「私があの子らに───パーティの仲間達に出会ったのはこの学園に来てすぐ、パーティ探しをしてた頃だったのね。ちょうど少し前のオーリみたいにさ」
在りし日を
「いかに私が才気あふれる美少女冒険者の卵といえどディアボロスっていう種族の壁は厚くてね、当時は入れるパーティ探すのさえも難儀してたのね」
寂しげに言いながらもしっかり自分のことはいい感じで形容するのを忘れぬ面の皮の厚さに、つくづく只者ではないとオーリは感じ入るしかなかった。
「いい奴らだったのね。どいつもこいつもアホとバカタレだったけど、種族のことなんて気にもせず受け入れてくれて、一人の仲間として扱ってくれた」
学園にやって来た理由も特にない、やりたいこともできることもない連中がモラトリアム目当てに集まった程度のものだったとかで、当然ながら元からの能力どころか向上心やらモチベに関しても大したことはないが、その緩い雰囲気がもたらしたものか居心地だけは良かったんだとか。
先輩としても経験を積んだらさっさと他所のパーティに移籍する程度の気持ちだったのだが、長く付き合ってると情も湧くし、スタート地点がどれだけへっぽこでも結果を出し続けてりゃやる気というのも出てくるもので、パーティを組んで1年もする頃には彼女たちもそこそこ程度の───真面目に学業へ打ち込む連中に比べりゃ目も当てられないとしても───実力を付けた。
「私が錬金術師としての進路を目標に据えた頃合いで、あの子らも色々と目標とかやりたいことを見つけたりしたんだよ。今までいい加減に生きてきた詫びと恩返しに、家族や実家へ仕送りが出来るようになりたいなとか言っちゃってさ」
どっかで聞いたような話だなとオーリは思ったが口には出さなかった。どうせこの学園じゃあ珍しくもない動機である。
人間というやつは目標ができるとモチベーションにも変化が現れるし、そのモチベひとつでいくらでも心変わりも仕切り直しはできるもので、1年かけて性根を入れ替えた少年少女らはこれまでの遅れを取り戻すかのような懸命さで学業と探索に打ち込んだ。
その甲斐あってか進級してしばらくの間こそ他に埋もれるような成績だった彼らも、新学期が始まる頃にはいくつかの地下道を立て続けに攻略し、併せて様々な成果も挙げられるようになった。
さらに年が明ける頃にはかつて学園の片隅で腐っていたボンクラどもの姿はどこにもなく、そこには一端の冒険者の卵が孵りつつあった。その途中で何人も、何回も、傷ついたり死んだりもしたが、それでも彼らは足を止めようとはしなかった。
───そんなことよりもっと地下道の深くに行きたい。もっと多くのアイテムを得たい。もっと強くなりたい
誰も口にこそしなかったが、皆が同じことだけを考えて彼らは黙々と地下道を攻略していった。
先輩がパーティを抜けたのは、さらに次の年を迎えて少しの頃だった。
「そりゃまたどうして」
眉をひそめる後輩のアホヅラへと力のない微笑みを先輩は返した。意思の制御を失った顔面筋による死後硬直じみた笑い方だった。
「そらもちろん怖気づいたからなのね、だから逃げたのね」
「地下道からですか。先輩からはどうにも想像もつかない話ですね」
「大きく違うのね。逃げたのは仲間から。地下道やそこをうろつくモンスターなんぞより身近にいる仲間と、あいつらと一緒にいる自分が怖くなった」
「……どういうことです?」
その頃になると先輩達のパーティは卒業資格を得るために潜る地下道のさらに先にある地点、通称〈イカロスの足〉と呼ばれる場所に点在する地下道の攻略にかかっていた。
「今だから言えるけど、あそこは地獄だったのね。侵入した当初は一度の戦闘で必ず誰かが死ぬか致命傷、よくロストする前に足抜けできたと我ながら感心しちゃうのね」
だがその見返りもまた大きかった。
経験値もアイテムも、今まで必死に稼いでいたのが馬鹿らしく思えるほどのものが手に入るのだ。先輩達は進めば進むほど、斃せば斃すほど強くなる毎日にのめり込んだ。
地獄のど真ん中でどれだけの時間を過ごした頃だろう。
先輩がふと我に返れば、光ささぬ場所で蠢く虫のように地下道を這いずる自分と仲間達を見つけた。
怪我も死も灰も気にすることなく、接触したものがモンスターであれそれ以外であれ気にすることなく屠り、必要なアイテムがあれば拾い不要なら捨ててまた次の獲物を探す。
手肌も髪も垢じみて荒れ放題、あちこちからひどい臭いも漂っているがそれも苦にならない。だって今までずっとそうだったから。しかし今までっていつからのことだ。
なんだこれは。私達はいつの間にこんなだった。
今さら何をと思われるかもしれないが、それでも今さらになって怖くて怖くて仕方がなくなった。
死ぬのも傷つくのもどうでもいいが───いや、その考えがすでにおかしい───夢も目標も忘れ、あれだけ大事に思っていた仲間が眼の前でどうなってしまおうとも、凪の海より静かに次の手を考えて数字が増減した程度にも感じない。それを指して明鏡止水のなんちゃらとかを訳知り顔で説くバカタレもいるかもしれないが、間違えてもそんなものではないと先輩は語る。
「そろばんが計算を間違えたところで心乱されるかい、注文やお釣りを間違えた自販機が慌てたりするかい。あそこを彷徨い斬った張ったに明け暮れてたのは人を人として生かすためにあるべき、真っ当な感情さえ喪ったレベルだけは無意味に高い肉塊だったのね」
一体、自分はここで何をしたかったのか。喜びもせず怒りもなく哀しいでもなくまして楽しいなんてはずもなく、血と垢と埃に汚れて殺しに肩まで浸かるのが自分と、自分達のやりたかったことなのか。
なによりおぞましいのはそれを何とも思わず受け入れている自分が間違いなくここにいるということだ。その事実にこれ以上、耐えられそうにない。これ以上、一歩でも足を進めたら自分はもう、“これ”がおかしいと感じる心も失くしてしまう。
先輩は心が折れた。
あるいはとっくに折れるどころか壊れきっていたのをようやく自覚するに至り正気を取り戻したのか。
めまいを催すほどの喪失感を抱えて彼女は仲間達に離脱を申し込んだ。そして無駄を承知で皆も一緒にここを出ようと説得もした。
彼らは何も言わなかった。
同意も非難する者もないままに話を聞き流す元・仲間達の目を先輩は今もはっきり憶えている。かつて灯していた夢や希望も剥がれ落ち、安物のビー玉よりも虚しく鈍い光をはじく眼球を。
話を聞き終えたと判断した皆は何も言わず、一瞥さえくれずに迷宮の奥へと消えていった。微塵のためらいも見せぬその背中は、すでに先輩の存在なぞどこにも残っていないと否応にも知らされた。
かつて仲間だった“それら”を無言のまま見送った先輩はしばしの間、呆けたようにたたずんでから地下道を脱出した。
彼女らが最後に地下道へと入ってから1年と半年が経っていた。
それ以降、先輩は仲間達と会ってはいない。
◇
「……ターミナルの廃棄箱を見るに、彼らはどこかの地下道でまだ生きてはいるっぽいのね。ただ、もう二度と地下道からは出てこないだろうけど」
気が重くなる昔語りにオーリはかける言葉も見つからず、フェアリーくんは興味がなさそうにあくびをし、エルフちゃんとセレスティアさんは棚ぼたで手に入ったアクセサリーの所有について交渉を重ね、クラッズさんは似合いそうな装備を彼氏くんに見繕ってもらいご満悦だった。自由気ままというより、知りもしない他人の去就なんぞ犬に食わせちまえばいいくらいの感傷ってだけなのだ。
微塵も気にしてなさそうな連中は置いておくことにして、先輩は話の続きをした。
「私は定期的にターミナルを覗いては彼らの生存確認と、詰め込まれた物を処分したお金を皆のご家族に送ってるのね。せめてああなっちゃう前の夢くらい果たさせてあげたかったから。───でも、それだって学園を卒業したらおしまい。そこであらためて彼らとの縁は完全に切れちゃうのね」
先輩はすっかりぬるくなったお茶を“ぐい”と飲み干し、大きく息を吐いた。
「オーリも精々、気を付けることなのね。君みたく能力はあるけど目的意識の曖昧なやつほど迷宮にもっていかれやすい。───これ経験則とかいう曖昧なもんじゃなく、教務課にも統計としてもまとめられてる傾向」
「……自分には家族への仕送りっていう目的、ちゃんとありますよ」
ホオズキの目が伏せられスミレ色の頭が重苦しく横に振られた。苦し紛れの言い訳なら聞きたくないとばかりに。
「あの子達も今の君みたいなこと言ってたのね、でも結局このザマなのね。それに君は最初からそれが目的じゃなかったでしょ。もちろん、後付の理由でも芯の確たるものなら心配も無用なんだけど」
「…………」
黙りこくる少年にかつての仲間達の面影を見たのだろうか、どこか痛ましげな目で先輩は続けた。
「納得いかないって顔なのね。ま、今の君に理解してもらえるとは思ってないのね。それでなくとも自分かわいさに仲間を捨てて、一人だけ地下道から足抜けして好き勝手に生きる卑怯モンの世迷言なんぞ耳に入れたくもなかろうて」
「それは……」
「ああ、慰めとか同情がほしいとかじゃないから気にせんでいいのね。これに関しちゃ甘んじて受けるのもけじめってもんなのね」
もしかしてとっくに言われてたんすか。なけなしのデリカシーを総動員したオーリは、かろうじてその余計きわまる一言を口にするのだけは回避した。
◇
「さて、辛気くさい話はこれでおしまい。報酬を払ったげるのね」
微妙な空気を祓うように先輩は声と表情を明るいものへと切り替え、道具袋から保存用の布と
先輩が梱包素材を取り払うと奇妙な品が姿を現した。
ひとつは剣のようにも槍のようにも見える武器。
強いて言うなら
もうひとつは……これはもはやどのカテゴリーに分類すればいいのかすら迷う品だった。
オーリの肩のところまであるでかいチェーンソーの刀身(?)に動力源と思しき機械部分、そこに両手持ち剣の柄がくっついた奇妙どころか珍奇きわまる品である。人皮マスクを被ったスプラッターホラーの登場人物なら喜んでブン回しそうだが。
先輩は両刃の槍(仮)を指さし、
「こっちが〈プロトバルキリアス〉、分類は……まあ槍でいいと思うのね、長いし。そんでこっちは〈クドウムラマサ〉、大太刀ってことになるのかな。どっちも私が進級と卒業の課題で作ったものなのね」
「言っちゃなんですけど、その頃の先輩は疲れてたんじゃないすか」
「ひどい言われようなのね、まあ事実だからしょうがないのね。とはいえ見た目と扱い方はゲテモノだけど性能は保証するのね」
どちらもアイテムレベル換算だとぼちぼち程度だがプロトバルキリアスは魔法への防御効果が、クドウムラマサには〈
説明を聞いたエルフちゃんとセレスティアさんが目を輝かせた。特に後者にとっては念願の刀である。
「本当なら2種類以上の効果を付与したかったのね。でも複数の効果を並列配置するには相互のコードがケンカしないよう厳密な調整を行う必要がある───当時と今の私じゃそれが限界だったのね」
苦さを隠さぬ様子で先輩が語る内容にオーリは驚いた。
「もっともっと腕を上げて、一人前になって自前の工房を持って……いつかこの手で〈リーサルコード〉に匹敵するアイテムを生み出したいのね」
彼女の口にしたリーサルコードとは古代文明による超技術によって作り出された、現代では再現不可能と言われる最上級のユニークアイテムを指す。有名どころだと村正や
その再現をしようというなら当然のことながら難易度もお察しで、等級が最も低いものでさえバンビがゴジラと真っ向から決闘して完全勝利を収めるくらいの難しさだとか。
なるほど、それらの超克を目指すのであればこの程度で満足はしていられまい。
オーリは口元を緩ませた。
「いい夢ですね。将来、先輩が夢叶えたら、出来上がったアイテムの最初の所有者になりたいもんすね」
「そう言ってくれると張り切り甲斐もあろうてなもんなのね。その日に備えて精々、お金たんまり稼いでほしいのね」
「……後輩価格ってやつは適応されんものですかね」
現時点の先輩ならバルキリアスⅡをたった数百回の試行錯誤の末、まぐれで一回は作れる
CPOの機材や黄泉の霊樹といったバックアップ抜きの個人として考えれば驚異的である