少はツキがもどったかー?」
もう何度目になるかも憶えてない戦いを終え、モンスターの形見とでもいうべきドロップアイテムを拾い尽くしたオーリは跡に残った宝箱を前に下手くそな口笛を吹いた。
「───超術 Lv6 パーティ
魔法によって宝箱の
探索にかけた時間からすれば割に合わないことはなはだしいが、今回の目的はあくまでも経験値稼ぎなのでこいつはオマケの小遣いみたいなもんだ。
オーリは上機嫌で戦利品を道具袋に詰め込んだ。これで内容も上々なら言う事なしだが、宝箱から出たアイテムの質というのは宝箱のランクだけでなくそれを入手した地下道の難易度にも比例するので、今の段階でそこまでの期待するのは欲張りすぎだろう。
ちなみにこれまでにも何回か宝箱にありつけたのだが、そのほとんどは放置して諦める羽目になっていた。
〈解錠〉の魔法が先のバカタレ連中を直してやった際に無駄遣いしちまった〈治癒〉と同じLv帯に属していたせいで魔力のストックが怪しくなっていたからだ。
「それだけにノーコストでバンバン解錠してくれる盗賊職のありがたみが身に沁みらぁ」
姿を見かけただけで逃げられてた最初の頃より多少はマシになったとはいえ、彼氏くんとセットじゃないと着いてきてくれないのは痛すぎる。
しかしもうこれ以上は向こうの方から歩み寄ってくれそうにないからには、もっとこちらから心を開いてもらう努力をすべきだろうか。付き合いの面倒な輩というものは放置の対象となるもんだが、面倒でも付き合う価値や特別性があるなら話は別なのだ。
「言うて仮に仲良くなれたとしてもこれ以上、枕元にヘビとかネズミとかモグラとか置かれるのは困るけどなぁー。
───魔術 Lv4 グループ
事情を知らない者が聞いたら悪質な嫌がらせでもされてるのかと誤解されそうなことを言いつつ湧出地点に侵入、モンスターを確認するや速攻で先頭グループへ魔法を叩き込み、生き残った連中の頭を銅槌でカチ割り喉をダガーでかっさばき土手っ腹に拳をねじり込み足の関節を蹴りで粉砕し……あっという間に、とまでいかずとも確実に無力化していく。
戦いというより半ばルーチンワークじみた手際の良さでモンスターを始末したオーリはアイテムを回収してから次の湧出地点へと向かい、道中のモンスターも行きがけの駄賃とばかりにボコボコにし、何回かはしくってボコボコにされるのを繰り返し、その合間にキャンプを設置して休憩したり仮眠を入れたりもした。
「しかし地下道でいくら寝ようが魔力の足しにならないってどーゆー理屈なんだ?」
休憩と一緒に簡単な食事を済ませたオーリは少し前にエルフちゃん達と大路へ遊びに行った際、フリマで購入した中古の寝袋を片付けながら首をひねった。
不思議なもので魔力の回復をするためには地下道の外での睡眠が必須なのだ。なのでこうやって仮眠をとろうが魔力はビタ一文程度にも回復しない。
ちなみにレベルアップも同じ条件で、経験値をどんだけ稼いでもそれだけでは意味がなく『地下道の外で睡眠を摂る』という条件を満たしてはじめてレベルは上がる。なお寝た場所が最高級宿のロイヤルスイート部屋に置かれた天蓋ベッドだろうが馬小屋の藁の上だろうが回復とレベルアップの効果だけは同じである。
一説には地下道の内外では魔力の質が違うからだのと言われてるが、だとするなら冒険者たちの扱うスキルのいくらかに矛盾が発生する。例えばオーリの最終的な進路である僧侶学科の〈魔力回復〉とか。
「もっとも俺なんぞが無い知恵絞って解るようなら、お偉い学者さんや先生たちがとっくに解明してるわな」
んなことよりさっさと仕上げに移るか。キャンプ用品一式を道具袋に仕舞ったオーリは深く息を吸いながら背伸びをした。背中から鳴る“ぽきぽき”という音と一緒に筋肉や関節の強張りが解放されるのは格別の気持ちよさだ。
探索は順調、この調子なら各スレッドを何周かしたくらいで必要経験値も貯まるだろう。そしたら学園に戻り、レベルアップ後に事務室へ転科申請をすれば夏休みにおける自己課題は全て終了だ。
忘れ物がないかを確認し、探索を再開したオーリはふと気になったことを口にする。
「にしても俺も独り言が身についたもんだ。いつ頃からこんなだったよ」
…………
その後、さらに休憩を挟んで少ししたところで必要経験値が貯まったオーリはターミナルを使って学園に戻り、風呂等を済ませてから一眠り、晴れてマスターレベルへの到達を果たした。
同学年における最速、しかも唯一のマスターレベル2回目達成という誇ってもよい成果ではあるが、どうせこの後すぐに転科してレベルも1に逆戻りなので、オーリとしては特に思うところもないどころか徒労にも等しい気分であったそうな。
とはいえ、
「おつかれさん。……今さらこんなん言われても嬉しくもなんともないんだろうけどさ、少なくともぼくはおまえのこと大したもんだと思ってるよ」
酔狂なことに、こいつが地下道から出てくるまでポータル広場で待っていてくれたらしいフェアリーくんが、労いの言葉をかけてくれたのだけは素直に嬉しかった。
◇
マスターレベルとなった次の日。
〈
ありがたいことに転科も2回目、しかも現在のオーリは結構な数の回復・補助の魔法を修めているということもあり、少なからず必須講義の免除もしてもらえるとのお達しもいただけた。これなら夏休み終了してすぐにクエストや探索もできることだろう。
───まったく、怖いくらいに順調だな
鼻唄のひとつもやりたい気分で事務室を後にしたオーリは一旦、学園を出て、大路で結構な量の買い物をしてから再び学園に戻りその足で図書室に向かった。本を借りる読書をするとかでなく、図書室で今だ往生際悪く宿題や課題に取り組むバカタレどもにさっき仕入れたジュースやお菓子、お弁当などを売りつけて小遣い稼ぎするためだ。転売とも言うが。
図書室は数日前と同じく芋洗いだった。
構内に入れない連中が敷地で押し合いへし合いしてるのは前と変わらないが、今回はそれに加えていよいよ追い詰められてきた衆生のどいつもこいつもが殺気立ち、あちこちから悲鳴怒声に野次罵倒が飛び交ってさえいた。窓のあるところでいくつも積まれたアホのボタ山は、中から押し出された連中が階上から落っこちて積み重なったものだ。
「あーもー、やってもやってもどんだけやっても宿題ちっとも終わんないー!」
「やかましゃー! 口じゃなく手ぇ動かせつってんだろ!」
「ねね、晩ご飯おごったげるからノート写させて!」
「こっちはご飯食べてる余裕もないんだってば!」
「あともうちょっとだから! これさえ終わればいいから! 先っちょだけだから!」
「アンタそう言ってもう何日経ってると思ってんのさ!」
「オレもう諦めたよー、試合終了でいいようー」
「泣き言はせめてこの課題終わらせてからにしろーい!」
「うぅ……もうやだよぉー……」
「たたみにひとつ べに ひとつ 忘れたのか残したか」
「窓に落ちたぎんぎらに まっかに染まった目の涙」
「なあ、こっちのレポートは落としてもよくね? 受け持ってんのライナ先生だし泣き落とせば許してもらえるって」
「先輩が言うには何年か前にそれやったやつが、装備全剥がしで地下道マラソンさせられて地獄を見たとさ」
「……やっぱ学徒たるものは真面目が一番よな」
「お嬢さん、ニルダの杖のレプリカ買わない?」
「休み前は宿題なんてぱぱっと終わらせる気満々だったのに、気がつきゃいつもこうして追い詰められてる不思議」
「現実逃避しとらんで次の課題をやれ!」
ぐるり見渡しゃそこかしこで目の血走った連中が、ノート教科書を手に右往左往して大声を上げ
前言撤回。前と同じどころか悪化してる。
もはやこいつら宿題を片付けに来たのか、こじらせたやけっぱちを発散しに来てるだけなのかもわからない。
「しかしこんなアホタレでもお
かなり前から飲まず食わずで宿題に取っ組んでるやつもいてるし、多少ふっかけても空腹でパーになった判断力により飛ぶように売れることだろう。
しかし好事魔多しとはよく言ったもんで、オーリが道具袋から取り出した首かけをかつぎ、そこに弁当と飲み物を詰め込んでいるところに聞き慣れた声が飛び込んできた。
「あー、いたいた。オーリくーん宿題手伝ってぇー」
「オメー、人があんだけ口酸っぱく言ったのにまだ片付けてなかったんか」
水に落ちたチワワより情けない風情でしがみついてきたエルフちゃんへ、こちらは予防注射会場前のブルドッグみたいな顔したオーリが唸った。
「なんだよぉ。仲間の、しかも美少女のピンチだぜー。男の子なら颯爽と助けるくらいしろよぉ」
「バーロー、それは自業自得のツケってんだ。せめて今からやれる範囲だけでも終わらせな」
「ひどいなあ。オーリくんはぶったり蹴ったりだけじゃなく、女の子の扱い方も勉強するべきだと思います」
「いい提案だね。夏休みの後にでもじっくり学んでみるよ。───じゃあ俺は仕事あるからこれで。精々、敗戦処理を頑張んなさい」
付き合いきれないとばかりに少女を引き剥がし背を向けたオーリの腕が、白くしなやかな手によって“ぎゅっ”と握られる。
鬱陶しげに振り返るとエルフちゃんが据わった目をしていた。
「手伝ってくんなきゃ、わたしにだって考えがあるもん」
「……あんまし聞きたくねーが、なにしようってんでい」
「この場で泣きながら大声出す。───『わたしのこと、遊びだったんだね』」
「俺の人付き合いや評価を破壊する気か」
目薬を取り出したエルフちゃんの手を掴んだオーリは歯を剥き出しにして威嚇の形相を作った。
周りには大量の人だかり。それでなくとも学内で知られた学徒に見た目だけは無駄に美少女の組み合わせは目立つ。こんなところで妙なことを言われたら学園中にエイトマンよりも速く噂が走るだろう。
白旗をあげるしかなかった。
「わーったよ、手伝う。ただしノートを写させたりはナシね」
「ありがとね。終わったらお礼にデートしたげる」
「いらねー、どうせお代は俺持ちにさせる気だろ。そんなことすんなら商いを手伝ってよ」
「へいへい。バイト代はあがりの半々でいいよ」
「ざけんな。誰が種銭出してると思ってる。この後を考えたらロハどころかこっちが金もらいたいくらいだ」
「あ、そーゆーこと言っちゃうんだ。……ひどいよ、オーリくん……わたし、信じてたのに……」
悲痛な表情で目薬を差そうとするアホ娘の手を押さえてオーリはヤケクソ気味に言った。
「3割! これ以上は逆さに振ろうがビタ一文だって出ねーからな!」
「ケチだのう」
「うっせ。決まったからにはゴチャゴチャ言うとらんできりきり働かんかい」
オーリは道具袋から新たに大きめのバスケットを取り出し、そこに飲み物やお菓子をあるったけ詰めてからエルフちゃんに押し付けた。
これも全部サボローって奴の仕業なんだ