バハムーンくんとクラッズさんの両名に一時待機をしてもらったオーリ達は変則的パーティによる探索を開始した。
「まずは即死水域に魔法禁止区域が紛れてないかを調べよう」
オーリは道具袋からマップを取り出し、余らせている明かりの魔法を使った。こいつが消えたら禁止区域だ。
歩きながらマップに書き込みを入れるオーリへ、先頭を行くエルフちゃんが振り返った。
「ところで宝箱を見つけたらどーするの。盗賊職もいないし諦めちゃう?」
「ちょっともったいないけど、銅箱以下は無視だね。良いのにありついたら
「体を張るねぇ。……無理はしない範囲でやってよ」
「わーってる。俺だって積極的に痛い思いをしたいわけでなし」
こんな調子で駄弁りながら、ゆるゆると水路を探索した結果、1列目の水路には禁止区域は存在しないのがわかった。
オーリのマッピングを横から覗き込むフェアリーくんが言う。
「これならおまえの心配も杞憂に終わるんじゃねーの?」
「言うてまだ最初をクリアしただけよ。最後まで調べんことにはわからんぜ」
「ほんにおまえは心配性だね」
「まあね。お陰でなんとか生きていられたのさ」
◇
書き込みの終わったマップを仕舞い、オーリ達は次の〈通路〉へと上陸した。
「やっぱ盗賊職なしの探索って怖いもんだね」
魔法が消え、一気に狭まる視界の中からエルフちゃんの不安げな声が届く。
「せやな。無駄かもしれんけど、警戒は怠らない様にしておこう」
オーリに頷きを返した一行は常以上の緊張感をもって探索をはじめた。
そして当たり前のように不意討ちをくらった。
横合いからとびかかってきた何者かの“影”が、最先頭にいたエルフちゃんの頭をかち割ったのは次の区画に進んですぐのことだった。
オーリ達が反応するより早く“影”(おそらくトロールの近縁種)は得物をおおきく振りかぶって、たたらを踏むエルフちゃんへさらに追撃を見舞うも、なんとか踏ん張り転倒までは免れた彼女が防御を捨てて繰り出した左アッパーの餌食になった。
ガントレット越しに伝わる顎骨を砕いた感触に、エルフちゃんは口元にまで流れる血を“べろり”と舐めて
「よくも嫁入り前の美少女の顔を傷もんにしやがったなあ! 楽に死ねるとか思ってんじゃねーぞ!」
電流地雷デスマッチの大仁田ばりに半面を朱に染めて怒鳴り散らす少女へと、崩れ落ちる影の後ろからモンスター達がわらわらと押し寄せてくるが、ブチキレた少女にとっては何ほどのこともない。
気圧されるどころか躊躇なく前に出たエルフちゃんは暴風の勢いでバルキリアスを振り回し、あるいは鉄拳と蹴りで骸の山を築いていく。
それを見て、カバーに入っていたセレスティアさんも防戦から攻めに切り替える。
「えいや」
相変わらずやる気をドブに捨てたような気合声とともに、凶悪な唸りを上げるクドウムラマサを一閃。真正面の影の首と胴体が泣き別れ、ついでに同グループに属するモンスターも〈斬り込み〉の影響でばたばたと倒れ伏した。
その背へと新たなモンスターが襲いかかるが、セレスティアさんは振り返りもせず大きくジャンプ。
持ち前の脚力に翼の推力を加味した高速バク宙でもって逆に相手の背後を取り、着地の勢いもそのままに真っ向からの唐竹割りにした。
背中に目が付いているような一連の動きを不思議に思ったオーリが、後に教えを請うたところよると「普通に足音で判断してる」という答えが返ってきた。普通の人間が乱戦でやれることじゃねえよと質問者はさじを投げたそうな。
そのオーリといえば背後のフェアリーくんの盾となる形で、前衛が打ち洩らしたモンスターの相手をしていた。
得物である鎖鉄球を大きく振り回し、まず対面、一番近くまで接近してきたやつ(人型のシルエットしかわからない)の足めがけて打ち込み、直撃の反動を利用して向かって右側から襲いかかるモンスターの胴体を薙ぐ。
さらに反動を利用して左側から得物を振りかぶるモンスター(大きさからするとオーガらしきなんか)へ鉄球を打ち込むが、動きに目が慣れたせいかこれはかわされてしまった。
しかしそれも織り込み済みだ。
距離を詰めてきたモンスターの顔面へと、背後からフェアリーくんが放った
したたかな痛打によって相手が怯んだ隙に、オーリは
オーリが見せた一連の技はゼミの先輩に教えてもらった
この手の得物の厄介さは速さと威力のみに留まらない。例えば鞭ならばしなる。硬い刃物とは別物の動きであらゆる角度で襲いかかる。熟練者ともなれば攻撃をブロックされたところでそのガードした部分を支点に鞭の軌道を曲げて、逆方向から打撃を加えるなんてことさえ朝飯前だ。
教授してくれた先輩が手首の軽いスナップだけで何の変哲もない鎖や鞭を、生き物のように操る様を目の当たりにした驚きは今も記憶に新しい。
とはいえ今のオーリでは腕や体の力全体を使ってどうにか真似事をするのが限界なので、完全な形で身に付けるにはまだまだ遠いようだが。
エネミーの波をさばいたのもつかの間、さらに数匹ほどの“影”が襲いかかってくるが、その全てがオーリの振り回す鎖鉄球とフェアリーくんの射撃によって返り討ちにされた。
同じ頃合いで前衛が相手にしていたグループのモンスターも一匹を残して全て討ち取られた。
その最後の一匹はエルフちゃんによる腹いせのサンドバッグとして、死ぬまでマウント殴打を打ち込まれる羽目になった。
◇
「あー、スカッとスッキリ」
清々したとばかりにエルフちゃんは絶命したモンスターの骸から身を離した。
春の訪れを告げながら高原を駆け抜ける風のように爽やかな笑顔をたたえるこの少女が、ついさっきまで冥府の獄卒も三舎を避ける形相で身の丈2mを越すモンスターをボコ殴りにしていたとは信じられまい。
相方が怪我してないかの確認をしたオーリは苦みを含んだツラで言った。
「お疲れさん。ひとまず顔を洗ったらどーね、血ィ付いたまんまやぞ」
「へいへい」
短く応えたエルフちゃんは水場に向かい、べっとりと付着した血糊を洗い流した。
水に濡れた顔を子犬よろしく“ぷるぷる”と振る少女のために、オーリは道具袋からタオルと回復用のメロンパンを取り出してやる。
「ほらよ。それくらいの傷、きみならふた齧りもすれば治るだろ」
差し出された物とオーリとを、目だけ動かし交互に見比べたエルフちゃんの顔がイタズラを思いついた悪童めいたものになった。
「生憎だけど得物で手がふさがってんだよね。きみが拭いてくんない」
「……いくら両手武器いうても、持つだけなら片手で間に合うだろ」
「お箸より重いもん持ったこともないお嬢さんに無理言っちゃいけねぇ。疲れて指一本も動かせねぇ」
常人では扱うのも難儀するような重量武器を小枝のように振り回し、大型のモンスターをも撲殺してのける少女の台詞である。
オーリは舌打ちをこらえるようなツラでタオルをあてがい、見てくれだけなら繊細そのものな少女の
一体なにが面白いのか、エルフちゃんは福々とした面持ちでなすがままにされている。そんな二人をフェアリーくんは馬鹿を見るような目で、セレスティアさんはいつものニヤニヤ笑いで眺めていた。
それが終わると、オーリはパンを一口サイズに千切りエルフちゃんの口元に運んでやった。
「きみは本当にいいやつだなあ」
「ええから早よ食わんかい」
「育ちがいいんもんでさ、早食いとかできねーんだよ」
ゆっくりと、時間をかけて食べ終えたエルフちゃんはハンカチで口元を拭った。手が塞がっているという設定は放り捨てたらしい。
「飲み物もくれよー」
「ぶん殴るぞてめー」
言いながらもオーリは道具袋から取り出したスポーツドリンクの缶をエルフちゃんに渡してやった。
セレスティアさんが“にまにま”とした笑みを深めた。
「前から薄々、感じてたけどあなたって相方くんだけでなくこの子にも甘いよね。やっぱクラスメイトのよしみか付き合いの長さ? それとも他に理由があったりする?」
「うっせ」
「それとさっきのやつ、後でいいから私にもやってくんない」
「たとえ死にかけてたとしてもやらねーからな」
「塩いな」
ひいきはよくないぞ。天使の裔とかいう触れ込みの少女は、童心をたぶらかす悪魔か人の不幸でメシを食う妖怪のように笑った。
◇
その後、何度かの接敵をこなしながら、オーリ達はスレッドの中央部までたどり着くことができた。
スレッドの中央部分は通常区画2つ分の幅を持つ即死水域の水路となっているようで、そこの東西両端に小部屋のような区画が存在している。
半分まで書き込みの埋まったマップを確認しながらオーリが言う。
「ひとまずお疲れさま。端っこにある小部屋のどちらかに、ショートカットの扉を解放するための解除キーがあるはずだから、そこを探索したら一度、戻るとしよう」
「はーい。しかしひっでー目に遭った」
唇を尖らせるエルフちゃんがぼやくのも当然だった。なにせ接敵の半分以上が不意討ちという有り様である。
これまでは
オーリ達とて相応に場数は踏んできたが、探索と守りの要ともいうべき二人を欠いた状態ではこうも脆いところをさらけ出してしまうわけだ。
「それにオーリくんの心配も杞憂に終わっちゃったね」
結局、即死水域のどこにも魔法禁止区域は存在していなかった。
オーリは申し訳なさそうに頭を下げた。
「それに関しちゃすまん。俺の考え過ぎで皆に余計な手間をかけさせちまった」
「別にいーよ。きみが間違ってたと思ってるわけでも、まして責めたいわけでもないんだ」
「そう言ってもらえると助かるよ」
あらためて補助魔法をかけ直し探索を再開したオーリ達は、中央部西側に設置されていた解除キーを起動させた。
これでスレッドの両端を閉じていた扉が解放され、以降は面倒な地点をショートカットできるはずだ。
「あとは待ちぼうけしてる二人を回収して、残りのマップを埋めていこう」
〈地下道〉におけるスレッドの構造とは基本的に真中部分を基点とし、東西南北が対照となる形で成り立っている
これは各種ガジェットやトラップにも同じことが云え、ここまでのマップに危険なものが確認できなかったなら残りのマップもほぼ安全ということでもある。
オーリは超術の
◇
瞬間移動で現れたオーリ達へ、特に驚いた風もなくバハムーンくんはあぐらをかいた格好のままブラシを手にした右腕を上げた。
彼の膝の上では丸くなったクラッズさんが“ゴロゴロ”と喉を鳴らしている。
「お疲れさん、首尾はどうだったよ。……いや、ずいぶんと苦労したみたいだな」
オーリ達の姿から疲労を見て取ったバハムーンくんは気遣わしげに眉を寄せた。
「ぼちぼちってとこだ。あんたらがいてくれるありがたみを再確認もできたよ」
「そうかよ。なら余計なことかもだが、少し休んでいったらどうだ。まだ最初のスレッドを探索したばかりなんだし急ぐ必要もないだろ」
それは悪くない。仲間の顔を伺ってみると皆も異存はないようなので、オーリは共用の道具袋から簡易キャンプに必要な一式を取り出した。
キャンプの用意を他のメンツに任せたオーリは、いつもの〈頑丈な鍋〉(正確には鍋っぽい形状をしてるだけな熱伝導率が完全にゼロの謎物体)に水を汲み、腐らせていた低レベル帯の魔法を叩き込んでお茶を淹れた。
全員にお茶の入ったカップを回し一息ついたところで、エルフちゃんが口を開く。
「ところでマップの残り半分を探索した後はどーするの。そのまま次のスレッドに直行?」
オーリは少し考えてから首を横に振った。
「そうしたいのは山々だけどねー。今日のとこはポータルをくぐって、引き当てたスレッドが未踏破のものだったらターミナル使って引き返すことにしよう」
地下道の構造は基幹部分である
したがって新たに侵入したスレッドでも、マップ自体は踏破済のものがあてがわれることもままあるのだ。転移の魔法が使えるパーティともなれば、この性質を利用することで未踏破の地下道や面倒なマップをショートカットして進むこともできる。
「なんだ、オーリくんはまた弱気の風に吹かれたのか。わたしらのことを気遣ってるなら無用な心配だぜ」
「きみ達のタフさは知ってるが、それでもここがまだ未知の地下道であるのと、不意討ちで少なからず消耗したことを無視はできんよ」
“まだ”は“もう”なり。教科書の序盤にも書かれている格言だ。