どんだけ長い休みとていつかは終りが来るもので、浮かれ騒いでボコられて、斬った張ったにぶったり蹴ったり、宿題したり勉強したり、遊びに行ったりバイトをしたり、充実してんだかしてないんだか単に普段は学校でやってることを他所でやってるだけなのかもしれない夏休みも終わり、パルタクスの学徒達は久方ぶりに学舎へ足を踏み入れた。
学園のあちこちでは学徒達が久しぶりの再開を喜び会話を交わす姿が見られ、それはオーリの所属する教室でも同様である。
「よ、元気してたか」
「おーう。お陰様で
「ちょっと見ない間にすげー焼けたね」
「こんくらい普通じゃね。地下道じゃ日焼けと無縁になっちゃうから実感しにくいけど」
「休みに遊びまくったせいで懐が厳しいなあ……今日からガンガン稼がないと」
「その前にテストあるんだから、そっちをなんとかしなきゃだよ。補習になんてなったら地下道にもいけないじゃん」
「お嬢さん、竜王ペイデのウロコ買わない?」
「なぁー、後生だから宿題写させてくれー!」
「おっせーよ。今さらジタバタしてなにしようってんだ」
「あんたら変わらないわねー。男の子って三日会わなきゃ超イケメンになるんじゃないの?」
「それ普通に元からイケてる子の話じゃね」
「あーあ、お休みなんて終わるときはあっという間だぁー」
相も変わらぬ馬鹿話に騒ぐ教室の扉をくぐったオーリは、すぐ近くの机に腰掛けてヒューマンの男の子としゃべっている顔馴染のフェルパーの少年に声をかけた。
「お久しぶり。元気そうでなによりだ」
予想に反して声をかけられた少年の反応はかんばしいものではなかった。
2人ともオーリへ向けた表情に軽い困惑と疑念を浮かべ、
「誰だ、お前。教室を間違えてんぞ」
「開口一番ひどいな。ほんの一月ちょいツラを見んくらいで誰だはなかろう。俺だよ、オーリだよ」
「何言ってやがる。あいつはお前と真逆の、地味で目立たなくていかにも野暮ったい風体のやつだぞ」
「褒められるのとけなされるのを同時に味わうとは思わなんだ。それはともかく、ちゃんと見ろ」
フェルパーくんの話相手をしていたヒューマンの少年が何かに気がついたように会話に入ってきた。
「あ、言われてみりゃ声が同じだ。でもなんでそんなに変わっちまってんだ」
「色々あってな、身だしなみについて考え直したんだよ。でもヘアケアやスキンケア以外じゃ髪と眉を整えてアイプチで二重にしたくらい、言うほど変わっちゃおらんよ」
少年たちは揃って眉をひそめた。
「髪型なんて変えられたら誰が誰かもわからねーよ」
「お前らの人間判別力は犬コロ以下か?」
驚いてほしいとまでは言わないが、それでも予想の外々にも程のある2人の反応にオーリが疲れたような顔をしているその後ろで、何名かの女の子達が教室の扉をくぐってきた。
「おはよー。……って、あれ? オーリくんどうしたの、ずいぶん垢抜けちゃってさ。新学期デビュー?」
「おはようさん、そして久しぶり。きみらはちゃんと判るんだね」
「当たり前だろ。イメチェンくらいでクラスメイトがわかんなくなるほど薄情じゃないって」
それを聞いたアホ2匹が「せやろか」と首をひねっていたが、もういいやお前らは。
物珍しさに近寄ってきた少女達の一人、フェアリーの女の子がオーリの顔のあたりまで浮かんで真正面から目を覗き込むようにしてきた。
「まじまじ見られるのはこそばゆいんだけど」
「いいじゃん、照れなくても。へぇー、あのオーリくんがこんなに変わっちゃうんだぁ……ちょっといいかも」
さすがにオーリの相方ほど際立った美貌の主ではないにせよ、フェアリーは愛らしい見た目のやつが多い。
そんな子に至近距離から感極まったような表情と声をよこされると、どのような返しをしていいのかもわからず目を泳がせてしまうが、それがまた周りの少女達の妙な琴線に触れたようだった。
「そうやってるとこかわいいな。ねえ、こっちも向きなよ」
「今までもっさい印象だったけど君ってこんな化けるんだ」
「私的にはもうちょい髪色軽くしたら完璧かなー」
「ねね、今度ウチらと一緒に遊び行かない? メイクに興味あるならおねーさん達が色々と教えたげるからさあ」
「そんならあたしらにしとけよー。てかオーリくんは彼女いるんだっけ? いないならアタシ立候補しちゃうよー」
「あ、ずるい」
「ずるくない」
「やっぱ男の子って3日でイケメンになるじゃん。やべー、あたしもツバつけとこ」
「ちょっとまって私も私もー」
それをきっかけに教室内の少女達がオーリを囲んでもみくちゃにしはじめた。
目を白黒させるオーリとは対象的に、蚊帳の外に置かれた先の少年2人は呆れたように顔を見合わせた。
「たかが髪切ったくらいでよくあそこまで騒げるな、女子ってのは」
「んだな。くだんね」
少なからず“ひがみ”も混じるその声を、騒ぎの輪に加わろうとしていたドワーフの少女が鼻で笑った。
「わかってないわねー、あんたらそんなだからモテないのよ」
「……髪切ったらモテるのか?」
「まじすか。おれ学校終わったら速攻で床屋行ってくるわ」
「ちげーし、丸坊主になって出直しな」
もはや話す価値なしと肩を竦める少女となんだよそりゃあ、と少年達が不満げに口を尖らせるその後ろでフェアリーくんと、やや遅れてエルフちゃんも教室に入ってくる。
フェアリーくんはこちらをつまらなそうに一瞥したっきり、興味をなくしたように定位置の席に座って妖精作戦とかいう文庫本を取り出し、エルフちゃんは満面にイタズラ成功させた悪童じみた笑みをよこしてからカバンを近くの席へ放り投げて教室を出ていった。おそらく友達のところにでも挨拶に行ったのだろう。
どうやら仲間達の助けは期待できないらしい、薄情者め。
ささやかな絶望に肩と眉を落とすオーリの気持ちも知らず、少女達は“きゃいきゃい”と騒いで髪をいじったり頬っぺたを突いたり耳をくすぐったりとやりたい放題である。
女の子に構われて悪い気はしないが、しかしこの場をどーやって切り抜けたものか。無い知恵絞って考えてるところで救いの声が現れた。
「こらクソガキども何してんだ、今日は集会あんのを忘れたか。早く講堂に移動しろー」
救いの声はメガネをかけた教師の姿をしていた。
ほっと一息つくオーリと彼を囲む少女達へ、ユーノ先生は犬猫でも追っ払うように手を叩いて急かした。
「えぇー、どうせ校長先生とかよく知らない偉い人が聞く子もいない長話するだけなんだしサボってもいいじゃないですかぁ」
「いいわけあるか、バカタレ。アタシら教師だってあんなもん聴きたくもないのに毎年毎年、我慢させられてんだぞ。グダグダ言わんでありがたい駄話を拝聴してきな」
「へいへい。───じゃあオーリくん、一緒に行こっか」
「あ、ずるい」
「ずるくない。ほら、早くしなよ」
オーリの腕を掴み半ば引きずるようにして教室を出ていく少女達を眺めて先生は付け加えた。
「ガキども青春しとるねえ、結構なことだ。それはさておきあんたら、途中で寝ちまうのはしょうがないけどはじめの何分くらいかは我慢しろよ。校長先生かわいそうだから」
◇
講堂での全校集会、もしくは全学徒総出の大うたた寝会は1時間弱で終わった。
オーリはじめとした大半の学徒は着席するが早いか夢の国へと旅立ち、残りも垂れ流されるスピーチ等を律儀に数分だけ聞いて義理を果たしてからこっくり舟のオールを手にしたものである。
ただでさえやることも憶えることも沢山ある学徒連中、こんな身にもならなきゃ実もない集まりなんぞに付き合ってられないのだ。
なんでも過去にはこの有り様を見かねた教師陣により講堂の席が撤去され、立ちっぱなしによる集会も行われたりしたらしいのだが、そしたら今度は立ったまま寝るやつばかりになったので(レベルの上がった学徒には難しくない)、同じ見苦しさならまだ座って寝られたほうがまだマシと学園側も諦めたのだとか。つくづくしょうもないとこで高い能力を発揮するやつらだ。
あくびを噛み殺しながら講堂を出た学徒達は教室に戻り、何人かは寝足りなかったのか寝心地の良さそうな場所を求めて校舎をさまようゾンビになりながらも新学期における最初のホームルームを迎えた。
教壇に立つユーノ先生は目をこすりながら───さてはこいつも寝てやがったな───教室を見渡す。
「おう、久しぶりだねガキども。相変わらず元気だけは無駄にあり余ってるようでなによりだよ」
先生は点呼をとり、戻ってきてない何匹かのバカタレには後でげんこつを落とすことにしてから宿題の提出を命じた。
しばらくの後、教壇に積み上がった各種課題の山を眺めた先生は少し感心した様子を見せた。
「ふーん、今年の学徒連中は思ったより真面目なのが多いね。───もっとも自力でこなしたやつが何人いるかはまた別の問題だろうけどさ」
先生は一旦、言葉を切ってから教室内のガキどもへと睨みを効かせる。
現役を退いてから久しいとはいえ、学徒とは潜ってきた修羅場の数から桁違いな熟練冒険者の眼光と圧力はただごとではない。クソガキどもの背筋が緊張に凍りつき、何人かは臓腑を鷲掴みにされたような気分さえ覚え顔色を悪くした。
「今日のところはこれで解散。でも明日のテストはちゃんと課題をこなしたやつなら余裕、とまで言わずとも及第点は取れるようになってる。そうでない他人頼みのバカタレは今からでも無駄なお勉強に励むか、さもなきゃ上手い言い訳を考えとくんだね」
それだけ言って先生は自分の道具袋に提出物を突っ込み教室を去り、学徒達はひとまず安堵のため息を吐いた。
◇
一難去ってまた一難とはこのことか、教室に残されたクソガキもとい学徒たちはそれぞれの状況に応じた反応を見せたものである。
「あー、やっべー。テストのことすっかり忘れてたあ」
「ユーノ先生ガチで怒ると怖いからなあ……どーしよ」
「あんた達ほんっとーにアホね。今さらどーしようもないし、先生が言ってた通り無駄なあがきでもすんのね」
「冷てえなあ」
「しゃーないな、今からでも真面目にヤマでも貼るか」
「勉強するんじゃないのかよ……。そーゆーとこだぜ」
「一夜漬けしようにもどこでやりゃいいのさ。どうせ図書室は皆が押しかけて使えないだろ」
「大路のカフェにでも行けば? 長居したら出禁くらっちゃうだろうけど」
「そこの旦那、円卓城ロンドエールの1/500スケールプラモ買わない?」
「ったく、真面目にコツコツやらないからそういう目に遭うんだ」
「うっさいなあ。こっちにも色々と事情はあるんだよ」
「どうせ遊びに行ったり寝たり起きたりに忙しいとかだろ。ンなことより補習だけでも回避しろよ、前衛が欠けたら探索もままならねえ」
「……わーったよ、なんとか頑張ってみる」
喧々囂々の有り様となったクラスメイト達を横目に、鞄を手にしたオーリは机に突っ伏し動く気配もないエルフちゃんの席へと足を向けた。
「おう、アホ娘。ウマい言い訳は考えつきそうかね」
突き放すような物言いだったが薄情とは言えまい。なにせこのアホ娘ときたら提出課題のいくつかもこなせていないのだ。当然、評価は相応に厳しいものになるだろうし、補習なんてことになったらパーティにだって迷惑がかかる。
エルフちゃんは常より覇気のない顔だけを上げてふくれっ面になった。
「うぅ……これも全部、オーリくんがわたしを見捨てたからだ……」
「人聞きの悪いことを言うない。徹頭徹尾、おのれの怠惰と先送りが原因じゃい」
オーリはアホ娘の頭にチョップを入れた。
「んだよー、きみが素直に宿題見せてくれないからじゃんよー」
「そうしたところで順当にテストでつまづいたろうよ。毎日、少しずつでもいいから宿題やりゃこんなザマにはならんわ、バカタレめ」
「うもー」
恨めしげな視線を送ってよこすエルフちゃんをすげなくあしらっていると、背後から金細工の鈴でも転がすような声がかけられた。
「おい、そんなのに構ってないでさっさと行こうぜ。おまえこの後に
悪罵を放つ麗声の主は言うまでもなし。世にも美しい相方へ首だけ向けて頷いたオーリは、今だに不貞腐れるエルフちゃんに小さく手を振った。
「ま、これもきみが撒いた種さ。せめて刈り取るくらいは自力でなんとかしなよ」
教室を出ていくオーリの背中に「うらぎりもの~」とかいう情けない声が浴びせられたが、上手く気のせいだと思い込めた。