男子冒険者学校生の日常   作:puripoti

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第63層 銭ゲバと欲ボケのレッサーパンダ

 人影もまばらな廊下を歩くオーリの横で、やる気がないたんぽぽの綿毛のように宙を流れるフェアリーくんが訊ねてきた。

 

「そんで、この後はどーするよ。地下道にでも行くんか?」

「今日はお休みにしよう。それでなくとも最近は働き詰めだったし、たまにゃ完全オフでもバチはあたらんさ」

 

 首を横に振り、オーリは先ほど先生から渡されたメモ用紙に目を通した。

 それによればパスキーの受け渡しは2日後、パトル地下道を抜けた先にある〈ハウラー湖〉の中継地点とのことだ。

 

「こんなお使いに大人数で行ってもしゃあない。長転移(マハロール)で俺だけ行ってぱぱっともらってくっから、その日はみんな休むなり自主トレするなり好きにしてておくれ」

 

 余計なことに仲間を煩わせたくないという気遣いからの提案だったが、意外やフェアリーくんが待ったをかけた。

 

 それどころか自分も一緒に行くときた。

 

「どうせその後で解放された地下道を様子見しに行くつもりだろ」

「まあ、そのつもりだが……ちょっと覗いてくるだけなんだから、心配もお守りもいらんぜ」

「そんなナメたことを言って、モンスターの腹ン中に収まったり地下道のこやしになりかけたバカ共をクエストで馬鹿らしくなるほど拝んできたろ。学びの得られないバカタレの末路はしれたもんだ」

 

 つまりだ、おめーはいい加減にソロ探索と縁を切れってこと。金鈴を転がすような世にも美しい苦言が飛び、意外なことにエルフちゃんまでが彼の意見に乗っかってきた。

 

「わたしも一緒するよ、次の地下道に興味あるし。もし前衛の介護もなしにやってけると自惚れてるなら、今この場で身体にわからせちゃうぞー」

「おっかねえなあ。だが俺が悪かった、もうやんない。もしやるにしても、そん時ゃきみらに相談してからにする」

「そうして。知らないとこでヘタこかれて『それがオーリくんを見た最後でした……』なーんてオチになったらたまったもんじゃねーし」

 

 縁起でもないこと言ってくれる。オーリが困ったような顔で笑っているとバハムーンくんも声をかけてきた。

 

「もちろん俺達も一緒に行くからな。盾役(タンク)が仲間を放ったらかしは格好がつかん」

「そこは気にしねーでもいいと思うんだがね。彼女とデートでもしてりゃいいじゃん」

「いい提案だ。そのためにもまずデート代を稼がんとな。次の地下道でいい稼ぎ場に恵まれると嬉しいね」

 

 愉快そうに笑う彼の肩に、コウケツよろしく乗っかってるクラッズさんはあまりいい顔をしていなかったが、彼氏のやることに文句をつける気はなさそうだ。

 セレスティアさんは何も言わず“ニヤニヤ”と笑ってる。自分の楽しみ最優先の彼女にとってこのパーティのやらかしほど面白い娯楽はないので、来るなと言っても付いてくる気なのだ。

 

 いつでも頼れる素敵な仲間達へ向け、オーリはこれみよがしのため息を吐いた。

 

「ひとまずその話は置いとくとして、まずはユマ先輩のとこ行って保健委員会から受注してるクエストの一時保留を伝えておこう」

 

 地下道が解放されてしばらくの間は探索に集中することになるし、そうなればさしものオーリ達でもクエストまでこなす余裕は無かろう。その旨を保健委員会、というかユマ先輩には伝えにゃならん。

 

 この時間帯なら出張保健室で待機してるはずなので、ひとまず校舎を出てポータル広場に向かうことにする。

 

   ◇

 

「なるほどね、ひとまずご苦労さま。あなた達のお陰でずいぶんと助かったよ」

 

 話を聞いたユマ先輩はいつもの穏やかな微笑みで労いの言葉をかけてくれた。

 

 彼女の足元では担ぎ込まれたてほやほやの男子学徒が血と内臓を撒き散らしながら、お腹に鉛玉くらったミスター・オレンジばりの大仰な悲鳴を上げている。

 心あるものなら目を背けずにはいられぬ有り様を前にしても先輩は眉ひとつ動かすことなく、オーリ達に「うるさくしちゃってごめんなさい」と詫びてから呪文を唱えた。

 

「はい、学徒とはいえ冒険者がちょっとばかり血と腕と内臓と命が無くなちゃったり亡くなっちゃったくらいで騒がない。

 ───超術 Lv7 ソロ 快癒(マディリタ)

 

 回復魔法によって九死に一生を得た学徒へ、先輩は「はいはい、治ったんだからいつまでもそんなとこにいないで、規定のお金を払ってさっさと出ていく。受付はあっち」と急かした。

 しかし聖術ではなく超術、それもLv7魔法を習得しているということは、先輩もオーリと同じ転科組ってわけだ。経験とレベルと装備は文字通りに天と地ほどの差もあれば、治癒料金が払えないやつを蹴り転がしたりもしないんだろうけど。

 

 狐につままれたような面持ちで受付に向かう男子学徒には目をくれることもなく、先輩は決して狭くはない保健室いっぱいに敷き詰められた重軽傷の怪我人、状態異常者、半死人、全死人、灰へと流れるような手際で回復魔法をかけていった。

 

 …………

 

 しばらくの後、最後の怪我人が受付に向かうのを見送った先輩はあらためてオーリ達の仕事に礼を言い、道具袋からアクセサリーだろうか、指で摘めるサイズの小さなアイテムを取り出してオーリに手渡した。

 

 どうやらイヤーカフらしい、翼をかたどった精緻な彫琢を刻むそれに魅入られたようなオーリ達の視線が集中する。

 

「それは私からの個人的な追加報酬。〈天使のカフス〉っていう、装備した人に〈浮遊(レビフェイト)〉状態を常時付与するアイテムだよ。他にも特殊攻撃(ブレス)のダメージを軽減する効果もあるから、今後の探索でも長く役に立つ」

 

 そりゃたしかにありがたい。先輩の心遣いにオーリは素直な感謝の念を抱いた。

 

 Lv帯だけで見るなら初歩も初歩でしかない〈浮遊〉の魔法だがその重要度は非常に高い。

 なにせ足突っ込んだだけで死んじまう即死水域や、継続的にダメージを食らう漏電床などの危険な場所が当たり前のように存在しているのが地下道だ。

 それを回避するために必須なのがこの魔法であり、初心者から熟練者までパーティには必ず一人、フェアリーやセレスティアといった『自前で空飛べる種族』を組み込むのが推奨される理由も、万が一それらの陰険地帯に引っかかっても全滅だけは回避するための保険なのだ。

 

 ……難儀なことに探索の領域が深まれば魔法禁止区画と即死水域、あるいはダメージ地帯が併存する区画が当たり前のように設置されているのだという。これらの危険なスレッドを少しでも安全に攻略しようと試みるなら、この手の〈浮遊〉状態を付与するアイテムの取得は必須でさえある。

 

 先輩が言うにはこのカフスには耐ブレスの効果も付いているという。ならばAC換算にすれば少なくとも(マイナス)5、6はあると見て間違いなかろう。

 

 そんな大層なものをもらってよいのか訊ねようとしたオーリだったが、すぐにその馬鹿馬鹿しさに気がついてやめた。

 

 今のオーリ達すら数歩で死ぬような地下道を、毎日のように探索しているのが先輩はじめとした保健委員の面々だ。

 当然、手に入るアイテムも相応にハイレベルなものばかりなわけで。こんなもんガキの駄賃にもならないのだろう。

 

 後輩からの視線に意味ありげな微笑みだけを返した先輩は、手首に巻かれた各元素や十字の紋様(ケルトシンボル)が複雑に絡み合いながら虹色に輝くブレスレットを指で弾いた。

 

   ◇

 

 保健委員会への用事も済ませたオーリ達は購買部へ立ち寄って不用品を処分し、いくらかのお菓子とジュースを買い込んでから、先ほど入手した〈天使のカフス〉の所有について話し合うために中庭へと足を運んだ。

 

 ベンチはどこも先客の学徒で埋まっていたので、芝生の真ん中らへんにシートを敷いて輪になって座る。

 

 まず手を上げたのはセレスティアさんだった。

 

「はいはーい天使天使、私天使でーす。それ超欲しいでーす天使なんで」

 

 もちろん間髪いれずに却下された。

 

「天使云々はあんたのご先祖様なだけだし今は関係ねえし」

「そもそも手前は自力で空飛べるから目玉機能の浮遊効果が無駄になるじゃねーか」

 

 半眼で()めつけてくるオーリとフェアリーくんへ「ちぇー、けちんぼめ」と舌打ちを返してセレスティアさんは引っ込み、入れ替わりでエルフちゃんが手を上げた。

 

「じゃあわたしにくれよー、飛べないぞー、エルフだぞー、美少女だぞー」

「ますます関係ねえよ」

 

 獲物を捉えた白蛇のように伸びてくるエルフちゃんの手をオーリは“ぺちり”とはたいた。

 

「痛ったーい、女の子ぶつなんてサイテー。慰謝料よこせよーそのカフスで手を打ってやるからよー」

「なに言ってやがる。俺が全力で殴ったとこで毛ほどにも感じないだろ」

「それ以前に後衛職のへっぽこパンチなんてかすらせもしねーや」

「今ふつーに手ぇ叩かれてたくせによう言うた」

「なんだよぉ。だったらもっぺんやってみるかー、やんのかこらー」

「やらいでか」

 

 バカタレ2匹は立ち上がり、レッサーパンダの威嚇みたいなポーズで牽制しあった。

 売り言葉に買い言葉というのも馬鹿らしいその光景を呆れたように眺めるバハムーンくんが口を開いた。あぐらをかく彼の太っとい足の上では丸くなったクラッズさんが髪をブラッシングされて満足げな顔をしている。

 

「ま、冗談はさておくにしてもオーリに持たせとくべきだろ」

 

「あーん? なに言ってんだ、ウチら冗談でこんなんやってないつーの」

「少女なめんな。欲しいもんのために全力出さないでどうすんの」

 

 欲得に頭が茹で上がった森の妖精らしきなんかと天使を騙るなにかからトゲのある声を向けられ、たじろぎながらもバハムーンくんは説得を試みた。

 

「そんな顔するなよ……。これは優先順位の話だぜ、“こいつ”だけは替えがきかない。そもそも俺らがこいつの“お使い”に付いて行く理由もそれだろ」

 

 痛いところを突かれた少女達は口ごもった。

 

 彼の言ったようにこのパーティで最優先で生き残るべきがオーリなのだ。転科を重ねた僧侶の価値というのはそれほどに高い。

 

 現段階で50を越えるレベルアップを経た今のオーリは大砲と装甲と薬箱がくっついた魔力タンクみたいなもんだ。

 魔力切れをほとんど気にせず魔法をブッ放し、多少ブン殴られたところでビクともせずに回復なり蘇生でリカバリーし、それも失敗したところで〈大加護(マハンマハン)〉を使っちまえば問題なし。本来なら一度の探索で一回が限度(魔力回復のため外で休む必要があるから)のインチキ魔法を、リスク踏み倒して何度も使うなどという芸当をやれるのは学年を見渡してもこいつくらいだ。

 

 バハムーンくんが目だけを動かしてパーティの面々を順繰りに見渡すと、そこには初歩の回復魔法さえ使えずひたすら殴る蹴るしか取り柄のない神女(ヴァルキリー)、場当たり的かつ享楽的で自分が楽しめりゃそれでいい(サムライ)、油断してると野生に還って意思疎通できなくなる盗賊(シーフ)、口と性格が終わってて人間関係に不和をもたらす司祭(ビショップ)、そして自分を真人間と思ってるらしいが金のためならクラスメイトを蹴り転がすのも厭わぬ僧侶(プリースト)といった、目を覆わんばかりに絶望的なやつらの顔が見えた。

 

 いずれも能力だけは申し分なく、しかしてどいつもこいつも背中と命を預けるには二の足を踏む面々ばかりよくも集まったものである。

 デカい図体の割に人見知り気味な君主(ロード)は、出会った頃に比べ大幅なイメチェンをした知人へと感慨深げな視線を向けた。

 

 彼らの縁を繋いだのはこいつの存在が大きいが、それだって人徳なんぞという御大層なもんではなく類は友を呼ぶとか同病相憐れむとかの類であろうこと疑いなく。

 

「俺らみたいなのが一緒に、ギリやってけるのもこいつがいてこそだぜ。ロストにせよ愛想尽かされるにせよ、いなくなっちまったらこんな集まり(パーティ)は即日で解散だ。経験者としてニ度目はご勘弁だが、お前さん達はどうよ?」

 

 そのダメ押しが決定打となり、さしもの欲ボケ少女達の頭も冷えたようだった。こいつらにしたところで、パーティが空中分解した結果として流れ着いた身はお互い様なわけだし。

 両者ともにかなり惜しそうな顔をしつつ、

 

「しかたねーな、今回は譲ってあげるよ」

「でも次によさげなアクセ手に入ったら私にちょうだい」

 

「ま、考えておくよ」

 

 あんまし懲りた風もないのは気のせいだと思うことにして、オーリはさっそく分け前となったカフスを左耳に装備してみることにした。

 

「ん……っと、あれ? 上手くハマらないな……」

 

 不慣れなアクセサリーに手こずっていると、見かねたらしいエルフちゃんが「ちょっと貸してみ」と手伝ってくれる。

 そのついでに、オーリは感想を求めてみることにした。

 

「どーね、似合う?」

「悪くはないね、わたしの方が似合うと思うけど」

「お世辞でもいいから、もちっとホメてやろうと思わんのかい」

「こう見えて近所でも評判の正直モンなんだ」

「西城秀樹の歌じゃねえんだぞ」

 

 唇を尖らせたオーリは左腕にはめていた、妖精の羽のように繊細なつくりをした木彫りと革のバングルを外した。

 

「しかしこうなると今まで装備していたこれが無駄になっちまう。こいつも浮遊効果が売りだでなあ」

「なんだ、ファッションで付けてるんじゃなかったのか、それ」

 

 片眉を上げるバハムーンくんへと、オーリは視線と一緒にバングルを向けた。

 

「わりかし気に入ってたから間違いではない。ちなみに限界まで強化入れてるし、あんた装備してみちゃどーね?」

 

 本音を言うなら守りに不安のある相方に装備させてあげたいのだが、彼も空飛べるからせっかくの効果が無駄になる。それなら回復魔法使えるやつが身に付けたがよかろう。

 

 オーリの提案にバハムーンくんは首を横に振った。

 

「せっかくだが遠慮しておこう」

「いいのかい、盾役は少しでも硬くせにゃ務まらんのだろ?」

「俺達が周ってる地下道なら今の守りを抜けるモンスターもいないから問題ないさ。仮にしくっても自前回復が君主の強みだしな」

「そうなると彼女さんに装備させる……ってわけにもいかねーか。悪かった、もう言わないよ」

 

 話を向けられたクラッズさんはフレーメン反応めいた表情だけよこして“ぷいっ”と顔を背けた。

 リソースの大半を地下道の危険察知や罠解除といった探索への技能に振り分けたのが盗賊という学科なだけに、余計な装飾品などは彼女らの商売道具でもあるそれら感覚を邪魔する足枷にしかならない。

 

 さて、そんならどーしたものか。考え込むオーリの腕を絡め取るようにして女子2匹が両側から体を押し付けてきた。

 

「ならわたしにちょーだい。好感度アップのチャンスだし、さっき手伝ったお礼でもいいし」

「私にしとけって。天使様によくするとなんかいいことあるかもよ、来世とかで」

 

「えーい、おのれらは目先の欲望を満足させるためにしか頭の働かない生き物なのか」

 

 オーリは鬱陶しげに2人を引き剥がした。可愛い女の子達に抱きつかれて悪い気分はしないが、それとパーティへの配分は話が別なのだ。

 

 とはいえ有用な装備を遊ばせておくわけにもいかないので、少しの間、考えてからオーリはエルフちゃんにバングルを渡した。

 

「しゃーなしやで、きみが装備しなよ」

「さんきゅ。どうせなら甘い言葉のひとつも添えてもらいたいもんだけど、オーリくんはそーゆーとこがだめっ子どうぶつだと思います」

「そいつぁ悪ぃことしたね。今後の精進に期待してくれや」

 

 憎まれ口を叩きつつも嬉しそうにバングルを左腕へ装備したエルフちゃんは、普段の彼女からは想像もつかないほど繊細な手つきでそれをなぞる。

 そういやこれを手に入れたばかりの頃、妙に執着してたなとオーリが思い出しているとセレスティアさんが袖を軽く引っ張ってきた。

 

「私にはなんもくれんの、色仕掛けまでしたんだが?」

「アレを色仕掛けと言い張るのは国語辞典へ喧嘩売るようなもんじゃろが。……手をお出しよ」

 

 オーリはポッケから飴ちゃんが入った缶カラを取り出し白い手のひらの上で振った。

 転がり落ちるハッカ味の飴をつまんだセレスティアさんは眉をひそめた。

 

「せこい。しかもこの味あんまし好きじゃないんだよね」

「文句あんなら返せよなあ」

「やなこった、もう私のだもの」

 

 セレスティアさんは当てつけのように飴を口に放り込み、そのやりとりを見ていた他の連中も手を伸ばしてきた。

 

「ぼくにもくれ」 「ズルい、わたしもほしい」 「俺も貰おうかな。彼女の分も頼む」

 

「あい、あい」

 

 なにか色々なものを諦めるような気持ちでオーリは缶を振り続けた。

 

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