男子冒険者学校生の日常   作:puripoti

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第68層 中の人がそこまで言わなくてもいいじゃないと絶句したそうだがホントかね

「オーリよう、おめえ最近モテてんな」

 

 そろそろ秋も深まり、パルタクスの学徒連中も次に訪れる季節を意識しはじめたある日のお昼休み。他所のクラスの男子達と情報交換がてらの昼食を共にしたオーリは思いもよらぬことを言われて首を傾げた。

 

 学徒の大半が食堂や購買部、あるいは学食大路へ繰り出して人も少ない教室の窓際の席。机を挟んで向かい側には先の声の主である、面立ちこそ整っているがやや軽薄な雰囲気をまとった茶髪のヒューマンの少年が、右隣には淡い水色の髪に静やかな面持ちが凪の海を思わせる……というより顔面筋が死んでるような少年がいる。

 

 こちらにあまりよろしくない視線を向けてくるヒューマンくんを鬱陶しげにオーリは見返した。

 

「どうした、急に。長きに渡る女ひでりが悪化してとうとう脳ミソやられちまったか」

「しらばっくれてんじゃねー! 夏休み終わってからこっち、おめえ女の子に声かけられまくりじゃねえかよー!」

 

 やっぱし頭やられてんじゃねえか。オーリはつい半年前とは見違えるほどに色艶の変わった髪をつまんだ。最近は少しだけ伸ばしてみようかなと考えている。

 

「イメチェンして物珍しがられてるだけだよ。もうちょいしたら飽きられるだけさ」

「こないだの休みだって、お前が学食大路で可愛い子を何人も連れてんのを見たんだぞ! これはどう言い訳しようってんだ、ああ!?」

「それならちょい前に入部した料理研究会の子たちじゃねえかな。荷物持ちとして付いていったんだ」

 

 言いながらオーリは自作のおかずが詰まった弁当箱を指で軽く叩いた。昨日の研究会での練習で作った余りものに手を加えた程度のものだが、少し前まではそれさえできなかったのを考えれば格段の進歩といってもよかろう。

 

「つまりこれからもっと仲良くなるかもってことじゃねーかよー!」

「どんな理屈やねん。嫉妬で脳焼かれてイミフ極まってんぞ」

「うるせー! この由々しき問題に理屈もなにもねー! お前なんぞが女の子にチヤホヤされるなんておこがましいとは思わんかね! オーリのくせになまいきだ!」

「なあ、せめて同じ人類として恥ずかしくない程度に会話してくれや」

 

 あまりのバカらしさにおかずの卵焼きがピーマンのゴーヤ詰めにでも変わったようなツラをするオーリへ、もう一人の少年が表情を変えぬまま声をかけた。妙に間延びしてて、しかもどこから出してんだかよくわからない声だった。

 

「ごめんねぇ。こいつってばさぁ、こないだ気になってた女の子にぃコナかけたらフラれちゃったもんでぇ(すさ)んでるんだよぉ」

 

 面立ちや声こそ知性と穏やかさを感じさせるものの、さっきから表情が少しも変わってないわ体の動きも筋肉の存在を感じさせないわ、よく見りゃ口を動かさずに話をしてるわ魔界転生のキャラばりに瞬きをしていないわで仕草の諸々が不自然な印象を刻むこの少年は〈ノーム〉という種族の子だった。

 

 先程からの、さながら怪談に出てくる呪い人形めいたしぐさの数々は、彼の体が文字通り“人形”のものだからである。

 フェアリーと同じく精霊から派生したと云われる(アブリエルの存在を考えると眉唾以下の俗説)ノーム達だが、他種族のような肉の体を持たない精神生物としての進化を遂げたので、彼のように人形やぬいぐるみなどに憑依(ひょうい)して体を得ている。チャイルド・プレイに出てくるドグサレ人形がものすごく良い奴になったようなもんだ。

 

 ちなみに半ば幽的のような彼らがなんで食事を摂るのかといえば、昔と違って現代のノーム達はより利便性が高く魔力の通りも良い生体素材を用いて造られた義体を依代にする者が多いので、その維持のために栄養摂取が必要だからだそうな(消化と吸収のプロセスは一般的人類のそれとは大幅に異なるようだが)。

 

「パーティに誘ってぇ距離を縮めるつもりでスカウトしたんだけどぉ『一緒のパーティって噂されると恥ずかしいし……』って断られたんだってぇ。ちょろぎあげるぅ」

「そんなとこだろーと思ったよ。たくあんあげる」

 

 聞かれたくない話を蒸し返されたせいなのかヒューマンくんはさらに愚痴を垂れ流した。

 

「ったくよー、なんで俺っちは女の子と縁がねんだよー! パーティも結成当初から女っ気ゼロだしよー!」

「女の子に声かけりゃいいじゃん」

「だからかけてんじゃねえかよー! それなのに全然なびいちゃくれねえしパーティにも加入してくれねんだよー!」

「まさかとは思うけどお前さま、そんな調子で鼻息荒くして入隊を迫ったんじゃあるまいな。そら女の子でなくとも逃げちまわあな」

「ああん? ならどうすりゃいいってんだよー」

「とりあえず今みたいにがっつくのをやめてみるとか。ホレ、押してダメなら引いてみるってやつ」

「バーロー! けんかえれじいに出てくる硬派気取りなんざ今どき流行らねえし、口開けて待ってるだけのやつにゃ最初からチャンスも巡ってこねんだよー!」

「ご高説ご高説。それで失敗してりゃ世話ないわ」

 

 なおもグチグチと聞くにも堪えない愚痴を垂れ流すヒューマンくんだったが、しばらくしてなにがしか思い付いたらしく、

 

「そうだ。お前の相方くんにさ、今度ナンパに付き合ってくれるように頼んでくんね。中身はともかく釣り針としちゃ上等の上々だしな、ありゃあ」

「お前ね、そんなん間違っても彼には言うてくれるなよ。……もしやらかしやがったら、ボコボコにしては治すのを魔力切れまで繰り返してやるからな」

「おーう、もちろん冗談だ。忘れてくれや」

「ならいいよ。俺だってやりたくないからね」

 

 言い捨てたオーリが口直しのお茶を含んだところで、教室に入ってきたドワーフとフェアリーの女の子二人組がこちらに気付いて声をかけてきた。

 

「オーリくん、そんなのと一緒にいるとせっかく良くなった頭がパーになっちゃうよ」

「ねね、今度のお休みにあたしらと遊び行かない? 大路でいいレストラン見つけたんだ」

 

 それをチャンスとでも思ったのか目の色を変えたヒューマンの少年が割って入る。

 

「おい、こんなやつより俺を誘えよー。海より広くて深い懐でいつでも受け止めてやっからよー」

 

 少年の熱心なアピールを少女たちは鼻で笑い飛ばした。

 

「冗談はツラだけにしてくんね」

「あんたと一緒するくらいなら目黒寄生虫館とラーメン屋をハシゴするわ」

 

「なんでだよー!」

 

 憤慨する少年をよそに、少女たちは“けらけら”笑いながらオーリへ手を振った。

 

「じゃあウチらもう行くね。キミも付き合う相手は選びなよ」

「またねー。次はそっちのアホがいないとこでお話しよーね」

 

 言いたい放題した少女たちはおしゃべりの花を咲かせつつ教室を後にした。可愛い女の子は何をしても男の子の心を癒やす。

 もの惜しい気分でふたりを見送ったオーリは机に突っ伏すヒューマンくんに「むーざんむーざん」と声をかけてやった。

 

「クソァ! なんでお前ばっかり! やっぱ力や金なんか、レベルとか稼ぎが無きゃモテねーのか!?」

「少なくとも俺にはそれを否定できない。もっとも、お前さんの扱いに関しちゃそんだけってわけでもなかろうがよ」

「ああん?」

 

 殺気じみた視線さえよこす少年をなだめるようにオーリは肩をすくめてみせた。

 

「忘れたんか、俺だって元をただせば箸にも棒にもかからないボンクラだったんだぞ」

 

 それが一目置かれるようになったのはひとえに結果を出せたからにすぎない。低レベルのままなら死のうが灰になろうがクラスの誰も気にしなかったろう。

 

「こうやってお前さん達と駄弁りながらご飯食べられるのも、レベルも成績も上がって俺にそうするだけの価値が出たからなんだぜ。そうでなけりゃぼっちでご飯してたさ」

 

 いや、それもできずに今頃はいなくなってた(ロスト)かな。他人事のように語られる、ありえたかもしれない『現在』を聞いたヒューマンくんは黙りこくった。

 

 とはいえオーリとしてはそれらをどうのこうのと言う気は毛頭ない。

 矮小化されているとはいえ学校だってひとつの社会ないし世界。即物的なものであれ心理的なものであれ、なにがしかの形で付き合える価値を示せないやつに関わろうとする物好きはおりゃせんのだ。そんなもんいちいち気にしていたら物心ついた瞬間にノイローゼか、胃袋に穴でも開けてお陀仏だろう。

 

 ちょいと微妙になった空気を入れ替えるようにノームくんが口を開いた。

 

「でもぉ確かに近頃のオーリは女の子に縁があるねぇ。そういえばぁ夏休みのちょっと前くらいにもぉ、すごく可愛い子が君のこと探してたっけぇ。ねえぇ、イカリングちょうだいぃ」

「あの子だって前にいたパーティのお仲間ってだけだよ。速攻で脱けた今となっちゃ縁も切れちゃったし。ウインナーと交換ね」

 

 そのやり取りを聞いたヒューマンくんが水を得た魚のような反応を見せた。

 

「おっ、その子にフラれたんか、フラれたんだな? そうだな! そうに違いないな!!」

「だから違うって。付き合ってさえないのにフラれるもなにもない」

「おう、そーゆーことにしておきたいんだろ。俺も男だ、わかってるさ」

「聞けよ、人の話」

 

 電信柱に頭ぶつけたマスチフみたいな顔するオーリとは対象的に、ヒューマンくんはビリケンさんのように福々したツラである。

 

「いやいや、みなまで言うな。お前にだって男としてなけなしのプライドってのがあるもんな、うんうん」

「ホンマ聞く耳を持ってねえな。そしてなんちゅう嬉しそうな顔してやがんだ」

「そら嬉しいわなあ。俺よりモテる奴らは片っ端から振られるか不幸になっちまえばいんだよー!」

 

 両方ともならなお良しとヒューマンくんは言ってのける、いっそ潔いほどの僻み節であった。

 

「お前さま、そういうとこやぞ」

 

 繰り返しになるが付き合うだけの価値を得るなんてのは最低条件で、そこに他より抜きん出るプラスを積み重ねないことには「あなたとクラスメイトっていうだけでも嫌なのに!」が関の山だ。

 

 処置なしとばかりに頭をふるオーリへ「ホントぉ、ごめんねぇ」と詫びたノームくんがデザートの冷凍みかんをくれた。

 

   ◇

 

 お昼を終えて少年達と別れたオーリは中庭に向かった。

 

 今日はほどよい日差しのお陰で頭をパーにしてひなたぼっこするには最適だ。空いてるベンチに座り、しばし呆けたようにお弁当を広げた学徒達で賑わう中庭の様子を眺める。

 

 オーリはでかいあくびをしてからポッケからみかんを取り出した。

 皮を剥こうとしたところで、

 

 

「おぉーい、オーリくんよーい」

 

 

 という聞き慣れた声が頭上から振ってきた。

 頭を上げるとちょうど真上、3階の窓からエルフちゃんがこちらに向かって手を振っていた。

 

 オーリが手を振り返そうか迷っていると、エルフちゃんの隣りにいた少年が険しい顔で彼女に話しかけているのが見えた。

 二人の間で何の話が交わされていただろうか。少年は面倒くさそうな風情を隠しもしないエルフちゃんへと詰め寄り肩を掴もうとするも、それは彼女の手刀で容赦なく弾かれた。

 

 ───あれは痛い

 

 オーリは顔を歪めた。レベルを積んでない常人であれば、折れるどころか文字通り『刀』となった手で叩っ斬られちまったことだろう。何をやらかしたらああまでされるんだ。

 

 突然の痛打に苦悶を浮かべて引き下がる少年にもはや目をくれることもなく、エルフちゃんは“ひょい”と、邪魔な柵を飛び越えるくらいの気軽さで窓から飛び降りた。先にも述べたが3階である。普通なら悲鳴のひとつも上がりそうだが、この学園では日常茶飯事以下の出来事だけに誰も声を上げるどころか見向きすらしない。

 

 そのまま物凄い速度で落ちたエルフちゃんは、いきなりのことで呆気にとられるオーリのすぐ前へ、文庫本でも閉じたような軽い音だけを立てて着地した。

 

 落ちてきた場所と落下速度が相当なものだったのに膝を曲げることもなく、何をどうしたものか衣服とてほんの少しも乱すこともない姿からは、この少女が今しがた十数mもの高さから落ちてきたとはにわかに信じられまい。

 

 つくづく見事なもんだな。オーリが驚きと感心に目を丸くするのに気を良くしたのか、エルフちゃんは“にやり”と笑ってみせた。

 

「ぱんつ見られるかなーって期待させちゃったかい?」

「ノーコメントで。女の子がそーゆーことを言うのはどうかと思うよ」

「へっ無理しちゃってさあ、素直になれよぉー」

 

 エルフちゃんは「けけけ」と、水木しげるの漫画に出てくる妖怪じみた笑い声とともにオーリの隣に腰を下ろした。

 風を巻いて“ふわり”と流れる繊細な肢体と金色の髪から南国の花を思わせる薫りが漂ってくる。

 

「気に入ったかい、新作のシャンプーとコロンだぞ」

 

 いたずらっぽく言ってエルフちゃんはオーリの手元で転がされるみかんを指差した。

 

「あ、みかんだみかんだ、いいないいな。わたしにもちょうだい」

「あいよ」

 

 少女の無邪気な図々しさに、つい笑いをこぼしながらオーリはみかんを半分こにした。

 

「ありがとーね。きみから貰ったり奢ってもらうのが一番おいしいんだ」

「褒めてんのかよ、それ」

「そらモチよ。好きでもない相手とじゃ一緒に何かしてもつまらないだろ」

「確かに」

 

 みかんの皮を剥きながらオーリは先ほど、エルフちゃんが落ちてきた窓をチラ見した。

 さっきの男の子はどこかに行ってしまったようだが、彼が“こちら”に向けてきた舌打ちでもしたそうな顔がオーリのみぞおちに重いものを残している。

 

 それを目ざとく見てとったエルフちゃんが体を寄せてきた。飼い主の手からおやつをせしめてやろうとする猫のようにオーリの顔を覗き込む。

 

「ふふー、気になっちゃうんだ」

「そりゃあね。……下世話だと思われたら謝るけど」

「いいよー、別に。きみとわたしの仲だぜ」

「隙あらばたかられたり奢らされたりする仲かあ」

 

 ぼやきながら酸味が強まった気のするみかんを口に放り込むオーリへと、こちらはなにか含むところのありそうな風にエルフちゃんはいった。

 

「実はね、さっきの子に告られついでにパーティへスカウトされてたんだ。もちろんどっちも断ってるから安心していいよ」

「さいですか」

 

 できるだけ素っ気なく返したつもりだったが、エルフちゃんの意地悪く吊り上がった口元を見るに成功したとはいいがたいようだ。

 

「確かにわたしは強くて可愛くて美少女で、しかも美少女だから手元に置いときたい気持ちはわかるけどねー。でも聖術が使えない〈神女〉なんて片手落ち、すぐに愛想尽かされ三行半が目に見えてんだ」

「別に能力だけでなく、単純に好いた惚れたで側に居てほしいだけかもしれんぜ」

「だとしてもお断りだね。わたし今のパーティが一番楽しくて居心地がいいもん」

 

 そっか。自分でも理由のわからない安堵のような気分を乗せてオーリは相槌を打った。

 

「オーリくんはどーね。今、楽しい?」

「悪くはないかな」

「曖昧だなあ。好きか嫌いか、楽しいかつまんないかで言いなよ」

「好きだし楽しいと思ってる。誰かさんじゃないけど、きみ達と一緒してると退屈しないからね」

「それでよし」

 

 何に満足したのか、少女は盛夏に咲く花のように笑ってみせた。

 

   ◇

 

 その後、いくらかの世間話やらを交えた二人は、明日はお昼を一緒する約束をして教室に戻った。

 

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