ホルデア登山道の巡回を終えたオーリ達はポータルから中継地点のホルデア山脈へと抜けた。
ここホルデアにかぎらず中継地点のほとんどには、冒険者達が入手した資源や補給物資の取り引きを担う様々な商会の出張所、各都市を巡る遍歴商人が集まって出来た街が存在している。
通常の商いならパルタクス学園の購買部でも十分に間に合うのだが、学内では買い叩かれるような品物でも他所でなら高く売れたりするのはままあるし(むしろ外での取り引きを促すため、わざと妙な価格設定をしてる節まである)、
また購買部に頼らぬ商い取り引きは学園の側でも推奨しているので、一つ所に縛られるのをよしとしない学徒や少しでも多く稼ぎたい学徒は各地の中継地点で“なじみ”や“ひいき”のお店を作ったり、あるいは先輩等の伝手を頼ってのコネ獲得に勤しむこととなる。
何度も述べているが現代における冒険者とは商材の確保から営業までをこなす一人親方の自営業。斬った張ったのみが取り柄の与太者では務まらない。
なのでオーリ達も以前の探索で何度か立ち寄った商人や商会に足を運び、そこで不用品を買い取ってもらったついでに、各地の相場等の情報収拾や顔を憶えてもらうための世間話などに精を出すのだ。
これが先輩連中や独り立ちした冒険者なら営業の一環としてなにがしかの依頼も探すのだろうが、そこはまだ顔も売れてない1年坊だ。任せてもらえそうなクエストもなけりゃ先に受けている依頼をこなすのが先決な以上、余計なことにかかずるようなものではなかろう。
物品を処分してから軽めの昼食と休憩を摂った一行は、地下道侵入用ポータルの設置されている広場に向かった。
ホルデア山脈のポータル広場では何組かのパーティが補給や装備点検がてらの休憩をしており、彼らに請われて回復魔法をかけてやったオーリ達は次の巡回先となるパトル地下道へと足を踏み入れた。
◇
パトル地下道は全スレッド数が5と単純な広さだけでもこれまでの倍ほどになる上、内部をうろつくモンスターに設置された罠も面倒なものが多くなる。
それだけに遭難しちまうようなのも少なからずいるかと思われたが、魔法による探査によれば遭難者や死者重軽傷者は存在していないようであった。
おそらくだが同級生でここの攻略をしてるパーティがオーリ達以外にいないのと、上級生連中は今さらこんなところでまごついたりしないのが理由だろう。
「巡回ついでにエネミーの湧出地点もおさえれば結構な稼ぎになるだろうが……でも、そればっかやってるとクエストの主旨からは外れちまうし長居はせず他の地下道に行くべきかな」
補助魔法をかけながらオーリがした説明に、エルフちゃんはささやかな不満をあらわにした。
「ちぇー、それだとあんまし稼げないってことじゃんかよお。どうせクエストは長く続くんだし今日くらいガッポリいこうぜー」
「何を言うか。目先のお
「わたし今度出る新作のリップほしいんだけどなあー」
「トイチでよければ貸してやろうか。それにしても、きみ少しは貯金とかせんのかね」
エルフというのは宵越しの金を持たない種族なのだろうか。そのような疑問を抱きつつも巡回を始め、まだ埋めていなかった地点などもしらみつぶしにしながらオーリ達はパトル地下道を隅から隅まで探索していく。
途中、何度かの休憩を挟みながら大した苦労もなくC層へと向かった一行だったが、そこの中央部のあたりで捨て置けぬものを見つけてしまった。
「えーい、またおのれらか」
例の謎水で満たされた水槽が設置された区画に転がる、見覚えのあるバカタレ共を前にオーリは忌々しさを隠さずひとりごちた。
ときたま痙攣をしつつも起き上がる気配もないので今回は麻痺を当てたと思しいこのバカども、どうやら前回の石化に懲りずにまだ男試しとやらをやってたらしい。
さて、こやつらどうしたもんか。エナジードレインでもくらったような気分で考えること数秒の後、オーリは踵を返して仲間に声をかけた。
「じゃあ、行こうか」
どうやら見なかったことにするらしい。しかし彼が先を急ごうとするのをエルフちゃんが呼び止める。
「なあなぁー、これ治してあげねーの?」
「……いいの、放置しといても」
「らしくないことを言うね。このまま放っといたらモンスターのおやつだぜ」
「むしろそうなったが世のため、とまで言わずとも保健委員の人らのためかもよ」
普段のこいつなら口にしないであろう棘のある言葉にエルフちゃんはじめとした皆が怪訝な顔をした。
「もしかしてこの人達となんかあった?」
「話したくねーな。アホほどしょうもない私怨みたいなもんだし。それよりさっさと行こう」
先を促そうとするオーリを留めるようにバハムーンくんが切り出した。
「何があったかは知らないがクエストの内容上、見殺すわけにもいかんだろ。お前がやりたくないってんなら俺が治すよ、それなら文句はないよな」
「やめとけって、後悔してもしらんぞ」
「見捨ててしこりを残すよりはマシだろう、寝覚めが悪くなる。とにかく助けるからな」
そうまで言われては仕方がない。俺ぁ忠告したかんなーと腹の中でつぶやいて引き下がったオーリは、横っちょに浮かぶフェアリーくんへいつでも魔法を使える準備をしておくよう耳打ちした。
数分後───
「なるほど、きみが放っとこうとした理由ってこういうことか」
オーリとフェアリーくんによる眠りの魔法でもって昏倒したバカタレどもを、バルキリアスの穂先でつつくエルフちゃんがしみじみとした口調で言った。
こやつら復活するや前回と同じく、感謝もそこそこに自分達の集いへの強制勧誘をかましてきやがったのだ。無論、水槽の謎水を飲めとのオマケ付きで。
常軌を逸したその行動にあてられたのか、クラッズさんなどかなり深刻なところまで野生に戻っちまい少し離れたところで毛を逆立てている有り様だ。つくづく迷惑な連中である。
「そういうこった。だもんでよ、次にこいつら見つけたら無視か放置な。助けるにしても速攻で眠らせるかボコる準備はしておくということで、ひとつ」
「地下道って変な生き物がたくさんいるけど、同じくらい変な人達もわんさかいてるんだね」
「そーだね」
───かく言う俺らにしてからが、冒険者学校とかいうアホとバカタレの吹き溜まりに席を置くボンクラなわけだしな
オーリが力なく頭を振る少し後ろでは、こちらに向けて「シャーッ」とか「フギャーッ」と威嚇音を発してるクラッズさんをなだめるべく、菓子パンとミルクの瓶を手にしたバハムーンくんが腰をかがめて少しずつにじり寄っている。
◇
彼氏による説得と何個かの菓子パンによって正気を取り戻したクラッズさんをパーティに戻し、一行は巡回を再開した。
高レベルのモンスターを目当てにあえて警戒区域を突っ切り、以前の探索で確保した湧出地点を順繰りに周っていく。
本来ならこの時期の1年生が探索できるような場所ではないだけに、パトル地下道には厄介なモンスターが多数うろついている。
例を挙げるとするなら不死・霊系に属する連中だ。
こいつら単純な強さだけなら大したことないのだが、並のモンスターと違い前衛職による斬ったり殴ったりによる攻撃の通りが悪いので、魔法のストックに余裕がないとか専用に調整された武器を所持していないパーティだと無駄に被害ばかりが拡がってしまう。なので対抗策と、それを用意するために必要な懐の温もりにも乏しい学徒達にとっては天敵なのだ。
もっともそれを別にしても不死系モンスターという連中は大半がゾンビ、しかも腐ったお肉に虫が湧いてるタイプの臭くて汚いやつばっかなので、強弱とか関係なく近寄りたくないやつらだと蛇蝎のごとく嫌われているのだが。
そんな厄介かつ関わりたくないエネミーの群れにかち合い、エルフちゃんが辟易したような声を上げた。
「うわ、また出やがったよー。男子達なんとかしてえー」
「あいあい」
その声に応えるようにオーリが魔法を、次いでフェアリーくんがスキルを使う。
「───聖術 Lv6 グループ
「あー、めんどくせぇ。───在るべきかたちに還れ。できればそこのエルフ娘諸共で消えてくれ、マジで」
悪罵も混じえてフェアリーくんが使った〈
残りの連中をバハムーンくんのブレスが焼き尽くし、瞬く間に静けさを取り戻した地下道にエルフちゃんの非難がこだました。
「なーんかドサクサに紛れてひっでえこと言われた気がする」
「気のせいだな。性根の曲がってる奴ぁ言葉の意味もひん曲げて聞きやがるからしゃあねーんだが」
小馬鹿にするどころか嘲弄さえ隠さぬフェアリーくんだった。
「ンなことより手前ら、前衛職が戦いを放棄するようなマネしてんじゃねーよ。取り分減らされてえか」
いざドつき合いとなったら速やかに後方に引っ込むのが仕事のクラッズさんはともかく、前衛の女子2匹は相手が不死系モンスターとみるや始末を投げてきやがるのだ。これではフェアリーくんの苦言もやむなしである。
痛いところを付かれる形となったエルフちゃん達だったが両者とも面にそれを出すことはなかった。
「しょーがないじゃん、あいつら臭くて汚いんだもん。美少女的に相手すんのは遠慮したい」
「ヘタに近寄ったら変な病気とか移されそうでヤなんだよね。クドウムラマサで叩っ斬ろうものならド派手に肉が飛び散るし」
開き直りにも等しい態度と言い分が癇に障ったのだろう、さらに難詰しようとする美少年を遮る形でオーリが割って入る。
「気持ちはわかるが落ち着きなって。言い方こそ悪いけど二人にも一理はある。俺らは後ろから魔法やスキルで対処できるが、この子達は至近距離で臭っさい腐肉の相手だぜ。きみが同じ立場だとしても嫌だろ、そんなの」
「まあ……そりゃあそーだがよ」
フェアリーくんが言い淀んだところへ、とりなすようにバハムーンくんも加わってきた。
「幸いというか俺達は対応できるスキルも魔法も潤沢だ。どうせ1、2発も当てりゃ沈むようなやつらなんだ、そこまで厳しくせんでもいいだろ。ここで楽させた分は後々の面倒な場所で取り返してもらうだけだしな」
「あんたはいいのかよ、それで。やらんでもいい仕事を押し付けられてるようなもんだぜ」
「俺は守りが主体だし、こういうケースならブレスが使えるからなあ」
言葉こそ濁しているが、身を汚さずに済むことへ後ろめたい気持ちにはなっているようだった。つくづく真面目というか心配になるくらいのお人好しである。
とはいえ同じ前衛職である彼がそう言われてはフェアリーくんとて強くも出られない。納得までせずとも折れることにしたようで、
「わーったよ、おまえらに免じてここは譲ってやる。───だけどな、そこのアマどもの醜態がいよいよ目に余るようになったら容赦しねぇからな」
後ろから魔法叩き込まれるくらいは覚悟しとけ。常人なら背筋が凍りつこうほどの脅しにさえ堪えた風もなく、少女たちは「わあ、こわいこわい」と受け流した。
こいつらのことを知らぬものが目にすれば危機感がないとか侮っているとでも捉えられそうなものだが、少なくとも片方はいざとなったらそれを理由に返り討ちにする意図が明白である。
そんな少年少女達の姿を眺めながら、オーリは魂のこもらぬやっつけ仏像めいた微笑みを浮かべた。
「……あー、すっげぇ爽やかで清々しい人間模様」
頼れる仲間達の、茹ですぎて
なんでゾンビ映画の邦題にはかなりの頻度で笑いの神が舞い降りるんだろう