男子冒険者学校生の日常   作:puripoti

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第56層 お宝にたかる虫

 その少女を見かけたのは、トレーン地下道へと侵入してすぐのことだった。

 

   ◇

 

 幻かと錯覚するほどに不確かで存在感の薄い少女が、いつの間にかオーリ達の前に現れてこちらを値踏みするようにみつめていた。

 

 細い腰まで届く薄い金色の髪、どこを見ているのか判りにくい切れ長の伏し目。光沢がまったくない素材で出来た、繊細な体のラインがわかる黒のワンピースに身を包んでいる。

 顔立ちこそ人形のように整ってこそいるものの、存在感の掴めない佇まいと喪に服しているかのように静かな気配もあって文字通り人形めいた少女。フェアリーくんなどは『ツイン・ピークスのジャケ絵みてぇなやつだな』と、ひどいことを考えた。

 

 エネミーというわけでもないのでオーリは片手を軽く振り、無害な印象を与えるように挨拶をした。

 

「…………」

「や、こんにちは。いや、はじめまして?」

「…………」

「えーっと……」

 

 下手くそなナンパみたいに固まるオーリのことなど目にも入らぬ様子で、人形館にまぎれてたところで誰も気がつかなそうな少女は地下道の闇へと消えていった。

 他に誰もいないところを見るに、彼女もソロ探索者なのだろうか? このトレーン地下道はオリエンテーリングにも使われるような初心者向け(ノービスロード)なので、きちんと授業を受けてレベルを上げた者なら危険は少なかろうが今の時期には珍しいものだ。

 

 少女を見送って少ししてから、フェアリーくんがどこか納得のいかなそうな面持ちで言った。

 

「変なやつ」

「でも可愛かったなー。ウチの学校じゃあまり見かけないタイプだし、他所の学校の子かな」

 

 月光の下でしか咲かない花のように淡く儚い少女の面影を頭に浮かべ口元を緩ませるエロガキをどう思ったのか、振り返ったエルフちゃんがやや温度を下げた声と視線をよこしてきた。

 

「そっかー? なんか辛気臭くて近寄りたくない感じじゃね」

「えーい失礼なことを言うんじゃあない。静かな佇まいとか、神秘的とか言い様はあるだろが」

「ずいぶんとかばうね。なんだ、オーリくんはああいうのがいいのか、金髪が好きなのか」

「そういうわけでは。ただ可愛いなと思っただけで……」

「んー、別に誤魔化さないでもいいんだぜー。人の趣味はそれぞれだもんなあ」

 

 言いながらエルフちゃんが盛夏に咲き誇る花を集めて編んだような自慢の髪を一房つかみ、その先端でオーリの顔をくすぐってきた。

 

「ほーれほれぇ、金髪だぞぉ嬉しいかぁー?」

「ホウキで追い立てられる虫にでもなった気分だ」

「んだよお、素直じゃないなあ。もちっと喜べよー嬉しそうな顔しろよぉー」

「うっぜ、喜べねぇつーの。構うなら普通にしてくれ、ふつーに」

 

 そんなバカタレ2匹のやり取りを見物していたセレスティアさんが、エルフちゃんのそれにも劣らぬほど長くて、柔らかなウェーブを描く髪をつまんだ。

 

「私もやっていい?」

「やらんでええわ。───おのれもいつまでやっとんじゃ」

 

 デコピンをくらい引き下がったエルフちゃんの肩をセレスティアさんが軽く叩いた。

 

「残念だったね。でもまあ胸のデカさならかろうじてあなたのが勝ってたしめげなくてもいいよ」

「だといいんだけどさ、どんな人にも意外な一面てのはあるからねえ。あと『かろうじて』ってなんだよ、わたしの圧勝だったろ」

 

「おい、聞こえてんぞ。ドサクサに紛れて人の嗜好に妙な属性を付与するんじゃない」

 

 歯を剥き出しにして睨みつける少年に流し目だけをくれ、少女達は「へっ」と嗤った。

 

   ◇

 

 エロガキの趣味嗜好はさておくにしてもクエストはこなさにゃならぬ。

 今回、オーリ達が請け負ったのは地下道のポータル近辺に設置されている謎機械ことターミナル、こいつの機能のひとつである〈廃棄箱〉に溜め込まれた物資の回収である。

 

 外界と違い地下道における各種品物というやつは捨てたらそれっきりというものではなく、この廃棄箱という機能の中に回収されて一定数まで保管してもらえるのだ(投棄者がゴミ捨てた区画から離脱した時点で回収が行われるらしい)。

 しかもありがたいことに廃棄箱は世界中に散らばる地下道のそれと繋がっているので地下道の中でならいつでもどこでも取り出し可能な上、パーティおよびそれらが共有する道具袋ごとに一定のストレージが割り当てられているので、他人や別のパーティにかっぱらわれちまう心配もないときた。実に便利。

 

 唯一、難点があるとすれば定められた容量を超過した場合、古いデータから削除されちまうということだが、それにしたところで滅多なことでは起きないくらい容量には余裕があるしなんなら消される前に回収しちまえばいいというだけの話である。

 

 大規模なパーティともなれば道具袋が満杯になった探索要員が当座、不要となりそうなアイテムを捨て、外で待機している2軍や補助要員にそれらを回収してもらうという体制で長期かつ高効率の稼ぎを実現しているのだとか。

 そこまでの規模でないオーリ達、一般的学徒によるパーティの場合だと地下道を出る頃合いないし一度、拠点に帰還し道具袋を整理してからあらためて回収するというのがセオリーである。

 

 貸与された道具袋とセットになった識別コードを廃棄箱に打ち込んだオーリは依頼主である先輩について少し考えた。

 

 ───前に先輩は『探索から抜けた』と言ってたか。今は回収や鑑定、錬金術による補助を任されてるってことなんかね

 

 予想が正しけりゃ先輩のレベルは卒業予定の学徒のそれさえ軽く越えているはずだが。そんな人間を後方に回すようなパーティ、及びそうなるまでの道程とはいかなるものか。オーリは背筋に薄ら寒いものを感じずにはいられない。

 

 廃棄箱はかなり長いこと放置されていたようで、溜まっていたアイテムは上限いっぱいにまでなっていた。

 これでは借り物の道具袋だけでは容量が足らないということで、パーティで共用しているものとそれぞれの個別に支給されている道具袋にもアイテムを詰め込んでいく。

 

 自分の道具袋へと転送されるアイテムの数々に、パーティの皆が感嘆の声を発した。

 

「うわーうわあ、これいいなあ。アイテムレベルどんだけだよ」

「こっちのは廃品だけど、それでもとんでもない業物ってわかる。こんなのどこで拾えるんだか」

「おいおいウチの部の先輩でもこんな兜や鎧なんて持ってないぞ」

「あんたら間違ってもちょっぱろうとか考えんなよ。相手は俺らまとめて片手間に始末できる人なんだからな」

 

 興奮に浮かれる面々の頭を冷やすように言うオーリへ、唇を尖らせたエルフちゃんが言い返してきた。

 

「わーってるよ、そんくらい。でもすげーよなー、わたしも目一杯稼いでさあこんなアイテムをブン回す御身分になりたぁい」

「そのためにも頑張ってレベルアップとアイテム集めに励まにゃあな───さて、これで回収も終わり。先輩のとこに戻ろう」

 

   ◇

 

 大加護による魔力回復のため、わざと接敵をしてからポータル広場に戻ったオーリ達は、相変わらず広場のそこかしこに倒れてる連中を魔法で治して小遣い稼ぎをして回った。金ないからツケにしてくれだの保健室に連れてってくれだのと、なめたことを抜かすバカタレは邪魔にならない隅っこへと蹴り転がして放置した。

 

 失神中の男子学徒の上体を起こし背中心に肘をねじ込んで活を入れるオーリへと、エルフちゃんが疲労物質多めの息を吐きながら言った。

 

「最近のきみは人間的にやさぐれすぎじゃないか」

「失礼な。正当なる商いとその対処だっちゅーねん……なにぃ、出世払いするから今はロハで治せだぁ? おとといきやがれってんだ」

 

 語気を荒げて起こしたばかりの男子を広場の隅っこに転がすオーリだった。

 

 自身と相方の魔力がガス欠寸前になるまで回復魔法を使い、邪魔な連中の大半を転がし尽くしたオーリ達は食堂に足を運んで回収したアイテムを先輩に渡した。

 

「確かに受け取ったよ、ご苦労さんなのね。報酬とは別のお駄賃として、アイテムレベルが30以下のやつは君達に譲ったげるのね」

 

 受け取った物品の中から必要なものだけを取り出した先輩は特に惜しそうな風も見せずに残りのアイテムをオーリ達に譲渡してくれた。

 先にこいつらが言ってたように、どれもこれも多少レベルを上げた程度の1年坊主では手の届かないアイテムばかりである。思いもよらぬご褒美にパーティのメンツが喜色を表すのを見て、逆にうさんくさい気分を刺激させられたオーリが訊ねた。

 

「そりゃ太っ腹なことで。……本当にいいんですか?」

「構わんのね。全部売るにはその数じゃ色々と面倒くさい。───それより廃棄箱の様子はどーだったね」

「満杯でしたね。あの様子じゃオーバーフローから廃棄されたアイテムも多そうだ」

「ま、そうもなろうか。ここ最近、色々と忙しかったからこっちは後回しだったのね」

「余計なことかもですけど、お仲間さんに怒られたりしないんですか? 仮に消えちゃったアイテムに貴重なのがあったら……」

「気にしないでもいいのね。どうせ今の『彼ら』にとっちゃ廃棄箱送りにしたアイテムなんて捨てた端から忘れるようなものだし。それに依頼した際に言ったでしょ、これは私が『以前、所属していたパーティ』の荷物なの」

「え……それじゃあ他人の持ち物を勝手に処分しちゃうようなもんじゃないですか。いいんすかそれ」

「言ったろ、彼らにとっちゃどうでもいいのね。……そうだね、誤解されるのもイヤだしそこらの説明もしておくのね。ちょっくら長くなるけど、おねーさんの茶飲み話にでも付き合うとでも思って聞きなよ」

 

 手元のお茶で喉を潤した先輩は腹中の重しを吐き出すように語っていった。

 

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