世相・時勢の流れによって巷における冒険者達の評価がどのように移り変わろうとも、彼らの現実というやつはそうそうに変わるものではない。
無論、黎明期における冒険者なんだか反社ゴロツキなんだか世紀末与太者なんだかもよくわからぬトンチキの姿こそ滅多に見かけなくはなったものの、冒険者という稼業の内実そのものは当時とそこまで変化があるわけもなく。
そして冒険者志望の学徒どもに関しても、これまで散々に語られたように手の施しようがないアホとバカタレの吹き溜まりであり続けること疑いない(同じく冒険者育成学校とはそれらクソガキどもの矯正施設も兼ねた投げ込み寺であり続けるわけでもある)。
当然、それは
ダメな輩の性根がたかだか人生一匹分、しかもそのごくひとつまみの時間なんぞで変われるなら、この世から苦労のいくらかは消え失せることだろう。
今までの過程で重ねてきたダメな行いが積もりに積もり、現在のダメダメな自分を形成する土台となったからには時間が全てを解決するなど野良猫さえ鼻にもかけない妄言でしかなかろうて。
…………。
ただ、人が自分を本気で変えようとするには、割と些細だったりしょうもなかったりするきっかけで足りるのもまた事実ではあるのだが。
◇
モテない輩の愚痴やひがみを聞いたり、せっかく貰ったみかんが半分持っていかれたりした日の放課後。
探索とクエストを終えて学園に帰還したオーリ達は、いつものようにポータルの近辺に散らばるバカタレ共を回復したり蹴り転がしたりに勤しんでいた。
学食が開く少し前くらいの頃合いで魔力のストックも尽きたので、オーリは残りの邪魔な連中を広場の端っこへ次々と転がしていく。
そうやって最後の一匹、見覚えがあるフェルパーの女の子を転がそうとしたところで、オーリは「あー?」と気が抜けたような声を出した。
「誰かと思えば、またあんたか」
足元に転がっているのは誰あろう、以前に所属していたパーティの一員にして、とびきり可愛い見た目しか取り柄のないフェルパーの少女だった。前に蹴り転がしたときと同じく今回も気絶しているようで、頼りない体はこちらのつぶやきに“ぴくり”とも反応しない。
少女のお腹の下に潜り込ませた足を戻したオーリは周りを見渡すも、やはりというか他の連中はいないようだ。
───まさかソロで回ってんのか?
そんな根性があるやつとも思えないが、しかし誰もいない以上はそうなのだろう。
もっとも無駄にいい見た目のお陰で記憶に残ってるこいつと違い、他の連中は憶えるのも面倒くさい奴らだったから見分けがつかないのかもだが。
なんとも云いにくいツラで固まるオーリを不審に思ったのか、エルフちゃんが声をかけてきた。
「どうかしたの」
「んー、大したこっちゃないよ。今日の学食の献立は何だったかなって考え事してた」
言いながらオーリは少しだけ手(足)加減をして少女を蹴り転がした。
◇
用を済ませ装備品を仕舞ったオーリ達は、ポータル広場を後にして校舎へと向かった。
中庭を突っ切り、学食に通じる廊下へと入ったところでオーリは立ち止まった。
「どしたん、落とし物でもした?」
「そういうのではないんじゃが……」
こちらを伺うエルフちゃんに空返事をしたオーリは少し考えた様子を見せ、
「すまんけど俺もうちょい稼いでくるよ。今月は何かと入り用だったからさ、仕送りや学費を考えると懐には余裕を持たせておきたいのな」
「なんだおめえ、またソロ探索すんのか」
フェアリーくんが眉を寄せた。最近の彼はオーリの単独行をあまりよく思っていない。
相方の心配を解きほぐすためオーリは首を横に振った。
「うんにゃ。今日はスッ転がってる連中も多かったし、聖術を売りつけるだけにする。魔力補給に
「そーかい。まあ近辺の地下道なら大した危険もありゃしねえだろうけど、気をつけな」
「あいよ」
仲間達に小さく手を振って踵を返したオーリはささやかながらも仲間へ嘘をついた後ろめたさに、ちょっぴり重くなった足取りで来た道を返っていった。
◇
こころなしか辛気くさいツラでポータル広場に到着したオーリは、端っこに転がされっぱなしな連中の一人───例のフェルパーの少女へと近寄り、少しのためらいを見せてから回復の呪文を唱えた。
「───聖術 Lv1 ソロ
体のあちこちに付けられた傷が洗い流されたように消えてもフェルパーの少女に起きる気配はない。
片膝をついたオーリは少女の上体を起こし、背中心に肘を叩き込んで活を入れてやった。
「いっ」
フェルパーの少女は喉に餅でも詰まらせたような悲鳴を上げて息を吹き返した。オーリはその眼前に手をかざして軽く振ってみせた。
「おはようさん。気がついたようでなによりさ」
声を頼りに振り返った少女は、オーリの顔を見るや眉をひそめた。目の前にいるやつが誰なのか思い当たる節がない様だった。
忘れているのではなく見分けがつかないのだ。さして深い付き合いでもなく、最後にツラを合わせてから結構な様変わりしてるのでこれは仕方がないのだが。
オーリは自分を指差し、
「俺だよ、オーリ。前にあんたのパーティにいたやつ。あんたとしては二度と会いたくもなかったろうが、そこはロハ治療に免じてチャラにしてほしいね」
ようやく思い出したらしい少女は気まずさと怯えを半々にしたような様子で顔を伏せた。
しばらくの後、ようやく出てきたのは死にぞこないの蚊が鳴くような声だった。
「……なんで」
なぜ治して、助けてくれたのかってことだろう。
さもありなん。こいつは以前、彼女のパーティに少なからず迷惑をかけられ、その返礼として彼女らを地下道で見捨てモンスターのえじきにするという報復をやらかしたやつなのだ。助けるどころかとどめを刺すくらいやると思われても文句は言えまい。
「さて、俺にもわかんね。気になったから、これまた気まぐれに治したってだけ。話料の前払いとでも思いなよ。……それより立てるかな? ここじゃなんだし、少し移動しよう」
口にこそ出さなかったがオーリとしては今さら彼女にもそのお仲間にも含むところはなかった。なにせ迷惑をかけられた分はきっちりとやり返してやったのだし。
だから今回はちょっと気になったことを解決したい程度の、ささやかな野次馬根性を見せただけのことでしかない。
2人はポータル広場の脇にあるベンチに移動した。途中、通りがかった
「───ほい。これ飲んで落ち着いたら、何があってあんなとこでノビてたのか聞かせてくんね」
「…………」
ジュースの瓶を手にした少女はそれに口をつけるでもなく相変わらずうつむいたままだったが、それでも少ししたら心も整理できたのか“ぽつりぽつり”と身の上を話していった。
たどたどしく語られるそれを要約するに、なんでも新学期が始まってからこっち、一人で地下道に出向いてはろくな成果も上げられないまま怪我だけして逃げ帰るというのを繰り返していたのだそうな。
オーリは過去の自分を棚に上げつつも呆れずにいられなかった。
「無茶をする。いくらトレーン地下道が
その“無茶”を散々にやらかしまくった自殺志願者まがいの馬鹿がジュースを半分ほど呷った。
「ちゅうか他の連中はなにしてんだ」
「……試験の翌日に、半分が学校を辞めちゃったよ」
もう半分もクラスに顔を出すこともせず連絡も取れぬまま、気がついたら自主退学をしていたらしい。
せめて一言くらい入れとけよ。仮にも仲間だったやつへの最低限の義理も果たさぬままトンヅラという行いに、オーリは屁も出ねぇような気分だ。
「でも腹も括れないまま苦界をうろつくよりはナンボかマシよな。少なくとも無駄に苦しい目に遭うのだけは免れるんだし。───あんたはそうしないのか」
問われた少女はうつむいたまま首を横に振る。こいつにもこいつなりに、ここで踏ん張らにゃならぬ事情ってもんがあるのだろうか。
だとしてもそれが実になってない時点で、論外と言わざるをえないのが悲しいとこだが。
「あっそ。だったら悪いことは言わないから一度、先生に頼んで授業の受け直しをしたらどーね。その分だとあんた、今のカリキュラムにも付いていけてないだろ」
しかしなんだって俺はこいつに、一文の得にもならないアドバイスをしてんだろうか。
苦い気分になるオーリの心中もしらず、やはり少女は首を横に振るばかりだった。
「いまさら、私なんかが何を言っても聞いてなんかくれないよ」
「それはちゃんと頼んだ上でそう言っとんのかい。でなけりゃあんたの被害妄想でしかねーよ」
オーリは少し強めに言い切る。
これは本当のことだ。今にして振り返れば口と態度に出してはなんと言おうとも、ここの教師陣はどいつもこいつも学徒に対してやたらと甘い。よっぽどナメた態度でもなきゃ、学業への真摯な頼みは身銭を切ってでも聞いてくれる。
でなければかつてのオーリのような、落ちこぼれというのもはばかられるボンクラにさえ手取り足取り、それこそ読み書きからはじまる指導をしてくれるはずがないのだ(もちろん、ダメな輩を矯正するからには相応に痛い目に遭わされるまでがセットではあるが)。これが他所なら普通に無視か、さもなきゃ遠回しな退学を勧められるまである。
それを聞かされてなお少女は納得していないようだったが、オーリとしては別にこいつが素直に聞き入れようが意固地になろうが知ったこっちゃなかった。
なので自分の用件を早々に済ませて、今度こそこいつと縁を切ることにする。
「ンなことより俺ぁこれから、晩ご飯代を稼ぎに〈ホルデア登山道〉を一周りするつもりなんだけど……」
心持ちしんどそうに言葉を切ったオーリは、こちらへ「それがどうした」と言わんばかりの顔する少女を見やり、
「しかし仲間達との約束で、今はソロ探索ができんのよ。かといって小遣い稼ぎのために仲間を頼るのも忍びない。なので───誰でもいいから手すきの、それもできれば前衛職による手助けがほしいんだ」
オーリは今気がついたとばかりに白々しく指を鳴らした。
「ああ、そういえばちょうどここに戦士職の子が一人いるな。ねえそこの君、よければ人助けと思って手伝ってくれないかな。報酬は……そうだな、俺のご飯代を除くドロップアイテム全部でどーね?」
少女は戸惑いを隠さずにオーリを見つめた。まさかこいつが自分に助け舟を出すとは思わなかったのだ。ちなみに少し前までのオーリ本人さえ思ってもみなかったことだ。
肩をすくめたオーリは残りのジュースを飲み干して立ち上がり、ついでに空き瓶を背後のゴミ箱へ振り返りもせずに放り投げた。瓶は軽く10mは離れたゴミ箱へと吸い込まれるように入って砕けた。
「気に入らないならいいんだ、別に。嫌がる子に無理やり付き合わせるほど親切ってわけでなし」
突き放すようなその言いに、少女も腹をくくったようだった。
わずかな躊躇こそ見せたものの歯を食いしばって頷いてみせた。
「じゃあ決まりだな。少しの間だけど、よろしくね」